Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました

仁科異邦

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元宮廷魔術師の力量

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朝、畑で鍬を入れていると、森の方向から鳥が一斉に飛び立った。

嫌な予感がした。
鳥が群れで飛び立つのは、大きな振動か、強い魔力の乱れがあったときだ。 
しかも一種類じゃない。 

鷹も雀も鴉も、種類に関係なく全部が同じ方向へ逃げていく。
俺は鍬を下ろして、森を見た。
木々が揺れている。 風はない。

地面に手をついた。 微かに、振動している。
一体や二体じゃない。
「《魔力感知》」
術を展開した瞬間、頭に信号が走った。

北の森から、南西の森から、東の林から。 三方向、同時。
数は——
俺は立ち上がって、村に向かって走った。

広場に出ると、ゴードンが空を見上げていた。
「ガイウス殿」
「わかってます。今すぐ村人を全員、宿屋の中に入れてください。 頑丈な建物に集めて、外に出ないように」

「何が来る」
「三方向から、数十体規模で魔物が」
ゴードンの顔色が変わった。
「……ランクは」
「CからBが混在してます。 先頭の数体は、Aに近い」

「一人でやります」
「ガイウス殿」
老人が俺の腕を掴んだ。 
皺だらけの手だが、力が強かった。
「無茶はするな」
「無茶かどうかは、やってみないとわかりません」
「そういう顔をするな」
俺は少し考えてから言った。

「五分もあれば終わります。 だから村人を頼みます」
ゴードンが手を離した。
「……わかった」

村の外れに出ると、リナが追いかけてきた。
「待って」
「戻ってください」
「ポーション持ってきた」
「いりません」
「持ってけって言ってんの」
革袋を押しつけられた。 
上級回復薬が三本入っている。
昨日俺が作ったやつだ。

「……怪我する気はないですよ」
「予備よ、予備、ちゃんと備えなさいよね」
俺はリナを見た。 顔が青い。 
それでも目を逸らさず見つめてる。
「わかりました」
袋を受け取った。

「ここは危ないから早く戻ってください」
「うん」
リナが走って戻っていく。 
角を曲がる前に一度だけ振り返った。
目が合った。
俺は先に視線を外して、森のほうへ歩いた。

村の北側、街道の入り口に立った。
遠くから音が聞こえてくる。 
地面を踏み鳴らす音。 
木を薙ぎ倒す音。 
複数の唸り声が重なって、低い波になっている。
一分後、木々の間から最初の影が現れた。
ストーンゴーレムだ。
四メートルの岩の塊が、三体並んで出てくる。 その後ろに、ダークウルフの群れ。 
さらに後ろに、鎧のような甲殻を持つアイアンビーストが二体。

北だけでこの数だ。
同時に東と南西からも気配が迫ってくるのを感じる。
俺は息を一度吐いた。
杖は持っていない。 いつも通りだ。

「さて」
懐から魔石を三つ取り出した。 
黒、白、赤。 それぞれ別の術式が封じてある。
先頭のストーンゴーレムが速度を上げた。
俺は一歩も動かなかった。
「《重力圧縮・拡散》」
黒い魔石に魔力を流す。
通常の《重力圧縮》は一点にかける術だ。 

ただ今日は、範囲展開した。
ゴーレム三体が、同時に音もなく潰れた。
砂が崩れ落ちる。
ダークウルフが怯まずに突っ込んでくる。 
十二体。
「《磁場連鎖》」
白い魔石を地面に投げた。

磁場が連鎖展開して、金属質の体を持つ魔獣を全て引き寄せ、互いにぶつけ合う。 
ダークウルフ同士が激突して、地面に叩きつけられ動かなくなった。

アイアンビーストが突進してくる。
「《分子分解》」
赤い魔石を握りつぶした。
二体が、砂の滝のように崩れた。
北側、制圧完了。

振り返らずに東へ向かった。
東の林から出てきたのは、別の構成だった。
スケイルドベア四体。 
ウィングリザード六体。 
後衛にストーンゴーレムが五体。
ウィングリザードは飛行型だ。 
遠距離から炎を吐いてくる。
六体が同時に口を開けた。

