気ままにショートショート

夏風涼

文字の大きさ
4 / 8

雨宿り

しおりを挟む
 雨が降っている。
 それも大雨だ。小説とかでは、篠突く雨と形容されるような、雨。
 何年も開業していない、駄菓子屋の屋根で僕は途方に暮れている。
 天気予報では雨が降るのは、夜からだった。用心のため、傘を持っていくことが普通であろうが、僕はそのことを玄関を潜るときには忘れてしまっていた。
 そして、高校についてから、後悔する。
 
 黒いどんよりとした雲が薄暗い空を覆っているのを、教室の窓から見て、ドキドキした。
 多分大丈夫だろう。そう思って、僕は自分を安心させた。
 そして、このざまである。
 高校は歩いて、通学できる。徒歩三十分ぐらいだ。僕は急いだ。スマホの天気予報アプリでは僕が帰宅する時間ギリギリまで、降り始めが迫っていたのだ。
 通学路、住宅街を歩く男子生徒や、女子は傘を片手に談笑している。
 
 しかし、次々に視界に流れていく、人や建物、猫などの動物に構っている暇などない。
 だが、徐々に僕の黒い頭や、眼鏡の縁、鼻先にぽつりぽつりと雨粒が着弾する。
 
 やばい。やばい、やばい。
 
 気がつけば、僕は駄菓子屋の屋根で雨を止むのを祈っていた。
 
 そして、もう一人。
 クラスの美女だ。
 傾城だ。真っ白い肌に、細くしなやかに伸びる手足。
 だが、夏服のシャツの上からでもハッキリ分かる、大きな胸の膨らみ。
 長い睫毛に縁取られた大きな瞳は、可愛いすぎる。
 ウェーブがかったライトブラウンの髪は汗と雨粒が混じり合い、この熱帯のような蒸せる暑さも相まって、適度に濡れそぼって、色っぽい。
 そして汗ばむ彼女のシャツの下には、その大きな胸を支える黒い妖艶なブラが透けている。 僕は首を振った。
 
 熊谷夏美と文字通り、同じ屋根の下だが、本来僕なんかが近寄っていい存在ではない。
 夏美はクラスの中心、いや、学校の憧れの的だった。
 美人すぎるのもあるのだろう。だが、完璧な彼女は社交的で、明るく、勝手に人が群がってくる。
 男は、自分には無理だろうと思っても、下心を隠しきれず、女は自分の身分を上げてもらえるために、皆、彼女に近づくのだ。
 だが、親友や、彼氏がいるとは思えなかった。
 一見、誰とでも仲良くしているように見える彼女だが、存外、心のパーソナルスペースを大事にしているようにも見えるのだ。
 いや、それは僕の偏見か……。

「山崎」
「はい!」
 
 急に僕に話しかけた熊谷夏美に僕は声が裏返ってしまう。

「傘買ってきてよ」
「え……」
 
 そうだ。熊谷は気が強い。男勝りな性格だ。
 こんな黒いアスファルトを強烈に打ち付ける雨でも、彼女は平気で僕に命令する。

「早く!」
「も、もうすぐしたら雨が止むかもしれないよ」
 
 そう言うと、彼女はスマホの画面を僕に見せた。

「無理、深夜まで止まない」
「なんで? 誰かに頼めばいいじゃないか?」
 
 僕がそう言うと、熊谷はキッと目尻を吊り上げた。

「馬鹿じゃないの?! そんな迷惑かけられる訳ないじゃない!?」
「別に……友達だったら……」
「つべこべ言うんじゃない。ほら早く!」
 
 彼女の強い剣幕に負けて、僕はスコールのような、天からの有り難すぎる恵みの中に放り出された。
 一瞬で、僕の服はずぶ濡れになる。
 靴下がたちまち、ぐちょぐちょになり、靴の中に水が溜まる。
 外気温は高いが、ここまで濡れるとさすがに寒い。
 もう、このまま帰ってしまおうか? そう思ったが、僕は首を大きく振る。
 そんなことしたら、どんな刑罰を受けるか分かった物ではない。
 ファンクラブにいじめられ、女子は一生僕に近寄ることもなく、いや、高校卒業までずっと冷遇されるかもしれない。
 僕は大きな溜息をついた。
 
