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第2章
第25話 村の散策
しおりを挟む村外れにある来客用の小屋で一泊をした俺は、翌朝になり起床すると狼人族の村をのんびりと散歩する。
村の祭りを数日後に迎えた狼人族の村の中には、あちこちで祭りの準備をしている光景が見られる。俺はその景色にワクワクとしながら、徒歩での散策を続けていった。
「なんか変だな……?」
散歩を続けながら、俺は村の中にある違和感に気づく。なんだか、悲しそうな顔をしている村人がチラホラと見受けられるのだ。そのことが気になった俺は、幾人かすれ違う村の獣人に何があったのかを尋ねてみることにした。
俺が村の人たちと会話をしながら情報を整理したところ、なんと今回の村祭りでは、ずっと前に廃止されていたはずの生贄の儀式が再開されることになったのだそうだ。
そして、生贄として捧げられる候補に選ばれたのは、ネネムゥだった。
昨日彼女と一緒にフォレストボアー退治をしたときには、ネネムゥはそんな素振りを一切見せていなかった。
どうやら、ネネムゥは自分が生贄になるというのに、そのことを悲しむでもなく、恐怖に逃げるでもなく、彼女は村のみんなを助けるために一人でフォレストボアー退治に出かけたようだ。
そんなやさしくて誠実な心を持つネネムゥは、普段から村のいろいろな場所で人助けしており、彼女が生贄に選ばれたことをたくさんの人が悲しんでいる。だから村の所々に、悲しい表情をしている人が見受けられるのだ。
さらに俺が村の人から生贄の儀式について詳しく話を聞いたところ、ネネムゥが生贄として捧げられるのは、森の奥深くを縄張りにするデスマーダーウルフという魔物らしい。
デスマーダーウルフは、マーダーウルフという体長が3メートルほどにもなる大型の狼モンスターが進化をすることで死属性を持ち、高度な知性を手に入れた怪物だ。
デスマーダーウルフは進化することで体長が2メートルほどに縮むが、その分濃縮された魔力によって周辺の魔力を歪ませ、自らの周囲に強烈なデバフを撒き散らす危険な存在になる。
デスマーダーウルフは死霊化して不死の属性も持っているため、討伐難易度はAランクプラス相当という、Aランクの冒険者でも苦戦する怪物だ。
このときに知ったのだが、この世界のモンスターは突然変異を起こし、存在をより上位のものに変化させることがある。その現象が進化と呼ばれていた。
ゴブリンがある日上位の種族であるハイゴブリンに進化するといった具合に、この世界のモンスターは、種族をより上位の存在にアップグレードすることで強くなっていく。
弱いモンスターが進化をする分には問題は無いが、強いモンスターが進化をするとそれは災害となる。この村に生贄を要求しているというデスマーダーウルフも、その例の一つだろう。
ゴブリンがハイゴブリンになるくらいならよくあることだが、災害級に強い上位の存在に魔物が進化するというのはモンスターにとっても複雑な条件が必要らしく、滅多に起きるようなものではないらしい。
デスマーダーウルフは100年以上も昔に実際にこの村に生贄を要求していた魔物だったが、勇者によって討伐がされたという歴史がある。
そのはずなのに、最近デスマーダーウルフが復活を遂げ、再び村に生贄を要求してきているという話だ。それを村長が、この前村の皆を集めて宣言したと。
「うーむ。これは、何か裏がありそうだ」
突然再開されたという生贄の儀式に、俺は疑問を持つ。なぜなら、俺がマップスキルで周辺を探してみても、デスマーダーウルフなんて物騒な名前の魔物はいない。森の中にいるのは強いけど、野性的なモンスターばかりだ。
多分、魔物が生贄を要求してきているというのは狂言だろう。そして、それを主導しているのは村長だ。だってよく見たら、この村の村長を示すマップ上のマーカーが、敵対的な人物だということを示す赤色をしている。
俺のマップスキルには、敵対的な人物や犯罪を繰り返す悪人を要注意人物として赤色に表示してくれる機能があった。つまり、この村の村長には何かある。
ネネムゥを生贄と偽ることで、狼人族の村長は何をするつもりなのだろうか。
そのことを疑問に思った俺がさらに周辺を索敵すると、マップスキル上に興味深いものを見つけることができた。狼人族の村の近くにある森の中には5人ほどの人間が潜伏しており、それぞれのマーカーが赤色を示している。
そして、その赤いマーカーが示す人物の肩書きには、秘密結社キマイラの構成員という記述がされていた。
異世界辞典
秘密結社キマイラ
人間同士を交配させ、最強の兵士を作ることを理念としている団体。現在は交配実験で誕生させた兵士を、秘密裏に各国の軍隊に奴隷として売買している
俺が異世界辞典で秘密結社キマイラについて調べてみると、なんだかやばい団体だということがわかった。
この世界には秘密結社というものがあって、色々と暗躍をしているようだ。
最強の兵士を作るべく人間同士の交配実験を繰り返している組織の構成員が、狼人族の村の近くの森に潜伏していることが気になる。そして、この村では生贄の狂言が行われようとしていると。
さらには、ネネムゥはとても珍しい獣人の幻獣種だ。
これは、きな臭くなってきた。獣人の幻獣種であるネネムゥが生贄に捧げられるという狂言も、この秘密結社キマイラと無関係ではないだろう。
ダメ押しの証拠に、俺は狼人族の村長のステータス欄に不正奴隷売買(隠蔽中)、積立金横領(隠蔽中)という記述がされているのを見つけた。どうやら、この村では現在事件が起きているようだ。
そして、ネネムゥは、なにかの陰謀に巻き込まれてしまっていると。
「これは、見過ごせないな……」
フォレストボアーを一緒に討伐したネネムゥに俺は、すでに親近感を得ている。そんなネネムゥが村の狂言で生贄にされるなんて、俺には許せない。
俺は、ネネムゥを助けたかった。
だから俺は、ネネムゥが生贄に捧げられるという儀式について、詳しい調査を開始することにした。
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