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ただそれだけの事
しおりを挟む夕方、酒場でエールを飲んでいると、グラントが珍しく話しかけてきた。
カウンターを拭きながら、ぼそりと言う。
「……先日の礼を、まだちゃんと言っていなかった」
「マルクのことですか」
「ああ」
グラントは手を止めた。
カウンターを見たまま、続ける。
「医者を呼ぼうにも、一番近くて馬で半日かかる。
お前が来てくれなければ、どうなっていたかわからん、それにあのポーション高いんじゃ‥」
「いえ、いつもお世話になってますしこれくらいしか出来ないので気にしないでください」
「……すまない、ありがとう」
グラントが新しいエールとつまみを出してきた。
代金を置こうとすると、手で制された。
「今日はいい」
無口な男なりの、礼らしかった。 俺は素直に受け取ることにした。
エールは、今日も旨かった。
翌朝。 作業場でポーションを仕込んでいると、リナが入ってきた。
「おはよう」
「おはようございます」
「何作ってるの」
「回復薬の改良品です。 先月の処方を少し変えて、効き始めるまでの時間を短くしようと思って」
リナが瓶を覗き込んだ。
「……きれいな色」
「ありがとうございます」
しばらく俺の手元を見ていたリナが、唐突に言った。
「ねえ、聞いていい」
「なんですか」
「ガイウスさんって、王都で何してたの?本当のこと」
俺は手を止めずに答えた。
「言いましたよ。魔術師団の筆頭です」
「それは知ってる、そうじゃなくて……なんで追放されたのかSランクなのに、なんでこんな村にいるのか、とか」
「こんな村、は失礼じゃないですか」
「ごめんごめん、でも聞きたい」
俺は鍋から火を遠ざけて、少し考えた。
隠す理由は、正直それほどない。
ただ話す機会もなかった、というだけだ。
「……とりあえず座りますか」
リナが目を丸くした。
それから慌てて椅子を引いた。
話したのは、たいしたことではない。
王立魔術師団に入って十年。
最初は研究が楽しかった。
ただ、気づいたら雑務ばかりになっていた。
貴族の余興、王妃の猫探し、宰相の暖炉。
「……暖炉?」
「煙いから魔術でどうにかしろ、と」
「それ、魔術師のやることじゃないよ」
「そう思いますが、断れなかった、仕事ですからね」
リナが呆れた顔をした。
「で、神託の話になるわけだけど」
「次の王を占う儀式を任されて、実行したら自分の名前が出た。 宰相が怒鳴り込んできて、その日のうちに追放になりました」
「……ひどくない?」
「‥まあ?」
「まあ、じゃないよ。 十年働いて、いきなり一日でクビって」
「俺もそう思いましたが、正直なところ、ちょうどよかった」
リナが少し黙った。
「ちょうどよかった、って?」
「このままずっと雑務をやり続けるのかと思うと、 追放のほうがまだ出口があった気がして」
窓の外で、鳥が一声鳴いた。
畑の方向から、風が薬草の匂いを運んでくる。
リナが、静かに言った。
「……つらかったんだね」
「つらい、というほどでもないですが」
「つらいと思ってないのが、一番つらそう」
俺は何も言わなかった。
そういう見方もあるのか、と少し思った。
「Sランクのことは」とリナが続けた。
「なんですか?」
「なんで黙ってたの。村の人たちに」
「知られると面倒なので」
「面倒って、具体的に」
「依頼が増える。有名になる。 静かに暮らせなくなる」
リナが少し笑った。
「全部、自分が困ることじゃん」
「そうですね」
「村の人のこと、心配してないの」
俺は少し考えた。
「……心配していないわけではないですが、 Sランクだと知られても、村の安全は変わらない。 俺がここにいる限り、魔獣は片付けます。 肩書きは関係ない」
「じゃあ、教えてくれてもよかったんじゃ」
「そうかもしれないですね」
リナがまた笑った。
「わかった。村長には私から話す」
「え」
「だって、ガイウスさんが話すより私が話したほうが、 みんなびっくりしないでしょ」
「……そうかもしれないですが、勝手に」
「いいじゃん。 どうせ噂になってるんだから、正直に言ったほうがすっきりする」
俺は少し考えて、「好きにしてください」と言った。
リナが立ち上がった。
「あ、でも一個だけ確認」
「なんですか」
「追放されたこと、後悔してる?」
俺は鍋に火を戻しながら答えた。
「していないです」
「なんで」
「ここに来られたので」
リナが少し固まった。
俺は薬草をかき混ぜ続けた。
別に特別なことを言ったつもりはなかった。
ただ、事実だ。
エーデル村に来てから、ちゃんと眠れている。 好きな本が読める。 好きなものが作れる。
それだけのことだが、それが全部なかった十年間だったと思うと、 追放は、たしかに悪くなかったと思う。
その夜。
酒場に行くと、ゴードンとグラントとリナが揃っていた。
なんとなく、待っていたような空気がある。
「……リナさん」
「話した」とリナが言った。
悪びれない顔だ。
ゴードンが咳払いをした。
「まあ、座れ」
俺は椅子を引いた。
「Sランク、というのは本当か」とゴードンが聞いた。
「はい」
「王立魔術師団の、筆頭だったというのも」
「はい」
ゴードンがしばらく俺を見た。
鋭い目で、値踏みするような視線だ。
やがて、老人はゆっくりうなずいた。
「……なるほどな。だから何でも屋なのか」
「はい。暇なので」
「またそれか」
グラントがエールを三つ持ってきた。 俺の前にも一つ置いた。
今日で二杯目だ。 珍しいこともある。
「エーデル村の守り人が、Sランクというのは、 悪い話じゃないな」とゴードンが言った。
「そう言ってもらえると助かります」
「ただ」
老人が少し目を細めた。
「お前さんが静かに暮らしたいのも、わかった。 余計なことは外に言わんよ」
「ありがとうございます」
リナがエールを一口飲んでから言った。
「ね、よかったでしょ。ちゃんと話したほうが」
「……そうかもしれないですね」
「あら、素直じゃない」
「そうですか?」
グラントが、ぼそりと言った。
「マルクが、お前に礼を言いたいと言っている」
「また言わなくていいです」
「聞いてくれ。あいつの気が済まん」
俺は少し考えて、「わかりました」と言った。
外は虫の声がしていた。 酒場の中は、ほどよく温かかった。
こういう夜はなかった。
王都にいた十年間、ずっとなかった。
別に感傷的になるつもりはないが、 悪くないと思った。
エールを飲み干して、グラントに「ご馳走さま」と言った。
今日は代金を受け取ってもらえた。
空は今日も、星が多かった。
スローライフは、今日も順調だ。
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