呪壊の陰陽師 ―霊力零(ゼロ)の陰陽師が最強の妖狐と結ぶ仮初の契約―

仁科異邦

文字の大きさ
9 / 86

九尾の尾と力の代償

 一本の尾が、夜気を裂くように揺れた。
 霊力の流れが、今までとは違う。
 身体の内側から、温かい力が押し上げてくる。

「……っ」
 深く、息を吸う。
 足に霊力を巡らせ、地を蹴った。

 速い。
 さっきまで届かなかった距離が、一気に縮まる。
 拳が、妖怪の脇腹を捉えた。

 衝撃。
 妖怪の身体が、数歩後退する。

「……ほう」
 初めて、妖怪の表情が変わった。

「それなりにはやるみたいだな」



 妖怪が反撃に出る。
 爪が、横薙ぎに振るわれる。
 玄弥は、尾の動きに引かれるように身体を捻った。

 ギリギリで回避。
 爪先が、空を切る。
「そのまま押し切るんじゃ!」

 葛葉の声に、頷く暇もなく踏み込む。
 霊力を、尾から全身へ。
 打撃。回避。再度の踏み込み。
 動きが、繋がる。

「ちっ……!」
 妖怪が、舌打ちする。
 影が地面を這い、足元を狙う。

 玄弥は尾を振り、霊力で影を弾く。
 だが。
「ぐっ……!」

 反動が、重い。
 尾を使うたびに、胸の奥で呪いが軋む。
「無理をするな、玄弥!」

「九尾の尾は、まだ"借り物"じゃ!」
 妖怪が、距離を取る。

「面白い」
 腕を振り、影を集める。

「だが、長くはもたぬ」
 影が、刃のように形を変えた。



 息が、荒い。
 玄弥は、目を逸らさない。

「……今は、倒せなくてもいい」
 九尾の尾が、再び揺れる。

「食らいつく」
 妖怪の攻撃を、いなす。
 一撃を、返す。
 押され、押し返す。

 夜の路地で、二つの力が拮抗していた。
 妖怪は、笑みを深くする。

「良い」
「実に、良いぞ」

「……だが」
 影が、さらに膨れ上がる。

「次で、終わりにしよう」

 玄弥の額に、汗が伝う。
 九尾の尾は、まだ消えていない。
 だが霊力は底が見え始め、尾の輪郭が揺らいでいた。

 それでも。
 玄弥は、一歩も退かなかった。

「やるではないか」
 妖怪が、低く笑う。

「ここまで拮抗したのは、久しい」

 玄弥は、答えない。
 ただ、拳を握る。
 全身が、痛む。
 呪いが、奥で鈍く蠢いている。
 余力は、もうない。

 だが妖怪も、同じはずだ。

「玄弥」
 葛葉の声が、静かに響いた。
「もう、小細工は要らぬ」

「……分かってる」
 玄弥は、短く息を吐く。

 妖怪が、構えを取る。
「これで、終わりだ」

 影が周囲に集まり、巨大な塊となる。
 力のすべてを、叩き込む気だ。
 玄弥も、同じだった。

 逃げない。
 折れない。
 ここで、終わらせる。

 霊力を、かき集める。
 九尾の尾へ。尾から、全身へ。
 流れが、荒れる。
 限界が、はっきりと感じ取れる。

「……無茶じゃぞ」
 葛葉が、呟く。

「それでも」

 玄弥は、前を見据えたまま言った。
「今、出さなきゃ意味がない」

 妖怪が、踏み込む。
 同時に、玄弥も地を蹴った。
 正面衝突。

 影と霊力が、激突する。
 押し合う。拮抗する。
 視界が、白く弾けた。

「――っ!!」

 妖怪の力が、徐々に勝り始める。
 足が、後ろへ滑る。
 膝が、沈む。

(……負ける?)

