18 / 26
第二章:朱莉、かまぼこで餌付けされる
8. 朱莉、って呼んでもいい?
しおりを挟む
「あぁ、鮫島さーん!」
よかった、ちゃんと落ち合えて。
慣れない場所で知り合いを見つけた安堵感で、思わず顔が緩んじゃう。
分厚い回転ドアをすり抜けて、あっという間に私の隣までやって来た鮫島さんはめずらしくパリッとしたグレーのスーツを着込んでいる。店のハッピ姿を見慣れているせいか、一瞬だけ違和感を覚えたけど、よく見ると、それはそれでとても似合っていた。
「ごめんねー。急に呼び出して」
口では謝りつつ、内心は微塵も悪いとは思っていなさそうな様子で言うと、鮫島さんは目線を上げたり下げたりして私の全身を見回した。
「うんうん、良い感じ。今日も可愛いよー」
完全にお世辞だとはわかっているものの、褒められて悪い気はしない。
私が「そうですかぁ?」なんて言いながら照れ隠しで頭を掻いていると、鮫島さんがサラッと私の肩に手を置いた。
んん? 今日はやけに距離が近いな。
「ねぇ、今日だけ堀ノ内さんのこと、朱莉、って呼んでもいい?」
「へ?」
「呼んでもいい? ……っていうか、呼ぶから」
そう言って、私の顔を覗き込むように首を傾げてニッコリと微笑んだ鮫島さん。
言葉づかいは柔らかいが、有無を言わせぬ迫力があった。だって目が笑ってない。
ふいに高校の頃の近寄りがたかった鮫島先輩を思い出した。いまの黒髪短髪さわやかイケメン御曹司とは違う、金髪(軽くヤンキー入ってた)時代の先輩を――。
「ちょっと時間押してるから、説明は歩きながらする。じゃあ行こうか」
鮫島さんは私の手首を掴んで大股で歩き出した。
え? え? え?
頭の中が「?」だらけなんですけど。
私は何が何やらわからないまま、鮫島さんの歩幅に合わせて、その後ろを小走りでついていくしかなかった。
*****
鮫島さんに連れてこられたのは、ホテルの最上階にあるフレンチレストランだった。
壁一面がガラス張りになっていて、ガラスの向こうには雲ひとつない青空が広がっている。
んん~、いい天気。
周りを空に囲まれて、まるで空中にでも浮かんでいるような気分だ。
内装も凝っていて、あちこちに見たこともない観葉植物が置かれている。
なんて言うか……空に浮かんだ庭みたいな感じ。完全にラピュタ。
しかし眺めが良すぎて、逆にどこを見たらいいのかわからないよ!
鮫島さんはレストランの入り口から誰かを探すように首を動かしていたが、すぐに私の手をぎゅっと握って、目当ての場所へと迷いのない足取りでズンズン進んでいく。
鮫島さんの手は熱くて、少し汗ばんでいるようだ。
……えーと。
この手は、握り返したほうがいいんだろうか?
いやいや、そこまで求められてないでしょ?
あ、でも敵を欺くにはまず味方から(?)っ言うし……。
えー、どうしよう?
……なぁんて、ごちゃごちゃ考えているあいだに、鮫島さんの足はとっくに止まっていて、ロクに前を見ていなかった私は思わず、つんのめってしまった。
バランスを崩してよろめいた私を鮫島さんの手が力強く支えてくれる。
そうだった。
タイミングを逸した私の右手は、握り返すことも、振り払うこともできず、結局いまも中途半端な状態で鮫島さんの手のひらに包まれたままなのである。
「海斗、遅かったな」
窓際の奥のテーブルにたどり着いた私たちの方を向いて、すでに着席していた初老の男性が口を開いた。
少し嗄れた低い声。
でもその声が店のどこにいてもよく通るということを私は知っている。
久しぶりに会ったその人は、私の記憶よりもちょっとだけ老けていたけれど、スマートな体型は昔とちっとも変わらない。
でも髪に混ざる白いものが少しだけ増えた気がする。顔に刻まれたシワの数も……。
まぁ、私は皺フェチだから大歓迎だけどね!
