14 / 28
14
しおりを挟む
剣術大会の翌日。授業を終えたアンジェラとセリアは、自室で試験に向けて勉強に励んでいた。
アンジェラはセリアに、昨日知ったオーウェンの過去について話していなかった。
信頼のおける友人であっても、オーウェンがこちらを信用して聞かせてくれたことを黙って教えてしまうのは、失礼だと思ったからだ。
彼女の方も、あれこれ詮索してくるようなこともなく――今は数学の問題と格闘している。故郷では、数学を勉強する機会があまり無かったという。
「ちょっとした、星とか植物の呼び方の違いは気合いで覚え直したけど、こればっかりは自分で勉強しないといけないもの。まあ、留学は自分の世界を広げるためでもあるからね」
「楽しんでやっていくのが一番よ。その問題なら、上の数字を下のと合わせて、表に書き入れると、ええと」
「ありがとう、アンジェラ。やっぱりスミス先生に質問に行くから、大丈夫よ」
「……その方が良さそうね」
寮を出た二人は校舎へ向かった。途中の道で、アンジェラは見覚えのある女子生徒が一人、ベンチに座り遠くを眺めているのを見つけた。そっと歩み寄り、声をかけてみる。
「マルサスさん、辛そうだけど、具合でも良くないの?」
「ディライトさん」
ハンナはこちらを見ると、目を丸くした。
アンジェラが彼女と話すのは、新学期の歴史学の授業以来だ。今はその時の印象よりもいくらか疲れた様子だった。
「最近、あまり眠れていなくて。私、ジャネット・ディランさんと同じ部屋なんです。四人部屋の、他の二人は彼女と仲がいいし夜も賑やかだけど、私はそうじゃないので……」
「それは、大変ね」
セリアも横で頷いた。確かに、ジャネットと同じ部屋というのは苦労が多そうだ。夜も騒がしくては碌に休めたものではないだろう。
「三人が部屋にいる時は居心地が悪いので、図書館で勉強する息抜きに、お花の絵を」
そう言ってハンナは、手にしていた紙を見せた。そこには可憐なスミレの花がほころんでいた。
「素敵。鉛筆で描かれているのに、色がついて見えるわ」
「愛らしいわね。あなた、いつもこうしてお花の絵を描いているの?」
「は、はい。寮に入る前は、家族を描いたりもしてましたけど、今は描く人もいなくて」
「そう。もし気が向いたら、今度私の絵を描いてくれると嬉しいわ」
「わ、私なんかで、よければ」
セリアの提案に応じて、ハンナは恥ずかしげに微笑んだ。
「ところで、どうしてお二人は、この時間に校舎へ?」
「スミス先生に質問しようと思って」
この問題なんだけど、と言ってセリアは教科書をハンナに開いて見せた。
「なるほど……確かに複雑な計算が必要ですね。でも、ここに着目すると」
教科書を見ながら、ハンナは理路整然と解法を説明してみせた。その分かりやすさに二人は目を見張った。
「マルサスさん、絵だけじゃなくて数学も得意だなんて、知らなかったわ」
「小さい頃、父の会計の仕事を見て、数字に興味が湧いただけです」
「解説もすごく丁寧ね。私でも理解できたし。お陰で助かったわ。何かお礼をしなくちゃ」
「そ、それなら、今日の夕ご飯、一緒にどうですか? 私、学校に友達があまりいなくて。最近は一人で食べてたんです。お二人と一緒なら、楽しいかなと……」
以前のアンジェラと、同じだ。自分の意思でない孤独がどれほど心を蝕むのかは、痛いほど分かる。アンジェラは自然とハンナの手を取っていた。
「もちろん。楽しくないはずないわ。私もハンナさんのこと、もっと知りたいもの。ね?セリア」
「ええ。大食堂が開くまで時間があるし、私の国のお茶を分けてあげるわ。夕食前に一緒に頂きましょう。きっと良く眠れるはずよ」
「ありがとう、ございます……!」
潤んだ目を瞬いて、ハンナは自身が描いていたスミレのように顔をほころばせた。
アンジェラはセリアに、昨日知ったオーウェンの過去について話していなかった。
信頼のおける友人であっても、オーウェンがこちらを信用して聞かせてくれたことを黙って教えてしまうのは、失礼だと思ったからだ。
彼女の方も、あれこれ詮索してくるようなこともなく――今は数学の問題と格闘している。故郷では、数学を勉強する機会があまり無かったという。
「ちょっとした、星とか植物の呼び方の違いは気合いで覚え直したけど、こればっかりは自分で勉強しないといけないもの。まあ、留学は自分の世界を広げるためでもあるからね」
「楽しんでやっていくのが一番よ。その問題なら、上の数字を下のと合わせて、表に書き入れると、ええと」
「ありがとう、アンジェラ。やっぱりスミス先生に質問に行くから、大丈夫よ」
「……その方が良さそうね」
寮を出た二人は校舎へ向かった。途中の道で、アンジェラは見覚えのある女子生徒が一人、ベンチに座り遠くを眺めているのを見つけた。そっと歩み寄り、声をかけてみる。
「マルサスさん、辛そうだけど、具合でも良くないの?」
「ディライトさん」
ハンナはこちらを見ると、目を丸くした。
アンジェラが彼女と話すのは、新学期の歴史学の授業以来だ。今はその時の印象よりもいくらか疲れた様子だった。
「最近、あまり眠れていなくて。私、ジャネット・ディランさんと同じ部屋なんです。四人部屋の、他の二人は彼女と仲がいいし夜も賑やかだけど、私はそうじゃないので……」
「それは、大変ね」
セリアも横で頷いた。確かに、ジャネットと同じ部屋というのは苦労が多そうだ。夜も騒がしくては碌に休めたものではないだろう。
「三人が部屋にいる時は居心地が悪いので、図書館で勉強する息抜きに、お花の絵を」
そう言ってハンナは、手にしていた紙を見せた。そこには可憐なスミレの花がほころんでいた。
「素敵。鉛筆で描かれているのに、色がついて見えるわ」
