俺も恋愛対象者‼

私欲

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第二章

ウィリアム・風見・レオ 前編

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「いつになったら俺、ショーコに男として意識してもらえるのかなあ」
「え?」
 青空の下、直射日光を避けるように公園の屋根付きベンチに並んで座る広瀬と長身の男。男は、太陽の光が集まったような金髪をキラキラとさせていた。横には松葉杖が置いてあり、左足にギプスをしていた。
「私、レオくんのことちゃんと男性として見てるよ?」
 二人の手には、同じ色形のアイスキャンディーがあり、広瀬は長身の男――レオにそう言うと、一口かじった。
「いや、そうじゃなくて」
「……レオくんこそ、私のこと本当に、恋愛対象、として見ているの?」
 広瀬がレオを覗き込むように見ると、動揺したのかレオは目を大きく開いて瞬きした。
「どういう、こと?」
 レオが固い口元だけ笑った笑顔で広瀬に訊く。持っていたアイスキャンディーは溶けて、レオの左手を汚していた。
「レオくんは、私を通して、いつも誰かを見ているような気がして。私はレオくん好きだから、レオくんの気が済むまで一緒に居ようと思ったんだけど。……でも、それだと、私も、レオくんも苦しくなるだけなのかもしれないって、最近思って……――」
「ちがう!」



 レオが広瀬の腕を掴む。声が公園に響いて、近くの鳩が飛び立った。今度は広瀬が目を瞬かせた。
「さ、最初はそうだったかもしれないけど……母さんを、ショーコに重ねてたけど、今は、今はもう! ショーコと一緒に過ごして……」
 うまく言葉にできないレオは少し涙目になっており、広瀬の腕を掴んでいるレオの手は震えていた。広瀬は震えているレオの手に自身の手を重ねる。
「そっか、うん。……よかった。私はレオくんのお母さん、美幸さんにはなれないけど、レオくんの傍にずっといるよ」
 にっこり微笑む広瀬に、レオは持っていたアイスキャンディーを落として抱きしめる。ぐりぐりと頭を広瀬の肩に押し付けるレオを見て、広瀬は幸せそうに笑った。



「寝不足ですか?」
 正座で麦茶を飲んでいる弓道着姿の二ノ宮先輩は、柔らかく口角を上げている。
「……いや、夢見が悪くて」
「最近、急に暑くなったからでしょうか?」
 二ノ宮先輩がタオルで額を拭きながらつぶやく。
「……それもあると、思います」
 弓道場に取り付けられている扇風機の首振りがこちら側を向くと、少しだけ涼しく感じる。セミの鳴き声も日常のBGMとして馴染んできたこの頃、俺も弓道部のマネージャーとして馴染んでいた。
 部活の休憩中、俺が用意した麦茶入りウォータージャグを前に、弓道部員が並んでいた。各々うちわを扇いだり、弓道着の胸元をパタパタとさせたり、少しでも暑さを和らげようとしている。俺も背中にじっとりと汗をかいていた。ちらっと隣の二ノ宮先輩に目線を移すと、汗はかいているはずなのに、なぜか涼しげに見えた。扇風機の風によって、さらさらと艶のある黒髪の前髪が揺れることで、この人だけ俺達とは違う気温の下にいるのではないかと錯覚する。
 七月に入り、期末テストが終わり、俺は今日も弓道部のマネージャ―として弓道場にいた。マネージャーといっても、俺が期間限定というのもあり、部員それぞれが藤堂の仕事を少しずつ分担していっているので、どんどんと俺の仕事は減っている。最初こそ藤堂から色々と教わり、てんやわんやしていたが、慣れてしまえば、全く重荷になることは無かった。
