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スケキヨ

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第2章:シエルの捜索

2-13.白い蛇

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 戸外に出たシエルは大きく深呼吸をした。
 あの女の甘い匂いがずっと鼻の奥に染みついている。

 シエルは空を見上げた。
 夜明け前の空は暗くて、出発を躊躇ってしまいそうだった。だが、森の中では例え日が昇ったところで薄暗いことに変わりはないのだ。

 シエルは泉の水を筒に汲んで荷物にくくりつけると、まだ見ぬ森の深部を目指して歩き出した。

「もう少し先に進んでみるか。馬たちも心配だし、あまり奥まで進むのは危険かもしれないが……」

 女の小屋から離れると、目印になるような建物はまったくなかった。鬱蒼と生い茂った木々がただひたすら延々と続くのみだ。
 シエルはレオポルトの名を呼びながら、道なき道を歩いた。
 歩きつづけて、すでに日は昇ったはずだが、森の中はやはり薄暗いままだ。
 木立の隙間を縫ってかすかに差し込む日の光を頼りに進むしかない。

 そこかしこで獣の遠吠えが聞こえてくる。
 声のした方に目をやると、金色の光がギロリときらめいて見えた。
 獣たちの目……なのだろうか。
 シエルはいつ襲いかかってくるとも知れない動物たちを警戒して、一瞬も気を抜けないまま歩を進めた。

「おーい! レオポルトー! レオポルト、いないのか?」

 どれだけ声を張り上げても、返事が返ってくることはない。
 そのうち、シエルの声は枯れてしまって、ほとんど出なくなってしまった。

「レ、レオポルト……レオ、ポルト……どこ、に……いるん、だ……」

 どこまで進んでも変わらない景色。
 上を見上げても空のカケラさえ見つけられず、太陽の動きすることもできない。

「さっきから同じところをただグルグルと回っているだけじゃないのか……?」

 シエルはそんな不安に苛まれた。

 シエルが膝に手を当てて一息ついていると。
 彼の前方に広がる草むらがガサガサッと大きな音を立てた。
 草や葉が擦れる音に次いで、ずるっずるっずるっ……と何かを引きずるような気味の悪い音が続く。

「……何だ!?」

 シエルは短剣を抜くと、身体の前で構えた。
 音の行方を目で追うと――草の中から長い棒のような生き物がゆっくりとうねりながら姿を現した。

 ヘビだ。

 以前に遭遇したヘビも大きかったが……今回のヘビはさらに大きい。
 ひと回り……いや、倍はありそうな太さだ。
 もはやヘビというより、大蛇である。
 さらに異様なのがその色だ。
 白い。頭の先から尾の先まで真っ白である。
 全身が鱗に覆われているらしく、少し身じろぎするたびに鈍く光った。

「……っ」

 シエルは息をつめて、その白いヘビと睨み合った。
 目を逸らした方が負けだと思った。
 ヘビは先端が二股に分かれた長い舌をチロチロと揺らしながらシエルを真っ直ぐに見つめている。
 金色の瞳。
 シエルが感じていた獣の視線はこのヘビのものだったのか。

 シエルはヘビと睨み合ったまま、そろりと一歩、後ずさった。

 来た道を戻ることは気が進まなかったが、行く手を阻まれていては仕方ない。
 シエルはゆっくりヘビとの距離を取って、ある程度離れた所で向きを変えて逃げ出そうと思った。
 初めて見る種類のヘビだ。
 どんな毒を持っているとも限らない。下手に近づくのは危険だ。

 幸い、ヘビはシエルのことを威嚇するように見据えてはいるが、動き出す気配はなかった。

「ちょうどいい。そのまま動かないでくれよ」

 シエルは心の中で願いながら、ゆっくりと、なるべく音を立てないように、後ろへと下がっていく。
 そろそろいいか、とシエルが反転しようとした矢先――

 ピュー……と、遠くで笛の鳴るような音がした。

 すると、それまで一向に動く気配のなかったヘビが、飛び上がらんばかりの轟然とした勢いで、シエルの足元を狙って一直線に向かってきた。

「ヒィ……っ!」

 シエルは思わず悲鳴を上げて走り出したが、地面を盛り上げて張り出した太い木の根に足を取られて体勢を崩してしまった。受け身を取り損ねて、地面に肩を強打する。

「……っ!」

 シエルが痛みに耐えて蹲っているところに――

「ぅああぁぁぁ……っ!」

 口を大きく開けた白ヘビが飛びかかってきた。シエルの左の脹脛ふくらはぎにひっしと噛みついて、離れない。

「ぅわあっ……わ、ぁ、離れろ……っ!」

 シエルはヘビに向かって短剣を振り上げたが、硬い鱗に弾かれて、まったく歯が立たない。

 このまま脚をもぎ取られてしまうかもしれない……。

 シエルが観念したところで、再び、ピュー……と、いう甲高い音が聞こえた気がした。

 ヘビが急に力をなくして、シエルの脚から離れていく。
 ヘビの尖った歯が抜き取られると、穴の開いたシエルの脹脛から鮮血が噴き出した。

「くっ……ぅ、うぅ」

 シエルは傷ついた脚を胸に抱えて呻いた。
 急速に失われた血のせいか、頭がガンガンと痛み、視界が暗くなっていく。





「――――だから言ったのに。ダメですよ、勝手に出歩いちゃ……」

 シエルが意識を失う寸前。
 頭の上から降ってきた声。
 低く、艶のある……女の声。

 ――あの女の、声。

 視界が閉ざされる前、シエルはたしかに見た。

 あの白いヘビを身体に巻きつけた女の姿を。
 嬉しそうに笑う……女の顔を。


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