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冷徹侯爵の試み
しおりを挟む小さな変化
セシリアの「未来にあなたがいないかもしれない」という言葉は、アルトゥールの心に静かな波紋を広げ続けていた。それ以来、彼は以前のように日々の執務に没頭することができなくなっていた。彼の頭の片隅にはいつもセシリアの笑顔、そしてその裏に隠された悲しみが浮かんでいた。
「何をすればいいのだ……。」
アルトゥールはこれまで、自分が誰かの感情に答えようと考えたことがなかった。彼にとって、人との関係性は効率的でありさえすれば十分だったのだ。だが今、彼は初めて「誰かのために何かをしたい」と思う自分に戸惑っていた。
そんな中、彼はある決意を胸に秘めていた。セシリアとの距離を縮めるために、小さな一歩を踏み出そうとしたのだ。
ぎこちない問いかけ
ある日の午後、アルトゥールは庭園にいるセシリアのもとを訪れた。彼女はバラの花を愛でながら、穏やかな表情を浮かべていた。その姿を見たアルトゥールは、一瞬だけ胸が温かくなるのを感じた。
「セシリア。」
彼が名前を呼ぶと、彼女は驚いたように振り返った。
「アルトゥール様……どうなさいました?」
彼が自分から声をかけてきたのは非常に珍しいことだった。セシリアは少し戸惑いながらも微笑んだ。
「最近、お前がどのように過ごしているのか気になった。何か困っていることはないか?」
アルトゥールの言葉はどこかぎこちなく、不自然だった。それでも、セシリアはその問いかけに心が温まるのを感じた。
「いいえ、特に困ったことはありませんわ。ただ、こうしてアルトゥール様とお話しできることが何より嬉しいです。」
その答えに、アルトゥールは少し視線を逸らした。彼は自分の感情をうまく表現する術を知らなかった。
「そうか。それなら良い。」
短く答えると、彼はその場を立ち去ろうとした。しかし、セシリアが彼を引き止めた。
「アルトゥール様、もしよろしければ、少しお散歩に付き合っていただけますか?」
彼女の提案に、アルトゥールは一瞬迷ったが、うなずいた。
二人の歩み
二人は庭園をゆっくりと歩き始めた。セシリアは咲き誇る花々や小鳥のさえずりについて話し、アルトゥールはそれに簡単な相槌を打ちながら耳を傾けた。
「このバラは『永遠の愛』という意味があるそうです。美しいですね。」
セシリアが指差したのは、鮮やかな赤いバラだった。その言葉にアルトゥールは一瞬だけ立ち止まり、花を見つめた。
「永遠の愛……。」
彼はその言葉を繰り返し、少しだけ苦笑した。
「それは、人間にとって幻想ではないか?」
セシリアは驚いたように彼を見上げたが、すぐに微笑んだ。
「確かにそうかもしれませんわ。でも、幻想だからこそ人はそれを追い求めるのではないでしょうか?」
その答えにアルトゥールは少しだけ驚き、彼女の横顔をじっと見つめた。彼女の瞳には強い意志が宿っているのが分かった。
セシリアの孤独
散歩を終えた後、セシリアは自室に戻り、大きく息を吐いた。アルトゥールとの会話は短かったが、それでも彼が自分に少しでも興味を持とうとしていることが分かり、心が少しだけ軽くなった。
「でも……やっぱり距離は遠いわね。」
彼女は一人呟きながら、窓の外を眺めた。そこには、先ほどまで一緒に歩いていた庭園が広がっている。
「アルトゥール様は、私をどう思っているのかしら……。」
その答えが得られる日は来るのだろうか――セシリアの胸には、まだ消えない不安が残っていた。
冷徹侯爵の変化
その夜、アルトゥールは自室で日記のようなものを綴っていた。彼は普段から記録を取る習慣があり、そこには日々の出来事や考えが簡潔に書かれている。
「今日、セシリアと話した。彼女の笑顔は、相変わらず美しい。」
書きながら、彼は自分の筆が止まるのを感じた。
「美しい……?」
彼はその言葉を繰り返し、苦笑した。彼女のことを美しいと感じるのは事実だったが、それを自分で認めるのはどこか気恥ずかしかった。
「私は、どうして彼女のことを考えているのだろう。」
アルトゥールの胸には、自分でも説明のつかない感情が芽生え始めていた。
侯爵家の陰謀
その頃、エーゼンバッハ侯爵家の使用人たちの間で、ある噂が広がり始めていた。
「最近、アルトゥール様がセシリア様に少し優しくなったように感じませんか?」
「ええ、以前はほとんど無関心だったのに、最近はよくお話しされていますね。」
その噂は使用人たちの間だけでなく、外部にも漏れ伝わり、社交界でも話題となり始めていた。
「エーゼンバッハ侯爵も、ついに婚約者に心を動かされたということかしら?」
「もしそうなら、セシリア様も報われるわね。」
だがその一方で、アルトゥールの変化を快く思わない者たちもいた。彼の婚約を利用しようと目論む一部の貴族たちは、その動向を警戒し始めていた。
次の一歩
アルトゥールは、次に何をすべきかを考え続けていた。セシリアとの距離を縮めるためには、自分から積極的に動く必要があると感じていた。
「私は、彼女に何を与えられるのか……。」
彼はふと、彼女が愛してやまない庭園を改めて見直すことを思いついた。そこには彼女が好む花々が咲き誇っているが、さらに何か特別なものを用意することで、彼女を喜ばせることができるのではないかと考えた。
「セシリアが喜ぶもの……それを見つけるのが私の課題だ。」
彼は執務室を出ると、庭師を呼びつけた。そして、セシリアにふさわしい新しい花壇の設計を指示し始めた。
「これが、私の最初の贈り物になるだろう。」
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