 その瞬間。
「玄弥!」

 葛葉の声が、はっきりと届いた。

「尾の制御は、わらわがやる!」
「一気に、引き裂け!!」

 考える暇は、なかった。
 ただ、一つの意思だけを置く。
 ――斬る。

 次の瞬間。

 尾が、意思に呼応した。
 一本の光となって収束する。
 霊力が、無駄なく、一直線に走る。

 ――貫通。

「……な……っ」

 妖怪の影が、中心から裂ける。
 音もなく、力が崩れ落ちていく。
 妖怪の身体が、ゆっくりと後退した。

 膝をついた。
「……見事だ」

 かすれた声。
「人の身で、ここまで……」

 その言葉を最後に、妖怪の気配は霧のように散っていった。



 静寂。
 夜風が、通り抜ける。
 玄弥は、その場に立ったまま――

 膝から、崩れ落ちた。
「……は、は……」

 息しか、出ない。
 九尾の尾が、ゆっくりと消えていく。
「よくやったのう」

 葛葉の声は、どこか柔らかかった。
「最後まで、折れんかった」

 玄弥は、地面に手をつきながら空を見上げる。
「……勝った?」

「うむ」
 葛葉は、はっきりと言った。
「紛れもなく、おぬしの勝ちじゃ」

 力は、もう残っていない。
 それでも、胸の奥には――
 確かな実感があった。

 初めて、自分の力で掴んだ勝利。

 大きくも、派手でもない。
 誰も見ていない、夜の路地の戦いだった。

 それでも玄弥には分かっていた。
 これが、本当の意味での第一歩だと。



 空が、少しだけ白み始めていた。
 目を覚ました時、俺は地面に伏していた。

 土の冷たさが、やけに鮮明だ。
 冷たいと感じられるほど、体の感覚が戻ってきたと言うべきか。

「……動け、ない」
 指先に力を込めた、その瞬間。
 内側から鈍い痛みが走った。

「っ……!」
 声にならない。

 筋肉痛とも、骨折とも違う。
 神経ですらない。
 ――体の奥。
 霊力そのものが、軋んでいる感覚だった。

『動くでない』
 葛葉の声が、すぐ近くで響く。
『今の貴様は、霊泉が割れかけておる』

「……霊泉?」

『霊力を通す器じゃ』
『本来、貴様はまだ九尾の“尾”を扱える段階ではないのう』
 九尾の尾を使った代償。
 覚悟はしていたが、ここまでとは思わなかった。

 呼吸をするたび、胸の内側がひりつく。
 霊力を意識しようとすると、視界が歪む。
「……俺、死にかけてる?」

『そうじゃな……今は、我が抑えておる』
 淡々とした声。
 だが、どこか苦味が滲んでいる。

「……そっちは、平気なのか」
 そう尋ねると、少しの間があった。

『もちろん、無事ではないのう』
 短い言葉。

『九尾の尾を使った。たった一本でも、今の我には致命的に近い』
 沈黙が落ちる。

 つまり、あの一撃は。
 互いの限界を削り合った末の結果だった。
「……悪かった」

『謝るでない』
 即答だった。

『あの場で力を使わねば、貴様も我も死んでおった』
 それは事実だ。
 理解できるからこそ、胸が重い。

『じゃが、覚えておけ』

 葛葉の声が低くなる。
『九尾の尾は“切り札”じゃ』
『今のお前が使えば、二度目で霊脈は焼き切れる』

「……三度目は?」

『三度目を使えば、身体が崩れる』
『完全に、じゃ』
 はっきりとした死の宣告だった。
 俺は、ゆっくりと天を仰ぐ。
 木々の隙間から見える空は、何事もなかったかのように穏やかだ。