特に年配の人のシワって大好き。
私ってば、ち○まる子ちゃんにも負けないくらいのおじいちゃん子だったからさ、お年寄りのシワを見ると、ついつい死んだおじいちゃんを思い出しちゃうんだよねぇ……。
おっと、感傷に浸っている場合ではなかった。
場所と服装が違うせいで印象がだいぶ違うけど……間違いない。この人は――
「ごめん、親父」
そう、鮫島さんのお父さん――つまり『魚貴族』の大将だよ!
あ、今は「社長」と呼ぶのが正しいのかな。
「……その女は?」
大将が首を捻って、鮫島さんの傍らに立つ私の顔を伺っている。ジロジロと露骨に訝しげな視線を向けられて、思わず腰が引けてしまう。
鮫島さんはチラッと私に目を寄越してから、大将の質問にこう答えた。
「いま、お付き合いしてるひとです」
「は?」
鮫島さんのセリフにいち早く反応したのは、私でも大将でもなく――
テーブルを挟んで大将の向かい側に座る妙齢の女性であった。
ん? 自分で思っておいてアレだけど、「妙齢」って、つまり何歳? 三十歳くらいってことでいいんだっけ? 違う? あれ? もしかして私も妙齢なのかな?
……ま、いっか。
とりあえず大将の奥さんでないことは確かだ。私たちと同世代か、少し年上くらいに見える。
アップに結った髪とラベンダー色のシフォンのワンピースが、彼女のしっとりとした色気を引き立てている。細くて長い首と涼しげな目元も相まって、着物を着たら映えるだろうなー……と思わせる和風美人だ。
その美人さんはもう一度「は?」と、その華奢な体格には似つかわしくない野太い声で発したかと思うと、眉間にシワを寄せて、一直線に私の顔を睨みつけてきた。
……コワいんですけど。
「海斗、どういうことだ?」
大将の眉間にもシワが寄っている。
こりゃ完全に怒ってるわ。
そりゃ怒るわなー。
だって――
お得意さんの娘さんとの見合いの席に、息子が別の女を連れてきたんだから。
よかった、ちゃんと落ち合えて。
慣れない場所で知り合いを見つけた安堵感で、思わず顔が緩んじゃう。
分厚い回転ドアをすり抜けて、あっという間に私の隣までやって来た鮫島さんはめずらしくパリッとしたグレーのスーツを着込んでいる。店のハッピ姿を見慣れているせいか、一瞬だけ違和感を覚えたけど、よく見ると、それはそれでとても似合っていた。
「ごめんねー。急に呼び出して」
口では謝りつつ、内心は微塵も悪いとは思っていなさそうな様子で言うと、鮫島さんは目線を上げたり下げたりして私の全身を見回した。
「うんうん、良い感じ。今日も可愛いよー」
完全にお世辞だとはわかっているものの、褒められて悪い気はしない。
私が「そうですかぁ?」なんて言いながら照れ隠しで頭を掻いていると、鮫島さんがサラッと私の肩に手を置いた。
んん? 今日はやけに距離が近いな。
「ねぇ、今日だけ堀ノ内さんのこと、朱莉、って呼んでもいい?」
「へ?」
「呼んでもいい? ……っていうか、呼ぶから」
そう言って、私の顔を覗き込むように首を傾げてニッコリと微笑んだ鮫島さん。
言葉づかいは柔らかいが、有無を言わせぬ迫力があった。だって目が笑ってない。
ふいに高校の頃の近寄りがたかった鮫島先輩を思い出した。いまの黒髪短髪さわやかイケメン御曹司とは違う、金髪(軽くヤンキー入ってた)時代の先輩を――。
「ちょっと時間押してるから、説明は歩きながらする。じゃあ行こうか」
鮫島さんは私の手首を掴んで大股で歩き出した。
え? え? え?
