悪役令嬢ドールは婚約破棄も無表情で承る!

ちゅんりー

文字の大きさ
21 / 24

21

しおりを挟む
王立大聖堂。

ステンドグラスから差し込む五色の光の中、ドールはバージンロードを歩いていた。

マダム・シルク渾身の「高機能ウエディングドレス」は、完璧な仕事をしてくれている。

軽い。動きやすい。そして、参列者の溜息を誘うほど美しい。

隣を歩く父ロベルトは、いつもの無表情だったが、その歩幅はドールのドレスを踏まないようミリ単位で調整されていた。

祭壇の前には、白の礼服に身を包んだアークが待っている。

彼はドールの姿を見た瞬間、ハンカチで目元を覆った。

「……うっ、美しい……! 天使か……いや、女神……」

(閣下、泣くのが早すぎます。メイク崩れのリタッチ代は予算外ですよ)

ドールは内心で警告しつつ、アークの手を取った。

厳かな音楽が流れる。

司祭が咳払いをして、誓いの言葉を述べ始めた。

「新郎、アーク・レイブン。汝、健やかなる時も、病める時も……」

「誓います!!」

アークが食い気味に叫んだ。

「彼女が病める時は世界最高の名医を呼び、貧する時は私の全財産を投げ出し、彼女の笑顔(レア)のためなら命さえ惜しまないことを、天地神明に誓います!」

「……えー、はい。熱意は伝わりました」

司祭が少し引きつつ、ドールに向き直る。

「新婦、ドール・ヴァレンタイン。汝、健やかなる時も……」

「誓います」

ドールは淡々と答えた。

「契約に基づき、彼の資産および健康を管理し、リスクを最小化し、利益(幸福)を最大化するパートナーとして、その責務を全うすることを誓います」

「……あ、はい。随分とビジネスライクですが、成立とします」

会場からクスクスと笑いが漏れる。

国王陛下も最前列で腹を抱えて笑っている。

「では、誓いのキスを……」

アークがベールを上げようとした、その時だった。

バンッ!!

大聖堂の重厚な扉が、乱暴に開け放たれた。

「待ったぁぁぁぁ!!」

「その結婚、認めなぁぁぁい!!」

どよめきが広がる。

逆光の中に立っていたのは、ボロボロの囚人服を着た男女。

カイルとミナだった。

彼らは強制労働施設から脱走し、泥だらけの姿でここまで辿り着いたのだ。

「カイル殿下!? なぜここに!?」

「衛兵! 何をしている!」

会場がパニックになりかける。

しかし、ドールだけは動じなかった。

彼女は懐中時計を確認した。

(……到着予定時刻より三分遅れ。交通渋滞でもあったんかな?)

ドールは無表情のまま、アークを見上げた。

「閣下。……『余興』のゲストが到着されたようです」

「……ドール。君、まさかこれを予期していたのか?」

「当然です。昨夜の脱走情報を受けて、迎撃プランBに移行しました」

ドールはドレスの裾をさばき、一歩前に出た。

カイルとミナが、祭壇に向かって走ってくる。

「ドール! 貴様だけ幸せになるなど許さんぞ!」

カイルが叫ぶ。

「アーク様は私のものよ! 返して!」

ミナが叫ぶ。

二人の目は血走り、完全に理性を失っていた。

護衛の騎士たちが動こうとするが、ドールが手で制した。

「結構です。……追加料金(人件費)が掛かりますので」

ドールは指をパチンと鳴らした。

その瞬間。

プシュアァァァァァ……!