 弓道部に通い始めて二、三日経った頃、二ノ宮先輩に「佐藤君も弓引いてみますか?」と声を掛けられ、部活後に少しだけ弓道を教えてもらった。マネージャー業として部員の射型チェックもしていたので、基本の射法は頭に入れていたが、実践は予想以上に難しかった。その後、期間限定のマネージャーを終えたら部員として入部を勧められたが、一応文芸部に所属しているので断った。文芸部には、期間限定であることを条件に、一時的に両立することを認められていた。
 二ノ宮先輩から弓道を教えてもらった帰り道に「佐藤君も選手として今後も在籍してくれたら心強いのですが」と言われた。その時は、社交辞令でも「勘弁してほしい」と思った。しかし、広瀬の恋愛対象者から外れたことも大きな要因ではあるが、一カ月以上、先輩と関わるようになり、穏やかなで、話していて非常に心地良い人であるため、段々と俺も周りの生徒と同じように二ノ宮先輩のことを慕うようになっていた。俺はちゃっかりと、心の中で二ノ宮先輩を呼び捨てていたのも辞めた。
「休憩終了。始めます」
 二ノ宮先輩の凛とした声が弓道場に響き、気が緩んでいた部員達もピリッと少しの緊張感を取り戻し、部活動を再開する。
「佐藤君、お茶ありがとうございます」
 先輩は立ち上がって俺に礼を言う。
「いえ、そしたら今日は俺、お先に失礼します」
「お疲れ様です」
二ノ宮先輩の声を皮切りに部員一人一人からの「お疲れ様です」に返事しながら、弓道場を出た。今日の俺の仕事は弓の整理後、買い出しであったので、ウォータージャグを洗ってから、高校を後にした。


「ショーコ、遊びに来たよ」
「わっ」
 昼休み、長身・金髪・碧眼と三拍子揃ったこの男は、ドア付近の机で弁当を広げていた広瀬を、後ろからスラっと伸びた長い腕で抱きしめていた。先日、夢で広瀬と一緒に出てきた男だ。
 腐れ金髪野郎、軽々しく広瀬に抱き着いてんじゃねえよ。
 風見レオ――本名はウィリアム・風見・レオ。俺達の一つ下で、身長192センチという長身から、バスケ部の期待の新人と噂されている。イギリスと日本のハーフで、どの角度から見ても完璧なフォルム。たれ目がちの甘いマスクに、健康的で均等な筋肉で、俺も含めた普通の学生の中で明らかに浮いているコイツは、隙あらば広瀬にべったりである。
 よく広瀬と一緒にいる友人たちは「遊ぶ前にご飯だ」「今日は早いのですね」と慣れた様子で、レオをあしらっていた。
「睨みすぎ」
「あ?」
「ガラ悪ぅ」
 一緒に昼飯を食べていた杉谷が鼻で笑う。俺が座っている丁度斜め前に、少し困った様子の可愛い広瀬と、憎たらしい風見の横顔が見えており、俺は、頬杖をついて風見を睨む。
 くそ、杉谷の席で飯食えば、違和感なく広瀬を見続けられるとさっきまで上がっていたテンションを返せ。
 風見は、二ノ宮先輩ルートを妨害して一週間も経たないうちに、今のようにベタベタベタと広瀬につきまとっている。
 この男の出現に焦った俺は、広瀬と俺以外のラブシーンなど見たくも知りたくも無かったが、妨害する上で必要不可欠な情報は欲しかった。二ノ宮先輩の時と同様、胸糞悪い夢を見れば、どのように広瀬と風見が親密になるかなどの恋物語を知ることが出来る。ただ、あの夢を見た日は、待ちに待った情報だと喜びはしたが、嫌悪感が勝って気分が悪かった。
 嫌というほど身に染みている俺にとっての理不尽な世界で、広瀬の恋愛を妨害しようとしている存在に、二ノ宮先輩の時のような情報は継続して得られないのではないかと若干の不安視があったが、一応広瀬の友人兼恋愛相談役という役割は継続されるようで、今後も情報を得ることが出来るらしい。
 とりあえず得た情報を整理すると、風見は二ノ宮先輩ルートを回避したため現れたというわけでもなかった。いつかの広瀬に保健室に連れて行ってもらったときに広瀬を呼び出したヤツも、俺が黒衣集団に両腕を掴まれ、駅に連行されていったときに広瀬が電話していた相手も風見だった。
 しかし、まだ、風見ルートで大事な決定的なイベント・起承転結の「転」は起きていないようで安心した。
