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第26話 カルロスの陰謀
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アリアとクリスタが想い出の丘に行った、翌日。
信者さんたちが途切れるお昼時を狙ったかのようにカルロスがマザー聖堂にやって来た。
親友との休暇でせっかく爽やかに一新していたアリアの気分がまばたきするほどの一瞬で底辺まで下降する。
「こんにちは、聖女アリア」
「……カルロスさん、こんにちはなのです。どうされたのです?」
てっきり配達かと思いきや、カルロスは手ぶらだった。
「今日は聖女アリアに話を聞いてもらおうと思いまして。構いませんか?」
「導きを希望されるのです?」
と、アリアは身構える。
意外にもカルロスはアリアの導きを受けにきたことがない。
いつかは来るだろうと思っていたけれど、それが今日だったようだ。
そう思っていたのに、はっきりとカルロスは否定した。
「いえ、導きではないです。ただ、オレの話を聞いてもらいたいんですよ」
信者さんのなかには助言を必要とはせず、一方的に話したいという人もいる。だから不自然ではない。
ただ、やはり意外ではあった。
「導きではなくていいのです?」
「今日は話を聞いてもらえれば、それで満足です」
罵られる機会をみすみす見逃すとはカルロスらしくない。だけど、本人が必要ないと言うのなら聖女として従うだけだ。アリアとしても相手を罵倒しなくてすむのなら喜ばしい限りだった。
「わかりましたなのです。では、カルロスさん。お話を聞かせてくださいなのです」
そこまでして聞かせたい話とはどんな内容だろう。
好奇心と不気味さに少しだけ心音を早くするアリアの前で、カルロスが両膝をついて祈りの姿勢を取る。
「これは、オレの世界に対する挑戦でした」
そして彼は、ゆっくりと口を開いたのだった。
✝
カルロスが変態と呼ばれるようになったのは十四歳ごろ。
行商へ赴くようになってからだった。
そう、カルロスは生来の変態ではなかったのだ。
変態と呼ばれる前のカルロスは爽やかで、人当りの良い性格だとご近所でも評判の少年だった。けれど、影が薄いとも周囲からはよく言われていた。
『カルロスくんは優しいんだけど、なんだかパッとしないよね』
『爽やかではあるけど、華がないっていうか』
四、五人で集まっていてもカルロスだけが気づかれない、そんな出来事もしばしばあったほどだった。
だから、なのだろう。
カルロスが行商を始めても最初のうちは上手くいかなかった。
声をかけても無視されることが多かったし、たまに話を聞いてもらえたとしてもすぐに飽きられた。
それは話術を磨き、外見に気を使って、いくらかの努力を試みてもあまり改善しなかった。
経験の伴わない浅知恵では、どれも他者の興味を惹くほどの効果を得られなかったのだ。
そうやって行商先で品物を仕入れることも、持参した商品を売ることも出来ない日が何日も続いた。
カルロスは焦った。
このままでは父親が遺した莫大な負債を返済するどころか、明日を生きるお金さえも稼げない。
妹を――クリスタを守れない。
その日、カルロスは解決できない苦悩に行商先で頭を抱えた。
花壇の縁に腰掛けてふさぎ込んでいた。
そこでふと、ある人物に目が留まった。
『俺は神の生まれ変わりなんだぜ!』
そんな、頭のおかしいことを声高に叫んでいる男がいた。
カルロスは周囲の人たちと同じように眉をしかめた。
何を言っているんだと小馬鹿にした。
しかし、次の瞬間に気づいた。
男は確かに疎まれてはいたが、男を気に留めない人が誰もいなかったのだ。
あらゆる通行人が一度は男に視線を送っている。
なかには『バカじゃないの!』と罵声を浴びせる人もいた。
その男ほど周囲の注目を集めている人をカルロスは見たことがなかった。
『これだ!』
どんな手段であれ、行商は注目してもらわなければ始まらない。
たとえ初対面で悪印象を与えたとしても始まりが悪いのなら覆すのは難しくない。興味を持って、話に耳を傾けてくれるなら可能だ。
そこからカルロスの研究が始まった。
『あの男みたいに自分が神だと言うのはどうだ?』
それではただの真似だ。
新鮮味が足りない。
『だったら何か芸をしてみるか?』
それも先にやっている者がいる。
だったら、だったら、だったら……。
どんな人物なら注意を引けるかを考え抜いた。
そうして幾度の試行錯誤の末に辿り着いた結果が、
《女子から罵倒されたり暴力を受けたりすると喜ぶ》
という人物像。
その効果は絶大だった。
カルロスが変態だという認識がケニス小国で、あっという間に広まった。
