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王都の一等地にある、高級オートクチュール店『マダム・シルク』。
ここは、王族や最上級貴族御用達の店であり、一見さんお断り、予約は三年待ちという伝説のブティックだ。
そのVIPルームに、ドールとアークの姿があった。
「ようこそ、アーク様。そして、噂の『氷のドール』様」
現れたのは、派手な羽扇子を持った、年齢不詳の魔女……もとい、デザイナーのマダム・シルクだった。
彼女はドールをジロジロと舐め回すように観察する。
「ふぅん……。素材(ボディ)は悪くないわね。骨格、肌質、バランス……合格よ」
マダムは上から目線で言った。
「アーク様から『世界一のドレスを作れ』とオーダーを受けているわ。……私の最高傑作を着る覚悟はあるかしら?」
「覚悟の前に、見積もりをお願いします」
ドールは即座に電卓を構えた。
マダムの眉がピクリと跳ねる。
「……夢のない子ね。まあいいわ。これよ」
マダムが提示したデザイン画には、宝石が散りばめられ、レースが幾重にも重なった、もはや「歩くシャンデリア」のようなドレスが描かれていた。
「タイトルは『愛の重力』。総シルク、ダイヤモンド一〇〇〇個使用、裾の長さは一〇メートル。……お値段、金貨一万枚よ」
「却下します」
ドールは〇・一秒で即答した。
「は?」
「重すぎます。ダイヤモンドと布の重量だけで約二〇キロ。これを着て三時間の挙式を行えば、私の腰椎が粉砕されます」
ドールは淡々と物理的な欠陥を指摘した。
「それに金貨一万枚? その金額があれば、領地の道路が全線舗装できます。費用対効果が悪すぎます」
「なっ……!?」
マダムが扇子を震わせる。
「あんたねぇ! これは芸術なのよ!? 美のためなら、腰の一つや二つ犠牲にしなさいよ!」
「お断りします。私は挙式後も五体満足で新婚生活を送る予定ですので」
ドールは譲らない。
アークが慌てて割って入る。
「ま、まあまあ二人とも。……ドール君、金なら私が払うから」
「閣下、これは金だけの問題ではありません。『機能美』の問題です」
ドールは立ち上がり、店内に飾られている生地のサンプルを手に取った。
「マダム。……この最高級シルク、確かに美しいですが、強度が足りません。一〇メートルの裾を引けば、床との摩擦で破れるリスクがあります」
「そ、それは……歩き方に気をつければ……」
「花嫁は当日の主役です。歩行に気を使わせるドレスなど、製品として欠陥品では?」
グサリ。
ドールの正論がマダムの職人魂(プライド)を刺す。
「……じゃあ、どうしろって言うのよ!」
「素材の変更を提案します」
ドールは別の布――新素材の化学繊維混紡シルク――を指差した。
「こちらなら強度は三倍、重量は半分。光沢感も天然シルクと遜色ありません。そして価格は十分の一です」
「化学繊維ですって!? 安っぽい!」
「技術の進歩を否定するのは老害の始まりですよ?」
「きーっ!!」
マダムが発狂しかけた時、ドールはさらに続けた。
「デザインについても修正案があります。……裾の一〇メートルは無駄です。取り外し可能な『2WAY仕様』にしましょう」
ドールはメモ用紙にサラサラと図面を描き始めた。
「挙式の時は長いトレーンを装着し、披露宴では取り外して動きやすくする。これなら生地代もカットでき、私の腰も守られ、アーク様とのダンスもスムーズに踊れます」
ドールは図面をマダムに見せた。
「……いかがですか? 『美しさ』と『機能性』、そして『コスト』。全てを両立させてこそ、プロの仕事では?」
マダムは図面を引ったくるようにして見た。
最初は怒りに震えていたが、次第にその目が真剣なものに変わっていく。
「……フックの位置はここね。これならラインを崩さずに着脱できる……」
「ドレープの角度を計算してあります。少ない布量でもボリュームがあるように見せる錯覚(トリック)です」
「……生意気な小娘」
マダムは顔を上げた。
その口元には、ニヤリとした笑みが浮かんでいた。
「面白いじゃない。……やってやろうじゃないの!」
マダムの闘争本能に火がついた。
「あんたの腰を守りつつ、アーク様を失神させるくらい美しいドレス……作って見せるわ! 予算内でね!」
「期待しております。……納期厳守でお願いしますね」
二人の間に、奇妙な友情(戦友感)が芽生えた瞬間だった。
アークは蚊帳の外で、ただオロオロしていた。
「……私の意見は?」
「「黙ってて(ください)!」」
二人の声がハモった。
*
一ヶ月後。最終フィッティングの日。
完成したドレスを着たドールが、試着室のカーテンを開けた。
「……どうかしら」
マダムが自信満々に腕を組む。
そこに現れたのは、シンプルながらも計算し尽くされた美の結晶だった。
無駄な装飾を削ぎ落とし、ドールの完璧なスタイルを強調するマーメイドライン。
新素材の生地は、光を受けて真珠のように輝き、動くたびに流れるようなドレープを描く。
そして何より、ドール自身が苦しそうではない。
「……すごい」
ドールは鏡を見て、初めて素直な感想を漏らした。
「軽い……。まるで着ていないみたいです」
(これなら走れる! 万が一、式場にテロリストが来ても迎撃できる!)
