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収穫祭の一日目は、私たちの「メゾン・ド・オレンジ・リベンジ」の圧勝に終わった。
用意していた三千個の試食用スコーンは昼過ぎに完売し、予約注文の列は広場を三周半も回るほどだった。
「ふふふ……。心地よい疲れですわ。閣下、私の右手がジャムをよそう形のまま固まってしまいましたわ」
私は、ブースの裏でパンパンになった手首をさすりながら笑った。
「よくやった、マーマレード。君のジャムが、この国の住人の味覚を正常に戻したのだ。……さあ、明日の最終日に向けて、最高傑作の『熟成ビター・ロイヤル』を蔵から出してこよう」
アールグレイ公爵が、自分の分もしっかりキープした皿を片手に、頼もしく頷いた。
明日の最終日は、王妃様による最優秀賞の選定がある。
そこで認められれば、私のジャムはこの国の「国賓級食材」として登録されるのだ。
しかし、世の中そう上手くはいかない。
夜の帳が下りた広場で、怪しい影が二つ、私たちの保管庫へと近づいていた。
「……キーィィィ!! 見てなさい、マーマレード! あんな苦っ苦しい泥水、全部捨ててやるんですわぉ!」
シュガー様が、ピンク色の派手な頭巾で顔を隠し(全く隠せていないが)、震える手で鍵を開けようとしていた。
「シュ、シュガー……。もうやめよう。これ以上不敬なことをしたら、本当に私の王位継承権が削り取られてしまう……」
背後でレモン殿下が、震えながらバケツを持たされている。
そのバケツの中には、鼻が曲がるほど甘ったるい「特製・超粘着性シュガーシロップ」がなみなみと入っていた。
「殿下は黙って見ていればいいんですのぉ! あいつのジャムを全部このシロップと入れ替えて、明日食べた王妃様が『激甘で死にそう!』って叫ぶところを晒してやるんですわぉ!」
「……そんな子供騙しのような作戦……。でも、確かにあのジャムさえなければ、私の胃もこれ以上苦しまなくて済むのかもしれない……」
レモン殿下は、重度の食生活破綻により、もはや善悪の判断すらつかなくなっていた。
シュガー様は持参したピッキング道具(どこで覚えたのか)で、カチリと保管庫の鍵を開けた。
中には、明日お披露目されるはずの、黄金色の瓶が整然と並んでいる。
「見つけましたわぉ! さあ、殿下! 中身をぶちまけて、このピンクの糊を詰め込むのですわぉ!」
「……わかった。……すまない、マーマレード。私の胃を救うためなのだ……」
暗闇の中で、瓶の蓋が開けられる音が響く。
シュガー様は、一瓶ずつ丁寧に中身を抜き取り、代わりにドロドロのシロップを詰め替えていった。
翌朝。
私は、収穫祭のフィナーレを飾るべく、鼻歌を歌いながら保管庫を開けた。
「おはよう、私の愛しいジャムたち。今日も世界をオレンジ色に……」
言葉が、途中で止まった。
「……あら?」
棚に並んでいる瓶の様子がおかしい。
いつもなら、朝日を浴びて琥珀色に輝くはずの中身が、なぜか……禍々しいほどの「ショッキングピンク」に変色している。
「な、なんですの、これ……!? 私のジャムが、毒々しい綿あめみたいになっていますわ!」
私は一瓶取り出し、蓋を開けた。
瞬間、立ち上ったのはフルーティーな香りではなく、脳を直接殴打するような、暴力的なまでの人工甘味料の匂いだった。
「…………っ! く、臭いですわ! 鼻がバカになりそうですわ!」
そこへ、アールグレイ公爵とダージリン様が揃って現れた。
「マーマレード、おはよう。……って、なんだその色は。新しい挑戦か? フラミンゴのジャムでも作ったのか?」
「違いますわよ、閣下! 見てください、全部……全部入れ替えられていますわ!」
ダージリン様が瓶を手に取り、真っ青な顔をした。
「そんな……! これは市場に出回っている最低ランクの粗悪なシロップです。お嬢さん、これでは今日の王妃様の審査に出せませんよ!」
「……シュガーですわね。あのピンクのむくみ女の仕業に違いありませんわ!」
私は怒りで肩を震わせた。
今日という日のために、森の男たちと汗を流し、公爵閣下に下僕になってもらい、丹精込めて作り上げた私の結晶が、無惨な砂糖の塊に成り果てていた。
「どうしましょう……。審査まであと三時間。今から森に戻って作り直すなんて、物理的に不可能ですわ!」
「……万事休す、か。……いや、マーマレード。君はまだ、諦めていないな?」
公爵が、私の握りしめた拳を見て、ニヤリと笑った。
「もちろんですわ、閣下。私の辞書に『妥協』という文字はありません。……材料がない? いいえ、会場には世界中の食材が集まっているではありませんか」
私は、棚の隅に唯一残されていた「空の銅鍋」を掴んだ。
「ダージリン様! 今すぐ広場から最高級のオレンジを二十キロ、それからレモンを十キロ、買い占めてきてください! お代は閣下のツケで!」
「わ、わかりました! 金貨を投げつけてでも持ってきます!」
「閣下! あなたは火を起こして! かつてないほどの大火力で、一気に煮詰めますわよ!」
「……面白い。私の魔力(?)を薪代わりに使ってでも、最高の温度を保ってやろう」
私は、荒らされた保管庫の真ん中で、不敵な笑みを浮かべた。
「シュガー様。私をただの令嬢だと思ったら大間違いですわ。私は、鍋ひとつで人生を切り拓いてきた料理人……。無いなら、今からここで煮ればいいだけのことですわ!」
