【完結】悪役令嬢の私、婚約破棄されたはずが隣国の冷酷王太子に溺愛されています

22時完結

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隣国への輿入れと、仮初めの婚約

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    婚約破棄されたリリエルは、会場に現れた隣国・ガルディア王国の第一王子レオニスに突然求婚される。「俺の妃として連れて行く」――その冷酷で一方的な言葉の真意とは。断罪から一転、“拾われた令嬢”として新たな運命に踏み出すリリエル。だが、彼女を待っていたのは、仮初めの婚約と、予想外に甘すぎる日常だった――。

「……私は、どうしてここに乗せられているのでしょう」

馬車の窓から見える風景は、見慣れた王都の景色ではなかった。
代わりに、広がる草原と、遠くに連なる山々。
地図でしか見たことのなかった隣国・ガルディアの領土へ、私は確かに足を踏み入れようとしていた。

昨日までは、王都の舞踏会場で、婚約破棄されていたはずなのに。

(どうしてこうなったの……)

思い出すだけで胃が痛くなる。
あの場で王太子に婚約破棄を宣言され、侮辱され、失意の中を歩き出そうとした私。

──その瞬間、現れたのが彼だった。

漆黒の軍服に身を包み、金の瞳を持つ隣国の王子、レオニス・ヴェルグレイ。

「その女は俺がもらっていく」
「リリエル嬢を、我が妃として迎える」

唐突な求婚、というより、ほとんど拉致に近い行動だった。

父も王太子も混乱する中、私は半ば強引に王子の専用馬車に乗せられ――
そして今、国境を越えようとしている。

「…………」

私の向かいに座るのは、問題の本人。

王子レオニスは、静かに書類に目を通している。軍務の一環なのだろう。
整った顔立ちと、薄く結ばれた唇。そして、その眼差しは氷のように冷たい。

私がこうして目の前にいるというのに、会話をしようとする気配は微塵もない。

「……あの、レオニス殿下」

「何だ」

「どうして、あの場で私に“妃として来い”などと?」

「言った通りだ。美しく、誇り高く、王都の連中に蔑まれてなお背筋を伸ばしていた。その姿が目に留まった。欲しいと思った」

「…………」

この人、怖いくらいに正直だ。

「そんな理由で、隣国の王子が見知らぬ女を妃に……?」

「見知らぬとは言っていない」

「……え?」

王子は書類を伏せ、ゆっくりと私を見る。

「リリエル・ヴァン・クローデル。クローデル公爵家は、我が国とも貿易において重要な関係を持っている。名は何度も聞いていた。舞踏会における立ち振る舞い、評価、近年の噂も」

「まさか、事前に調べて……?」

「必要だからな。王族として、隣国の貴族を把握しておくのは常識だ」

それはつまり、彼は私を「ただ拾った」のではない。

最初から、少しは私に目を留めていた……?

「それに──あの会場の連中が気に食わなかった」

レオニスの瞳が鋭く光る。

「悪役に仕立てられた女を見下し、群れになって罵倒する。王太子は無能、女は欺瞞に満ちている。そんな連中に、お前を好き勝手にはさせたくなかった」

「…………っ」

心臓が、どくんと大きく跳ねた。

この人は、冷たい顔をして、時折とんでもなく優しい言葉を言う。

いや、優しいというより──正義に近いのかもしれない。

「……仮に、私が拒んだら?」

「拒む理由があるのか?」

「貴方が怖いです」

「正直でいい。だが、俺はお前を無理に縛るつもりはない」

レオニスは淡々と言った。

「ガルディアに着いたら、一定期間の“仮初めの婚約者”として過ごしてもらう。だがそれが不服なら、一定期間の後に自由に離れてもいい。その代わり、俺の“庇護下にいる”という事実は守ってもらう」

「庇護、ですか……?」

「この国では“俺の女”というだけで、お前に手を出せる者は一人もいない」

ぞくりと、背筋が震えるような言葉だった。

それは、脅しでも宣言でもなく、ただの事実として告げられた一言。

私は、小さく息を吐いた。

(……何だか、逃げ出す気が失せてきた)

王子レオニス・ヴェルグレイ。
冷酷無比で、容赦なく、けれど──恐ろしいほど誠実な人なのかもしれない。

(仮初めでも構わない。今は、この人の庇護のもとで、静かに生きられるのなら)

