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「……決まりましたわ。我がジャム工場の社名は『メゾン・ド・オレンジ・リベンジ』です!」
森の工房に、私の高らかな宣言が響き渡った。
机を囲んでいたアールグレイ公爵とダージリン様が、同時に微妙な表情を浮かべる。
「……マーマレード嬢。リベンジ(復讐)というのは、少々物騒ではないか? せっかくの芳醇な香りが、怨念のスパイスに塗りつぶされそうだ」
「何を仰いますか、閣下。この苦味こそが、私を捨てた者たちへの最高の意返し。一口食べれば、彼らが失ったものの大きさに涙する……。これ以上のコンセプトがありますか?」
私が鼻息荒く語ると、ダージリン様が扇子で口元を隠しながら苦笑した。
「お嬢さん、お嬢さん。ビジネスには『華』が必要です。復讐を掲げるよりも『黄金の夜明け』とか『女神の接吻』とか、そういう夢のある名前の方が、貴婦人たちの財布の紐は緩みますよ」
「女神の接吻……? なんだか、唇がオレンジ色に染まりそうで嫌ですわ。却下です!」
私は、愛用の大きな銅鍋をバンと叩いた。
「私の商売道具は、この鍋ひとつ。これさえあれば、どんな荒れ地でも王国を築けますの。さあ、ダージリン様。お願いしていた『瓶』のサンプルは見せていただけますか?」
「もちろんです。僕の審美眼に叶った、最高傑作ですよ」
ダージリン様が合図を出すと、部下たちがいくつかの小箱を運び込んできた。
中から現れたのは、光を浴びてキラキラと輝く、多面カットされたクリスタル風のガラス瓶だった。
「まあ……! なんて綺麗。これ、まるで大きな宝石みたいですわ!」
「でしょう? 中身がビターオレンジの琥珀色なら、まるで太陽を閉じ込めたように見えるはずです。この瓶ひとつで、金貨三枚の価値は上乗せできますね」
「金貨三枚!? ジャムより瓶の方が高いじゃありませんか!」
私が驚愕していると、公爵が横からそっと手を伸ばし、瓶の首を掴んだ。
「……ふん。見た目ばかり派手だな。大事なのは中身が漏れないことと、私の胃袋へスムーズに移動できる形状であることだ。この口の広さなら、スプーンを突っ込みやすくて合格だな」
「閣下、それは審査基準が私欲にまみれすぎていますわ」
私は呆れながらも、その美しい瓶に出来立てのジャムを注ぎ込んだ。
黄金色の液体がガラスのカットに反射し、工房全体がオレンジ色の光に包まれる。
「……完璧ですわ。あとはこれを、どうやって王都へ運ぶかですけれど」
「それについては、私の私設騎士団を使えばいい。盗賊だろうが魔物だろうが、このジャムに指一本触れさせん。……いや、むしろ私が運ぶ最中に食べてしまわないよう、自分に枷をはめる必要があるな」
「閣下、あなたが一番のセキュリティホールですわよ」
私は笑いながら、瓶の蓋をしっかりと閉めた。
「ダージリン様、販売ルートはどうしますの? やっぱり、高級店に卸すのが一番かしら」
「いいえ。最初は『オークション』にしましょう。限定十個。この森の噂を聞きつけた食通たちに、殺し合いをさせるんです。値段が吊り上がったところで、一気に一般販売を開始する。これが僕のやり方です」
「殺し合い……。商売人って、騎士様より過激なんですのね」
私は少し引き気味に頷いたが、彼らのやる気は本物だった。
婚約破棄された時、私の手元には本当に鍋ひとつしかなかった。
それが今、隣国の公爵と、世界一の商人を従えて、巨大なビジネスを動かそうとしている。
「……なんだか、楽しくなってきましたわ。レモン殿下に請求書を送った甲斐がありました」
「請求書? あんな紙切れ、あいつが払うと思うか?」
公爵が鼻で笑う。
「払わなくて結構ですわ。その代わり、このジャムの売上で、王宮の予算を丸ごと買い取って差し上げるつもりですから。……さあ、捏ねますわよ! 今夜は、出荷お祝い用の特大オレンジパイです!」
「パイだと!? よし、ダージリン。貴様は外で瓶を磨いていろ。パイは私の隣で、彼女と二人で食べるものだ」
