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第一章:どっちのアオ?
1. 再会は甘い予感?
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「……痛ったぁ」
頭が痛い。気持ち悪い。吐きそう。
うげぇ。
喉元までせり上がってくる胃液をこらえ、シーツの上をダンゴムシのように這いつくばって、どうにかこうにかベッドから起き上がろうとしたところで――
「イタっ……!」
ピキっと腰骨に走った痛み。
「なに、もぅ、なんで、こんな……」
あちこちで悲鳴を上げる自分のポンコツな肉体が恨めしい。
もう若くないのね。
ピキピキと痛む腰をいたわるように摩りながら、ふと視線を落とすと――
「えっ! 何これ?」
目に入ったのは胸元に散らばる赤い痕。
「虫刺され……じゃないよね。これって、まさか……」
キスマーク!?
「……っていうか、ここ……ドコ!?」
今さら気づいた。
周囲をぐるりと見回してみる。
ベッドは窓際に置かれていて、窓辺にはライトグレーのカーテンが掛かっている。カーテンをちらりとめくってみると、窓の外に白みかかった冬の青空が見えた。空が近い。その距離の近さに、二階建ての自分の家ではありえないことを確信する。
素肌を撫でるのはスベスベとした羽毛布団の感触。
気持ちいい……って、なぜ素っ裸なのか!?
裸で寝る習慣はなかったはずだよ、私。
腰の痛みといい、胸元のキスマークといい、このシチュエーションが意味するところは……もちろんわかっているけれど、頭が理解するのを拒んでいる。
さらに問題なのは――
「朱莉~? まだいるのか?」
閉じたドアの向こうから名前を呼ばれてビクッと身体が震えた。
あの声……!!
「開けるぞ」
「え!? いや、その、えっと……あの…………ダメ!!」
「へ?」
ドアの向こうから間の抜けた声が聞こえた。
「いや、あの……ごめん! いまメイクが取れかけで顔ドロドロだから。ちょっと待ってて!」
とりあえず、ベッドに下に脱ぎっぱなしのまま放置されていた下着と衣服を身につける。その間も脳内でカナヅチでも振り回されているかのように頭がガンガンと痛んだ。
「バッグは……ないか」
おそらくリビングに置いてあるのだろう。
ノロノロと着替えているあいだに昨夜の記憶がなんとなく戻ってきた。
たしか昨日は――
「朱莉?」
「蒼士!?」
小学校から高校まで同級生だった藤沼蒼士と偶然出くわしたのは地元の駅だった。成人式以来だから、実に七年ぶりの再会だ。
「よぉ、久しぶり。東京に行ったって聞いてたけど。今日は帰省?」
同じ学校に通っていた頃のように、ごくごく自然に話しかけてきた彼。
変に気負うところのない屈託のない笑顔はあの頃と変わらない。
笑うと顔がクシャッとなって、目尻が垂れて、すっごく優しそうな表情になるところ。
全然、変わってない。
高校生の頃から「この人、歳を取ったら笑いジワがいっぱいできそう」なんて思ってたんだけど(完全に余計なお世話だけどね!)、私の予想どおり、蒼士の目尻にはすでに何本か薄いシワが刻まれていた。
でもそれで彼の魅力が損なわれることは全くなくて。
むしろ歳を重ねた大人の男としての魅力を増しているような気さえした。
「ううん、先月からこっちの事業所に配属になって。戻ってきたんだ」
懐かしい。
昔のまんまの蒼士の口調につられて、自分も高校時代に戻ったみたいにスルリと言葉が漏れる。
それから駅前の居酒屋で軽く飲んだ。魚の美味しいお店で、ホッケの塩焼きが美味しくて焼酎を煽りながらバクバク食べてたら、「オヤジみたいだな」なんて笑われて。私もずっと笑ってた気がする。