行商先でも軌道に乗り始めた。それまで話を聞いてもらうのにも苦労していたのが嘘のように向こうから人が近寄ってくるようになったのだ。
作り上げた人物像を演じ続けて四年。
いつしかカルロスは本心から女子に罵倒されて快感を覚える変態になっていた。
しかし、そこでまた新たな悩みが生まれる。
『なんでオレだけが変態って言われなくちゃいけないんだ?』
変態だという自覚がカルロスにはある。
それでも自分と似たような性癖の持ち主は他にもいるし、一般的ではない性癖の人だっている。
それなのに自分だけが変態として扱われるのは納得がいかなかった。
『オレがいちばん目立ってるから、か?』
人は、より異質な存在に反応する。
まるで炎の光に集まる羽虫のように。
『だったらっ、この世界を変えてやる!』
その決意が揺るがないようにカルロスは、
『見てろよ! すぐにケニス小国をオレと同じ趣味の奴らでいっぱいにしてやるからな!』
そうアリアに宣言した。けれど、このときはまだ気持ちばかりが先走って、どうすればいいかなんてわからなかった。
カルロスが動き出すきっかけになったのは、アリアが聖女になったことを祝う席での出来事だった。
アリアがジュリアンを口汚く罵った、
あの瞬間。
これだ、と閃いた。
そこからカルロスの根回しが始まった。
ジュリアンは、自分が思っているより異性に人気がある。商売で培った人脈を駆使すればジュリアンに想いを寄せる男性を見つけるのは容易かった。
だけど、カルロスは焦らない。
商売を装って男性に近づき、時間をかけて仲良くなった。そして男性の悩みに忍び寄り、そっと告白するように背中を押す。
二人が両想いになってからは簡単だ。
ジュリアンの成功例に《聖女アリアに叱られると願いが叶う》という少しの嘘を織り交ぜて、それとなくお客さんに話せばいい。
それだけで石が坂を転げ落ちるように噂は広まっていった。
あとは頃合いを見計らって《叱られると》の部分を《罵られると》に変えるだけ。
それだけで自分と同じ趣向の人間が増える確信がカルロスにはあった。
人は、意外に自分というものを知らない生き物だ。
女子に罵倒されて喜ぶカルロスを気持ち悪いと言っている人でも、実際に女子から罵倒されてみると快感を覚えることだってあるだろう。
ただでさえケニス小国は娯楽がほとんどなく、少子高齢化だ。
若くて可愛い女の子と話す機会が少ない。
そういう環境だからこそ、導きという自然な場で新たな性癖に目覚める人間は絶対にいるはずだ。
信者さんたちが途切れるお昼時を狙ったかのようにカルロスがマザー聖堂にやって来た。
親友との休暇でせっかく爽やかに一新していたアリアの気分がまばたきするほどの一瞬で底辺まで下降する。
「こんにちは、聖女アリア」
「……カルロスさん、こんにちはなのです。どうされたのです?」
てっきり配達かと思いきや、カルロスは手ぶらだった。
「今日は聖女アリアに話を聞いてもらおうと思いまして。構いませんか?」
「導きを希望されるのです?」
と、アリアは身構える。
意外にもカルロスはアリアの導きを受けにきたことがない。
いつかは来るだろうと思っていたけれど、それが今日だったようだ。
そう思っていたのに、はっきりとカルロスは否定した。
「いえ、導きではないです。ただ、オレの話を聞いてもらいたいんですよ」
信者さんのなかには助言を必要とはせず、一方的に話したいという人もいる。だから不自然ではない。
ただ、やはり意外ではあった。
「導きではなくていいのです?」
「今日は話を聞いてもらえれば、それで満足です」
罵られる機会をみすみす見逃すとはカルロスらしくない。だけど、本人が必要ないと言うのなら聖女として従うだけだ。アリアとしても相手を罵倒しなくてすむのなら喜ばしい限りだった。
「わかりましたなのです。では、カルロスさん。お話を聞かせてくださいなのです」
そこまでして聞かせたい話とはどんな内容だろう。
好奇心と不気味さに少しだけ心音を早くするアリアの前で、カルロスが両膝をついて祈りの姿勢を取る。
「これは、オレの世界に対する挑戦でした」
そして彼は、ゆっくりと口を開いたのだった。
✝
カルロスが変態と呼ばれるようになったのは十四歳ごろ。
行商へ赴くようになってからだった。
そう、カルロスは生来の変態ではなかったのだ。
変態と呼ばれる前のカルロスは爽やかで、人当りの良い性格だとご近所でも評判の少年だった。けれど、影が薄いとも周囲からはよく言われていた。
『カルロスくんは優しいんだけど、なんだかパッとしないよね』
『爽やかではあるけど、華がないっていうか』
四、五人で集まっていてもカルロスだけが気づかれない、そんな出来事もしばしばあったほどだった。
だから、なのだろう。
カルロスが行商を始めても最初のうちは上手くいかなかった。