 風見は、六歳まで日本で過ごし、七歳から十五歳までの九年間、風見の父親の母国であるイギリスで過ごしていた。そして今年、日本に戻ってきた。広瀬と風見の両親が親友同士で、幼いころからの知り合いのようだ。
 ……本当にコイツは厄介だ。
 幼い頃に広瀬と結婚の約束をしていたり、日本に帰ってきて広瀬を見るなり、好き好きアピールが激しかったり……。
「レオくん、ご飯は?」
「今日はショーコとご飯食べようと思って、購買部で買ってきた」
 風見は、広瀬から離れると、購買部で買ってきたであろうパンを、机の上に広げる。そして廊下側の壁に寄りかかりながら、ハンバーガーを一つ手に取って食べ始める。
 風見は一年生だというのに二年生、広瀬の教室にさも当たり前のように入ってきては、今のように広瀬にベタベタと触る。
 女子たちが話しているのを聞いたが、風見は、学園の二ノ宮先輩・風見・夏目の三大イケメンに認定されたらしい。入学して四カ月しか経っていないのに、女子の間で写真が出回るほど風見の人気は凄まじい。
「なーんか二年に上がってから、佐藤変わったよな」
 杉谷はまじまじと風見を睨む俺を見て言う。
「は? どこがだよ」
「積極性。見過ぎでしょ」
「うっせー」
 杉谷は眼鏡フレームを人差し指の第二関節で上げながら、意地悪くニヤリと笑って、小声で聞いてくる。
「で、ほんとのところ、なんで弓道部のマネージャーになったんだよ? 広瀬全く関係ねーじゃん。俺の知らないところで広瀬と関係あったりすんの?」
「……いろいろあったんだよ」
 広瀬の恋愛対象者が二ノ宮先輩で、それを阻止するために仕方がなく、なんて言ったら、「現実と妄想分かってるか?」と腹立つ顔で返答してくるのは目に見えている。
「あっそ」
 杉谷は、俺がこの話題になるといつもはぐらかすため、つまらなそうにする。
「まあとにかく、マネージャー業に熱中するあまり、あの風見君に取られても、俺は慰めねえからな。俺が優しくするのは愛ちゃんだけだから」
 杉谷の彼女である愛ちゃんの惚気を聞き流す。ただ彼女持ちというステータスで高見の見物をしているような杉谷に腹が立つので、膝を軽く足先で小突く。
「いてッ」
 杉谷の軽い悲鳴を無視して、再度広瀬達の方に意識を向ける。
俺は、ここ数カ月で吹っ切れて、広瀬のことを好きだということが周りにバレても構わなくなっていた。しかし、クラスメイトは杉谷以外、何故か気付かない。
「そうそう、ショーコ、今日部活無い日だよね? 一緒に帰ろう?」
 風見は、俺が言いたくても言えない言葉をサラッと広瀬に言える。腹が立つ。
「あー……ごめん、レオ君。さっきね、放課後、演劇部の裏方メンバーで暇な人、来てほしいって言われてて」
 広瀬は、綺麗に持っていた箸で掴んだ卵焼きを元の場所に戻して、気まずそうな表情で風見に言った。
「放課後、俺と帰るから暇じゃないじゃん?」
「本当にレオは自分中心に世界が回ってるね」
「翔子も大変だね」
 少しだけ拗ねた表情の風見と、呆れる広瀬の友人と、苦笑した広瀬の間にクラスメイトの女子達が入ってきた。
「レオ君、じゃあ私達と一緒に帰ろうよ」
「そうそう、駅前の新しいカフェに一緒に行こうよ~」
「あー…俺、ショーコのこと待つことにしたから、ごめんね」
 風見は、自身の腕に絡んでいるクラスメイトの女子の腕をそっと外しながら断る。
「えっ、いいよいいよ、レオ君! 待ってなくて!」
 にっこり微笑んでクラスメイトの誘いを断る風見に焦った広瀬は風見のワイシャツを掴む。
「えー俺が待ちたいから」
 風見が愛おしそうに広瀬を見つめて言う。
「やっぱりだめか~残念。じゃあまた気が向いたら帰ろうね、レオくん」
 風見を囲んでいた女子たちは、笑顔で風見と広瀬に少し手を上げて離れていった。
「ひぇー人気だねえ、風見君は」