このまま別れるのが名残惜しくて「もう一軒行こう」って言ったら、
「じゃあ、俺んち来る? 実家だけど、親いないから気ぃ使わなくていいし」
「え……」
蒼士を信用していないわけではもちろんなかったけど。
いくら同級生と言っても、さすがに何年かぶりに再会してすぐ家についていくっていうのもどうなんだ、とか。
軽い女と思われるんじゃないか、とか。
「こいつチョロいな」って軽蔑されるんじゃないか、とか。
いろいろ考えすぎて、どう答えていいものか逡巡していると――
「ん? もしかして警戒してる?」
不審に思ったらしい蒼士がコートのポケットに手を入れたまま身をかがめて、私の顔を覗きこんだ。
「心配すんなって。親はいないけど……」
蒼士はそこでいったん言葉を区切ると、私の目の前でニカッと笑った。
「弟がいるから」
「弟?」
「そう。朱莉も知ってるだろ。うちの蒼太。あいつも喜ぶと思うよ、朱莉が来てくれたら」
そうだ。蒼士の弟なら知っている。
蒼太くん。
たしか私たちが六年生だった時に一年生だった。五つ年下の蒼士の弟。
小学生の時は同じグループで一緒に登校していた。
蒼士がリーダーで、サブリーダーが私。
人見知りっぽい蒼太くんはいつも蒼士の背中に隠れていたっけ。
末っ子だった私は蒼太くんのことを自分の弟みたいに思ってて、ヘンにお姉さんぶっちゃって、嫌がる彼の手を無理やり握って毎日学校まで通ってたんだよなぁ……。
最後に見かけた時も蒼太くんはまだ小学生だったから、ランドセル姿の印象しかない。ハーフパンツの裾から棒っきれみたいに細い脚がのぞいていたのを覚えている。線が細くて、色が白くて、髪の毛がふわふわと茶色っぽくて、女の子みたいな男の子だった。
今は二十二歳になっているはずだけど、どんな風に成長しているのだろう? 大学生なのかな?
「……じゃあ、お邪魔します」
気づいたら口走っていた。
むくむくと湧きあがった好奇心には勝てない。それにもう少し、蒼士と一緒にいたかった。そこに蒼太くんがいてくれて、「二人きりじゃない」というのもちょうどいい言い訳になったし。
「おう。じゃ、なんか酒とつまみ買っていこうぜ」
蒼士は嬉しそうに笑うと、コートを翻して歩き出した。
頭が痛い。気持ち悪い。吐きそう。
うげぇ。
喉元までせり上がってくる胃液をこらえ、シーツの上をダンゴムシのように這いつくばって、どうにかこうにかベッドから起き上がろうとしたところで――
「イタっ……!」
ピキっと腰骨に走った痛み。
「なに、もぅ、なんで、こんな……」
あちこちで悲鳴を上げる自分のポンコツな肉体が恨めしい。
もう若くないのね。
ピキピキと痛む腰をいたわるように摩りながら、ふと視線を落とすと――
「えっ! 何これ?」
目に入ったのは胸元に散らばる赤い痕。
「虫刺され……じゃないよね。これって、まさか……」
キスマーク!?
「……っていうか、ここ……ドコ!?」
今さら気づいた。
周囲をぐるりと見回してみる。
ベッドは窓際に置かれていて、窓辺にはライトグレーのカーテンが掛かっている。カーテンをちらりとめくってみると、窓の外に白みかかった冬の青空が見えた。空が近い。その距離の近さに、二階建ての自分の家ではありえないことを確信する。
素肌を撫でるのはスベスベとした羽毛布団の感触。
気持ちいい……って、なぜ素っ裸なのか!?
裸で寝る習慣はなかったはずだよ、私。
腰の痛みといい、胸元のキスマークといい、このシチュエーションが意味するところは……もちろんわかっているけれど、頭が理解するのを拒んでいる。
さらに問題なのは――
「朱莉~? まだいるのか?」
閉じたドアの向こうから名前を呼ばれてビクッと身体が震えた。
あの声……!!
