I SAVE ME (アイ セイブ ミー)

夏風涼

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CASE 中島加世子

第十六話 全日本スピリチャルモンスター対策委員会

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 僕たちは、次の日の、正午、都内に来ていた。
 僕は都会をあまり知らない。僕が小さい頃、お母さんに連れられて、東京タワーに上った。そんな記憶しかない。
 
 ――お母さん……。
 
 僕は〟あのこと〝を思い出すだけで、どんどん、深い底なし沼に落ちていく気がする。
 今はもう、僕は新しい人生を生きている。
 だから、もう、あの世界には戻らない。分かっている。分かっているはずなのに……。
 僕は罪から逃れられないような気にさせられる。

『何、考えてるのよ?!』
「……」
 
 この子はどこまで知っているのだろうか? 何も知らないということはないだろうが、全て知っているのだろうか?
『さあ、どっちだろうね?』
「……」
 
 僕は無視して、話を切り替えた。

「一体どんなところにあるのさ?」
 
 頭の中に3Dの地図を広がっている。
 そして、進む道は黄色い線が引かれていて、僕はそれを進みながら辿る。
 本当になんでもありの世界だが、本当にもう慣れた。
 と言っても、交差点など、信号待ちには僕は立ち止まらなければならない。
 その間に都内をよく観察する。
 歩行者天国のスクランブル交差点には、多くの人が、今や今やと待ち構えて信号が変わるのを待っている。
 パンツスーツを着たOL。脂汗が止まらない、バーコード頭のサラリーマン。
 ベンチャー企業の実業家みたいな若者。
 
 また大手チェーンの飲食店から出てきた、ヤンキー風のカップル。都内の学校に通う、制服を着た高校生。
 ここでは、様々な人が街の喧騒の中で生きている。
 見上げれば、空高くそびえ立つオフィスビル。ここから比較的近いものはその高さに圧倒され、遠方まで見渡すと、その数に圧倒される。
 
 ――凄い街だ……。
 
 そう思わずにはいられない。

『キミ、東京に住んでるのに、お上りさんみたいだね』
「仕方ないじゃないか? うちの市はただの高級住宅街なんだから」
『普通、近くに都心があれば、遊びに行くと思うけど』
「友達いないんだよ……」
 
 しかし、僕はそれで、彼のことを思い出してしまう。頭の声は焦って、

『ごめん、意地悪して、もうすぐ着くよ』
 
 信号は青に変わる。
 僕は進んだ。やがて、どんどん裏道が多くなる。
 至る所からかび臭さがして、高校生が立ち入ってはいけないような、いやらしい店も増えてくる。

「ねえ、どこに行くの?! こんなとこ嫌なんだけど」
『もう、黄色い線、あの階段上ったら、切れてるでしょ? そこだよ』
 
 僕は階段の前に来た。
 そこは四階建ての雑居ビルのようだった。
 外壁はくすんだ灰色で、僕たちは黒い手すり(ところどころ禿げている)の螺旋階段を上がって二階に行くようだ。このビルの一階は汚らしい韓国料理屋が入っていて、余計に信用がなくなる。僕は韓国料理は大好きだが、ここに入る気は全くしない。
 僕がためらっていると、頭の声は言う。

『行くよ! 怪しい事なんてないよ、私を信じて』
 
 僕は階段の上り、金属製の引き戸の前に来た。
 引き戸の近くに名札があった。

〈全日本スピリチャルモンスター対策委員会〉

「めちゃくちゃ怪しいんだけど……」
『……』
 
 頭の中の声は何も言わなかった。

 中は、意外なことにすごく綺麗だった。
 真っ白い床の廊下が延び、金属製のノブがついた、白いドアが合わせて左右に二つずつ。
 面積は狭いが、すごく清潔で、塵一つない。
 不潔な外とはえらい違いだ。
 もしかしたら、国の機関ではないのか? と思い、頭の中の声に聞いてみた。

「全日本スピリチャルモンスター対策委員会ってもしかして、国の機関なの?」
『……』
 
 黙った。しばらく待ったが、うんともすんとも言わない。

「ねえ! ねえ! ねえ!」
 
 これはダメだ。僕は頭を掻きむしる。
 正直、今までどんなことがあっても、頭の中の声の子と一緒にいるから何も怖くなかった。
 だが、ここにきて僕は、一人っきりになったような気がさせられる。
 それにこんな、全く知らない場所だ。
 怖いに決まってる。
 
 ――でも、進むしかない。
 
 僕はまた両頬を叩いて、気合いを入れ直す。
 ここまで付き合わされてきた、乗りかかった船である。それに決めたんだ。僕はこの仕事をこれからしていくんだ! と。
 一番近くのドアを開いた。
 ギーと、僕がゆっくり開けるため、嫌な音が続く気がした。
 だが、完全に開けきって、よく部屋を確認すると、僕は思わず驚いた。
 床は年季の入った木製のフローリングで、良くも悪くも味がある。
 パーティションなどはなく、狭い敷地内を贅沢に使った大きな部屋。
 部屋の真ん中には、二つのソファーがガラスのテーブルを挟んで置かれていて、テーブルの上に急須と湯飲みがあり、湯飲みには、湯気が上がったお茶が入っていた。
 そして校長室に置かれているような、デスクの前に、この部屋の中の物でも一番、高級そうな一人がけのソファーに座っている人がいる。
 
 優しそうな、初老のおじさんだった。
 禿げ上がった頭の側面に、まだ残っている白髪が感じよく整えられてカットされている。
 大きな黒縁眼鏡をつけて、やや垂れ下がった目尻、ちょび髭で、高級そうなスーツを着て、背筋を伸ばし、僕を見つめている。

「あ、あの?」
 
 僕が何を言おうか迷っていると、そのおじさんは優しそうに言った。

「キミか、新人の松尾流君は……」
 
 僕は思わず声が裏返ってしまった。

「は!はい!」
「まあまあ座ってくれたまえ」
 
 そう言って、部屋の中央のソファーに座らせる。
 僕は全身カチコチになってしまった。

「キミのパートナーから話しはよく聞いているよ」
「パートナー?」
 
 頭の中の声のことだろうか?
 そういえば、頭の中の声は黙っているが、ここにいるはずだ。そういう話しになっていたはずだ。
 すると、ガチャっと、僕が入ってきた別のドアから人が入ってきた。
 僕は思わず目を疑ってしまった。
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