「《障壁展開》」
炎が見えない壁に弾かれた。 
六筋の炎が四方に散る。
スケイルドベアが突っ込んでくる。
俺は手を前に向けた。
「《衝撃波》」
空気が爆発した。

四体が後ろに吹き飛んで、木々に叩きつけられた。
 岩に激突した二体は、そのまま動かなくなった。 
残り二体が立ち上がりかける。
「《重力圧縮》」
二体、潰れた。

ウィングリザードが上空から急降下してくる。
俺は空を見上げて、静かに言った。
「《雷鎖》」
空中に電撃の鎖が展開した。
六体が同時に捕縛されて、落ちてきた。 
地面に叩きつけられた衝撃で、全て気絶した。
後衛のゴーレム五体。
「《連鎖崩壊》」
一体に術をかけると、魔力が隣に伝播して、ドミノのように順番に崩れて五体全て、砂になった。
東側、制圧完了。
経過時間は三分。

次は南西に向かった。

ここが一番魔物が多かった。
五十体は超えている。

Cランクの群れが密集して、波のように押し寄せてくる。
後ろにAランクのシャドウドラゴンが一体。
黒い鱗の竜が、翼を広げて地面に降りてきた。 体長は十五メートルを超える。

Aランクの中でも、上位に位置する魔獣だ。
これが三方向を動かしていた核か。
俺は竜を見た。 竜も俺を見た。
目が合った。
竜が低く唸った。 
地面が振動する。
前衛の群れが一斉に動いた。
「《領域展開》」

静かに、ただ一言。
俺を中心に、直径五十メートルの魔力領域が展開された。
領域内に踏み込んだ全ての魔獣が、足を止めた。
重力が、十倍になっていた。

Cランクの群れが一斉に地面に潰れた。 
立ち上がれず動けない。
潰れた、というより、押しつぶされている。
シャドウドラゴンだけが、唸りながらも四肢で踏ん張っていた。

さすがAランクだ。
ただ、進む事はできない。
俺は竜に向かって歩いた。
一歩ずつ、ゆっくりと。
竜が全力で唸る。 
威嚇。

しかし俺は止まらなかった。
五メートルまで近づいたところで、竜と目が合った。
「《精神干渉》」
竜の目から赤みが消えた。
制御されていた。
やはり誰かが動かしていたらしい。 
ただ今は、それより先にやることがある。

制御が解けた竜が、きょとんとした顔で俺を見た。
俺は竜の鼻先に手を伸ばした。
「森に帰ってください。 他の子たちも、連れて」
竜が低く鼻を鳴らした。
それから、ゆっくりと踵を返した。

地面に潰れていた群れも、制御が解けたのか、のろのろと立ち上がって森へ帰り始めた。
俺は領域を解除した。

南西側、完了。
経過時間、五分。

村に戻ると、宿屋の前に人が集まっていた。
ゴードンとグラント。 マルクもいた。
全員が、俺の顔を見ていた。
「終わりました」

沈黙があった。
マルクが最初に口を開いた。
「ガイウスさん、怪我は」
「ないです」
「全部やっつけたの?」
「ほぼ帰しました。 やっつけたのは一部だけですよ」
マルクがぽかんとした顔をした。
ゴードンがゆっくりと歩いてきた。

「五分を少しオーバーしました。すみません」

老人が俺の顔を見た。 
何かを言いかけて、やめた。
それから深く、頭を下げた。
「……ありがとう」
俺は少し困った。

「いえいえ、これは守り人の仕事です」
「それだけじゃない」
グラントも無言で頭を下げた。
マルクが「かっこよかった」と言った。
リナが宿屋の入り口から出てきた。 
俺を見て、ため息をついた。
「……本当に怪我ないの?」
「ないです、ほら元気!」

「ならいい」
それだけ言って、リナはくるりと背を向けた。
「ご飯作るから来て」
「ありがとうございます」
背中が少し震えていた気がした。 
気のせいかもしれない。

夜、酒場でグラントのエールを飲んでいた。
ゴードンが隣に座ってきた。
「ガイウス殿」
「なんですか」
「シャドウドラゴンを、素手で帰した男が、農家をやっているとは‥本当に変な話だな」
「農家のほうが、性に合っているので」

「そうか」
老人がエールを一口飲んだ。
「……この村に来てくれて、よかった」
「俺もそう思っています」
ゴードンが少し目を細めた。

「珍しく素直だな」
「たまにはいいかと思って」
外は静かだった。
虫の声がしていた。
畑の薬草は、明日水をやれば十分だ。 
ただ棚のポーションの在庫は、また補充しなければならない。 

森の巡回は、明後日でいい。
やることは、いつも通りある。
空は今夜も星が多かった。
スローライフは、今日も——少しだけ騒がしかったが——順調だ。
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