「戻ってきてもいいぞ?」という傲慢――許せませんわ。

ちゅんりー

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「待ってください! 認めませんわぉ! こんなの、ただのパフォーマンスですわぉ!」

泡を吹いて倒れたはずのシュガー様が、執念で起き上がり、王妃様の前に立ちはだかった。
その髪は振り乱れ、ドレスには先ほどのピンクのシロップがべったりと付着している。

「王妃様、騙されてはいけませんわぉ! この女は、神聖な祭典の場で野蛮にも鍋を振り回し、観衆を煽っただけですのぉ! 料理とは、もっと静謐で、甘美なものであるべきですわぉ!」

シュガー様の叫びに、周囲の観客たちがざわめき出す。
確かに、広場の真ん中で煙を上げながらジャムを煮る姿は、伝統的な貴婦人の振る舞いからは程遠い。

私は、おたまをマイクのように握り直し、一歩前へ出た。

「皆様、お聞きください!」

私の通る声に、広場の視線が再び一点に集まる。

「シュガー様は『野蛮』と仰いました。ですが、料理とは本来、命を繋ぐための熱い営みではありませんか? 出来立ての温かさ、立ち上がる香り、そして作り手の熱量。それを分かち合うことが、なぜ否定されなければならないのです?」

「そ、それは……! 品格というものがありますわぉ!」

「品格、ですか。では皆様に伺いますわ! こちらの『シュガー・タワー』と、私の『ライブ・マーマレード』。どちらが皆様の胃袋を、そして心を震わせましたか!?」

私の問いかけに、最前列にいた恰幅の良い市民が拳を突き上げた。

「決まってるだろ! あのお嬢さんのジャムだ! 煮ているところを見て、香りを嗅いで、俺たちの腹はもう鳴りっぱなしなんだよ!」

「そうだ! あのピンクの塔なんて、見てるだけで歯が浮いてくるぜ!」

「食べ物の恨みは恐ろしいんですのよ、シュガー様」

私はニヤリと笑い、ダージリン様に合図を送った。
彼は待ってましたとばかりに、昨夜荒らされた保管庫から「証拠品」のピンクの瓶を一つ持ってきた。

「皆様、これをご覧ください。私のジャムが、今朝方、何者かによってこの『着色料の塊』にすり替えられていましたの。……シュガー様、このシロップの出どころ、心当たりはありませんこと?」

「な、ななな、何のことですわぉ!? シュガーは知りませんわぉ!」

「あら、おかしいわね。この瓶の底、シュガー様がいつも愛用している『超強力・粘着マシュマロ香料』のラベルが微かに残っていますわよ?」

ダージリン様が瓶を観衆に見せびらかすように掲げる。
客たちから「卑怯者!」「正々堂々と戦え!」という罵声が飛び交い始めた。

「……う、うう……。シュガー、もうやめるんだ……。……皆が見ている……」

レモン殿下が、シュガー様の袖を弱々しく引いた。
だが、シュガー様はその手を振り払い、狂ったように笑い出した。

「いいえ! シュガーの甘みが一番ですわぉ! 殿下だって、あんなに『甘い、甘い』って喜んで……」

「喜んでなどいない! 私は……私はただ、断るのが怖かっただけだ! お前の菓子を食べるたびに、私の血管は砂糖菓子のように脆くなり、心は絶望に染まっていったのだ!」

殿下の魂の叫びに、会場が静まり返る。
王子が、自らの婚約者の料理を「絶望」と断じたのだ。これ以上の敗北はない。

「……王妃様。これが、砂糖で塗り固めた世界の成れの果てですわ。……甘さは、苦味があってこそ輝くもの。独りよがりの甘みは、毒でしかありませんの」

私は、王妃様に深く一礼した。
王妃様は、蔑むような冷ややかな目でシュガー様を一瞥し、そして私に優しく微笑みかけた。

「マーマレード嬢。あなたの言葉、そしてあなたのジャムが、何よりの真実を語っています。……不潔な真似をした者は、この広場から退場していただきましょう」

王妃様の護衛たちが、シュガー様とレモン殿下の脇を固める。

「離しなさい! シュガーは、シュガーは世界一可愛いんですわぉ! お砂糖こそが正義なんですわぉぉぉ!!」

シュガー様の叫び声が遠ざかっていく。
レモン殿下は、力なく引きずられながら、最後に私の方を振り返った。
その目は、謝罪でも未練でもなく、ただ「一口、そのジャムを……」という、飢えた獣のような渇望に満ちていた。

「……ふん。最後まで浅ましい男だ」

アールグレイ公爵が、私の肩を抱き寄せ、観衆の前に立った。

「皆様! 悪しき味覚は去った! これより、真の優勝者であるマーマレード嬢のジャムを、広場にいる全員に振る舞うことを許可しよう! 代金は……すべて、私が持つ!」

「「「うおおおおおおおおお!!」」」

広場に、地響きのような歓声が上がった。

「閣下! またそんな勝手なことを! 私のジャムが足りなくなっちゃいますわ!」

「案ずるな。足りないなら、また煮ればいい。……今度は、私の愛も隠し味に混ぜてな」

「……もう! そんな恥ずかしいこと、大声で言わないでくださいまし!」

私は真っ赤になりながらも、再び木ベラを握った。
観客たちの笑顔、そして隣にいる心強いパートナー。
私の「リベンジ」は、ただの復讐を超えて、新しい時代の味覚を創り上げる「革命」へと昇華したのである。
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