祭壇の両脇に設置された装置から、大量の「シャボン玉」が噴射された。

第18話でドールが提案し、自作した『シャボン玉演出』である。

ただし、中身が違った。

「うわっ!? なんだこれ!?」

「前が見えない! きゃあ!」

カイルとミナが、シャボン玉の嵐に包まれる。

このシャボン液は、ドールが王立化学研究所の友人に特注した『超高粘度・拘束用ポリマー配合洗剤』だった。

割れるとベタベタになり、糸を引いて絡みつく。

鳥モチのシャボン玉版である。

「ぬわぁっ! 足が! 足が取れない!」

「いやぁぁ! ドレス(囚人服)がベトベトぉぉ!」

二人は床のレッドカーペットの上で、シャボン玉に絡め取られ、無様に転倒した。

もがけばもがくほど、粘着成分が絡みつく。

「……な、なんだこれは……!」

アークが目を丸くする。

「ただのシャボン玉ですよ」

ドールは涼しい顔で解説した。

「ただし、『絶対に逃さない』という強い意志(粘着力)を込めました。……材料費は安かったですが、効果は抜群ですね」

会場の貴族たちは、呆気にとられた後、その光景のあまりの滑稽さに爆笑した。

かつての王太子と、その愛人が、結婚式で「ハエ取り紙」のように捕獲されているのだ。

「くそっ、離せ! 僕は王太子だぞ!」

カイルが床に頬を張り付かせたまま喚く。

そこへ、一人の男性が歩み寄った。

ランバート国王陛下である。

「……カイル」

「ち、父上……! 助けてください! この女が僕を罠に……!」

国王は冷ややかな目で見下ろした。

「見苦しいぞ、愚か者。……お前はもう王太子ではない。ただの脱獄囚だ」

「そ、そんな……!」

「私の弟の晴れ舞台を汚した罪、万死に値する。……だが」

国王はドールを見て、ニヤリと笑った。

「ドール嬢の『余興』のおかげで、皆が楽しめたようだ。……命だけは助けてやろう」

「ひっ……!」

「衛兵! この粘着質の二人を回収せよ! ……刑期を三倍にして、最も過酷な鉱山へ送れ!」

「はっ!」

衛兵たちが、ベトベトになった二人を引きずっていく。

「いやだぁぁ! アーク様ぁぁぁ!」

「ドール! 覚えてろぉぉぉ!」

二人の絶叫は、大聖堂の扉の向こうへと消えていった。

あとに残ったのは、虹色に輝くシャボン玉と、静寂。

そして。

「……ぷっ」

アークが吹き出した。

「はははは! 最高だ! 最高の『ざまぁ』だよ、ドール!」

アークは涙を流して笑った。

「まさか、感動の演出用アイテムを、捕獲兵器にするとは!」

「一石二鳥です」

ドールは、まだ空中に漂っているシャボン玉を指差した。

「見てください。……光を反射して、綺麗でしょう?」

その言葉通り、粘着ポリマー入りのシャボン玉は、通常のそれよりも厚みがあり、宝石のように強く輝いていた。

「……ああ。君の言う通りだ」

アークは笑い収めると、再びドールに向き直った。

「邪魔者は消えた。……続きをしようか」

「はい。……延長料金が発生する前に」

アークはベールを上げた。

そこにあるのは、無表情だが、どこか誇らしげなドールの顔。

「……愛しているよ、私の最強の奥さん」

「……私もです。私の最優良物件(ダーリン)」

二人の唇が重なる。

シャボン玉が弾ける音と、割れんばかりの拍手が、二人を包み込んだ。

          *

披露宴。

アークの公約通り、高さ五メートルのウエディングケーキ(中身は発泡スチロール)が登場し、ドール考案の『集金ツアー(キャンドルサービス)』が行われた。

「お祝いのお言葉、ありがとうございます。……ご祝儀はこちらの袋へ」

ドールが各テーブルを回るたびに、カゴが金貨で埋まっていく。

「さ、さすがはドール様……。結婚式でも稼ぐとは……」

「いや、むしろ清々しい!」

「払おう! 今日のショー(カイル撃退)の観覧料だと思えば安いものだ!」

貴族たちは喜んで財布の紐を緩めた。

ドールの合理性と強かさは、もはや一種のカリスマ性を帯びていたのだ。

宴の終わり。

アークはドールの耳元で囁いた。

「……さて、ドール。そろそろ『二次会』の時間だ」

「二次会? 予定表にはありませんが」

「私と君だけの二次会だよ。……初夜とも言うね」

アークの色っぽい視線に、ドールの心臓がトクンと跳ねた。

「……契約書、第一条を覚えていますか?」

ドールは必死に平静を装う。

「『アークの容姿(美貌)を損なう行為(寝不足)は禁止』ですよ?」

「大丈夫。……明日は日曜日だ。昼まで寝ていればいい」

アークはドールをお姫様抱っこした。

「きゃっ!?」

「さあ、行こうか。……今夜は、君の『無表情』を、徹底的に崩させてもらうよ」

アークは悪戯っぽく笑い、ドールを連れ去った。

「ちょ、閣下! ドレスのレンタル時間が……!」

「延長料金なら、私が一生分払うさ!」

夜空には、ドールが(予算内で)手配した花火が上がり、二人の門出を祝福していた。

『悪役令嬢ドールは表情筋が死んでいる』

その物語は、ここで一旦の幕を閉じる。

だが、彼女の『公爵夫人』としての、そして『最強の妻』としての伝説は、まだ始まったばかりである。

なぜなら、翌朝のベッドの中で、ドールはすでに『出産育児費用の積立計画書』を脳内で作成し始めていたのだから――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛

Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。 全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

過去に戻った筈の王

基本二度寝
恋愛
王太子は後悔した。 婚約者に婚約破棄を突きつけ、子爵令嬢と結ばれた。 しかし、甘い恋人の時間は終わる。 子爵令嬢は妃という重圧に耐えられなかった。 彼女だったなら、こうはならなかった。 婚約者と結婚し、子爵令嬢を側妃にしていれば。 後悔の日々だった。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

処理中です...