 ――行くしかないか……。
 
 僕は近くのコンビニで傘を一本だけ買い(店に大きな迷惑をかけた)、そのまま、傘を差さずに、駄菓子屋の前まで戻った。

 
 熊谷夏美は怪訝そうな顔をしている。

「普通自分の分も買ってくるじゃないの?」
 
 彼女が怒っているのか?
 黒い雨雲の割れ目から、ゴロゴロと雷神が腹を鳴らし、そして辺りが閃光に包まれる。

「ここまで濡れたら一緒だよ」
「何が?!」
 
 彼女はやはり怒っているようだった。
 目の前に垂れる茶色い髪を大きく払って、僕の手から傘を奪い取った。

「まあ、山崎が風邪引いても私、責任とれないけど」
 
 ――? はぁ!?
 
 さすがに、その言葉には僕もカチンときた。
 そうさせたのは、キミじゃないかっ!?
 そして、傘を差して、彼女は黙々と歩いていく。
 僕は苛立たしかった。だからその様をじっと、怒りを含んだ目でみていた。

「何してんの? 山崎も傘に入んのよ」
 ――ん?
 
 僕は思考停止した。何が? 誰が?
 熊谷夏美は傘を持っていない方の手で、頭を掻きながら、大きな吐息を吐き出す。

「私のせいで風邪ひかれても嫌だから」
「いや、だから、買いに行かせた時点でもう遅いって」
「ああ。私も少しそれは悪いとは思っているよ。でもこれから、確率を上げるのはどっちだよ」
 
 熊谷夏美は美しい瞳は極端に細めながら、僕の傍までやってきて、傘で僕の頭上を覆った。

「はい。持って」
「……」
 
 僕たちは黙々と進んだ。
 しかし、さすがに沈黙というか、気持ちと疑問を口に出さない訳にはいかなかった。

「こんなところ、見られたら、学校の人に何言われるか分からないよ」
 
 だが、熊谷夏美は鼻から息を吐き出して言った。

「相合い傘だってこと? 構わないよ」
「キミがよくても、僕が」
「私のファンクラブに何かされたら、私が訳を言うから大丈夫」
「でも、僕は陰キャラなんだ……」
 
 僕はそこでそれ以上言葉が続けれなかった。彼女の形相を見た瞬間、本物の女の子の怒りに直面した気がして、思わず、たじろいでしまう。

「誰が? 誰が陰キャラだって?……」
「だ、だから、キミじゃなくて、僕が」
 
 彼女はまるで、親の敵を見るように、僕を睨めつける。目が血走っているようにも見える。

「陰キャラなんて、存在しないよ。皆、必死に生きているんだよ。私は山崎が一生懸命生きてるの知ってる。人の優劣なんてないのよ!」
 
 怖かった。だが、嬉しかった。熊谷夏美が僕のことを、そんな風に思ってくれていて、なんだか嬉しい。

「毎日沢山本読んで、小説家目指してるんでしょ? 文章上手いに知ってるし、山崎はもっと誇っていいの!」
「はい」
 
 僕は心にジンとした。
 僕の夢のことをこんな風に思ってくれていて、心が天に昇るほど嬉しい。
 だが、熊谷夏美が鬼の形相のままなので、話しかけづらい。
 彼女は不機嫌そうに、大股で歩いていくので、僕は傘に入れるのに必死だ。
 すると突然、彼女が話しかけた。

「山崎の家、近いんだって?」
「うん」
「じゃあ、先に山崎の家行こうか? 私この傘借りて帰るよ」
 
 一応、彼女の中では借りてる設定になってるらしい。
 

 僕の家の前に来た。ゆっくりと、門の扉を開ける。

「じゃあ、山崎ありがとう」
「いえいえ……」
「山崎!!」
 
 再び、僕の耳に突き刺さる、彼女の声。
 しかし、僕が確認すると、彼女は美しい顔で笑っていた。

「小説書けたら、見せてよ」
「いいの?」
「いいよ。私があんたのファン一号になってあげる」
 
 う、嬉しい。
 僕の胸はドキドキして、まるで小説のようなワンシーンが始まったようだ。

「じゃあね」
 
 そういって、颯爽と去って行く。
 どんどん小さくなる、勝ち気で凜々しく、そして美しい彼女の後ろ姿を見て、雨も悪くないと思ってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

処理中です...