 杉谷も俺につられて椅子の背もたれに片腕を乗せて、広瀬達を見ていた。こちらに向きなおした杉谷が小声で俺に訊いてきた。
「広瀬大丈夫なん?」
「なにが?」
 俺は食い終わった弁当をリュックに戻しながら、杉谷の質問の意図を聞く。
「え、人気者な風見にあんなに好かれちゃって、見当違いの嫉妬とかされないのかなーって」
「ああ、俺も最初思ったけど、あまりに広瀬しか見てないから、アイドル的存在に昇格したんじゃね?」
 以前、廊下にいた女子達の会話で、それらしいことを聞いたことがある。
「なーる?」
 加えて、広瀬も人畜無害の穏やかな女子であるため、女子たちも羨ましがりはするが、広瀬の人柄に虐めてやろうと思う女子が名乗り出さなかったのだろう。また、風見が広瀬以外には基本的に塩対応なので、本気になる女子も少ない気がする。
「夏目くん、なに食べてんの?」
「あーコロッケパン。好きなんだよね」
「あれ、カツサンドが一番好きって言ってなかった?」
「どっちも好き、さやちゃんは?」
 キャッキャと声がする方にチラッと視線を移せば、女子達が夏目に絡んでいた。
 夏目も広瀬の恋愛対象者の三人に入ると考えていたので、一応夏目にも注意深く観察をしているが、夏目は広瀬と関わることがほとんどない。しかも夏目の近くには常に広瀬以外の様々な女子がいて、イチャイチャしている。本当に夏目は広瀬の恋愛対象者なのだろうか。
 

 放課後、俺は二階の教室から、窓枠に両肘を乗せて、学園祭などで使われる着ぐるみを運んでいる広瀬を見つめていた。周りの生徒も演劇部だろう。グラウンドではサッカー部や陸上部が走っており、広瀬達は、グラウンドの校舎側にある階段に布を掛けて、その上に、猫の着ぐるみなどを干していた。広瀬は月・火・木活動日の演劇部の裏方をしている。
 生ぬるい風を感じながら、猫の着ぐるみの頭を持っている広瀬を見て口元が緩んだ。
「……かわいい」
 思わず口に出してしまったのかと口を押さえたが、俺の隣の誰かが呟いたようだった。
「ゲッ」
 その誰かを見て、反射的に、二、三歩遠ざかる。肩まである蜂蜜色の金髪をキラキラ反射させている。風見だ。キラキラした光の束は、窓から入ってくる風によって靡いている。
 俺の視線に気づいた風見が、視線だけ俺に向ける。風見の透き通った青い瞳に、俺は思わずたじろいでしまう。
「……あ、昼にショーコのこと睨んでた先輩だ」
「は?」
「えっと……俺、ショーコ一筋だから……ごめん」
 風見は自身の首を触りながら、視線を外す。
「…………は?」
「いやだから、先輩が男だからっていう理由より、ショーコが好きっていう……――」
「おめーじゃねえわ!!」
 不愉快極まりない勘違いをした風見に俺は思わず大声で反論する。教室の入口付近で話していた女子達は、俺の怒声にこちらチラッと見てから、何事もなかったように話を再開している。風見のたれ目が大きく見開いていた。
「……広瀬は睨んでいない」
「じゃあ、先輩、俺のこと睨んでたんだ?」
 不敵な笑みを浮かべた風見の顔は威圧感があった。俺は風見から視線を外して、グラウンドに顔を向ける。
「……ショーコのこと好きなの?」
 風見に言う義理は無い。無視を続ける俺に風見は追撃する。
「でもごめんね、ショーコは俺のお嫁さんになるから」
「……広瀬はお前を意識して無さそうだけどな」
 風見の発言にイラっとした俺は、言い終わる前に被せて「意識して無さそう」を強く言った。常ににやけ顔の風見が、一瞬真顔になったのが横目で見えた。
「……先輩は、ショーコの眼中にも無さそうだけどね」
 少し、いやだいぶ気にしていることを風見に言われた俺は咄嗟に風見に顔を向ける。風見は、着ぐるみを全て干し終わった演劇部の部員たちと、階段に腰かけて話している広瀬を見つめていた。俺も視線を広瀬に戻して、言い返した。
「………ベタベタ触って、広瀬、迷惑だろ」
