悪役令嬢ドールは婚約破棄も無表情で承る!

ちゅんりー

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「パートナー……で、ございますか?」

ドールは首をかしげた。

表情はいつも通りの『無』だが、脳内では高速で就業規則を検索していた。

(パートナー。すなわち同伴者。業務内容はパーティでの会話、ダンス、壁の花としての装飾係……。これは秘書官の職務分掌に含まれるんか?)

(いや、勤務時間外の社交は明らかに『業務外』。となれば……)

ドールは、カイルとアークの顔を交互に見比べたあと、冷静に口を開いた。

「閣下。確認ですが、その『パートナー』というのは、業務命令でしょうか? それとも私的なお誘いでしょうか?」

「……ふむ。それによって答えが変わるのかい?」

「もちろんです」

ドールは指を一本立てた。

「業務命令であれば、休日出勤手当および特殊業務手当(パートナー代)が発生します。私的なお誘いであれば……」

「あれば?」

「丁重にお断りして、家で寝ます」

ブッ、とアークが吹き出した。

「ははは! 君は本当に期待を裏切らないな! 家で寝る、か。それも魅力的だが……残念ながら、これは『業務命令』だ」

アークは楽しそうに目を細める。

「君には私の『盾』になってもらいたい。パーティでは多くの令嬢が私に群がってくるからね。君という完璧な防波堤が必要なんだ」

「なるほど。魔除け、兼、虫除けですね」

「言い方はあれだが、その通りだ。……手当は弾むよ?」

「承知いたしました。謹んでお受けいたします」

ドールは即座にカーテシーをした。

金が出るなら話は別だ。

しかも『魔除け』として立っているだけでいいなら、こんなに楽な仕事はない。

二人のやり取りを蚊帳の外で聞いていたカイルが、顔を真っ赤にして叫んだ。

「お、叔父上! 本気なのですか!? こいつは、僕が捨てた女ですよ!?」

「それがどうした?」

アークが冷ややかにカイルを見下ろす。

「カイル。君は宝石の価値を見抜けずにドブに捨てた。それを私が拾って磨き直した。……それだけの話だろう?」

「ほ、宝石!? これがですか!?」

カイルが指差した先には、能面のような顔で「時給いくらかな」と考えているドールがいる。

「どこが宝石なんです! ただの石ころでしょう! 愛想もない、可愛げもない、あるのは金への執着だけ!」

「その『金への執着』こそが、彼女の輝きだよ」

アークは愛おしそうにドールを見た。

「己の価値を正確に理解し、対価を求める。その潔さ。君の隣にいる、ただ媚びを売るだけの『メッキ』とは大違いだ」

「なっ……! ミナを愚弄するのですか!」

「事実を言ったまでだ」

アークは氷のような視線でカイルを黙らせると、ドールの背に手を回した。

「行こうか、ドール君。パーティの準備がある。……君には、最高のドレスを着てもらわねばならないからね」

「ドレス、でございますか? 自前のものがありますが」

「却下だ。私のパートナーとして歩く以上、私の用意したものを着てもらう。……もちろん、費用は経費だ」

「では、お言葉に甘えて」

ドールはカイルに一瞥もくれず、アークにエスコートされてその場を去った。

残されたカイルは、屈辱に拳を震わせることしかできなかった。

「……見ていろ、ドール。叔父上に気に入られたからといって、いい気になるなよ……!」

          *

数日後。王都の高級ブティック『ローズ・マリー』。

王族御用達のこの店は、本日貸し切りとなっていた。

「さあ、ドール嬢。好きなだけ試着してくれ」

アークがソファで紅茶を飲みながら言った。

目の前には、色とりどりのドレスがずらりと並んでいる。

店員たちがキラキラした目でドールを取り囲んでいた。

「まあ! なんてお綺麗な黒髪! お肌も真っ白!」

「お人形さんみたいですわ! どんな色でもお似合いになりますよ!」

ドールは無表情のまま、なされるがままになっていた。

(……これ、仕事やんな?)