絶望的な状況。残された時間はわずか。
しかし、私のリベンジの炎は、どの竈の火よりも熱く燃え上がっていた。
用意していた三千個の試食用スコーンは昼過ぎに完売し、予約注文の列は広場を三周半も回るほどだった。
「ふふふ……。心地よい疲れですわ。閣下、私の右手がジャムをよそう形のまま固まってしまいましたわ」
私は、ブースの裏でパンパンになった手首をさすりながら笑った。
「よくやった、マーマレード。君のジャムが、この国の住人の味覚を正常に戻したのだ。……さあ、明日の最終日に向けて、最高傑作の『熟成ビター・ロイヤル』を蔵から出してこよう」
アールグレイ公爵が、自分の分もしっかりキープした皿を片手に、頼もしく頷いた。
明日の最終日は、王妃様による最優秀賞の選定がある。
そこで認められれば、私のジャムはこの国の「国賓級食材」として登録されるのだ。
しかし、世の中そう上手くはいかない。
夜の帳が下りた広場で、怪しい影が二つ、私たちの保管庫へと近づいていた。
「……キーィィィ!! 見てなさい、マーマレード! あんな苦っ苦しい泥水、全部捨ててやるんですわぉ!」
シュガー様が、ピンク色の派手な頭巾で顔を隠し(全く隠せていないが)、震える手で鍵を開けようとしていた。
「シュ、シュガー……。もうやめよう。これ以上不敬なことをしたら、本当に私の王位継承権が削り取られてしまう……」
背後でレモン殿下が、震えながらバケツを持たされている。
そのバケツの中には、鼻が曲がるほど甘ったるい「特製・超粘着性シュガーシロップ」がなみなみと入っていた。
「殿下は黙って見ていればいいんですのぉ! あいつのジャムを全部このシロップと入れ替えて、明日食べた王妃様が『激甘で死にそう!』って叫ぶところを晒してやるんですわぉ!」
「……そんな子供騙しのような作戦……。でも、確かにあのジャムさえなければ、私の胃もこれ以上苦しまなくて済むのかもしれない……」
レモン殿下は、重度の食生活破綻により、もはや善悪の判断すらつかなくなっていた。
シュガー様は持参したピッキング道具(どこで覚えたのか)で、カチリと保管庫の鍵を開けた。
中には、明日お披露目されるはずの、黄金色の瓶が整然と並んでいる。
「見つけましたわぉ! さあ、殿下! 中身をぶちまけて、このピンクの糊を詰め込むのですわぉ!」
「……わかった。……すまない、マーマレード。私の胃を救うためなのだ……」
暗闇の中で、瓶の蓋が開けられる音が響く。
シュガー様は、一瓶ずつ丁寧に中身を抜き取り、代わりにドロドロのシロップを詰め替えていった。
翌朝。
私は、収穫祭のフィナーレを飾るべく、鼻歌を歌いながら保管庫を開けた。
「おはよう、私の愛しいジャムたち。今日も世界をオレンジ色に……」
言葉が、途中で止まった。
「……あら?」
棚に並んでいる瓶の様子がおかしい。
いつもなら、朝日を浴びて琥珀色に輝くはずの中身が、なぜか……禍々しいほどの「ショッキングピンク」に変色している。
「な、なんですの、これ……!? 私のジャムが、毒々しい綿あめみたいになっていますわ!」
私は一瓶取り出し、蓋を開けた。
瞬間、立ち上ったのはフルーティーな香りではなく、脳を直接殴打するような、暴力的なまでの人工甘味料の匂いだった。
「…………っ! く、臭いですわ! 鼻がバカになりそうですわ!」
そこへ、アールグレイ公爵とダージリン様が揃って現れた。
「マーマレード、おはよう。……って、なんだその色は。新しい挑戦か? フラミンゴのジャムでも作ったのか?」
「違いますわよ、閣下! 見てください、全部……全部入れ替えられていますわ!」
ダージリン様が瓶を手に取り、真っ青な顔をした。
「そんな……! これは市場に出回っている最低ランクの粗悪なシロップです。お嬢さん、これでは今日の王妃様の審査に出せませんよ!」
「……シュガーですわね。あのピンクのむくみ女の仕業に違いありませんわ!」
私は怒りで肩を震わせた。
今日という日のために、森の男たちと汗を流し、公爵閣下に下僕になってもらい、丹精込めて作り上げた私の結晶が、無惨な砂糖の塊に成り果てていた。
「どうしましょう……。審査まであと三時間。今から森に戻って作り直すなんて、物理的に不可能ですわ!」
「……万事休す、か。……いや、マーマレード。君はまだ、諦めていないな?」
公爵が、私の握りしめた拳を見て、ニヤリと笑った。
「もちろんですわ、閣下。私の辞書に『妥協』という文字はありません。……材料がない? いいえ、会場には世界中の食材が集まっているではありませんか」
私は、棚の隅に唯一残されていた「空の銅鍋」を掴んだ。
「ダージリン様! 今すぐ広場から最高級のオレンジを二十キロ、それからレモンを十キロ、買い占めてきてください! お代は閣下のツケで!」
「わ、わかりました! 金貨を投げつけてでも持ってきます!」
「閣下! あなたは火を起こして! かつてないほどの大火力で、一気に煮詰めますわよ!」
「……面白い。私の魔力(?)を薪代わりに使ってでも、最高の温度を保ってやろう」
私は、荒らされた保管庫の真ん中で、不敵な笑みを浮かべた。
「シュガー様。私をただの令嬢だと思ったら大間違いですわ。私は、鍋ひとつで人生を切り拓いてきた料理人……。無いなら、今からここで煮ればいいだけのことですわ!」
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