独りぼっちだった少女と消えた婚約

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「そうそう、素敵といえば、アンジェラがさっき図書館で使っていたペン、碧色の石がついていてすごく可愛らしかったわ」

セリアが言っているのは、二人で本を借りた時に貸出票を書いたペンのことだろう。

「あれはお父様から入学の記念に頂いたものなの。……あら?」

アンジェラは鞄のポケットにペンがないことに気がついた。

「カウンターに置き忘れたのね。私も探すわ」

「大丈夫、セリアはここで待っていて。すぐ取ってくるわ」

あの談話室での出来事の後、アンジェラは一人で行動するのをなるべく避けるようにしていた。しかし、あのジャネットが授業の後に図書館にいるはずはないだろう。

アンジェラは急いで図書館に戻り、受付カウンターのあたりを探してみたが、どこにも見当たらなかった。司書の先生にも訊いてみたが、ペンの落とし物は届いていないようだった。
中庭に行く途中で落としたのかもしれない。アンジェラは再び中庭への通路に出た。ところが、

「――きゃあっ!」

ぐい、と後ろから誰かに腕を掴まれた。逃れようとしても、強引に建物の陰に引っ張られる。かと思えば突然手を放され、アンジェラは倒れそうになった。

「痛っ……!」

「『きゃあ』って……自分が可愛いとでも思っているつもり?」

少し離れたところから声がする。見ると、ジャネットがこちらを睨みつけるようにして立っていた。腕を掴んだのは、周りに何人も並んでいる女生徒の誰かだったようだ。アンジェラはどうして、と言おうとするが、掠れて声にならない。

「殿下が中庭におられるところをお見かけしたの。あの留学生と随分お話されていたようね? 歴史学の時間もお優しい殿下とご一緒できてさぞ楽しかったでしょうね――不美人のくせに、殿下に少し話しかけられただけで調子に乗ってんじゃないわよ」

ジャネットは怒りを露わにした。周りの取り巻き達も同調する。

「偶然に決まってるじゃない」

「殿下がこんな地味な女に興味を持たれるはずがないわ」

これだって、とジャネットが投げつけてきたのは、アンジェラが探していたペンだった。

にはふさわしくないのよ。そもそも華美な持ち物は規則違反ではないの? あの厳しいガルシアにでも言いつけたら、どんな罰則があるのかしらね」

ジャネットは口元に手を当てて笑った。アンジェラを完全に下に見て楽しんでいるようだ。
アンジェラは痛む手を伸ばしてペンを拾った。傷付いてはいなかったが、中身は壊れてしまったかもしれない。許せない、と思った。これはアンジェラの父から貰った大切なものだ。
あまりに華美な持ち物を禁ずる規則は確かにあるが、このペンにあしらわれた石は大きなものでも指の先ほどしかない。素体もごく落ち着いた色だ。
現に、これまでの歴史学の授業で使っていても、ガルシア先生に何も指摘されることはなかった。

「――これが規則違反なら、あなたのその飾り立てた髪留めは、何て仰るのでしょうね」

思わずアンジェラの心に浮かんだ言葉が口に出てしまった。その瞬間、顔を赤くしたジャネットは手を振り上げた。

「この……!」

その時だった。遠くの方から、ドタドタと人が走ってくる音がかすかに聞こえてきた。

「ねえ、何か聞こえない?」

音に気づいた女生徒の一人が声を上げた。
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