「愛らしいわね。あなた、いつもこうしてお花の絵を描いているの?」
「は、はい。寮に入る前は、家族を描いたりもしてましたけど、今は描く人もいなくて」
「そう。もし気が向いたら、今度私の絵を描いてくれると嬉しいわ」
「わ、私なんかで、よければ」
セリアの提案に応じて、ハンナは恥ずかしげに微笑んだ。
「ところで、どうしてお二人は、この時間に校舎へ?」
「スミス先生に質問しようと思って」
この問題なんだけど、と言ってセリアは教科書をハンナに開いて見せた。
「なるほど……確かに複雑な計算が必要ですね。でも、ここに着目すると」
教科書を見ながら、ハンナは理路整然と解法を説明してみせた。その分かりやすさに二人は目を見張った。
「マルサスさん、絵だけじゃなくて数学も得意だなんて、知らなかったわ」
「小さい頃、父の会計の仕事を見て、数字に興味が湧いただけです」
「解説もすごく丁寧ね。私でも理解できたし。お陰で助かったわ。何かお礼をしなくちゃ」
「そ、それなら、今日の夕ご飯、一緒にどうですか? 私、学校に友達があまりいなくて。最近は一人で食べてたんです。お二人と一緒なら、楽しいかなと……」
以前のアンジェラと、同じだ。自分の意思でない孤独がどれほど心を蝕むのかは、痛いほど分かる。アンジェラは自然とハンナの手を取っていた。
「もちろん。楽しくないはずないわ。私もハンナさんのこと、もっと知りたいもの。ね?セリア」
「ええ。大食堂が開くまで時間があるし、私の国のお茶を分けてあげるわ。夕食前に一緒に頂きましょう。きっと良く眠れるはずよ」
「ありがとう、ございます……!」
潤んだ目を瞬いて、ハンナは自身が描いていたスミレのように顔をほころばせた。
3
あなたにおすすめの小説
婚約破棄が私を笑顔にした
夜月翠雨
恋愛
「カトリーヌ・シャロン! 本日をもって婚約を破棄する!」
学園の教室で婚約者であるフランシスの滑稽な姿にカトリーヌは笑いをこらえるので必死だった。
そこに聖女であるアメリアがやってくる。
フランシスの瞳は彼女に釘付けだった。
彼女と出会ったことでカトリーヌの運命は大きく変わってしまう。
短編を小分けにして投稿しています。よろしくお願いします。
聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした
猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。
聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。
思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。
彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。
それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。
けれども、なにかが胸の内に燻っている。
聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。
※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています
『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!
志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」
皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。
そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?
『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!
完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。
梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。
16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。
卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。
破り捨てられた婚約証書。
破られたことで切れてしまった絆。
それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。
痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。
フェンリエッタの行方は…
王道ざまぁ予定です
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
契約破棄された聖女は帰りますけど
基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」
「…かしこまりました」
王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。
では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。
「…何故理由を聞かない」
※短編(勢い)
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる