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第一章:どっちのアオ?
2. ヤケ酒は蜜の味
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「なんだ、蒼太。……いたのか?」
藤沼家は駅から歩いて十五分ほどの高層マンションにあった。数年前に購入したらしい。
蒼士の後ろにつづいて家に上がらせてもらうと、リビングでクッションを抱えてくつろぐ蒼太くん(らしき若者)の姿が目に入った。
久しぶりに会った蒼太くんは――私の想像をはるかに超えていた。
いい意味で。
あの女の子みたいに可愛らしかった蒼太くんが。
蒼士の後ろに隠れて、恥ずかしそうにちょこんと顔だけ覗かせていた、あの蒼太くんが。
もともと線が細くて色が白くて、女の子みたいに綺麗な子だったから密かに期待はしていたのだが。
スラっと伸びた手足。
切れ長の涼しげな目元。
すっと通った鼻筋。
妙に艶めいて見える赤い唇とその隙間からこぼれる綺麗な白い歯。
――完璧。
まるで絵に描いたような完璧なイケメンがそこにいた。
「うん、予定変更。来週になったんだ」
おぉ、声も素敵だ。
ほどよく低くて、よく通る。
声変わりする前の子どもらしい高い声しか記憶になかったから、なんか不思議。
でもそのギャップが逆に新鮮。
「それより兄さん、そちらの方は……?」
蒼士の背中に隠れるようにして立っていた私に目を向ける蒼太くん。
兄の連れてきた女に興味津々、といった様子で首を伸ばしている。
「兄さんが女のひと連れてくるなんて珍しいね。……カノジョ?」
いたずらっぽい笑顔を浮かべた蒼太くんが茶化すように言った。
……いや、その誤解は蒼士に申し訳ない。
こんな女でスミマセン、と心の中で謝っておく。
「違う。朱莉ちゃんだよ、朱莉ちゃん。昔、近所に住んでた。お前も小学校の時、お世話になっただろ」
いや。「お世話」というより、どちらかと言えば、独りよがりの「お節介」だった気がするんだけど。思わず顔が引きつってしまう。
「んん~……?」
頭の奥底に眠る記憶のカケラを探しているのか、蒼太くんは首を捻って斜め上を見つめた。空中に遠い子供時代でも思い描いているみたいに。
思い出してほしいような……思い出さなくてもいいような……複雑な気持ちでしばし立ち尽くしていると。
「あぁ! 思い出した!」
ふいに蒼太くんが声を上げて、手をぱちんと叩いた。
「いつも学校まで連れてってくれたお姉さんだ。兄さんの同級生の……。お久しぶりです!」
蒼士くんはそう言って人懐っこい笑みを浮かべた。
あの人見知りだった男の子がこんなに愛想のいい青年になるなんて。感慨深い。
笑うと目尻にシワが寄るところは兄の蒼士とよく似ている。
優しそうな表情……。
うん、これはモテるわ。
私が同世代だったら、すぐ好きになってる。間違いない。こんなイケメンにこんな笑顔で笑いかけられて、好きにならないわけがない。
しかも見た目だけじゃなかった。
現在、大学四年生の蒼太くん。学校は旧帝大、すでに有名商社への就職も決まっていて、これはもう周りの女子が放っとかない、放っておくわけがないであろうほどの超優良物件へと華麗なる変貌を遂げていたのだ。
そもそもこのルックスなら、たとえニートであったとしても、彼を養いたいという女が行列をなすに違いないだろうに。なんなんだ、その最強スペックは……!