「嫌ですよ、閣下。僕だって、女神のパイを食べる権利があります。……さあ、お嬢さん。バターをたっぷり使ってくださいね!」
二人の美男子が、再び子供のような口喧嘩を始める。
私はその声をBGMに、力一杯、パイ生地を台に叩きつけた。
ドシン、ドシンという音が、私の成功へのカウントダウンのように響いていた。
森の工房に、私の高らかな宣言が響き渡った。
机を囲んでいたアールグレイ公爵とダージリン様が、同時に微妙な表情を浮かべる。
「……マーマレード嬢。リベンジ(復讐)というのは、少々物騒ではないか? せっかくの芳醇な香りが、怨念のスパイスに塗りつぶされそうだ」
「何を仰いますか、閣下。この苦味こそが、私を捨てた者たちへの最高の意返し。一口食べれば、彼らが失ったものの大きさに涙する……。これ以上のコンセプトがありますか?」
私が鼻息荒く語ると、ダージリン様が扇子で口元を隠しながら苦笑した。
「お嬢さん、お嬢さん。ビジネスには『華』が必要です。復讐を掲げるよりも『黄金の夜明け』とか『女神の接吻』とか、そういう夢のある名前の方が、貴婦人たちの財布の紐は緩みますよ」
「女神の接吻……? なんだか、唇がオレンジ色に染まりそうで嫌ですわ。却下です!」
私は、愛用の大きな銅鍋をバンと叩いた。
「私の商売道具は、この鍋ひとつ。これさえあれば、どんな荒れ地でも王国を築けますの。さあ、ダージリン様。お願いしていた『瓶』のサンプルは見せていただけますか?」
「もちろんです。僕の審美眼に叶った、最高傑作ですよ」
ダージリン様が合図を出すと、部下たちがいくつかの小箱を運び込んできた。
中から現れたのは、光を浴びてキラキラと輝く、多面カットされたクリスタル風のガラス瓶だった。
「まあ……! なんて綺麗。これ、まるで大きな宝石みたいですわ!」
「でしょう? 中身がビターオレンジの琥珀色なら、まるで太陽を閉じ込めたように見えるはずです。この瓶ひとつで、金貨三枚の価値は上乗せできますね」
「金貨三枚!? ジャムより瓶の方が高いじゃありませんか!」
私が驚愕していると、公爵が横からそっと手を伸ばし、瓶の首を掴んだ。
「……ふん。見た目ばかり派手だな。大事なのは中身が漏れないことと、私の胃袋へスムーズに移動できる形状であることだ。この口の広さなら、スプーンを突っ込みやすくて合格だな」
「閣下、それは審査基準が私欲にまみれすぎていますわ」
私は呆れながらも、その美しい瓶に出来立てのジャムを注ぎ込んだ。
黄金色の液体がガラスのカットに反射し、工房全体がオレンジ色の光に包まれる。
「……完璧ですわ。あとはこれを、どうやって王都へ運ぶかですけれど」
「それについては、私の私設騎士団を使えばいい。盗賊だろうが魔物だろうが、このジャムに指一本触れさせん。……いや、むしろ私が運ぶ最中に食べてしまわないよう、自分に枷をはめる必要があるな」
「閣下、あなたが一番のセキュリティホールですわよ」
私は笑いながら、瓶の蓋をしっかりと閉めた。
「ダージリン様、販売ルートはどうしますの? やっぱり、高級店に卸すのが一番かしら」
「いいえ。最初は『オークション』にしましょう。限定十個。この森の噂を聞きつけた食通たちに、殺し合いをさせるんです。値段が吊り上がったところで、一気に一般販売を開始する。これが僕のやり方です」
「殺し合い……。商売人って、騎士様より過激なんですのね」
私は少し引き気味に頷いたが、彼らのやる気は本物だった。
婚約破棄された時、私の手元には本当に鍋ひとつしかなかった。
それが今、隣国の公爵と、世界一の商人を従えて、巨大なビジネスを動かそうとしている。
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「パイだと!? よし、ダージリン。貴様は外で瓶を磨いていろ。パイは私の隣で、彼女と二人で食べるものだ」
「嫌ですよ、閣下。僕だって、女神のパイを食べる権利があります。……さあ、お嬢さん。バターをたっぷり使ってくださいね!」
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