Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました

仁科異邦

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北部の村にて

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北部の最初の村、ハルトに着いたのは夕方だった。
村人たちは騎士の姿を見て安堵した顔をしたが、俺を見て怪訝そうにした。 

そりゃそうだ。
農民みたいな格好をしている。
「こちらがご協力いただく魔術師殿です」とセルジオが説明した。 
村長らしき中年の男が、目を細めて俺を見た。
「魔術師……?」 
「元ですが」と俺は言った。
「少し調べさせてください。夜に出るそうですね、魔獣が」 
「ええ。もう五度目で……昨夜も牛小屋が壊されて」 
「牛は無事ですか」 
「幸い、逃げていて」

 「なるほど。牛小屋の場所を教えてください」
崩れた牛小屋を見た。 
壁の壊れ方と、地面の足跡を確認した。 
足跡は三種類ある。 
足の形からして、スケイルドベアが一体、それとウルフシャドウが二体。
別の種の魔獣が、同時に行動している。

俺は地面にしゃがんで、土の匂いを嗅いだ。 
微かに、独特の刺激臭がある。
「《魔力感知》」 小声で術を発動すると、地面の下に薄く、異質な魔力の流れがあった。 
細い線が、北の森の方向へ続いている。
——やはりか。
「わかりましたか」とセルジオが後ろから聞いた。 
「少し」
 「少し?」 
「原因の仮説が立ちました。確かめるのは夜になります。もし魔獣が来たら、俺に任せてください。騎士の方々は村人の避難を」

「ノア殿一人で、Bランクを——」 
「問題ないです」
セルジオとデニスが視線を交わした。 
信じていない顔だが、俺を止める気は無さそうだ。

夜、俺は牛小屋の跡地に一人で座っていた。 
月が出ていた。
二刻ほど待ったところで、森の方向から音がした。 地面が低く振動している。

来た。
茂みが割れて、スケイルドベアが姿を現した。 鱗に覆われた熊型の魔獣で、体高は二メートルを超える。 目が、赤く光っている。

ただ—— 俺はその目を見た。
(《制御》されている‥)
赤い光は、外部からの魔力干渉を受けたときの反応だ。 
つまりこの魔獣は、誰かに操られて村に向かわされている。
俺は懐から魔石を取り出した。 
今度は白い石だ。
「《制御解除》」
静かに術を流す。 

スケイルドベアの目の赤みが、すう、と消えた。 魔獣が立ち止まった。 
きょとん、とした顔で周囲を見回している。 
それから、ゆっくりと踵を返して森へ帰っていった。
背後でセルジオが息を飲む音がした。
 「……今、何をしたんですか」 
「帰しました」 
「帰した、って、あのスケイルドベアを?」 
「誰かに操られていたので、解いてやりました。魔獣自身は悪くない」
しばらく沈黙があった。
 「……あの、ノア殿」 
「なんですか」
 「そんなこと出来るなんて聞いた事ない‥本当に、何者なんですか」 
「元魔術師です。今は農家ですが」
セルジオが深いため息をついた。 

デニスは何も言わなかった。 
いい反応だと思った。
翌朝、俺は調査結果をまとめた。
原因は、北の森の奥にある古い遺跡だった。 

そこに埋まった魔道具が、地脈の乱れで誤作動を起こし、周辺の魔獣に制御の術をかけ続けていた。 

意図的ではなく、偶発的な現象だ。
処置は簡単だった。 
遺跡に入って、魔道具を無効化する。
それだけだ。 二時間もかからなかった。
「これで終わりです」 「終わり、ですか」とセルジオが言った。

 「はい。再発はないと思いますが、一応この村と周辺の魔力濃度を定期的に確認する習慣をつけたほうがいい。ギルドに言えば測定方法を教えてもらえます」

「……御礼を」
 「いりません。宰相閣下への報告書はセルジオさんが書いてください。俺の名前は入れなくていいです」

「それは——」 
「入れなくていいです」
セルジオがまたため息をついた。 

今回の旅で何度目だろう。
帰路は来た道を戻った。 途中、セルジオが馬を並べてきた。
「ノア殿は、王都に戻るつもりはないのですか」 「ないです」 
「なぜ、あのような村に……失礼、昨日聞きましたよね」 
セルジオが少し黙ってから言った。
 「……王都にいた頃、大変でしたか」
 「まあ、そこそこ」 

「そ、そうでしたか」
それだけで、セルジオはそれ以上聞かなかった。 少し、見直した。

エーデル村に戻ったのは、出発から四日後の夕方だった。 
村の入り口を抜けると、リナが広場に立っていた。
「おかえり」 
「ただいまです」 
「早いわね」 

 「もう問題は解決しました」
リナが俺の顔をじっと見た。
 「怪我は?」 

「ないです」 
「ならよかった」
それだけ言って、リナは「夕飯できてるから来て」と歩き出した。 
俺は馬から降りて、後に続いた。

騎士たちに手を振って別れる。 
セルジオが少し驚いた顔をしてから、丁寧に頭を下げた。
酒場の夕飯は、シチューだった。 
グラントが無言でエールを出してくれた。
旨かった。
帰ってきた、という気がした。 
変な話だが、四日ぶりのエーデル村が、少しだけ懐かしかった。
畑の水やりは、リナがやってくれていたらしい。 
翌朝確認すると、薬草の苗が元気だった。
空は今日も青かった。 

スローライフは、今日も順調だ。 ……たぶん、しばらくは。
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