再会の挨拶が済むと、三人でリビングのローテーブルを囲んだ飲み会が始まった。
聞き上手な蒼士と、喋り上手な蒼太くん。
子供の頃からの知り合いという謎の安心感……。
もう居心地が良すぎて、お酒が進む、進む。
「朱莉さん、どうぞ」
「わぁ、ありがとう」
蒼太くんが慣れた手つきでお酒を作ってくれる。
少し俯き加減でお酒をかき混ぜる彼の端正な横顔を見ると。
長い睫毛に、無駄な肉など一切ついていない尖った顎。
うん、横顔も完璧だ。
渡されたのは白ワインをソーダで割った透明なカクテル。
「ふふふ。美味しい」
この時にはすでに酔っていたと思う。
なんだ、ふふふ……って。
テンションがおかしい。こんな笑い方、素面なら絶対しないのに。
「ふふふ。蒼太くん、大きくなったねぇ」
まるで親戚のおばちゃんのように話しかけ、
「モテるでしょ~?」
酔った勢いでセクハラ発言を連発し、
「お肌もつるつる~」
シミひとつない頬に手を伸ばして、若い肌を撫でまわしまくったのだった。
「さっきは焼酎で今度はワインかよ。朱莉がそんなに酒強いとは知らなかったな」
蒼士が眉を下げて苦笑いしていた。
そういえば大人になってから一緒に飲むのはこの夜が始めてだった。
「う~ん? これはねぇ、東京で鍛えられたんだぁ」
そう。お酒の味を本格的に覚えたのは就職後に上京してからだ。
仕事のストレスもあったけど、それ以上に三年前に別れたクソ彼氏の影響が大きい。
「なんか偉そうなヤツでさぁ。会社の同期だったんだけど、さんざん上から目線で私にダメ出しした挙句、最後には浮気。もう最っ低……アッチもヘタなくせに」
心の中で呟いたつもりだったのに、しっかり声に出ていたみたいで、隣にいた蒼士がブハッと飲んでいたビールを吹き出した。
いや、あのクソ野郎とのソレは全っ然気持ちよくなくて。
世間の皆さまはどうなの? 気持ちイイもんなの?
そもそもさぁ……イクって、なに!?
そんなのAVとかエロアニメの中だけの作り話なんじゃないの?
ファンタジーでしょ? 幻想でしょ? もしかして都市伝説??
それとも私がおかしいの? 私だけがおかしいのか……!?
まだ若くて恥じらいの心を持ち合わせていた当時の私は誰にも相談することができず、慣れない土地で人知れず思い悩んでいたのだ。
そして気を紛らわせるために酒の味を覚えてしまった……と。あぁ、惨め。
「かわいそう、朱莉さん……。オレなら、朱莉さんにそんな思いさせないのに」
そう言って、仔犬みたいなつぶらな目で私を見つめる蒼太くん。
テーブルの下で、私の冷たい指の先が、彼の温かい体温に包まれていた。
「くぅぅ~……蒼太くん」
感極まった私は泣きながら蒼太くんに抱き着いた……ような気がする。
もうこの辺りから記憶が曖昧だ。
藤沼家は駅から歩いて十五分ほどの高層マンションにあった。数年前に購入したらしい。
蒼士の後ろにつづいて家に上がらせてもらうと、リビングでクッションを抱えてくつろぐ蒼太くん(らしき若者)の姿が目に入った。
久しぶりに会った蒼太くんは――私の想像をはるかに超えていた。
いい意味で。
あの女の子みたいに可愛らしかった蒼太くんが。
蒼士の後ろに隠れて、恥ずかしそうにちょこんと顔だけ覗かせていた、あの蒼太くんが。
もともと線が細くて色が白くて、女の子みたいに綺麗な子だったから密かに期待はしていたのだが。
スラっと伸びた手足。
切れ長の涼しげな目元。
すっと通った鼻筋。
妙に艶めいて見える赤い唇とその隙間からこぼれる綺麗な白い歯。
――完璧。
まるで絵に描いたような完璧なイケメンがそこにいた。
「うん、予定変更。来週になったんだ」
おぉ、声も素敵だ。
ほどよく低くて、よく通る。
声変わりする前の子どもらしい高い声しか記憶になかったから、なんか不思議。
でもそのギャップが逆に新鮮。
「それより兄さん、そちらの方は……?」
蒼士の背中に隠れるようにして立っていた私に目を向ける蒼太くん。
兄の連れてきた女に興味津々、といった様子で首を伸ばしている。
「兄さんが女のひと連れてくるなんて珍しいね。……カノジョ?」
いたずらっぽい笑顔を浮かべた蒼太くんが茶化すように言った。
……いや、その誤解は蒼士に申し訳ない。
こんな女でスミマセン、と心の中で謝っておく。
「違う。朱莉ちゃんだよ、朱莉ちゃん。昔、近所に住んでた。お前も小学校の時、お世話になっただろ」
いや。「お世話」というより、どちらかと言えば、独りよがりの「お節介」だった気がするんだけど。思わず顔が引きつってしまう。
「んん~……?」
頭の奥底に眠る記憶のカケラを探しているのか、蒼太くんは首を捻って斜め上を見つめた。空中に遠い子供時代でも思い描いているみたいに。
思い出してほしいような……思い出さなくてもいいような……複雑な気持ちでしばし立ち尽くしていると。
「あぁ! 思い出した!」
ふいに蒼太くんが声を上げて、手をぱちんと叩いた。
「いつも学校まで連れてってくれたお姉さんだ。兄さんの同級生の……。お久しぶりです!」
蒼士くんはそう言って人懐っこい笑みを浮かべた。
あの人見知りだった男の子がこんなに愛想のいい青年になるなんて。感慨深い。
笑うと目尻にシワが寄るところは兄の蒼士とよく似ている。
優しそうな表情……。
うん、これはモテるわ。
私が同世代だったら、すぐ好きになってる。間違いない。こんなイケメンにこんな笑顔で笑いかけられて、好きにならないわけがない。
しかも見た目だけじゃなかった。
現在、大学四年生の蒼太くん。学校は旧帝大、すでに有名商社への就職も決まっていて、これはもう周りの女子が放っとかない、放っておくわけがないであろうほどの超優良物件へと華麗なる変貌を遂げていたのだ。
そもそもこのルックスなら、たとえニートであったとしても、彼を養いたいという女が行列をなすに違いないだろうに。なんなんだ、その最強スペックは……!