「迷惑だって言われてないし、そういうの許容される関係だから、俺ら」
 どこからかカーンッと試合のゴングが鳴ったような気がした。
「まあ?ベタベタ触ってても、広瀬は全く照れてるそぶりとか無かったから、お前のこと弟みたいにみてんじゃねーの」
 『弟』というワードは風見にとって非常に攻撃力の高いものだったらしい。窓の枠を掴んでいた両手に力を入れて、項垂れ、眼光鋭く俺を睨みつける。
「……先輩は、友達枠から出られそうにもなさそー。俺、先輩の話、ショーコから聞いたこと無いし」
 風見は、言葉のナイフで俺の急所を刺してきた。友達から抜け出せない……そのワードは、この理不尽な世界の『友人兼恋愛相談』の役割を振られている俺にとって、ひどく突き刺さるものがあった。
「……中学の頃の広瀬のロング姿知らないくせに」
 雷が頭に落ちたように、風見はショックを受けている。風見は今年日本に帰ってきているため、二年前のロング姿の広瀬を知らないのだ。
「……一緒にプール入ったことないくせに」
 ハンマーで頭を横から思い切り叩きつけられたかのように俺はショックを受ける。広瀬の水着姿……? 水着姿ってこと? ど、どどどうせ幼い頃のだろ? と平静を装うが、『水着姿の広瀬』が出てくる強エピソードに俺は、窓の枠に頭を乗せる。水泳の授業はこの学園にはない。
「「う、羨ましい……」」
「おーい、佐藤……って」
 教室の入り口に立っている杉谷は、窓付近に俺と風見が並んでいる姿を見て、ぱちぱちと眼鏡の奥の目を瞬かせる。
「いつのまに仲良くなったん?」
「「違う!」」
 俺と風見の声が重なる。不愉快で風見を睨むと、風見もこちらを睨みつけていた。悔しいかな、風見の192センチの身長のせいで、176センチの俺は見上げる形になってしまう。
「おー仲良さそうで良いこった。で、佐藤部活行かねーの?」
「「だから違うって言ってるだろ!」」
 また俺と風見の声が重なるものだから、杉谷は膝を叩いて大笑いした。


「まーだ不貞腐れてんの?」
 部活を終えて、学園の最寄り駅に向かって歩く。俺の後を杉谷がついてくる。
「……ちげーし」
「不貞腐れてんじゃん」
 杉谷は、反抗的に呟いた俺に向かって小走りで来て、俺の不機嫌な顔を覗くように見て、ケラケラと笑った。杉谷に何故風見と一緒に居たのかを尋ねられて、事の顛末を正直に話すと笑われた。しかも、部室に着いた後も笑っている杉谷を見た部員が、不思議そうにしていたので、杉谷が登場人物は俺ということは隠し、同じ話をした。
「中学で好きになったやつと、再開したやつ、どちらを応援したいってやつ、なんであんなに差が開いたんだよ」
「中学二年から高校二年まで何も行動起こさない男より、積極性のある男の方がいいって全会一致だったもんな、うける」
 どの部員も風見派であったのが納得いかない。
 杉谷は不満な顔をした俺とは対照的に楽しそうだ。俺は何も楽しくない。
 駅に着くと、杉谷に「この後、愛ちゃんとデートなんで、じゃあまたな」とヒラヒラと手を振られ、解散した。
 部員の男どもはともかく女子からも一票も貰えなかった俺は、この時ばかりは、彼女と待ち合わせをしている杉谷が、雄として優秀に見えて素直に悔しかった。
 ……もう風見とは妨害以外では関わりたくない。
 俺は自宅に帰り、自室の勉強机とセットで購入された回転椅子にもたれながらため息をつく。
 俺はノートを開いて、ボールペンを指でクルクル回しながら風見ルートの妨害を考える。
 風見ルートの「転」の部分は、風見が広瀬を庇ってケガをするところだろう。
 ケガをした風見を介抱していくうちに距離が近付いていった気がする。二人の恋愛模様は、二ノ宮先輩の時と同様、映画のような形で俺の頭に入っているので、脳内で広瀬と風見の映像を早送りしたり、停止させたりする。