声をかけても無視されることが多かったし、たまに話を聞いてもらえたとしてもすぐに飽きられた。
それは話術を磨き、外見に気を使って、いくらかの努力を試みてもあまり改善しなかった。
経験の伴わない浅知恵では、どれも他者の興味を惹くほどの効果を得られなかったのだ。
そうやって行商先で品物を仕入れることも、持参した商品を売ることも出来ない日が何日も続いた。
カルロスは焦った。
このままでは父親が遺した莫大な負債を返済するどころか、明日を生きるお金さえも稼げない。
妹を――クリスタを守れない。
その日、カルロスは解決できない苦悩に行商先で頭を抱えた。
花壇の縁に腰掛けてふさぎ込んでいた。
そこでふと、ある人物に目が留まった。
『俺は神の生まれ変わりなんだぜ!』
そんな、頭のおかしいことを声高に叫んでいる男がいた。
カルロスは周囲の人たちと同じように眉をしかめた。
何を言っているんだと小馬鹿にした。
しかし、次の瞬間に気づいた。
男は確かに疎まれてはいたが、男を気に留めない人が誰もいなかったのだ。
あらゆる通行人が一度は男に視線を送っている。
なかには『バカじゃないの!』と罵声を浴びせる人もいた。
その男ほど周囲の注目を集めている人をカルロスは見たことがなかった。
『これだ!』
どんな手段であれ、行商は注目してもらわなければ始まらない。
たとえ初対面で悪印象を与えたとしても始まりが悪いのなら覆すのは難しくない。興味を持って、話に耳を傾けてくれるなら可能だ。
そこからカルロスの研究が始まった。
『あの男みたいに自分が神だと言うのはどうだ?』
それではただの真似だ。
新鮮味が足りない。
『だったら何か芸をしてみるか?』
それも先にやっている者がいる。
だったら、だったら、だったら……。
どんな人物なら注意を引けるかを考え抜いた。
そうして幾度の試行錯誤の末に辿り着いた結果が、
《女子から罵倒されたり暴力を受けたりすると喜ぶ》
という人物像。
その効果は絶大だった。
カルロスが変態だという認識がケニス小国で、あっという間に広まった。
行商先でも軌道に乗り始めた。それまで話を聞いてもらうのにも苦労していたのが嘘のように向こうから人が近寄ってくるようになったのだ。
作り上げた人物像を演じ続けて四年。
いつしかカルロスは本心から女子に罵倒されて快感を覚える変態になっていた。
しかし、そこでまた新たな悩みが生まれる。
『なんでオレだけが変態って言われなくちゃいけないんだ?』
変態だという自覚がカルロスにはある。
それでも自分と似たような性癖の持ち主は他にもいるし、一般的ではない性癖の人だっている。
それなのに自分だけが変態として扱われるのは納得がいかなかった。
『オレがいちばん目立ってるから、か?』
人は、より異質な存在に反応する。
まるで炎の光に集まる羽虫のように。
『だったらっ、この世界を変えてやる!』
その決意が揺るがないようにカルロスは、
『見てろよ! すぐにケニス小国をオレと同じ趣味の奴らでいっぱいにしてやるからな!』
そうアリアに宣言した。けれど、このときはまだ気持ちばかりが先走って、どうすればいいかなんてわからなかった。
カルロスが動き出すきっかけになったのは、アリアが聖女になったことを祝う席での出来事だった。
アリアがジュリアンを口汚く罵った、
あの瞬間。
これだ、と閃いた。
そこからカルロスの根回しが始まった。
ジュリアンは、自分が思っているより異性に人気がある。商売で培った人脈を駆使すればジュリアンに想いを寄せる男性を見つけるのは容易かった。
だけど、カルロスは焦らない。
商売を装って男性に近づき、時間をかけて仲良くなった。そして男性の悩みに忍び寄り、そっと告白するように背中を押す。
二人が両想いになってからは簡単だ。
ジュリアンの成功例に《聖女アリアに叱られると願いが叶う》という少しの嘘を織り交ぜて、それとなくお客さんに話せばいい。
それだけで石が坂を転げ落ちるように噂は広まっていった。
あとは頃合いを見計らって《叱られると》の部分を《罵られると》に変えるだけ。
それだけで自分と同じ趣向の人間が増える確信がカルロスにはあった。
人は、意外に自分というものを知らない生き物だ。
女子に罵倒されて喜ぶカルロスを気持ち悪いと言っている人でも、実際に女子から罵倒されてみると快感を覚えることだってあるだろう。
ただでさえケニス小国は娯楽がほとんどなく、少子高齢化だ。
若くて可愛い女の子と話す機会が少ない。
そういう環境だからこそ、導きという自然な場で新たな性癖に目覚める人間は絶対にいるはずだ。
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