悪役令嬢ドールは婚約破棄も無表情で承る!

ちゅんりー

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結婚式の翌朝。宰相府、主寝室。

小鳥のさえずりが響く中、アーク・レイブンは目を覚ました。

隣には、愛する妻ドールが……いなかった。

「……あれ? ドール?」

アークはガバッと起き上がった。

昨夜はあんなに情熱的だったのに(アーク視点)、もしや夢だったのか?

あるいは、朝起きたら「やっぱり契約解除します」という置手紙があったりして……。

不安に駆られたアークがリビングへ行くと、そこには朝日を浴びて輝くドールの姿があった。

彼女はダイニングテーブルに座り、山のような「ご祝儀袋」と格闘していた。

「……おはようございます、あなた」

ドールは無表情のまま、電卓を叩く手を止めずに挨拶した。

「おはよう、ドール。……朝から何をしているんだい?」

「昨日の収支決算です」

ドールは一枚の紙をヒラリと見せた。

「結果をご報告します。……黒字です。それも、過去最高益を更新しました」

「……新婚初日の朝の会話がそれかい?」

「重要なことです。カイル殿下たちの乱入による『被害額(精神的苦痛)』を、国王陛下からの『お詫び金』が上回りました。……実質、焼け太りですね」

ドールは満足げに頷いた。

「これで、新婚旅行の予算を二割増しにできます」

「おっ! それは朗報だね!」

アークの顔がパッと明るくなる。

「じゃあ、予定通り『南の島のリゾート』で、スイートに泊まれるね?」

「はい。……ただし」

ドールは眼鏡(事務用)をクイッと上げた。

「ただ遊ぶだけでは非生産的です。……現地の『観光産業の視察』も兼ねて行きます。そうすれば旅費の一部を経費計上できますので」

「……君は本当にブレないな」

          *

数日後。南の楽園、アクア王国。

透き通るような青い海、白い砂浜。

アークとドールは、完全プライベートビーチにいた。

「見てくれドール! 海だ! 最高だね!」

アークはアロハシャツにサングラスという、浮かれた観光客スタイルで海に向かって叫んだ。

一方、ドールは。

パラソルの下で、ビーチチェアに座り、分厚いノートに何かを書き込んでいた。

格好は、つば広の帽子に長袖のラッシュガード、足元まで隠れるパレオ。

露出面積は限りなくゼロに近い。

「……ドール。君、暑くないのかい?」

「紫外線は肌の敵(資産価値の低下要因)です。……それに、現在このビーチの稼働率を計算しています」

ドールはペンを走らせる。

「客単価、回転率、維持費……。このプライベートビーチ、貸切料金が高すぎますね。これでは一般層を取り込めず、機会損失を生んでいます」

「ドール、頼むから仕事モードをオフにしてくれ」

アークが泣きついた。

「せっかくの水着なんだから、そのパレオを取って見せておくれよ」

「嫌です。減ります」

「減らないよ! ……お願いだ、一生のお願いだ!」

「一生のお願いは、結婚式の時に『誓いのキス』で使いましたよね?」

「更新したんだ!」

アークがあまりにしつこいので、ドールはため息をつき、パレオを外した。

その下には、シンプルな白のワンピース水着。

しかし、その白さがドールの肌の白さと相まって、陽光の下で眩いばかりに輝いている。

「……っ!!」

アークがサングラスをずらし、胸を押さえた。

「……破壊力が……すごい」

「機能性重視の競泳用ですが」

「いや、それがいい。……その飾らない美しさが、君らしくて最高だ」

アークはうっとりとドールを見つめ、そしてカメラ(魔道具)を構えた。

「記念撮影だ! 今のポーズで! あ、ちょっと憂いを帯びた顔で『あーあ、早く帰って数字が見たいな』って考えてみて!」

「……注文が多いですね」

パシャリ。

一枚の奇跡の写真が撮れた。

背景の青い海、白い砂浜、そして能面のように涼しい顔で立つ絶世の美女。

タイトルをつけるなら『冷徹なるヴィーナス』だろうか。

「家宝にするよ」

「現像代は請求します」

          *

夕方。

二人は地元の市場(バザール)へと繰り出した。

異国情緒あふれる雑貨や、珍しいフルーツが並んでいる。

「ドール、あれ見て。可愛い置物があるよ」

アークが指差したのは、木彫りの変な像だった。

店主が揉み手をして近づいてくる。

「ヘイ、旦那! お目が高い! これは『幸せを呼ぶ神様』だよ! 今なら特別に金貨一枚でいいよ!」

「へえ、安いじゃないか。買おうかな」

アークが財布を出そうとした瞬間。

バシッ!

ドールがその手を叩いた。

「待ってください。……ボラれています」

ドールは無表情で店主の前に立った。

「店主さん。この木彫り、素材は高級な黒檀ではなく、ただの雑木を黒く塗っただけですね?」

「えっ? い、いや、そんなことは……」

「塗料の匂いがします。それに、底の部分に『大量生産』の刻印が見えますが」

ドールは像をひっくり返した。

店主がギクリとする。

「さらに、観光客向けの相場を見ても、これは銀貨一〇枚が妥当です。……それを金貨一枚(銀貨一〇〇枚相当)とは、暴利貪り罪で通報レベルですよ?」

ドールの目が座っている。

「ひぃっ! わ、わかったよ! 銀貨五枚! 五枚でいいから!」

「三枚なら買います。まとめ買いするなら二枚まで下げてください」

「お、鬼だ……あんた鬼だ……!」

結局、ドールは銀貨二枚で像を購入し、おまけにフルーツまでつけさせた。

「……すごいな、ドール」

アークが戦利品を持ちながら感心する。

「現地の商人顔負けだ」

「適正価格への修正です。……夫の財布を守るのも、妻の務めですので」

ドールは果物を齧りながら言った。

「それに、浮いたお金で、今夜のディナーのワインをワンランク上げられます」

「……君は本当に、合理的で愛おしいよ」

アークはドールの肩を抱き寄せた。

夕日が沈み、空が茜色に染まっていく。

異国の雑踏の中、二人は寄り添って歩いた。

「……ねえ、ドール」

「はい」

「幸せかい?」

アークが唐突に尋ねた。

ドールは少し考えた。

幸せの定義。

資産の増加? 安定した生活? 健康?

それらはすべて満たされている。

だが、それ以上に。

隣にいるこの男の手の温もりが、何よりも心地よいと感じている自分(バグ)がいる。

ドールは、アークの方を見ずに答えた。

「……そうですね」

「……」

「現在の幸福度指数、および生活満足度を総合的に評価した結果……『AAA(トリプルエー)』ランクです」

「……そっか」

アークが嬉しそうに笑う気配がした。

「それは、株価上昇中ってことかな?」

「ストップ高です。……売り抜ける予定はありませんので、ご安心を」

「ありがとう。……私もだよ」

アークはドールの頬にキスをした。

ドールは夕日のせいにして、赤くなった顔を隠した。

新婚旅行はまだ続く。

この先も、ドールの電卓と、アークの愛の言葉が止まることはないだろう。

『悪役令嬢ドールは表情筋が死んでいる』
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