感想の方向性は相変わらずだが、ドールが気に入ったのは間違いなかった。
「……ドール」
ソファで待っていたアークが、立ち上がったまま固まっていた。
その目は大きく見開かれ、言葉を失っている。
「……閣下? 変ですか?」
「…………」
アークはふらふらと歩み寄り、ドールの手を取った。
そして、その場に膝をついた。
「……女神だ」
アークの声が震えている。
「美しいなんてもんじゃない。……神々しいよ。このまま昇天しそうだ」
「困ります。式はまだです」
「ああ、そうだね。……でも、本当に綺麗だ」
アークはドールのドレスの裾に、恭しく口づけをした。
「マダム。……君は天才だ」
「ふん、当たり前でしょ」
マダムは鼻を鳴らしたが、その顔は満足げだった。
「でも、感謝するならその小娘にしなさい。……彼女の『こだわり』がなければ、このラインは生まれなかったわ」
マダムはドールにウインクを投げた。
「いい結婚式にしなさいよ。……宣伝になるからね」
「はい。しっかりと『衣装協力:マダム・シルク』とクレジットを入れておきます」
ドールはビジネスライクに返しつつも、深く一礼した。
「……ありがとうございました。最高の戦闘服(ドレス)です」
こうして、最強のウエディングドレスが完成した。
総額、金貨八〇〇枚。
当初の予定の十分の一以下だが、その輝きはプライスレスだった。
(よし! 衣装代大幅カット成功!)
(浮いた金で、新婚旅行のグレード上げたるで!)
ドールは鏡の中の自分――幸せそうに微笑む花嫁(無表情だが)――に向かって、Vサインをした。
ここは、王族や最上級貴族御用達の店であり、一見さんお断り、予約は三年待ちという伝説のブティックだ。
そのVIPルームに、ドールとアークの姿があった。
「ようこそ、アーク様。そして、噂の『氷のドール』様」
現れたのは、派手な羽扇子を持った、年齢不詳の魔女……もとい、デザイナーのマダム・シルクだった。
彼女はドールをジロジロと舐め回すように観察する。
「ふぅん……。素材(ボディ)は悪くないわね。骨格、肌質、バランス……合格よ」
マダムは上から目線で言った。
「アーク様から『世界一のドレスを作れ』とオーダーを受けているわ。……私の最高傑作を着る覚悟はあるかしら?」
「覚悟の前に、見積もりをお願いします」
ドールは即座に電卓を構えた。
マダムの眉がピクリと跳ねる。
「……夢のない子ね。まあいいわ。これよ」
マダムが提示したデザイン画には、宝石が散りばめられ、レースが幾重にも重なった、もはや「歩くシャンデリア」のようなドレスが描かれていた。
「タイトルは『愛の重力』。総シルク、ダイヤモンド一〇〇〇個使用、裾の長さは一〇メートル。……お値段、金貨一万枚よ」
「却下します」
ドールは〇・一秒で即答した。
「は?」
「重すぎます。ダイヤモンドと布の重量だけで約二〇キロ。これを着て三時間の挙式を行えば、私の腰椎が粉砕されます」
ドールは淡々と物理的な欠陥を指摘した。
「それに金貨一万枚? その金額があれば、領地の道路が全線舗装できます。費用対効果が悪すぎます」
「なっ……!?」
マダムが扇子を震わせる。
「あんたねぇ! これは芸術なのよ!? 美のためなら、腰の一つや二つ犠牲にしなさいよ!」
「お断りします。私は挙式後も五体満足で新婚生活を送る予定ですので」
ドールは譲らない。
アークが慌てて割って入る。
「ま、まあまあ二人とも。……ドール君、金なら私が払うから」
「閣下、これは金だけの問題ではありません。『機能美』の問題です」
ドールは立ち上がり、店内に飾られている生地のサンプルを手に取った。
「マダム。……この最高級シルク、確かに美しいですが、強度が足りません。一〇メートルの裾を引けば、床との摩擦で破れるリスクがあります」
「そ、それは……歩き方に気をつければ……」
「花嫁は当日の主役です。歩行に気を使わせるドレスなど、製品として欠陥品では?」
グサリ。
ドールの正論がマダムの職人魂(プライド)を刺す。
「……じゃあ、どうしろって言うのよ!」
「素材の変更を提案します」