頭の中が「?」だらけなんですけど。
私は何が何やらわからないまま、鮫島さんの歩幅に合わせて、その後ろを小走りでついていくしかなかった。
*****
鮫島さんに連れてこられたのは、ホテルの最上階にあるフレンチレストランだった。
壁一面がガラス張りになっていて、ガラスの向こうには雲ひとつない青空が広がっている。
んん~、いい天気。
周りを空に囲まれて、まるで空中にでも浮かんでいるような気分だ。
内装も凝っていて、あちこちに見たこともない観葉植物が置かれている。
なんて言うか……空に浮かんだ庭みたいな感じ。完全にラピュタ。
しかし眺めが良すぎて、逆にどこを見たらいいのかわからないよ!
鮫島さんはレストランの入り口から誰かを探すように首を動かしていたが、すぐに私の手をぎゅっと握って、目当ての場所へと迷いのない足取りでズンズン進んでいく。
鮫島さんの手は熱くて、少し汗ばんでいるようだ。
……えーと。
この手は、握り返したほうがいいんだろうか?
いやいや、そこまで求められてないでしょ?
あ、でも敵を欺くにはまず味方から(?)っ言うし……。
えー、どうしよう?
……なぁんて、ごちゃごちゃ考えているあいだに、鮫島さんの足はとっくに止まっていて、ロクに前を見ていなかった私は思わず、つんのめってしまった。
バランスを崩してよろめいた私を鮫島さんの手が力強く支えてくれる。
そうだった。
タイミングを逸した私の右手は、握り返すことも、振り払うこともできず、結局いまも中途半端な状態で鮫島さんの手のひらに包まれたままなのである。
「海斗、遅かったな」
窓際の奥のテーブルにたどり着いた私たちの方を向いて、すでに着席していた初老の男性が口を開いた。
少し嗄れた低い声。
でもその声が店のどこにいてもよく通るということを私は知っている。
久しぶりに会ったその人は、私の記憶よりもちょっとだけ老けていたけれど、スマートな体型は昔とちっとも変わらない。
でも髪に混ざる白いものが少しだけ増えた気がする。顔に刻まれたシワの数も……。
まぁ、私は皺フェチだから大歓迎だけどね!
特に年配の人のシワって大好き。
私ってば、ち○まる子ちゃんにも負けないくらいのおじいちゃん子だったからさ、お年寄りのシワを見ると、ついつい死んだおじいちゃんを思い出しちゃうんだよねぇ……。
おっと、感傷に浸っている場合ではなかった。
場所と服装が違うせいで印象がだいぶ違うけど……間違いない。この人は――
「ごめん、親父」
そう、鮫島さんのお父さん――つまり『魚貴族』の大将だよ!
あ、今は「社長」と呼ぶのが正しいのかな。
「……その女は?」
大将が首を捻って、鮫島さんの傍らに立つ私の顔を伺っている。ジロジロと露骨に訝しげな視線を向けられて、思わず腰が引けてしまう。
鮫島さんはチラッと私に目を寄越してから、大将の質問にこう答えた。
「いま、お付き合いしてるひとです」
「は?」
鮫島さんのセリフにいち早く反応したのは、私でも大将でもなく――
テーブルを挟んで大将の向かい側に座る妙齢の女性であった。
ん? 自分で思っておいてアレだけど、「妙齢」って、つまり何歳? 三十歳くらいってことでいいんだっけ? 違う? あれ? もしかして私も妙齢なのかな?
……ま、いっか。
とりあえず大将の奥さんでないことは確かだ。私たちと同世代か、少し年上くらいに見える。
アップに結った髪とラベンダー色のシフォンのワンピースが、彼女のしっとりとした色気を引き立てている。細くて長い首と涼しげな目元も相まって、着物を着たら映えるだろうなー……と思わせる和風美人だ。
その美人さんはもう一度「は?」と、その華奢な体格には似つかわしくない野太い声で発したかと思うと、眉間にシワを寄せて、一直線に私の顔を睨みつけてきた。
……コワいんですけど。
「海斗、どういうことだ?」
大将の眉間にもシワが寄っている。
こりゃ完全に怒ってるわ。
そりゃ怒るわなー。
だって――
お得意さんの娘さんとの見合いの席に、息子が別の女を連れてきたんだから。
0
あなたにおすすめの小説
幼馴染の許嫁
山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり
鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。
でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる