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セリアと別れて、独りになったアンジェラは回廊から空を見上げていた。茜色に変わり始めた雲が、いくつも視界を流れていった。
もう諦めて戻ろうかと思い始めたころ、ふと人の気配を感じた。
オーウェンだった。
「ディライトか。エリックを見かけなかったか」
「いえ……先ほどまであの通路にいらしたのですが」
高鳴る胸にそっと手を当て、平静を装いながらアンジェラが答えると、オーウェンはそうか、と呟いた。
「弟に会ってきたのだが、思いの外長いこと引き留められてしまってな。どうやら私の学院での様子が気になるらしい。ロータス校の話も色々と聞かされた」
アスターがそこまで兄君を気にかけていることを、アンジェラは意外に感じた。
「仲がよろしいのですね」
「そう見えるか」
言葉の真意を測りあぐねるアンジェラの様子に、オーウェンはふ、と軽く笑みをこぼすと、エリックが来るまでの間だが、と前置きをして話し始めた。
「年が近い私達は、幼い頃から比べられてきた。弟は何事もすぐに吸収して上達する。そして周囲の者から可愛がられる性格だ。しかし、私は学問くらいしか取り柄もなく、体が弱かった頃は寝込んでばかりいた。
父上と母上は息子同士で争うことは望まず、互いに支え合うように教えられた。
しかし、側近の中には、弟の方が将来国を統べるに相応しいのではないかと考える者がいた」
相応しい、という言葉にアンジェラの心もずきりと痛む。この一年近く、何度も自分を傷つけた言葉だ。
「皆口にこそしないが、そういった考えは目に見えない空気のように徐々に城の中に広がった。家族の他に私が心を許せたのは、エリックを始めとするウォレス家の者と、侍医や少しの側仕えくらいだった」
(殿下も、孤独と戦っておられたのね――私と違って、子どもの頃から、ずっと)
「確か、私が10歳になる頃だった。その侍医に毒を飲まされそうになったのは」
「そんな、ことが……!」
アンジェラは目を見開いた。その様子を見てか、オーウェンは哀しげな表情を見せたが、淡々と語り続けた。
「口にする前に、普段と違う薬の匂いに気づいて事なきを得た。無論、父上は事件に関わった全ての者に厳しい処断を下した。聞くところには、私を疎む、父上の側近の一人が侍医に相当な額を渡したらしい」
大切に思っていた人に背を向けられる。アンジェラも経験したことだ。その上命を狙われたオーウェンが味わった苦しみは、アンジェラのそれとは比べ物にならなかっただろう。
「事件が起きた後も、弟は変わらず私を慕ってくれた。例の側近は、あの素直な性格を利用できると踏んだのだろうな。
だが、兄弟の関係は修復しきれずに、どこかぎこちなさを残したまま、別々の王立学院に入学した。王城から離れたそれぞれの場所で、無用な諍いを避けるためとはいえ、私は良い選択だったと思う。
あれは何かに縛られず、のびのびと好きなことをする方が向いているからな。最近は武術に没頭しているらしく、元気にやれているようで安心した」
「少しずつでも、お二人の絆を取り戻していければ良いですね」
「私もようやくそう思えるようになった。過去を捨て去ることはできずとも、だな」
そう言って、回廊から遠い空を見上げる横顔をアンジェラはじっと見つめた。しばらく、無言の時間が流れた。
「――長期休暇の間に行う儀式を経て、私は正式にこの国の王太子となる。民に次期国王として認められるべく、これからも研鑽を積んでいくことに変わりはない」
アンジェラは無言のまま頷いた。
「弟とも向き合わなければな。最近は色々と準備に追われているが、それが終わったら手紙を書いて、剣術の稽古にでも誘ってみるか。お、あれは」
二人は、回廊の端からこちらを伺う人影に気がついた。
「エリックだ。今まで何をしていたんだ、全く…… 今日は久しぶりに話せて良かった」
何か、言わなければ。彼が行ってしまう前に。アンジェラは咄嗟に口を開いた。
「いえ、私こそ――真っ直ぐに戦っておられる殿下を、応援していますから」
「ああ、ありがとう」
