朱に交われば蒼くなる

スケキヨ

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第二章:朱莉、かまぼこで餌付けされる

10. あぁ、醤油がほしい

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 父親に諌められた沙羅咲さらささんは、駄々をこねて今にも泣き出しそうな子供みたいに顔を真っ赤にして唇をひん曲げた。
 黙っていればキリッとした美人さんなのに、もったいない。

「まぁそんな気の強そうなところが好き、という酔狂な殿方も世の中にはなぜか一定数存在しているみたいだし、脈のなさそうな鮫島さめじまさんのことなんてさっさと諦めて、他を当たったほうがいいと思いますよ。我々アラサーには余裕ぶっこいてる時間なんてないですからね」

 ――と、もし私が彼女の友人であれば忠告のひとつもしたいところだけど。
 あいにく彼女と私は今日が初対面なうえ、まるで親の仇ででもあるかのように睨まれつづけているので、先の建設的なアドバイスは私の心の中だけに留めておくことにする。

 触らぬ神に祟りなし。

 そうこうしてるあいだに、前菜が運ばれてきた。
 どう考えても私ひとり余りものだから料理が出てこなかったらどうしようかと思っていたけど、ちゃんと私の分もあるみたいだ。よかったぁ。
 急な追加にも対応してくれるなんて、さすが高級レストランは違うね。

 さぁ、食べよ食べよ。
 この気まずい時間をやり過ごすには、食事に没頭するのが一番だよ。
 私はさっそく目の前に置かれたカクテルグラスに手を伸ばした。
 グラスの中には茶碗蒸しみたいなプルプルしたやつが入っている。そしてその中に色鮮やかな赤いエビが五匹ばかし頭から突き刺さっていた。斬新。

「……いつから付き合ってるんだ? 全然知らなかったぞ。母さんも何も言ってなかったし」

 憮然としたまま何か物言いたげな様子を見せていた大将が、鮫島さんに向かって問いかけた。
 甘鷲あまわしさん(お父さんのほうね!)の態度が思ったより好意的なせいか、大将の口ぶりにもそれほど厳しい調子は感じられなくて、私はひそかに胸を撫でおろした。
 でもこっちに話を振られると困るので、ひたすら下を向いてエビの皮を剥くことに注力していると――

「彼女は高校の後輩なんだ。就職して東京に出てたんだけど、最近こっちに戻ってきたっていうから、共通の友人を通じて紹介してもらったんだよ」

 鮫島さんがスラスラと淀みなく答えた。
 まるで、あらかじめ用意していたかのような回答だ。っていうか、絶対考えてたでしょ!

 とは言え、恐ろしいことに、いま鮫島さんが言ったこと……なにひとつ嘘がない!
「共通の友人」って、蒼士そうしのことだよね?



 これ、嘘つき巧者の手口だよ。
 そもそも「いつから付き合ってるのか?」という大将の質問を絶妙にはぐらかしてるし!

「ほぅ。そやったら高校時代からの付き合いでっか? やけぼっくいに火がついた……ってやつかいな?」

 ぎゃあぁぁぁぁ! 天鷲(父)が掘り下げてきよったでー!
 どうするどうする? 鮫島さん、どう答えるの?

 ちなみに、お互いが思いつきで嘘を重ねてボロが出るといけないので、今日の私は極力喋らないことになっている。余計な口を利かないように……との指導を受けているのだ。なので、とりあえず顔に作り笑いを貼り付けたまま、無言を貫くことにする。

「いえ。高校の頃はそれほど親しくなかったんですよ。最近ですね、こんなに仲良くなったのは。な、朱莉あかり?」

 鮫島さんがそう言ってニッコリと笑いかけてくる。
 視界の左端で沙羅咲さんの頬がピクリと引き攣るのが見えた。

 なるほど、ここで呼び捨てですか……と感心している私に、「な?」と鮫島さんが念押しで微笑みかけてくる。
 もしやこれは「同意しろ」という意味の合図……いや、脅しか?
 鮫島さんの意図を察した私はあわてて「うんうん」と頷いてみせた。

「『白身魚のポワレ ~ビーツソースがけ~』でございます」

 会話が途切れたタイミングを見計らって、ギャルソンのお兄さんが次の料理を運んできてくれた。
 こんがりと焼かれた魚に、ほんのりピンク色をしたソースがタラリと添えられている。まるでお皿の上で絵を描いたみたいだ。一枚の皿のなかに、桜の花びらが舞い散った湖面のような彩りが広がっているではないか。
 お、なんかいまの「食レポ」っぽくなかった?

 それはそうと、「ポワレ」って何だっけ?

 ――有名な探偵ちゃう?
 ――いや、それは「ポワロ」やろ!
 
 ……な~んて、脳内でひとりノリツッコミを繰り広げていると、

「お嬢さんも早よ食べなはれ。せっかくの料理が冷めてまうで」

 甘鷲(父)に本場の関西弁でツッコまれてしまった。

「あ……そ、そうですね。いただきます」

 うわぁ、恥ずかし!
 私は羞恥に染まった顔を隠すべく、大人しく下を向いて真面目にポワレと向き合うことにした。
 魚の身を小さく切り、ピンク色のソースを絡めて口の中に入れてみる。
 もぐもぐもぐ……。
 口の中にビーツソースのほのかな甘みが、じんわりと広がっていく。

 うん、うん。……うん?

 なんだろう。美味しいといえば美味しいんだけど……。
 う~ん、不思議な味。

「……これ、同じピンク色なら明太子のが良くない? 魚は……キスのフライとかどうかな? 合うと思うけどなぁ。あ、でも、タラでもいいかも。ぷりっぷりのヤツ。ぷりっぷり。で、それに明太子のソースをかけて、ちょろっと醤油を垂らして……。醤油はもちろん『魚貴族うおきぞく』特製のタマリ醤油だよね! アレ大好きなんだ。そうしたら、もう絶対美味しいよね……間違いない!」

 うんうん、と思わず自分の思いつきに首を振ってしまう。
 我ながら名案すぎる。

 いや、このお料理も魚は美味しいのよ、魚は。
 だけど私の庶民舌にはちょっと合わないんだよね……。

 シェフには申し訳ないけど、ソースは避けさせてもらおう。
 せっかく作ってくれたのにごめんなさい。

 あぁ、醤油が欲しい。

 そんなことを考えながら、ひたすら魚に向き合っていると、おかしな気配に気が付いた。
 
 ――あれ、いま食べてるのって……もしかして私だけ?

 え、なんでみんな食べないの? なんでそんなに静かなの??
 不穏な空気を感じて、お皿から顔を上げてみると――

 他の四人がぽかんと口を開けて、私の顔を見つめていた。


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