ドールは別の布――新素材の化学繊維混紡シルク――を指差した。
「こちらなら強度は三倍、重量は半分。光沢感も天然シルクと遜色ありません。そして価格は十分の一です」
「化学繊維ですって!? 安っぽい!」
「技術の進歩を否定するのは老害の始まりですよ?」
「きーっ!!」
マダムが発狂しかけた時、ドールはさらに続けた。
「デザインについても修正案があります。……裾の一〇メートルは無駄です。取り外し可能な『2WAY仕様』にしましょう」
ドールはメモ用紙にサラサラと図面を描き始めた。
「挙式の時は長いトレーンを装着し、披露宴では取り外して動きやすくする。これなら生地代もカットでき、私の腰も守られ、アーク様とのダンスもスムーズに踊れます」
ドールは図面をマダムに見せた。
「……いかがですか? 『美しさ』と『機能性』、そして『コスト』。全てを両立させてこそ、プロの仕事では?」
マダムは図面を引ったくるようにして見た。
最初は怒りに震えていたが、次第にその目が真剣なものに変わっていく。
「……フックの位置はここね。これならラインを崩さずに着脱できる……」
「ドレープの角度を計算してあります。少ない布量でもボリュームがあるように見せる錯覚(トリック)です」
「……生意気な小娘」
マダムは顔を上げた。
その口元には、ニヤリとした笑みが浮かんでいた。
「面白いじゃない。……やってやろうじゃないの!」
マダムの闘争本能に火がついた。
「あんたの腰を守りつつ、アーク様を失神させるくらい美しいドレス……作って見せるわ! 予算内でね!」
「期待しております。……納期厳守でお願いしますね」
二人の間に、奇妙な友情(戦友感)が芽生えた瞬間だった。
アークは蚊帳の外で、ただオロオロしていた。
「……私の意見は?」
「「黙ってて(ください)!」」
二人の声がハモった。
*
一ヶ月後。最終フィッティングの日。
完成したドレスを着たドールが、試着室のカーテンを開けた。
「……どうかしら」
マダムが自信満々に腕を組む。
そこに現れたのは、シンプルながらも計算し尽くされた美の結晶だった。
無駄な装飾を削ぎ落とし、ドールの完璧なスタイルを強調するマーメイドライン。
新素材の生地は、光を受けて真珠のように輝き、動くたびに流れるようなドレープを描く。
そして何より、ドール自身が苦しそうではない。
「……すごい」
ドールは鏡を見て、初めて素直な感想を漏らした。
「軽い……。まるで着ていないみたいです」
(これなら走れる! 万が一、式場にテロリストが来ても迎撃できる!)
感想の方向性は相変わらずだが、ドールが気に入ったのは間違いなかった。
「……ドール」
ソファで待っていたアークが、立ち上がったまま固まっていた。
その目は大きく見開かれ、言葉を失っている。
「……閣下? 変ですか?」
「…………」
アークはふらふらと歩み寄り、ドールの手を取った。
そして、その場に膝をついた。
「……女神だ」
アークの声が震えている。
「美しいなんてもんじゃない。……神々しいよ。このまま昇天しそうだ」
「困ります。式はまだです」
「ああ、そうだね。……でも、本当に綺麗だ」
アークはドールのドレスの裾に、恭しく口づけをした。
「マダム。……君は天才だ」
「ふん、当たり前でしょ」
マダムは鼻を鳴らしたが、その顔は満足げだった。
「でも、感謝するならその小娘にしなさい。……彼女の『こだわり』がなければ、このラインは生まれなかったわ」
マダムはドールにウインクを投げた。
「いい結婚式にしなさいよ。……宣伝になるからね」
「はい。しっかりと『衣装協力:マダム・シルク』とクレジットを入れておきます」
ドールはビジネスライクに返しつつも、深く一礼した。
「……ありがとうございました。最高の戦闘服(ドレス)です」
こうして、最強のウエディングドレスが完成した。
総額、金貨八〇〇枚。
当初の予定の十分の一以下だが、その輝きはプライスレスだった。
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