独りぼっちだった少女と消えた婚約

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足音は、次第に大きくなっていった。近づいている。

「くっ……行くわよ!」

ジャネットが声を上げると、取り巻き達と共に我先にと逃げ出した。アンジェラは突き飛ばされ、転んでしまった。

通路を曲がって現れたのは――

「殿下……!、セリア……!」

二人は座り込むアンジェラの姿を見ると、走って近寄ってきた。

「カサードから、君が図書館から戻って来ないと聞いたんだ。怪我はないか」

「少し、膝を」

アンジェラは転んだ時に擦りむいた膝に、そっと手を添えた。オーウェンが自分の心配をしてくれることの嬉しさと、申し訳なさが募った。

「あのあとやっぱり心配で、図書館に行ったらあなたが見当たらなくて。司書の方から中庭へ行ったって聞いたの。そしたら、殿下が丁度図書館にいらして。事情を伝えたら一緒に来てくださったのよ」

セリアは周囲をさっと確かめると、アンジェラの膝に手のひらをかざし、目を閉じた。すると、白い光が現れると共に、そこにあったはずの傷が塞がっていった。痛みもいつの間にか無くなっていた。

「これは……!」

「治癒魔法か。私も初めて見た」

オーウェンがセリアの方を見ると、セリアは手をかざしたまま答えた。

「私が使える数少ない魔法です。精霊の及ぼす力が強い故郷を離れていますので、それほど強力な効果はないのですが」

「ありがとう、セリア」

「いいのよ。友達のためだもの。でも、あまり人目につくところで使わないように、とは国を出る前に言われているから、できれば私の力のことは内密にして欲しいわ」

アンジェラとオーウェンは了承した。セリアの穏やかな留学生活を守るためだ。

その後、オーウェンから怪我をした状況を尋ねられた。しかし、アンジェラは探し物をしていて転んでしまった、としか答えることができなかった。これまでのことを相談したと知られたら、ジャネットに何をされるか分かったものではない。
そうか、と彼は頷くだけで、それ以上は何も訊いてこなかった。

「あの、セリアとここに来てくださって、ありがとうございました」

アンジェラは立ち上がり、オーウェンに礼をした。

「いや、いいんだ。大事ないようで良かった……何か落ちたぞ」

オーウェンがペンを拾い上げ、差し出した。先ほど転んだ拍子にポケットから落ちかけていたのだろう。アンジェラは心の中で反省した。ふと、オーウェンはペンに飾られた小さな石に目を留めた。

「綺麗な色だな」

「ありがとう、ございます」

短い言葉だったが、アンジェラの心は弾んだ。嬉しさに頬を緩め、受け取ったペンをぎゅ、と握りしめた。

「ああ。そろそろ私は剣術クラブの方へ行かなければ。すまない、ディライト」

そう言い残して足早に競技場の方へ去っていったオーウェンを、アンジェラは心が満たされているのを感じながら見つめていた。
その姿が見えなくなった瞬間、セリアが口を開いた。

「ジャネット・ディランね」

「えっ?」

彼女の口から出た思いがけない名前に、アンジェラは目を見開いた。まさか、気づいていたのか。

「見ていれば分かるわ。授業の間も、後ろから凄い顔で睨みつけていたもの。大方、殿下と一緒にいたことが気に食わなかったんでしょう。それに私、昼休みの間、取り巻きの子に話しかけられたの。あなたが実はあちこちの令息を狙ってる、とか」

「私、そんなことしてないわ」

アンジェラは声を絞り出して答えた。

「分かっているわ。さっきは無理を言ってでもついて行くべきだったわね。辛い思いをさせてごめんなさい」

「そんな。私の方こそ、ジャネットが来るはずないって思いこんで」

気がつけば、アンジェラはこれまでジャネットにされてきたことを洗いざらい話していた。セリアは頷きながら聴いてくれた。大事にはしたくない、という気持ちも尊重してくれた。

「明日からも、私が一緒にいるから。殿下も、あなたに何かあればきっと助けてくださるはずよ」

アンジェラは頷いた。涙がこぼれそうになった。

「そういえば、中庭に本を置いてきちゃったわ。急いで取りに行かなきゃ。私、あれを読むのが楽しみだったんだから……誰かさんに盗られてたら大変よ」

セリアはそわそわと焦りだした。彼女が借りていたのは分厚く大きな本ばかりだ。流石に持ち歩いていたら目立つだろう。
心配ないわ、と言ってアンジェラは目元を拭うと、一緒に中庭へ向かっていった。
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