Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました

仁科異邦

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再開、懐かしい顔

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朝、ポーションを仕込んでいると、村の入り口のほうが騒がしくなった。

リナが作業場に顔を出した。
「ガイウスさん、また来客」
「冒険者ですか」

「違う。魔術師っぽい格好の女の人。 若くて、荷物がすごく多い」
俺は手を止めた。
「……どんな見た目ですか」
「青い髪を三つ編みにして、眼鏡かけて、地図を五枚くらい広げながら歩いてる」
俺は鍋の火を遠ざけた。

「わかりました。行きます」
「知り合い?」
「たぶん」

村の入り口に出ると、確かにいた。
青い三つ編みに、丸眼鏡、両手に羊皮紙の地図を広げて、周囲と見比べながらぶつぶつ言っている。 
背中の荷物が、本人の体積の二倍はある。
「エリアか?」

声をかけると、少女が顔を上げた。
二十代前半。 
くりくりとした目が、俺を見て止まった。
それから、みるみると表情が変わった。
「——団長!」
地図が全部宙を舞った。

エリア・フォス
俺が王立魔術師団の筆頭だったころの部下だ。
入団してきたのは五年前。 
当時は十八歳で、魔術の才能だけは飛び抜けていたが、方向音痴と忘れ物の多さで団内の誰もが手を焼いていた。

それに今も変わっていないらしい。 
地図を五枚持ち歩いていて、それでも迷ったのか、村に着くのに予定より一日かかったと言った。
「よく見つけられましたね、こんな村」
「見つけられませんでした。 辺境のラッセルで地元の人に聞いて、やっと」
「それで一日」
「方角の概念が私には難しくて」
「知っています」

俺たちは宿屋の食堂に向かい合って座った。 リナがお茶を出してくれた。 エリアがお茶を一口飲んで、俺をじっと見た。
「……お元気そうで、よかったです」
「そうですか」
「追放されてから、ずっと心配してました」
「心配しなくていいです」
「でも——」
「見てわかりませんか。 今まで生きてきた中で、一番いい顔をしていると思いますが」
エリアが少し目を細めた。

「……たしかに」
それから小さく笑った。
「なんか、腹立つくらい元気そうです」
「そうですか」
「そうですよ」

エリアが来た理由は、二つあった。
一つは、単純に会いたかったから。
「団長がいなくなってから、団がばらばらになって。 研究室に引きこもってる人、やる気なくした人、色々いて。 
私は私で、団長のいない団に居続ける理由がわからなくなって」
「辞めたんですか」
「先月」
俺は少し考えた。

「……それはよかったのですか、自分にとって」
「わかりません。 でも、辞めてから団長に会いに来ようと思って、ようやく動けた気がするので。 たぶんよかったんだと思います」
「そうですか」
エリアがお茶を両手で包んだ。

「団長は後悔してないんですか。 追放されたこと」
「ええ、していないですよ」
「本当に?」
「本当に」
エリアがしばらく俺の顔を見ていた。 それから、ため息をついた。
「……やっぱり団長はそういう人ですね」
「そういう人、とは?」
「どこにいても、ちゃんとしてる人。 王城にいたときも、雑務ばかりやらされてたのに、研究の手を抜かなくて。 私が術式で詰まると、夜中でも付き合ってくれて」

「それは仕事ですから」
「仕事の範囲、超えてましたよ」
俺は何も言わなかった。
そういう記憶が、俺の中にはあまりない。 
やるべきことをやっていただけという感覚しかなかった。
「二つ目の理由は何ですか」とリナが横から聞いた。
エリアが少し驚いた顔をした。 リナがいることを、会話に夢中で忘れていたらしい。

「あ、えと。 もう一つは……団長に見てほしい術式があって」
「術式?」
「はい。 辞める前に研究していたもので、完成したと思うんですけど、どうしても最後の一手が決まらなくて。 団長なら見ればわかると思って」
「持ってきたんですか」
「はい」
エリアが荷物を漁った。 しばらく漁った。 さらに漁った。
「……どこかに入れたんですが」
「落ち着いて探してください」
「いつもこうなんです、私」
リナがこっそり俺に耳打ちした。

