【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結

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腹黒な公爵の甘い誘惑

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    リディアが新たな生活に少しずつ慣れ、心の隙間に変化の兆しを感じ始めた頃、エヴァンス領内にはまた一つ、予想外の風が吹き込むこととなった。朝靄が静かに領地を包むある日のこと、館の門前に一台の装飾の施された馬車が現れた。馬車の扉が静かに開かれると、そこから現れたのは、誰もが一目置く風格を漂わせる一人の男――ギルバート公爵であった。

ギルバート公爵は、黒髪に鋭い眼差し、そしてどこか憂いを秘めた笑みを浮かべながら、優雅に馬車から降りた。彼の姿は、王宮の華やかな装いにも劣らぬ洗練された風采を持っており、その佇まいからは自信と同時に、計算された余裕が滲み出ていた。リディアは、これまでに経験したことのない、妙に魅惑的なオーラに、一瞬心を奪われたが、すぐに自らの決意―自由な田舎暮らしへの固い意志―を取り戻そうと、胸を引き締めた。

館の庭に集まった家臣たちが、噂めいた視線を向ける中、ギルバート公爵は静かに館の正面玄関へと歩み寄る。玄関前に控えていた侍女たちも、その風格に一瞬息をのみ、そして丁重な挨拶を交わす。しばらくして、館内の一室に招かれたリディアは、すでにアルベルト宰相との提案に心を揺らしながらも、今はただ静かに自分の世界に浸っていた。だが、その平穏は、ギルバート公爵の現れによって突如として破られることとなる。

扉が再び開かれ、柔らかな光と共に現れたのは、笑みを浮かべたギルバート公爵その人。リディアは、思わず目を見張り、内心の警戒と好奇心が交錯するのを感じた。公爵は、丁寧ながらもどこか妖艶な口調で、こう切り出した。

「リディア嬢、はじめまして。私、ギルバート公爵と申します。噂では、あなたが自由を謳歌する麗しきお方であると伺っておりますが、今日このようにお目にかかれること、大変光栄に存じます」

彼の声は、まるで甘い蜜のように耳に心地よく響き、同時に鋭い意志と計算された言葉の端々に、隠しきれぬ野心と情熱を感じさせた。リディアは、軽く頭を下げながらも、心の中では「私の平穏な生活に、一体何を企んでいるのか」と警戒の念を抱かずにはいられなかった。

「ギルバート公爵様……」
リディアは、控えめな声で応じると、内心で今日の訪問の意味を探ろうとした。これまで、王太子や宰相といった立場の重い男たちとの出会いが、私の心に複雑な感情を呼び起こしていたが、今宰相様の提案と並び、また新たな一章が始まろうとしているのかもしれない。しかし、私はただ、静かで穏やかな田舎暮らしを望んでいるのだ。

ギルバート公爵は、リディアの控えめな態度に微笑みながら、ゆっくりと近づいた。そして、彼はまるで一流の詩人が紡ぐような言葉で、語りかける。

「リディア嬢、あなたの瞳には、自由という美しい光が宿っております。その光は、私の胸に長い間眠っていた情熱を呼び覚ますのです。あなたが選び取ったその自由は、実は多くの人々にとって、希望の象徴となり得る。だからこそ、私はあなたと、より親しく、そして深くお話をさせていただきたく思い参りました」

彼の言葉は、まるで巧妙に仕立てられた誘惑のように、リディアの心に柔らかく響いた。だが、同時に、その言葉の裏に潜む狡猾な意図を、彼女は無意識のうちに感じ取っていた。リディアは、これまでに何度も自分自身を守るために、誰かの甘い言葉に惑わされないよう心に誓ってきた。しかし、ギルバート公爵の微笑みと、どこか奥深い情熱に満ちた眼差しは、まるで罠のように彼女の防御を崩しかけるのだった。

館の中で二人は、優雅な茶席に座り、静かに話が始まった。公爵は、王国の政治や未来の展望といった重い話題には触れず、むしろ詩的な言葉や、美しい自然の描写を用いて、リディアの心を和ませようと努めた。

