悪役令嬢ドールは婚約破棄も無表情で承る!

ちゅんりー

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王立大聖堂。

ステンドグラスから差し込む五色の光の中、ドールはバージンロードを歩いていた。

マダム・シルク渾身の「高機能ウエディングドレス」は、完璧な仕事をしてくれている。

軽い。動きやすい。そして、参列者の溜息を誘うほど美しい。

隣を歩く父ロベルトは、いつもの無表情だったが、その歩幅はドールのドレスを踏まないようミリ単位で調整されていた。

祭壇の前には、白の礼服に身を包んだアークが待っている。

彼はドールの姿を見た瞬間、ハンカチで目元を覆った。

「……うっ、美しい……! 天使か……いや、女神……」

(閣下、泣くのが早すぎます。メイク崩れのリタッチ代は予算外ですよ)

ドールは内心で警告しつつ、アークの手を取った。

厳かな音楽が流れる。

司祭が咳払いをして、誓いの言葉を述べ始めた。

「新郎、アーク・レイブン。汝、健やかなる時も、病める時も……」

「誓います!!」

アークが食い気味に叫んだ。

「彼女が病める時は世界最高の名医を呼び、貧する時は私の全財産を投げ出し、彼女の笑顔(レア)のためなら命さえ惜しまないことを、天地神明に誓います!」

「……えー、はい。熱意は伝わりました」

司祭が少し引きつつ、ドールに向き直る。

「新婦、ドール・ヴァレンタイン。汝、健やかなる時も……」

「誓います」

ドールは淡々と答えた。

「契約に基づき、彼の資産および健康を管理し、リスクを最小化し、利益(幸福)を最大化するパートナーとして、その責務を全うすることを誓います」

「……あ、はい。随分とビジネスライクですが、成立とします」

会場からクスクスと笑いが漏れる。

国王陛下も最前列で腹を抱えて笑っている。

「では、誓いのキスを……」

アークがベールを上げようとした、その時だった。

バンッ!!

大聖堂の重厚な扉が、乱暴に開け放たれた。

「待ったぁぁぁぁ!!」

「その結婚、認めなぁぁぁい!!」

どよめきが広がる。

逆光の中に立っていたのは、ボロボロの囚人服を着た男女。

カイルとミナだった。

彼らは強制労働施設から脱走し、泥だらけの姿でここまで辿り着いたのだ。

「カイル殿下!? なぜここに!?」

「衛兵! 何をしている!」

会場がパニックになりかける。

しかし、ドールだけは動じなかった。

彼女は懐中時計を確認した。

(……到着予定時刻より三分遅れ。交通渋滞でもあったんかな?)

ドールは無表情のまま、アークを見上げた。

「閣下。……『余興』のゲストが到着されたようです」

「……ドール。君、まさかこれを予期していたのか?」

「当然です。昨夜の脱走情報を受けて、迎撃プランBに移行しました」

ドールはドレスの裾をさばき、一歩前に出た。

カイルとミナが、祭壇に向かって走ってくる。

「ドール! 貴様だけ幸せになるなど許さんぞ!」

カイルが叫ぶ。

「アーク様は私のものよ! 返して!」

ミナが叫ぶ。

二人の目は血走り、完全に理性を失っていた。

護衛の騎士たちが動こうとするが、ドールが手で制した。

「結構です。……追加料金(人件費)が掛かりますので」

ドールは指をパチンと鳴らした。

その瞬間。

プシュアァァァァァ……!