「大丈夫なの、この人」
「優秀です。方向と整理整頓以外は」
「以外が多くない?」

術式の羊皮紙は、荷物の一番底から出てきた。
俺は食堂のテーブルに広げて、眺めた。
魔力を素材に転写する術式だ。 布や革に魔力を定着させて、防御や補助の効果を付与する——いわゆる魔導具の基礎術式を、エリアなりに発展させたものらしい。
設計思想はきれいだった。 
魔力の流れが合理的で、無駄が少ない。
ただ、最後の連結部に少しだけ歪みがある。

「ここです」
俺は羊皮紙の一点を指した。
「第七層と第八層の連結ですが、ここで魔力の位相がずれています。 このまま発動すると、定着する前に術式が乱れる」
エリアが食い入るように見た。
「……どう直せばいいですか」
「第七層の出力を、3パーセントほど落としてください。 そうすると第八層との位相が揃って、安定します」
「3パーセント……」

エリアが羊皮紙に書き込んだ。 
それからじっと見た。
「……これ、試していいですか」
「外でなら」
外の空き地に移動した。 エリアが術式を展開した。
小さな布切れに魔力が流れ込んだ。 
数秒後、布がかすかに光って、静かに安定した。
エリアが布を手に取った。 
触れると、かすかに魔力の反応がある。

「……できた」
小さな声だった。
「成功ですね」と俺は言った。
「……三ヶ月、詰まってたんです」
「そうですか」
「たった一点の修正で」
「でも、そこまで組み上げたのはエリアさんです。 俺は最後の3パーセントと言っただけです」
エリアが布を胸に抱えた。
目が赤くなっていた。
泣きやすいのは、五年前から変わっていない。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
リナが隣で腕を組んでいた。

「ガイウスさんって、人に教えるの本当に上手だね」
「そうでもないですが」
「上手だよ。 私も、エリアさんも、レオとカナも、みんなそう思ってるよ」
俺は何も言わなかった。

夕食は宿屋で四人で食べた。
グラントがエールを持ってきた。 
エリアが「美味しい」と言って、二杯おかわりした。
食事をしながら、エリアが団のことをぽつぽつと話した。
新しい筆頭が就任したこと。 
研究室の予算が削られたこと。 
ガイウスが補修していた防術結界の修理に、今も手こずっていること。
「結界の件の話は聞いていませんでしたが?」

「団長が夜中に一人でやってたの、みんな知らなかったんです。 いなくなってから気づいて」
「なるほど」

「……戻ってくる気は、ないんですか」
俺は少し考えた。
「ないです」
「やっぱり」
「ここのほうが、よく眠れるので」
エリアが俺の顔を見た。 それから、小さく笑った。
「……ならいいです」

「泊まっていきますか」
「いいんですか」
「部屋が空いてますよ」とリナが言った。
エリアが少し迷ってから、「では一泊だけ」と言った。
夜が更けても、食堂の話が途切れなかった。 
エリアが昔の団のことを話して、リナが村のことを話して、俺はたまに相槌を打った。
うんこういう夜は、嫌いじゃない。

翌朝、エリアが帰り支度をしていると、リナが弁当を持ってきた。
「道中、食べて」
「ありがとうございます。 あの、道なんですが——」
「ラッセルまでの地図、書いておきました」
「助かります……」
俺はポーションを二本持たせた。

「回復薬と解毒薬です。 道中、何かあれば」
「いくらですか」
「いりません」
「でも——」
「元気で帰ってください」
エリアが少し俯いた。
それから、顔を上げた。
「また来てもいいですか」
「どうぞ。 ただ、弟子は取りません」
「わかってます。 弟子じゃなくていいので」
俺は手を一度だけ振った。
エリアが歩き出した。 角を曲がる前に振り返って、深く頭を下げた。
それから地図を広げながら、街道へ消えていった。

リナが隣で言った。
「いい子だね」
「優秀です。方向音痴以外は」
「また来るね、絶対」

「そうかもしれないですね」
畑に戻った。 昨日の水やりが一日分ずれたので、今日は早めにやらなければならない。

空は今日も青かった。
風が薬草の匂いを運んでくる。
スローライフは、今日も順調だ。
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