転生して守護天使となったおじさんは三人の人魚を従えて無双します

朝霧カノ

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召喚

ウィルsideもしくは独白

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ウィルside 独白

守護天使をお呼びする。

そう族長会議で決まったのは雪の降る日のことだった。
オートクラス帝国の支配は今やじわりじわりとセリーニ国に広がり、表ざっては植民地支配となったとは言われていないが(議会が存続しているのがその証拠だ)、完全にこの国が乗っ取られてしまうのも時間の問題だろう。

そう、ルーカス兄さんが言っていた。僕は政には強くない。でもルーカス兄さんや、商売をする友人たち、姿を消してしまった友人たちのことを思えば危機はすぐそこまで来てしまっていることは明白なことだった。

消えてしまった友人たちはきっと大陸に連れていかれ奴隷にされているのだろう。それだけ僕たち人魚の価値は高い。治癒としてもそうだが、僕自身はよくわからないが、人魚は総じて見目麗しいものが多いらしい。そういう意味では慰み者の奴隷としても有用なのだろう。なんでなんだ。どうしてなんだ。これまで平和に暮らしていたのに。僕たちは何も悪いことをしていないのに!!!

そう叫べていた頃はよかった。

「戦いましょうよ兄さん!!僕たちが、ほかの人魚族と力を合わせれば、人間など追い払うことができます!」

「ウィル…すまない。こうして鎖国している間に、彼らは私たちの知らない武器をたくさん作り上げたようだ…今は生き残ることを考えよう」

「お前たちのことは絶対に守ってやる。ウィル、泣くな」

「スティーブ兄さん…」

とうとう僕たちの前にも帝国の人間たちが現れた。

ルーカス兄さんが言うように、僕たちが思う以上に強い武器を持ち、そして何人もの同胞たちが死んでいった。そしてその肉はただの”肉”として回収され、僕たちは弔いすらもまともにできないまま屈辱にまみれた日々を送ることになる。

そして、僕たちのまえにも現れた人間は、僕たち一族の子供や父、母たちを盾に取り、僕たち兄弟を奴隷のようにあつかった、特に、一族の中でも美しいといわれるルーカス兄さんを隷属させるのはよほど気持ちがよかったのか、小間使いだけじゃ飽き足らず、夜の相手をさせ、時には嬲り、時にはペットのような真似をさせた。

僕は料理が趣味だったからか、彼らに料理を何度もふるまうよう言われ、そのたび作った料理は毎回「人魚なんかが作った飯は魚臭くて食べれたもんじゃない」と言われ、投げつけられ、踏みつけられた。その残飯とかしたごはんを犬のように食べさせられていたのはスティーブ兄さんだ。兄さんは僕らの中でも体が丈夫で武術に優れていたことから、番犬扱いされることがほとんどだったが、本当に犬のような真似をさせられることは日常茶飯事のことだった。


どんどん料理をするのが怖くなってきた。

投げ捨てられ、本当は誰よりも誇り高い人魚族の戦士であるスティーブ兄さんが犬の真似をさせられる。それを止めることもできずに、醜く太った人間の腕に閉じ込められるルーカス兄さん。

悔しくて、辛くて、悲しくて。

だから、守護天使様とお会いした時、僕は怖くて仕方なかった。



天使族の唯一の希望守護天使様。

別の世界から呼ばれ、僕たちの手を取ってくれた時、彼は世界を破壊するほどの力を得るという。皆は希望というけど僕は怖かった。だって、強力な武器を手に入れた人間たちがああなってしまったのだ。それならば、それをしのぐ強力な力を入れた人間はどうなってしまうのだろう。

しかも異世界から強制的に呼ばれて、見知らぬ僕たちを助けてほしいと頼むんだ。

もし、もし僕がその立場になったら。大好きな家族と離れ離れにされ、二度と帰れないといわれ、見知らぬ人のために戦ってほしいといわれるんだ。すべてを壊す力を秘めたそのこぶしは、理不尽な僕たちに向かうだろう。

そして僕の恐怖をよそに、儀式が始まってしまった。


【天にあられます我らの神よ、調停者よ、我ら人魚族の声にこたえ給え

我らの守護天使を導き給え、我らを救い、この世の調和をもたらし給え】




祈りは、届く。




僕たちが召喚した守護天使様は異世界への転移の衝撃で意識を失った状態で現れた。それを人間たちにばれないようにと、僕たちの一族がひそかに持っていた屋敷へと素早く運び込む。接触する人魚は最低限にしようということで、議会から僕ら三兄弟が任された。


僕は怖くてすくみそうになる足を叱咤し、ルーカス兄さんのあとに続く。

もうそろそろ目が覚めるころだろうと部屋に入れば、すでに守護天使様は身を起こして、呆然とした顔でこちらを見ていた。

(怒られる!)

僕は思わず目を閉じてしまいたかった。でもそれができなかったのは、守護天使様の美しさだった。本当に人間なのだろうかと疑ってしまうほどの神々しさ。黒々とした神は、太陽の光を受けてキラキラと輝き、漆黒の目はまるで特別な宝石を思わせた。

どんな叱咤も、懲罰も受けるつもりだと言っていたルーカス兄さんが守護天使様のそばで跪く。

僕も目を合わせるのは失礼だと思い、隣に立つスティーブ兄さんに倣って目を伏せた。

「ここはどこでしょう…貴方たちは?」

(え…?)

怒声を浴びせられるだろうと体をこわばらせた僕の耳に届くのは優しい声
となりにいるスティーブ兄さんの息をのむ気配がした。

ルーカス兄さんがこの世界は守護天使様がいた世界とは違うということを告げても、あの方は少し困ったような顔でうなずくだけで、常に優しい笑みを浮かべている。決して取り乱すことなく、僕らを責める様子もない。

よほど僕が緊張してカチコチになっていたんだろう。心配したルーカス兄さんが、軽食を持ってくるようにと言いつけて部屋から出してくれた。


「優しい…のかな…僕たちのこと、怒らないのかな」

期待が胸を渦巻いてしまう。でも、きっとなぜ呼ばれたか知れば、その重圧と僕らの他人頼み具合にきっといやになって今うに違いない。僕だって、もしそうなら困る。

急いでお茶を入れ、用意してあった軽食を温めなおす。

(食べてくれるかな…)

いつ守護天使様が目覚めてもいいように、僕は定期的に軽食をこっそり用意していてよかった。でも大したものは作ることができず、僕は泣きたくなる。かつては、いろんな食材、フルーツ、野菜、魚、鳥…なんだって素晴らしい美味しいものがあったのに、いまは人間たちに強奪され、漁業権だ何だって海にも行けず、今は人間がそんなに好んで食べない食材か、傷んでいるものしか手元にない。それを何とかして作るのだから、きっと守護天使様を満足させてあげるようなものは作れない。

いや、どんな食材があっても無意味かもしれないんだ。

だって、人間たちは人魚の作ったものなんて絶対に口にしないから。

嗚呼、いやだ。いやだ。悲しい。苦しい。

僕は涙をぐいっとぬぐい、ワゴンにお茶や水、軽食を載せて部屋へと戻った。



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