「……じゃあ、強くならないとな」

「九尾の尾を使わなくても、戦えるように」
 自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。

 体は痛む。
 正直、今すぐ眠りたい。
 それでも――
 諦める理由にはならなかった。

『……そうじゃな』

 葛葉の声に、微かな笑みを感じる。
『期待しておるぞ』

『呪いの抑制が始まったからか、霊力は確かに目覚めつつある』

 その直後、胸の奥がずきりと疼いた。
「……っ」

『代償じゃ』
『今日はもう霊力を動かすでない。一日は術の使用を禁じる』

「分かった……」
 立ち上がろうとして、失敗する。
 足に力が入らない。
 だが、情けなさより先に、奇妙な実感が湧いた。

 生きている。
 戦って、まだ生きている。

 その時だった。
 遠く、森のさらに奥。
 視界に映らぬ場所で――何かが蠢いた。

 地下。
 人の世から切り離された、妖力の濃度が異常に高い空間。
 巨大な石柱の間で、影が揺れる。

「……今のは、何だ」
 低く、湿った声。

 水面のような結界に、微細な波紋が広がっていた。
「この領域で、九尾の波長が……?」

 別の影が、苛立たしげに舌打ちする。
「あり得ん。あれは葬ったはずだ」

「いや……」
 最初の影が、結界に手を触れる。
「完全ではなかった、ということか」

 空間が、わずかに歪む。
 波紋の中心点――そこには、人の気配が混じっていた。
「それに人間……?」

「しかも、古く懐かしい気配だな」
 影が、嗤う。

「西園寺……か」
 その名を口にした瞬間、空気が冷えた。

「面倒だな。だが――」
 影は、ゆっくりと立ち上がる。

「我が完全に復活するまで、後わずか」
「九尾が完全に力を取り戻す前に……叩くか?」

――

 再び、森。
 俺は、ようやく身を起こしていた。
 全身が重く、霊を感じるたびに痛む。

 それでも。
「……誰かに、見られた気がする」

 理由はない。
 ただ、背筋がざわついた。
『勘じゃが……間違ってはおらぬ』

 葛葉の声が、低くなる。
『九尾の尾を使った影響は、身体だけではない』
『――存在を、知られたのじゃ』

 胸が、嫌な音を立てる。
「……敵が、動く?」

『ああ』
『この気配……王かのう』

 短く、断定的に。
『ここからは、時間との勝負じゃ』

 痛む体を引きずりながら、俺は歩き出した。
 無能と呼ばれていた時間は、もう終わった。
 だが代わりに――

 この力で、
 より強大な敵と向き合わねばならない。

 そんな予感が、確かにしていた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

【聖女の不倫を全画面表示】理科室に捨てられた俺、世界の全機密をハックして裏切り者を公開処刑する。

寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
ファンタジー
「剣で斬るより、この暴露(データ)一つの方が、よっぽど残酷に人を殺せるんだよ」 影の組織の使い捨て実験体として、地図にも載らない閉鎖国家の理科室に捨てられた少年。 だが、死を待つだけの彼に訪れたのは、絶望ではなく覚醒だった。 右目に宿ったのは、世界のあらゆる情報を引き出し、書き換える超越スキル――神の瞳。 埃を被った理科室の端末を叩けば、この世界の機密はすべて俺の所有物(データ)となる。 民衆の前で清純を装う聖女が、裏で溺れる醜悪な不倫の記録。 国を愛するふりをした王太子が、私欲のために結んだ売国の密約。 すべては見えた。すべては握った。 「――さあ、社会的抹殺(フクシュウ)のカウントダウンを始めようか」 一歩も動く必要はない。剣も魔法も必要ない。 ただ理科室で指先を動かすだけで、傲慢な聖女は民衆の石打ちに遭い、強大な組織は一夜にして内部崩壊する。 隠し資産を奪い尽くし、弱点を握り、自分を裏切ったすべてを絶望の淵へと突き落とす。 閉鎖国家の片隅から始まった少年のハッキングは、いつの間にか世界の運命さえも掌握していた。 今さら泣いて許しを請うても、もう遅い。 これは、情報の神となった少年による、無慈悲で完璧な一方的蹂躙(ざまぁ)劇。

鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった

仙道
ファンタジー
異世界の冒険者パーティで荷物番を務める俺は、名前もないようなMOBとして生きている。だが、俺には他者には扱えない「鑑定」スキルがあった。俺は自分の平穏な雇用を守るため、雇い主である女性冒険者たちの装備の致命的な欠陥や、本人すら気づかない体調の異変を「鑑定」で見抜き、誰にもバレずに密かに対処し続けていた。英雄になるつもりも、感謝されるつもりもない。あくまで業務の一環だ。しかし、致命的な危機を未然に回避され続けた彼女たちは、俺の完璧な管理なしでは生きていけないほどに依存し始めていた。剣聖、魔術師、聖女、ギルド職員。気付けば俺は、最強の美女たちに囲まれて逃げ場を失っていた。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。 ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。 そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。 問題は一つ。 兄様との関係が、どうしようもなく悪い。 僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。 このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない! 追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。 それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!! それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります! 5/9から小説になろうでも掲載中

俺のレベルが常人では到達不可の領域にある件について ~全ユーザーレベル上限999の中俺だけレベル100億いった~

仮実谷 望
ファンタジー
ダンジョンが当たり前のようにある世界になって3年の月日が流れてずっとダンジョンに入りたいと願っていた青年が自宅にダンジョンが出現する。自宅の押し入れにダンジョンが出現する中、冷静に青年はダンジョンを攻略する。そして自分だけがレベル上限を突破してレベルが無尽蔵に上がり続けてしまう。そうしていづれは最強への探索者として覚醒する青年なのであった。

ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。

夜兎ましろ
ファンタジー
 高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。  ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。  バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。