 時期は、弓道部の夏の大会が終わった直後の夏期講習だ。風見はバスケ部の練習試合で、広瀬は夏期講習で学園に居る際、階段から落ちそうになった広瀬を風見が助ける。夏期講習時期は特に広瀬を注意深く尾行するのは必須だが、俺の情報より風見の広瀬への執着度が強いような気がして、今からでも出来る妨害は率先的にしていく。ノートには何も書かずに終わった。

 週明け、俺は密かに歓喜していた。図書委員の仕事が回ってきたからだ。
俺のクラスの図書委員は広瀬と俺。図書委員の仕事は、一週間交代でクラスに回ってきて、昼休みや放課後の図書室の受付をすることになっている。その間の部活動は、なるべく休むことになっているため、運動部は図書委員になることは少ない。
 少ないはずなのに。
「レオくんも図書委員だったんだね」



 放課後の図書室の受付スペースで、俺と広瀬の間に屈みこんで陣取っている風見に、広瀬が小声で訊いている。
 今日から広瀬と理由を考えることなく一緒に過ごせることに喜び、放課後を楽しみにしていた俺の気持ちを考えろ。
「いや、ショーコが図書委員って聞いたから、委員の子と変わってもらった」
 そんなことできんのかよ。元図書委員、変わるなよ。名も知らぬヤツを軽く恨む。
「えっ、元委員の子とかに迷惑かけてない?」
「委員決めた次の日にショーコが図書委員って知って、すぐにせんせーに言ったら、委員会の決めた紙まだ提出してなかったし、ギリギリおっけーだった。もともと俺、年一しか動かない選挙管理委員で、仕方なく図書委員になってたやつと交換したから、逆に感謝された」
「……それでも風見は今日の受付当番じゃないだろ」
 俺は真正面を向き、風見を見ずに口を開く。チラリと風見を見ると「なんでお前そこにいんの?」と嫌悪感一杯な表情で俺を見てきた。俺のセリフだわ。
「えー、じゃあ先輩、俺、受付当番変わりましょーか?」
「結構だ」
 ぴしゃりと俺が断ると、険悪なムードが図書館受付スペースに漂う。
「そ、そうだね。レオくん、当番じゃないのに受付にいたら、注意されるかもしれないよ」
 広瀬はそう言いながら、屈みこんでいる風見を立たせて、受付スペースから背中を押して出す。広瀬から言われると風見も言うことを聞くしかできなくなり、しょんぼりした状態で受付スペースから出て、受付台を挟んで広瀬の真正面に移動する。192センチの大男が項垂れているのは、なかなか見ごたえがある。
「じゃあ、今日も待ってていい?」
「え、いいけど、暇じゃない?」
「……バスケ部で暇つぶしとく」
 広瀬もしょんぼりした大型犬のような風見には強く言えない様子だった。そんな広瀬を俺は、幼い子をあやしている母親のようだと思った。
「うん、わかった。終わったらメールするね」
 広瀬の言葉に、露骨に元気になった風見は上機嫌のまま図書室を出ていった。
 図書室本来の静けさが訪れた。今日は図書の先生もおらず、図書室内にいる生徒も二,三人座って静かに本を読んでいた。
 学園の図書室は、俺達の教室などがある棟とは違うため、渡り廊下を通って来る必要がある。一階のフロア全てが図書室になっており、二階は主に文化部が使う部室が並んでおり、三階には視聴覚室やパソコン室がある。学園の図書室は、ミステリ本も多く所蔵しているため、広瀬も俺もよく活用している。
 俺は、図書室独特の時間がゆっくり過ぎるような、安心感を得られる空間が好きであることに加えて、隣に広瀬がいる幸せを噛みしめていた。先ほどまでの煩わしさの元凶も消えて、俺は満たされていた。
 腕をトントンと叩かれる。無意識で隣にいた広瀬に顔を向ける途中で、受付台の上の開かれたノートに目がいく。
《ごめんね、レオくん。賑やかで》
 広瀬の綺麗な細い線で書かれた文字があった。すぐに広瀬に顔を向けると、申し訳なさそうな表情で、人差し指を口の前に立てて「し」の発音時の口の形をした。そのまま広瀬はノートに付け足す。
