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キッチンの中心で、私は魔法のコンロの火力を最大に引き上げた。
手入れを終えたばかりの分厚いフライパンが、じわじわと熱を蓄えていく。
そこに、昨日手に入れた最高級の鹿肉……その中でも特に柔らかいロースの部分を贅沢に置いた。
ジューーーッ!!
鼓膜を震わせる快音と共に、凝縮された肉の香りが、磨き上げられたキッチン中に一気に広がった。
「……っ! なんだ、この匂いは……!?」
壁際に座らされていたヴォルグ様が、椅子をガタつかせて立ち上がった。
その鼻腔を、香ばしく焼ける脂の香りと、私が王都から持ち込んだ秘伝のスパイス――数種類のペッパーと乾燥ハーブをブレンドしたもの――が強烈に刺激する。
「ヴォルグ様、動かないでください。今、肉の表面に旨味を閉じ込めている真っ最中なんですから」
私はフライパンを揺らし、肉の表面に完璧な焼き色をつけていく。
メイラード反応……。食材の糖とアミノ酸が熱で反応し、最高の香りと風味を生み出す魔法。
王宮のシェフたちは「上品さ」を気にするあまり、この焼き色を軽視しがちだったけれど、私は知っている。茶色い焦げ目こそが正義だということを!
「お嬢様、付け合わせの準備も整いました! 北の地で採れたベリーを煮詰めたソースと、軽く炙った根菜です!」
アンナも掃除の疲れをどこかへ飛ばしたようで、テキパキと皿を並べていく。
私は肉をフライパンから上げ、数分間休ませる。肉汁を内側に落ち着かせる、この数分が「天国」への待ち時間だ。
「……まだか。まだ食べられないのか、それは」
ヴォルグ様が、まるで餌を待つ大型犬のような目で私を凝視している。
「はい、今ですわ! ヴォルグ様、そしてお掃除を頑張ってくれた騎士様たち。これがミュー・ド・ラ・パンによる、北の地の再生セレモニー……『鹿肉のペッパーステーキ・森の果実ソース添え』です!」
私は一気に肉を切り分け、皿の上に盛り付けた。
断面は、鮮やかな薔薇色。外側はカリッと香ばしく、内側からは溢れんばかりの肉汁が滴っている。
ヴォルグ様は震える手でフォークを握り、一切れの肉を口へと運んだ。
「…………」
沈黙。
ヴォルグ様の動きがピタリと止まった。
「ど、どうですか? ヴォルグ様。お口に合いませんか……?」
アンナが不安そうに尋ねるが、私は自信満々に胸を張っていた。
数秒後、ヴォルグ様はカッと目を見開き、信じられないほどの力強さでテーブルを叩いた!
「……旨い!! なんだこれは、本当に俺たちが昨日仕留めた鹿なのか!? 口の中で肉が……肉が溶けていくぞ!」
「ふふん、当然ですわ。血抜きが完璧だった素材を、スパイスで臭みを消し、ベリーの酸味で脂の甘みを引き立てたんですもの!」
「今まで食べていたのは、ただの『硬いタンパク質』だったというのか……。ミュー、貴様……一体何者だ!?」
「ただの食いしん坊な悪役令嬢ですわよ。さあ、騎士様たちもどうぞ!」
私の合図と共に、騎士たちが一斉に皿に群がった。
「うおっ、旨え! なんだこれ、噛むたびに元気が湧いてくる!」
「このソース……! 甘酸っぱいのに肉に合う! パンが、パンが何枚でも食えるぞ!」
「掃除をして良かった……! こんなご馳走が食えるなら、明日から毎日床を磨くぞ!」
さっきまで私を「傲慢な女」として警戒していた騎士たちが、今や涙を流しながら私の料理にひれ伏している。
ヴォルグ様は無言で、しかし恐ろしいスピードで皿を空にしていった。
「……ミュー」
「はい、お代わりならまだありますわよ?」
「……。貴様、王都へ帰るな。死ぬまでこの城で、この肉を焼け」
ヴォルグ様が、見たこともないほど真剣な、そして少しだけ潤んだ瞳で私を見つめた。
「あら、ヴォルグ様。私を『死神の地』へ追放したのはそちらでしょう? 帰りたくても帰れませんわ。それに……」
私は、自分のお皿に残った最後の一切れを口に放り込み、幸せそうに微笑んだ。
「こんなに美味しいものがたくさんある場所を離れるなんて、美食家失格ですもの。これからも、あなたの胃袋は私が責任を持って支配して差し上げますわ!」
ヴォルグ様は顔を真っ赤にし、バツが悪そうに視線を逸らした。
「……勝手にしろ。ただし、塩の使いすぎには気をつけろ。体が熱くなって仕方がない……」
「ふふ、それは情熱が湧いてきた証拠ですわよ、ヴォルグ様!」
朝日に照らされたキッチンには、笑い声と、そして何よりも幸せな咀嚼音が響き渡っていた。
私の「悪役令嬢」としての新たな人生は、この一枚のステーキから、真に始まったのだ。
手入れを終えたばかりの分厚いフライパンが、じわじわと熱を蓄えていく。
そこに、昨日手に入れた最高級の鹿肉……その中でも特に柔らかいロースの部分を贅沢に置いた。
ジューーーッ!!
