霊力ゼロの陰陽師見習い

テラトンパンチ

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不穏な空気

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 学園の朝は、いつもと変わらないはずだった。

 制服姿の生徒たち。
 校門前のざわめき。
 遠くで鳴るチャイム。

 ――けれど、どこかが違う。

 玄弥は、その違和感を、言葉にできずにいた。

 廊下を歩くと、空席が目につく。
 昨日まで座っていたはずの席が、ぽつりと空いている。

 「……また、休みか」

 誰かが小さく呟く。

 担任は淡々と出欠を取るが、欠席者の名前が呼ばれる回数は、明らかに増えていた。

 理由は、様々だ。

 体調不良。
 家庭の事情。
 原因不明。

 だが、それらはどれも、“説明になっていない説明”だった。



 昼休み。

 中庭の隅で、二人の生徒が言い争っている。
 「だから言っただろ!」

 「知らねぇよ!」
 次の瞬間拳が飛び、悲鳴が上がった。

 止めに入った生徒が弾き飛ばされ、
 教師が駆けつける。

 「こら! やめなさい!」

 騒ぎはすぐに収まったが、
 殴った側の生徒の目は、異様に荒れていた。

 興奮。
 焦燥。
 理性の欠如。

 玄弥は、その目を見て、背筋が冷たくなる。
 (……あの感じ)

 どこかで、見た気がする。



 放課後。
 職員室の扉が閉まり、
 教師たちの声が、低く交わされる。

 「最近、不登校が増えています」

 「些細なことでキレる生徒も多い」

 「霊力の乱れを感じる子もいますが……」
 年配の教師が、腕を組む。

 「季節の変わり目だからだろうか」

 「まぁ、過剰に騒ぐ必要はないですね」
 だが、別の教師が首を振る。

 「いいえ、これは、普通じゃありません」

 「暴力事件の件数が、先月の倍です」
 沈黙が落ちる。

 「……警戒レベルを上げるべきでは?」
 結論は、まだ出なかった。



 玄弥は、帰り道で立ち止まる。
 夕暮れの校舎は、どこか影が濃い。
 ふと、男子生徒の顔が脳裏をよぎる。

 荒れた目。
 歪んだ笑み。
 “敵だ”と言い切った声。
 (……始まってる)

 学園は、すでに狙われている。
 まだ誰も、本当の理由に気づいていないだけだ。

 玄弥は、胸の奥に嫌な予感を抱えたまま、
 校門をくぐった。
 日常は、音もなく軋み始めていた。

 夜。
 男子生徒は、鏡の前に立っていた。

 照明の下で見る自分の顔は、どこか違う。
 目つきが鋭く、肌の色がわずかにくすんでいる。

 「……俺は」

 声に出そうとして、言葉が詰まる。
 俺は、何だ?

 強くなった自覚はある。
 確かに、多少なりとも力はある。
 少し前まで、クラスで目立たなかった自分が、
 今では誰よりも速く、誰よりも鋭く動ける。

 それなのに。
 胸の奥が、空虚だった。
 玄弥の顔が、何度も浮かぶ。

 心配そうな目。
 止めようとする声。
 (……うるさい)

 拳を壁に叩きつける。
 「俺は、間違ってない」

 そう言い聞かせるたび、
 言葉は軽くなっていった。
 人を喰った感触が、ふと蘇る。

 嫌悪。
 恐怖。

 そして――忘れられない快感。
 「……クソ」

 吐き捨てる。

 戻りたいわけじゃない。
 戻れるとも、思っていない。

 でも、もし。
 もし、あの時――
 玄弥に助けられた屈辱がなかったら。

 そんな考えが浮かんだ瞬間、
 男子生徒は首を振った。

 「……今さらだ」
 弱かった自分には、戻れない。
 だったら、進むしかない。

 この力を、意味のあるものにするために。



 気配が、背後で揺れた。
 「いい顔になったじゃない」

 振り返ると、女が立っていた。
 相変わらず、人間の姿。
 だが、その目の奥は冷たい。

 「……何しに来た」
 女は答えず、ゆっくりと歩き出す。

 「迷ってるでしょ?」
 「でも、それでいいの」

 「迷うってことは、まだ人間だから」
 男子生徒は、歯を食いしばる。

 「……俺は、もう」

 「ええ」

 女は遮った。

 「もう、後戻りできない」
 優しい声で、残酷なことを言う。

 女は、空間に指を走らせた。
 すると、闇の中から、
 同じ薬を受け取った者たちの気配が集まってくる。

 かつての人間たち。
 今は、半分以上が“別のもの”。

 「集まったわね」
 女は、楽しそうに微笑む。

 「じゃあ、次の段階よ」
 視線が、全員をなぞる。

 「学園を、襲いなさい」
 ざわり、と空気が揺れる。

 「あなたたちが学んだ場所」

 「守られていると信じていた場所」

 「正しさを押しつけてきた場所」
 女の声は、甘く、冷たい。

 「壊しなさい」
 「恐怖を見せて」
 「秩序を引き裂いて」

 「人間がどれだけ簡単に崩れるか、証明するの」
 男子生徒の喉が、鳴った。

 学園。
 教室。
 玄弥。

 心臓が、強く脈打つ。

 (……これで、いい)

 そう思わなければ、立っていられなかった。
 女は、最後に一言、付け加える。
 「もちろん」

 「止めに来る人間がいたら――」

 微笑みが、深くなる。
 「喰っていいわ」

 沈黙の中で、
 男子生徒は、ゆっくりと頷いた。
 もう、迷いは“選択”じゃない。

 これは、覚悟だ。
 彼らは闇へ溶けていく。

 次に現れる場所は――
 学園。
 玄弥の日常が、音を立てて崩れ落ちようとしていた。
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