それが、断罪された“悪役令嬢”の、唯一の救いだった。

馬車が城門をくぐった瞬間、私は息をのんだ。

石造りの荘厳な城壁、鮮やかな緑に囲まれた広場、そして王宮に続く美しい並木道。

隣国の王都――ガルディアは、ラウディス王国よりもずっと厳粛で整然としていた。

「よく来たな。ここが今日からお前の住まう城だ」

そう言ったレオニス王子の言葉が、冗談に聞こえなかった。

王宮の一角、彼の私邸である“黒鷲の館”へと案内され、私はようやく荷を下ろした。

メイドたちは礼儀正しく、けれどどこか距離を感じる。

無理もない。“よく分からない令嬢”が突然殿下に連れてこられたのだ。
歓迎されるわけがない。

「ここが貴女の部屋です。何か不自由があれば、侍女のクラナをお呼びくださいませ」

「ありがとうございます。……本当に、立派なお部屋ですね」

用意された部屋は、豪奢でありながら温かみのある調度で統一されていた。
何より、明るい窓と花の香りに満ちているのが嬉しかった。

「……仮初めでも、丁寧に扱ってくださるんですね」

小さくつぶやくと、傍にいたクラナがふっと微笑んだ。

「殿下は、そういう方ですわ。冷たいと噂されていますが、実際は……とても公平で、真っ直ぐなお方です」

「…………」

私はその言葉を、胸の中で何度も繰り返した。



翌朝――

「どうした。そんなに緊張することはない」

「……このような場所で朝食をいただくのが初めてなだけです」

ガルディア王宮の中でも、王族専用のサロンである“月桂の間”。

高い天井、大理石の床、そして黄金の食器。

レオニス殿下と向かい合って朝食を取るのは、緊張しない方が無理だった。

「食え。味は悪くないはずだ」

すすめられたのは、焼きたてのパンにバター、トマトとチーズの温製スープ。

どれも見た目は質素だが、丁寧に仕込まれていて驚くほど美味しかった。

「……うっ、ん、これ、本当に美味しいです」

「だろう」

殿下はどこか誇らしげに微笑んだ。

思わず、その笑みに見とれてしまいそうになる。

(……あれ? この人、こんなに表情柔らかかったっけ?)

初対面の時はまるで氷の彫像のようだったのに。

今のレオニスは、まるで別人のように穏やかで、優しさすら滲んでいる。

「リリエル」

「は、はい!」

「今日は簡単な手続きを済ませる。お前は“仮初めの婚約者”として、一定期間ここに滞在する。そのための身分保証書に署名してもらう」

「……わかりました」

「だが形式上とはいえ、周囲には“婚約者”として紹介される。覚悟しておけ」

「……!」

婚約者。

あの憧れの響きが、まさか自分に与えられるとは思わなかった。

でもそれは“仮”のもの。本当の婚約ではないと、自分に言い聞かせる。

(それでも、今だけは……夢を見させて)



王宮内・政務の間

「こちらが、リリエル・ヴァン・クローデル嬢です。ガルディア第一王子殿下の婚約者となられました」

侍従長の紹介の言葉に、部屋にいた文官たちが一斉に頭を下げる。

「は、はじめまして。どうぞよろしくお願いいたします」

ぎこちなく挨拶する私に、視線が集まる。

(当然だわ……知らぬ国から来た、いわば“問題持ち込みの令嬢”。誰だって警戒する)

ところが――

「殿下が選ばれた方なら、我々に異議はありません」

「クローデル公爵家の令嬢とあれば、教養や礼儀には申し分ないでしょう」

予想外にも、周囲は歓迎ムードだった。

「……レオニス殿下の信頼、厚いのですね」

そうつぶやくと、近くの侍従がそっと笑った。

「殿下が一度“俺のもの”と言ったら、それは絶対なのです」

「…………」

(“俺のもの”って……!)

顔が一気に熱くなる。しかもそれが、周囲に通じる事実になっているのだから恐ろしい。

その日、いくつかの手続きを経て、私は正式にガルディア王国に“保護される身”となった。

仮の婚約者として、王宮に住まうことも公認された。



夜――黒鷲の館にて

「どうした」

「……あの、レオニス殿下」

部屋に呼ばれた私が恐る恐る問いかけると、王子は窓際のソファに座ったまま目を向けた。

「どうして、あんなに丁寧に扱ってくださるのですか?」

「丁寧だと感じているなら、こちらも本望だな」

「でも、私は“悪役令嬢”なんですよ。ラウディスでは断罪され、罪人として……」

「俺がそう思っていなければ、それで十分だろう?」

「…………」

「お前は、誰の目を気にして生きている?」

「……それは……」

「お前自身の目で、自分の価値を測るべきだ。他人の言葉に振り回されるな」

胸の奥に、何か温かいものが差し込んでくる。

ずっと誰にも言ってもらえなかった言葉だった。

「リリエル」

王子が立ち上がり、私の前に立つ。

その瞳は、やはり冷たく、けれど確かな熱を宿していた。

「お前は俺の婚約者だ。仮初めだろうと、それは変わらない」

「…………」

「これから、お前を本当に“必要だ”と思えるように、俺に努力させてくれ」

「えっ……それって……」

「言葉通りだ。だから、逃げるなよ」

そう言って、彼はふっと微笑んだ。

(……本当に、逃げられなくなりそう)

気づけば、胸の奥が甘く、やけに熱を持っていた。
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