笑顔で応えると、オーウェンは軽やかに回廊を走り抜けていった。
もう諦めて戻ろうかと思い始めたころ、ふと人の気配を感じた。
オーウェンだった。
「ディライトか。エリックを見かけなかったか」
「いえ……先ほどまであの通路にいらしたのですが」
高鳴る胸にそっと手を当て、平静を装いながらアンジェラが答えると、オーウェンはそうか、と呟いた。
「弟に会ってきたのだが、思いの外長いこと引き留められてしまってな。どうやら私の学院での様子が気になるらしい。ロータス校の話も色々と聞かされた」
アスターがそこまで兄君を気にかけていることを、アンジェラは意外に感じた。
「仲がよろしいのですね」
「そう見えるか」
言葉の真意を測りあぐねるアンジェラの様子に、オーウェンはふ、と軽く笑みをこぼすと、エリックが来るまでの間だが、と前置きをして話し始めた。
「年が近い私達は、幼い頃から比べられてきた。弟は何事もすぐに吸収して上達する。そして周囲の者から可愛がられる性格だ。しかし、私は学問くらいしか取り柄もなく、体が弱かった頃は寝込んでばかりいた。
父上と母上は息子同士で争うことは望まず、互いに支え合うように教えられた。
しかし、側近の中には、弟の方が将来国を統べるに相応しいのではないかと考える者がいた」
相応しい、という言葉にアンジェラの心もずきりと痛む。この一年近く、何度も自分を傷つけた言葉だ。
「皆口にこそしないが、そういった考えは目に見えない空気のように徐々に城の中に広がった。家族の他に私が心を許せたのは、エリックを始めとするウォレス家の者と、侍医や少しの側仕えくらいだった」
(殿下も、孤独と戦っておられたのね――私と違って、子どもの頃から、ずっと)
「確か、私が10歳になる頃だった。その侍医に毒を飲まされそうになったのは」
「そんな、ことが……!」
アンジェラは目を見開いた。その様子を見てか、オーウェンは哀しげな表情を見せたが、淡々と語り続けた。
「口にする前に、普段と違う薬の匂いに気づいて事なきを得た。無論、父上は事件に関わった全ての者に厳しい処断を下した。聞くところには、私を疎む、父上の側近の一人が侍医に相当な額を渡したらしい」
大切に思っていた人に背を向けられる。アンジェラも経験したことだ。その上命を狙われたオーウェンが味わった苦しみは、アンジェラのそれとは比べ物にならなかっただろう。
「事件が起きた後も、弟は変わらず私を慕ってくれた。例の側近は、あの素直な性格を利用できると踏んだのだろうな。
だが、兄弟の関係は修復しきれずに、どこかぎこちなさを残したまま、別々の王立学院に入学した。王城から離れたそれぞれの場所で、無用な諍いを避けるためとはいえ、私は良い選択だったと思う。
あれは何かに縛られず、のびのびと好きなことをする方が向いているからな。最近は武術に没頭しているらしく、元気にやれているようで安心した」
「少しずつでも、お二人の絆を取り戻していければ良いですね」
「私もようやくそう思えるようになった。過去を捨て去ることはできずとも、だな」
そう言って、回廊から遠い空を見上げる横顔をアンジェラはじっと見つめた。しばらく、無言の時間が流れた。
「――長期休暇の間に行う儀式を経て、私は正式にこの国の王太子となる。民に次期国王として認められるべく、これからも研鑽を積んでいくことに変わりはない」
アンジェラは無言のまま頷いた。
「弟とも向き合わなければな。最近は色々と準備に追われているが、それが終わったら手紙を書いて、剣術の稽古にでも誘ってみるか。お、あれは」
二人は、回廊の端からこちらを伺う人影に気がついた。
「エリックだ。今まで何をしていたんだ、全く…… 今日は久しぶりに話せて良かった」
何か、言わなければ。彼が行ってしまう前に。アンジェラは咄嗟に口を開いた。
「いえ、私こそ――真っ直ぐに戦っておられる殿下を、応援していますから」
「ああ、ありがとう」
笑顔で応えると、オーウェンは軽やかに回廊を走り抜けていった。
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