祭壇の両脇に設置された装置から、大量の「シャボン玉」が噴射された。

第18話でドールが提案し、自作した『シャボン玉演出』である。

ただし、中身が違った。

「うわっ!? なんだこれ!?」

「前が見えない! きゃあ!」

カイルとミナが、シャボン玉の嵐に包まれる。

このシャボン液は、ドールが王立化学研究所の友人に特注した『超高粘度・拘束用ポリマー配合洗剤』だった。

割れるとベタベタになり、糸を引いて絡みつく。

鳥モチのシャボン玉版である。

「ぬわぁっ! 足が! 足が取れない!」

「いやぁぁ! ドレス(囚人服)がベトベトぉぉ!」

二人は床のレッドカーペットの上で、シャボン玉に絡め取られ、無様に転倒した。

もがけばもがくほど、粘着成分が絡みつく。

「……な、なんだこれは……!」

アークが目を丸くする。

「ただのシャボン玉ですよ」

ドールは涼しい顔で解説した。

「ただし、『絶対に逃さない』という強い意志(粘着力)を込めました。……材料費は安かったですが、効果は抜群ですね」

会場の貴族たちは、呆気にとられた後、その光景のあまりの滑稽さに爆笑した。

かつての王太子と、その愛人が、結婚式で「ハエ取り紙」のように捕獲されているのだ。

「くそっ、離せ! 僕は王太子だぞ!」

カイルが床に頬を張り付かせたまま喚く。

そこへ、一人の男性が歩み寄った。

ランバート国王陛下である。

「……カイル」

「ち、父上……! 助けてください! この女が僕を罠に……!」

国王は冷ややかな目で見下ろした。

「見苦しいぞ、愚か者。……お前はもう王太子ではない。ただの脱獄囚だ」

「そ、そんな……!」

「私の弟の晴れ舞台を汚した罪、万死に値する。……だが」

国王はドールを見て、ニヤリと笑った。

「ドール嬢の『余興』のおかげで、皆が楽しめたようだ。……命だけは助けてやろう」

「ひっ……!」

「衛兵! この粘着質の二人を回収せよ! ……刑期を三倍にして、最も過酷な鉱山へ送れ!」

「はっ!」

衛兵たちが、ベトベトになった二人を引きずっていく。

「いやだぁぁ! アーク様ぁぁぁ!」

「ドール! 覚えてろぉぉぉ!」

二人の絶叫は、大聖堂の扉の向こうへと消えていった。

あとに残ったのは、虹色に輝くシャボン玉と、静寂。

そして。

「……ぷっ」

アークが吹き出した。

「はははは! 最高だ! 最高の『ざまぁ』だよ、ドール!」

アークは涙を流して笑った。

「まさか、感動の演出用アイテムを、捕獲兵器にするとは!」

「一石二鳥です」

ドールは、まだ空中に漂っているシャボン玉を指差した。

「見てください。……光を反射して、綺麗でしょう?」

その言葉通り、粘着ポリマー入りのシャボン玉は、通常のそれよりも厚みがあり、宝石のように強く輝いていた。

「……ああ。君の言う通りだ」

アークは笑い収めると、再びドールに向き直った。

「邪魔者は消えた。……続きをしようか」

「はい。……延長料金が発生する前に」

アークはベールを上げた。

そこにあるのは、無表情だが、どこか誇らしげなドールの顔。

「……愛しているよ、私の最強の奥さん」

「……私もです。私の最優良物件(ダーリン)」

二人の唇が重なる。

シャボン玉が弾ける音と、割れんばかりの拍手が、二人を包み込んだ。

          *

披露宴。

アークの公約通り、高さ五メートルのウエディングケーキ(中身は発泡スチロール)が登場し、ドール考案の『集金ツアー(キャンドルサービス)』が行われた。

「お祝いのお言葉、ありがとうございます。……ご祝儀はこちらの袋へ」

ドールが各テーブルを回るたびに、カゴが金貨で埋まっていく。

「さ、さすがはドール様……。結婚式でも稼ぐとは……」

「いや、むしろ清々しい!」

「払おう! 今日のショー(カイル撃退)の観覧料だと思えば安いものだ!」

貴族たちは喜んで財布の紐を緩めた。

ドールの合理性と強かさは、もはや一種のカリスマ性を帯びていたのだ。

宴の終わり。

アークはドールの耳元で囁いた。

「……さて、ドール。そろそろ『二次会』の時間だ」

「二次会? 予定表にはありませんが」

「私と君だけの二次会だよ。……初夜とも言うね」

アークの色っぽい視線に、ドールの心臓がトクンと跳ねた。

「……契約書、第一条を覚えていますか?」

ドールは必死に平静を装う。

「『アークの容姿(美貌)を損なう行為(寝不足)は禁止』ですよ?」

「大丈夫。……明日は日曜日だ。昼まで寝ていればいい」

アークはドールをお姫様抱っこした。

「きゃっ!?」

「さあ、行こうか。……今夜は、君の『無表情』を、徹底的に崩させてもらうよ」

アークは悪戯っぽく笑い、ドールを連れ去った。

「ちょ、閣下! ドレスのレンタル時間が……!」

「延長料金なら、私が一生分払うさ!」

夜空には、ドールが(予算内で)手配した花火が上がり、二人の門出を祝福していた。

『悪役令嬢ドールは表情筋が死んでいる』

その物語は、ここで一旦の幕を閉じる。

だが、彼女の『公爵夫人』としての、そして『最強の妻』としての伝説は、まだ始まったばかりである。

なぜなら、翌朝のベッドの中で、ドールはすでに『出産育児費用の積立計画書』を脳内で作成し始めていたのだから――。
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