「見てください、この庭の花々。春風に揺れるその姿は、まるで自由に舞う蝶のようでございます。あなたもまた、こんな風に自らの意志で、ただ美しく咲いてほしいと願っております」

その言葉に、リディアは一瞬、胸が温かくなるのを感じた。彼女は、これまでの厳しい宮廷生活や、重い責務から解放され、ただ一人で静かな日々を送ってきた。その孤高の生活の中で、誰かに愛されることの温かさや、共に歩む喜びを、ほとんど夢見ていなかった。しかし、ギルバート公爵の言葉は、そんな彼女の内面に眠る未知の感情にそっと火をつけるかのようだった。

「しかし、公爵様……」
リディアは、慎重な口調で切り出す。「私の望みは、ただ一人、静かで穏やかな生活を送ること。誰かに決められた未来や、重い責務に縛られることは望んでいません」

その言葉に、ギルバート公爵は軽やかな笑みを浮かべながらも、どこか憂いを帯びた表情を見せた。

「リディア嬢、そのお気持ちは十分に理解しております。ですが、私はあなたに、単なる束縛ではなく、心から愛し、共に笑い、共に涙する未来をご提案させていただきたいのです。私の傍にあれば、あなたは決して自らの自由を失うことはありません。むしろ、あなたの美しさと優しさが、より一層輝きを増すことでしょう」

公爵の言葉は、甘美でありながらも、どこか計算された魅力を秘めていた。リディアは、その言葉に一瞬心が揺らぐのを感じながらも、自分自身を守るために毅然とした表情を保とうと努めた。これまでの経験から、誰かに心を奪われることの危険性は十分に理解していたのだ。

しかし、ギルバート公爵はさらに一歩踏み込むように、リディアの心に問いかけるような視線を向けた。

「あなたは、本当に今の生活で満足されているのでしょうか? 自由とは、時に孤独を伴うものです。誰かと心を通わせ、愛し合うことで、初めてその自由は深い意味を持つのではないかと、私は考えております」

その問いに、リディアは一瞬、口ごもった。彼女は、これまで自分が選び取った道に確固たる自信を持っていたはずだった。しかし、彼の問いは、あまりにも現実味を帯び、そして温かみを持って響く。孤独な日々の中で、ふと感じる虚しさと、誰かに寄り添いたいという密かな願い――それが、彼女の心の奥底で静かに蠢いていたのかもしれない。

しばらくの間、二人の間には柔らかな沈黙が流れ、館内の窓から差し込む朝陽が、庭の花々を黄金色に染め上げた。その美しい光景は、まるで二人の未来への希望を象徴しているかのようで、リディアはその一瞬に、ふと自分の心の奥底にある感情を認めるような気がした。

「私……確かに、時折、孤独に耐えきれなくなることもあります」
リディアは、静かに口を開いた。
「でも、それは誰かと一緒にいることで埋め合わせられるものではなく、自分自身の強さで乗り越えるべきものだと思っていました」

ギルバート公爵は、そんなリディアの正直な告白に、優しい眼差しを向けながらも、決して押し付けがましくない口調で応じた。

「リディア嬢。私もまた、かつては孤独に苦しんだ男でございます。ですが、愛というものは、単なる束縛ではなく、互いの心を解放し、共に未来を切り拓くための力強い絆であると、今なら確信しております。もし、あなたがほんの少しでもその可能性に心を揺さぶられるなら、どうか私と共に、その新たな一歩を踏み出してみていただけないでしょうか」

公爵の言葉には、ただの甘い誘惑ではなく、どこか真摯な情熱と、自らの過去から紡ぎ出された深い人間味が感じられた。リディアは、その言葉に対して、内心で激しく揺れる自分を感じた。これまで守り続けてきた自由と、今新たに芽生えたかもしれない愛情。その両者の間で、彼女の心は複雑な葛藤に囚われていた。

館内の一角で交わされた静かな会話の後、ギルバート公爵は、そっと立ち上がり、リディアに向けて一礼をした。

「どうか、リディア嬢。私の提案は、あなたにとって決して無理強いするものではありません。ただ、あなたが本来の自分自身を見失わず、より豊かな未来を選び取るための、一つの選択肢として受け止めていただければ幸いです」