《さっき、生徒がこっち見てたから、ノートで》 
 少し騒ぎ過ぎてしまったか、おそらく図書室で本を読んでいた生徒が、うるさそうにこちらを見ていたのを、広瀬が気付いたのだろう。
《こっちこそ、気付かなくてごめん》
俺は、受付台の上の広瀬と俺の中間にあるノートに、返事した。お世辞にも綺麗とは言えない字に加えて、好きな子だけが見る文字というプレッシャーに少し字がよれた。ちらっと広瀬の顔を見ると、俺の書いた文字を楽しそうに見ていた。広瀬は、元々、普通に口を閉じているだけでも口角が上がっているので、楽しそうに見えたのは俺の捏造かもしれない。ノートの中だけであれば、広瀬と俺の二人だけの空間のような気がして、じわあっと顔や手に熱が集まってくる。
 広瀬に気付かれないように手汗をズボンで拭いて、ノートに書いた。
《風見ってバスケ部だから、図書委員、厳しいと思うんだけど……》
 バスケ部は、それなりに強いらしく、毎日のように部活がある。毎日部活があるような運動部員は、1週間ごとに回ってくる図書受付の仕事が出来ないため、基本的に図書委員にはなれないはずである。そのため、バスケ部に所属している風見に図書委員は、難しいのではないのかと思う。
 広瀬は少し苦笑して、ノートに文を書いていく。
《レオくんの場合、ちゃんとバスケ部に入部しているか怪しいところがあるんだよね》
《どういうこと?》
《レオくん、バスケ部に体験入学した際、楽しくなかった? みたいで、入部するの辞めようとしたら、引き留められて。練習試合に出てくれればいいからって》
 広瀬が「楽しくなかった」と表現しているのは、うちのバスケ部が、イギリス帰りの風見にとって全く勝負にならなかったことをマイルドに表現しているのだろう。気を遣える広瀬……好きだ。そして俺は勝手にバスケ部に同情した。
《なるほど》
 俺の文を読んだ後、広瀬がシャーペンを持って、シャー芯の先をノートに乗せるが、なかなか書き出さない。やっと書いた広瀬の文に俺は思わずむせた。
《佐藤君って、好きな人いる?》
平静を装って文を書くが、さきほどよりも手が震えた。
《え、どうしたの。突然?》
《好きって難しいなって》
 思わず広瀬の顔を見ると、広瀬は困った表情をしていた。
「いや、ごめん、なんでもない!忘れて!」
 広瀬は小声で俺に言うと、躊躇っていた文のところを消しゴムで消し始めた。
 生徒の一人が本を借りに来て、それを広瀬が対応したので、広瀬と俺の短い交換ノートは終わった。
 好きって難しいってなんだ……?広瀬の意味深な言葉に、悶々と残りの受付時間を過ごした。
 受付の仕事を終えて、ダメ元で帰りを誘うも黒衣集団は現れるし、風見が現れたので、俺は寂しく一人で帰った。交換ノートはこっそり千切って持って帰った。
 その後の一週間の図書委員、俺は幸せ週間が来るものだと思っていたのに、必ず風見が出現するものだから、広瀬との距離は縮まるものも縮まらなかった。
「ショーコ、これってどこに……」
 返却された本を元の位置に戻す作業中、風見は、広瀬がいると思って後ろを振り向くも、広瀬はおらず、代わりに俺しかいなかった。広瀬に「当番じゃない人が受付スペースにいるのはよくないかも」と追い返された風見は、少しでも広瀬と一緒に居るためだろう、返却本を戻す作業を「手伝う!」といって聞かなかった。
 風見が呼んだ広瀬は、受付スペースに戻っていた。風見は俺しかいないと分かると、持っていた本の背表紙の番号を確認してから、元の位置に戻していた。
 「分かるんじゃねーか」と思わず声に出しそうになったが、グッと堪えた。風見とは妨害以外で関わるべからずと俺の中の俺が言っていた。