「開けるぞ」
「え!? いや、その、えっと……あの…………ダメ!!」
「へ?」
ドアの向こうから間の抜けた声が聞こえた。
「いや、あの……ごめん! いまメイクが取れかけで顔ドロドロだから。ちょっと待ってて!」
とりあえず、ベッドに下に脱ぎっぱなしのまま放置されていた下着と衣服を身につける。その間も脳内でカナヅチでも振り回されているかのように頭がガンガンと痛んだ。
「バッグは……ないか」
おそらくリビングに置いてあるのだろう。
ノロノロと着替えているあいだに昨夜の記憶がなんとなく戻ってきた。
たしか昨日は――
「朱莉?」
「蒼士!?」
小学校から高校まで同級生だった藤沼蒼士と偶然出くわしたのは地元の駅だった。成人式以来だから、実に七年ぶりの再会だ。
「よぉ、久しぶり。東京に行ったって聞いてたけど。今日は帰省?」
同じ学校に通っていた頃のように、ごくごく自然に話しかけてきた彼。
変に気負うところのない屈託のない笑顔はあの頃と変わらない。
笑うと顔がクシャッとなって、目尻が垂れて、すっごく優しそうな表情になるところ。
全然、変わってない。
高校生の頃から「この人、歳を取ったら笑いジワがいっぱいできそう」なんて思ってたんだけど(完全に余計なお世話だけどね!)、私の予想どおり、蒼士の目尻にはすでに何本か薄いシワが刻まれていた。
でもそれで彼の魅力が損なわれることは全くなくて。
むしろ歳を重ねた大人の男としての魅力を増しているような気さえした。
「ううん、先月からこっちの事業所に配属になって。戻ってきたんだ」
懐かしい。
昔のまんまの蒼士の口調につられて、自分も高校時代に戻ったみたいにスルリと言葉が漏れる。
それから駅前の居酒屋で軽く飲んだ。魚の美味しいお店で、ホッケの塩焼きが美味しくて焼酎を煽りながらバクバク食べてたら、「オヤジみたいだな」なんて笑われて。私もずっと笑ってた気がする。
このまま別れるのが名残惜しくて「もう一軒行こう」って言ったら、
「じゃあ、俺んち来る? 実家だけど、親いないから気ぃ使わなくていいし」
「え……」
蒼士を信用していないわけではもちろんなかったけど。
いくら同級生と言っても、さすがに何年かぶりに再会してすぐ家についていくっていうのもどうなんだ、とか。
軽い女と思われるんじゃないか、とか。
「こいつチョロいな」って軽蔑されるんじゃないか、とか。
いろいろ考えすぎて、どう答えていいものか逡巡していると――
「ん? もしかして警戒してる?」
不審に思ったらしい蒼士がコートのポケットに手を入れたまま身をかがめて、私の顔を覗きこんだ。
「心配すんなって。親はいないけど……」
蒼士はそこでいったん言葉を区切ると、私の目の前でニカッと笑った。
「弟がいるから」
「弟?」
「そう。朱莉も知ってるだろ。うちの蒼太。あいつも喜ぶと思うよ、朱莉が来てくれたら」
そうだ。蒼士の弟なら知っている。
蒼太くん。
たしか私たちが六年生だった時に一年生だった。五つ年下の蒼士の弟。
小学生の時は同じグループで一緒に登校していた。
蒼士がリーダーで、サブリーダーが私。
人見知りっぽい蒼太くんはいつも蒼士の背中に隠れていたっけ。
末っ子だった私は蒼太くんのことを自分の弟みたいに思ってて、ヘンにお姉さんぶっちゃって、嫌がる彼の手を無理やり握って毎日学校まで通ってたんだよなぁ……。
最後に見かけた時も蒼太くんはまだ小学生だったから、ランドセル姿の印象しかない。ハーフパンツの裾から棒っきれみたいに細い脚がのぞいていたのを覚えている。線が細くて、色が白くて、髪の毛がふわふわと茶色っぽくて、女の子みたいな男の子だった。
今は二十二歳になっているはずだけど、どんな風に成長しているのだろう? 大学生なのかな?
「……じゃあ、お邪魔します」
気づいたら口走っていた。
むくむくと湧きあがった好奇心には勝てない。それにもう少し、蒼士と一緒にいたかった。そこに蒼太くんがいてくれて、「二人きりじゃない」というのもちょうどいい言い訳になったし。
「おう。じゃ、なんか酒とつまみ買っていこうぜ」
蒼士は嬉しそうに笑うと、コートを翻して歩き出した。
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