その言葉を聞いたリディアは、しばらくの間、窓の外に広がる青空を見つめながら、自らの心の中で、これまで感じたことのないほどの揺れ動く感情と向き合っていた。彼女は、今まで何度も自らの自由を守るために壁を作ってきた。しかし、ギルバート公爵の真摯な眼差しと、どこか切実な誘いの言葉は、彼女の心に小さな隙間を作り出していく。

その夜、館内の広い書斎で、リディアは一人、日記を開いて今日の出来事を書き留めようとした。心の中では、王太子エドワードや宰相アルベルトとの出会いが複雑に交錯し、様々な選択肢を示唆しているのを感じていた。だが、ギルバート公爵との出会いは、その中でも特に甘く、そして切実な誘惑として、彼女の記憶に深く刻まれていくのだった。

ページをめくりながら、リディアは自分自身に問いかけた。「私が本当に求めているのは、ただの孤独な自由か、それとも……誰かと共に歩む温かな未来なのか?」
その問いは、これまでの自分にはなかった大きな重みを伴い、夜の静寂の中にじわりと染み込んでいく。遠くでかすかに聞こえる虫の音や、窓の外に広がる星空が、まるで彼女に未来へのヒントを与えるかのように、静かに語りかけていた。

翌朝、館内には柔らかな朝日が差し込み、リディアは再び庭に足を運んだ。そこで、偶然にもギルバート公爵と再会することとなる。庭先の小道で、公爵は一人、花々に水をやりながら、穏やかな微笑みを浮かべていた。リディアは、一瞬戸惑いながらも、その姿に引き寄せられるように、静かに歩み寄った。

「おはようございます、リディア嬢」
公爵は、にっこりと笑いながら、温かな挨拶を交わす。彼のその声は、昨日の会話の余韻を感じさせ、まるで心の氷を溶かすかのような力があった。
「おはようございます、公爵様……」
リディアは、礼儀正しく応えながらも、胸中にはまだ葛藤が渦巻いているのを感じた。

庭に咲く色とりどりの花々や、遠くでさえずる小鳥の声が、彼女に新たな可能性を囁く中、ギルバート公爵はさらに静かに語りかけた。
「リディア嬢。あなたの笑顔を見るたびに、私の心は温かくなるのです。もしよろしければ、今日の午後、一緒にこの庭を散策しながら、あなたの夢や希望について、お聞かせいただけないでしょうか?」

その提案に、リディアはしばらくためらいながらも、どこか心の奥底で感じる、彼への淡い好奇心と、これまでの孤独な生活への反省が交錯し、素直に頷いてしまった。二人はゆっくりと庭の小道を歩みながら、自然の美しさや、これからの未来について語り合った。公爵は、巧みな話術でリディアの心に寄り添い、彼女がこれまで抱いていた孤独や不安を、そっと解きほぐすかのように、温かい言葉を紡いでいった。

その午後、散策を終えた後、館へ戻る途中、リディアはふと、自分の中に芽生えたかすかな希望と、誰かと分かち合いたいという願いに気づかされた。これまで一人で守ってきた自由が、実は孤独と隣り合わせであったのかもしれない――そう、彼女は初めて、心の奥底でその答えを探し始めたのだった。

夜になり、館の中では、今日の出来事が静かに語られる。リディアは、一人静かに窓辺に座り、庭でのひとときを思い返しながら、自らの未来に対する新たな選択肢を考えていた。ギルバート公爵の甘くも計算された誘惑は、決してただの虚飾ではなく、彼自身が抱える深い孤独と、リディアに対する真摯な愛情の表れのように感じられた。

「私が本当に望むのは……」
リディアは、心の中で静かに自問した。
「自由という名の孤独を捨て、誰かと共に歩むことで、本当の幸福が得られるのかもしれない……」

その答えを求めるかのように、リディアはゆっくりと目を閉じ、今日の散策で感じた温かな記憶を胸に刻んだ。夜空に瞬く星々の光が、彼女の未来を照らし出すかのように輝き、そして、かすかに揺れる心の奥で、新たな希望の種が芽吹くのを感じた。
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