 俺は、本を元の場所に戻しながら、風見のことを盗み見て、少し不安に駆られていた。風見は思っている以上に、広瀬と過ごす時間が俺よりも圧倒的に長い。もちろん広瀬と俺は同じクラスなので、学園生活中は、俺の方が一緒に居る時間は長いが、放課後であったり、昼休みなど、規制がかかっている分、個人的な広瀬との接点が俺は少ない。
 それゆえに、この図書委員という立ち位置は俺にとって非常に重要だというのに、風見がとてつもなく邪魔だ。
「先輩」
 気付くと風見が隣に立っていた。俺は手に取った本を見つめたまま、作業が止まっていた。返却本が入っていたカゴは空で、元の場所に戻す本は、俺が持っている本で最後のようだ。
「なに?」
「届かないの?」
「は?」
 風見は俺が持っている本を指差した。改めて背表紙の番号を確認すると、一番上の棚が、この本の元の場所だった。
「なめんな」
 俺はそう言いながら、本を元の位置に戻した。つま先立ちはしなかったものの、腕は可能な限り伸ばした。
 最後の本が仕舞われる。そこで、風見の仕事の手伝いは終了だ。
「手伝いありがとう、じゃあな」
 返却本入れの空のカゴを持ち、一応風見に礼を言ってから、受付スペースに向かう。
「……先輩は、ずるい」
 背後で風見がポツリと呟いた。
「は?」
 振り向くと、たれ目が強調されるほど瞳が不安そうに揺れ、192センチもあるというのにひどく弱弱しく見えた。
「先輩は、ショーコと同じ学年で、同じクラスで、ちゃんと男性として、ショーコの傍にいる……」
 ……何言ってんだ?
 俺は、駄々を捏ねている風見を見て呆れる。対応するのも面倒くさくて無視して受付に戻ろうとした。
 しかし、再度、風見が俺の地雷を踏む。
「ずるい」
 カッと頭に血が上った。
 戻ろうとした身体を風見に向ける。
 なにいってんだよ、お前。
 俺が言いたい言葉をスラスラ言えるお前に。
 なんでそんなこと。
 気付くと、風見の胸元を掴んでいた。傍から見たら、圧倒的な体格差で俺が不利なように見える構図だ。風見も俺の行動に驚きはしたが、決して恐怖を抱いていない様子だ。
「ッ」
 ただずっと下を向いていた俺が、風見を見上げた時、俺がどんな表情をしていたのかは分からないが、風見は気まずそうな表情をした。
 おそらく俺は情けない顔をしていたのだろう。泣き出しそうな顔をしていたのかもしれない。
 風見は何を思ったのか、俺の手を払うこともせず、ただ俺の次の行動を待っていた。
 俺達は、奥の本棚にいたため、図書室にいた生徒や先生、広瀬は、俺達のこの状況に気付いていない。
「俺も、お前が」
 絞り出した声は震えていた。すごく悔しかった。続きを言ってしまったら、この理不尽な世界を、俺の現在の立ち位置を、受け入れてしまいそうで、それ以上は何も言えなかった。
 俺は風見から顔を背け、静かに離れる。ぐちゃぐちゃになっていた感情を抑えて、悪あがきのように、風見に向かって鼻で笑った。
「……まあな。俺と違って、お前は、ずっと、広瀬にとって弟なんだよ」
 調子を取り戻した俺を見て、呆気にとられていた風見だったが、『弟』という風見の地雷ワードを言われたことで、反撃してきた。
「~~ッ! さっき言ったのはなし! なにも羨ましくなんてない! 俺よりも全然弱そうだし、ショーコから男になんて見られるはずなんてない!」
「あ!?」
 風見の子供のような反抗に思わず俺も図書室だということを一瞬忘れ、大声で反応してしまう。言い争う声を聞きつけた図書の先生が睨みあう俺と風見の間に割って入り、廊下に風見と共に連れていかれる。廊下で俺と風見を叱る先生の背中越しに苦笑いをした広瀬がいた。
 その後、広瀬に「なにがあったの?」と訊かれても、俺も風見も黙るだけだった。
 結局、一週間の俺のチャンスタイムは、風見と黒衣集団に邪魔されて、何も進展が無く、夏休みに突入した。
 
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