鼓膜を震わせる快音と共に、凝縮された肉の香りが、磨き上げられたキッチン中に一気に広がった。
「……っ! なんだ、この匂いは……!?」
壁際に座らされていたヴォルグ様が、椅子をガタつかせて立ち上がった。
その鼻腔を、香ばしく焼ける脂の香りと、私が王都から持ち込んだ秘伝のスパイス――数種類のペッパーと乾燥ハーブをブレンドしたもの――が強烈に刺激する。
「ヴォルグ様、動かないでください。今、肉の表面に旨味を閉じ込めている真っ最中なんですから」
私はフライパンを揺らし、肉の表面に完璧な焼き色をつけていく。
メイラード反応……。食材の糖とアミノ酸が熱で反応し、最高の香りと風味を生み出す魔法。
王宮のシェフたちは「上品さ」を気にするあまり、この焼き色を軽視しがちだったけれど、私は知っている。茶色い焦げ目こそが正義だということを!
「お嬢様、付け合わせの準備も整いました! 北の地で採れたベリーを煮詰めたソースと、軽く炙った根菜です!」
アンナも掃除の疲れをどこかへ飛ばしたようで、テキパキと皿を並べていく。
私は肉をフライパンから上げ、数分間休ませる。肉汁を内側に落ち着かせる、この数分が「天国」への待ち時間だ。
「……まだか。まだ食べられないのか、それは」
ヴォルグ様が、まるで餌を待つ大型犬のような目で私を凝視している。
「はい、今ですわ! ヴォルグ様、そしてお掃除を頑張ってくれた騎士様たち。これがミュー・ド・ラ・パンによる、北の地の再生セレモニー……『鹿肉のペッパーステーキ・森の果実ソース添え』です!」
私は一気に肉を切り分け、皿の上に盛り付けた。
断面は、鮮やかな薔薇色。外側はカリッと香ばしく、内側からは溢れんばかりの肉汁が滴っている。
ヴォルグ様は震える手でフォークを握り、一切れの肉を口へと運んだ。
「…………」
沈黙。
ヴォルグ様の動きがピタリと止まった。
「ど、どうですか? ヴォルグ様。お口に合いませんか……?」
アンナが不安そうに尋ねるが、私は自信満々に胸を張っていた。
数秒後、ヴォルグ様はカッと目を見開き、信じられないほどの力強さでテーブルを叩いた!
「……旨い!! なんだこれは、本当に俺たちが昨日仕留めた鹿なのか!? 口の中で肉が……肉が溶けていくぞ!」
「ふふん、当然ですわ。血抜きが完璧だった素材を、スパイスで臭みを消し、ベリーの酸味で脂の甘みを引き立てたんですもの!」
「今まで食べていたのは、ただの『硬いタンパク質』だったというのか……。ミュー、貴様……一体何者だ!?」
「ただの食いしん坊な悪役令嬢ですわよ。さあ、騎士様たちもどうぞ!」
私の合図と共に、騎士たちが一斉に皿に群がった。
「うおっ、旨え! なんだこれ、噛むたびに元気が湧いてくる!」
「このソース……! 甘酸っぱいのに肉に合う! パンが、パンが何枚でも食えるぞ!」
「掃除をして良かった……! こんなご馳走が食えるなら、明日から毎日床を磨くぞ!」
さっきまで私を「傲慢な女」として警戒していた騎士たちが、今や涙を流しながら私の料理にひれ伏している。
ヴォルグ様は無言で、しかし恐ろしいスピードで皿を空にしていった。
「……ミュー」
「はい、お代わりならまだありますわよ?」
「……。貴様、王都へ帰るな。死ぬまでこの城で、この肉を焼け」
ヴォルグ様が、見たこともないほど真剣な、そして少しだけ潤んだ瞳で私を見つめた。
「あら、ヴォルグ様。私を『死神の地』へ追放したのはそちらでしょう? 帰りたくても帰れませんわ。それに……」
私は、自分のお皿に残った最後の一切れを口に放り込み、幸せそうに微笑んだ。
「こんなに美味しいものがたくさんある場所を離れるなんて、美食家失格ですもの。これからも、あなたの胃袋は私が責任を持って支配して差し上げますわ!」
ヴォルグ様は顔を真っ赤にし、バツが悪そうに視線を逸らした。
「……勝手にしろ。ただし、塩の使いすぎには気をつけろ。体が熱くなって仕方がない……」
「ふふ、それは情熱が湧いてきた証拠ですわよ、ヴォルグ様!」
朝日に照らされたキッチンには、笑い声と、そして何よりも幸せな咀嚼音が響き渡っていた。
私の「悪役令嬢」としての新たな人生は、この一枚のステーキから、真に始まったのだ。
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