(着せ替え人形になるだけの簡単なお仕事。……時給換算したらボロ儲けや)

ドールは心を無にした。

「では、まずはこちらの青いドレスから!」

「次はピンク! フリルたっぷりの!」

「シックな黒もいいですわね!」

店員たちはドールを次々と着替えさせていく。

普通の令嬢なら、「疲れた」とか「こっちの色がいい」とか文句を言うところだが、ドールは一切文句を言わない。

「腕を上げてください」と言われればロボットのように上げ、「回ってください」と言われれば回る。

その微動だにしない表情と、完璧なプロポーション。

そして何より、長時間立たされても汗一つかかない忍耐力(というか省エネモード)。

店員たちのテンションが徐々に上がり始めた。

「す、すごいわ……! お着替えさせやすい!」

「無駄な動きが一切ない! マネキンよりも優秀よ!」

「この無機質な美しさ……創作意欲が湧いてくるわ!」

気づけば、ドールは店員たちの『理想の素材』と化していた。

(……なんか、目つきが変わってきたんやけど)

ドールは一抹の不安を覚えたが、アークが楽しそうに見ているので良しとした。

一時間後。

「これだ」

アークが指名したのは、ミッドナイトブルーのドレスだった。

夜空のような深い青色。

装飾は控えめだが、その分、生地の上質さとカッティングの美しさが際立っている。

ドールの黒髪と白い肌を、これ以上なく引き立てる一着だった。

「……美しい」

着替えを終えたドールを見て、アークが思わず息を漏らした。

カーテンが開いた瞬間、店内の空気が変わった気がした。

ドールは鏡の中の自分を見た。

(うん、まあ、ええんちゃう? 高そうやし)

感想が雑である。

アークが歩み寄り、ドールの手を取った。

「完璧だ。……これなら、会場の誰もが君から目を離せなくなるだろう」

その瞳には、熱っぽい色が宿っている。

ドールはその視線に、少しだけ居心地の悪さを感じた。

(なんやろ、この感じ。……値踏みされてるわけでも、馬鹿にされてるわけでもない)

(ただ純粋に……『見惚れている』?)

まさか。

『氷の公爵』が、自分のような無表情女に見惚れるはずがない。

これはきっと、自分の選んだドレスが素晴らしいという自画自賛だろう。

ドールはそう結論づけ、ビジネスライクに返答した。

「お気に召したようで何よりです。……では、このドレス代も請求書に追加しておきます」

ムードクラッシャーの一言。

しかしアークは、呆れるどころか声を上げて笑った。

「ははっ! やっぱり君はそうこなくちゃな!」

アークはドールの手元に、何かを取り出した。

それは、大粒のサファイアがあしらわれたネックレスだった。

「これは?」

「君への前払いボーナスだ。……私の瞳と同じ色だろう?」

アークはドールの背後に回り、自らの手でネックレスをつけてくれた。

冷たい宝石が肌に触れる。

鏡越しに、アークと目が合った。

「当日を楽しみにしているよ。……私の可愛いパートナー」

耳元で囁かれ、ドールの心臓がトクンと跳ねた。

(……あかん)

(この人、心臓に悪いわ。不整脈の治療費も請求せなあかんかもしれん)

ドールは無表情を保ちつつ、耳がわずかに赤くなるのを必死で隠した。

          *

そして、建国記念パーティ当日。

王城の大広間は、着飾った貴族たちで埋め尽くされていた。

カイル王太子と、その婚約者ミナの入場が告げられる。

「カイル・ロイヤル王太子殿下、ならびにミナ男爵令嬢、ご入場!」

ファンファーレと共に現れた二人は、これ見よがしに腕を組んでいた。

ミナはピンク色のフリル全開のドレス。可愛らしくはあるが、王太子の隣に立つには少々品格に欠けるデザインだ。

カイルは得意げに周囲を見渡す。

(ふふん、見たか。この僕の幸せそうな姿を!)

(ドールのやつ、どこにいる? 隅っこでハンカチを噛んでいるはずだ……)

カイルは会場内をキョロキョロと見回した。

その時だった。

「アーク・レイブン公爵閣下、ご入場!」

会場の空気が一変した。

扉が大きく開かれる。

そこに立っていたのは、漆黒の礼服を纏ったアーク。

そして、その腕に手を添えている、夜の女神のような美女。

「…………誰だ?」

「あんな美しい方、見たことがないぞ」

「氷の公爵がエスコートしているだと……?」

ざわめきが広がる中、二人は静かに階段を降りてきた。

スポットライトが当たった瞬間、その正体が明らかになる。

「……ド、ドール嬢!?」

誰かが叫んだ。

その瞬間、会場中が息を呑んだ。

いつもの地味な事務服でもなく、無骨な表情でもない。

洗練されたドレスを身に纏い、冷ややかだが神秘的な美貌を放つドール。

その姿は『人形』というより、美術館に飾られた至宝の彫像のようだった。

「な、な……っ!」

カイルは絶句した。

隣にいるミナが、安っぽいおもちゃに見えるほどの圧倒的な格差。

ドールは階段の途中で、チラリとカイルを見た。

その目は、ゴミを見るような無関心さだったが、カイルにはこう言っているように見えた。

『残業代、しっかり稼がせてもらいますね』

カイルのプライドが、音を立てて崩れ去った瞬間だった。
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