再会の挨拶が済むと、三人でリビングのローテーブルを囲んだ飲み会が始まった。
聞き上手な蒼士と、喋り上手な蒼太くん。
子供の頃からの知り合いという謎の安心感……。
もう居心地が良すぎて、お酒が進む、進む。
「朱莉さん、どうぞ」
「わぁ、ありがとう」
蒼太くんが慣れた手つきでお酒を作ってくれる。
少し俯き加減でお酒をかき混ぜる彼の端正な横顔を見ると。
長い睫毛に、無駄な肉など一切ついていない尖った顎。
うん、横顔も完璧だ。
渡されたのは白ワインをソーダで割った透明なカクテル。
「ふふふ。美味しい」
この時にはすでに酔っていたと思う。
なんだ、ふふふ……って。
テンションがおかしい。こんな笑い方、素面なら絶対しないのに。
「ふふふ。蒼太くん、大きくなったねぇ」
まるで親戚のおばちゃんのように話しかけ、
「モテるでしょ~?」
酔った勢いでセクハラ発言を連発し、
「お肌もつるつる~」
シミひとつない頬に手を伸ばして、若い肌を撫でまわしまくったのだった。
「さっきは焼酎で今度はワインかよ。朱莉がそんなに酒強いとは知らなかったな」
蒼士が眉を下げて苦笑いしていた。
そういえば大人になってから一緒に飲むのはこの夜が始めてだった。
「う~ん? これはねぇ、東京で鍛えられたんだぁ」
そう。お酒の味を本格的に覚えたのは就職後に上京してからだ。
仕事のストレスもあったけど、それ以上に三年前に別れたクソ彼氏の影響が大きい。
「なんか偉そうなヤツでさぁ。会社の同期だったんだけど、さんざん上から目線で私にダメ出しした挙句、最後には浮気。もう最っ低……アッチもヘタなくせに」
心の中で呟いたつもりだったのに、しっかり声に出ていたみたいで、隣にいた蒼士がブハッと飲んでいたビールを吹き出した。
いや、あのクソ野郎とのソレは全っ然気持ちよくなくて。
世間の皆さまはどうなの? 気持ちイイもんなの?
そもそもさぁ……イクって、なに!?
そんなのAVとかエロアニメの中だけの作り話なんじゃないの?
ファンタジーでしょ? 幻想でしょ? もしかして都市伝説??
それとも私がおかしいの? 私だけがおかしいのか……!?
まだ若くて恥じらいの心を持ち合わせていた当時の私は誰にも相談することができず、慣れない土地で人知れず思い悩んでいたのだ。
そして気を紛らわせるために酒の味を覚えてしまった……と。あぁ、惨め。
「かわいそう、朱莉さん……。オレなら、朱莉さんにそんな思いさせないのに」
そう言って、仔犬みたいなつぶらな目で私を見つめる蒼太くん。
テーブルの下で、私の冷たい指の先が、彼の温かい体温に包まれていた。
「くぅぅ~……蒼太くん」
感極まった私は泣きながら蒼太くんに抱き着いた……ような気がする。
もうこの辺りから記憶が曖昧だ。
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