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バス停と琥珀色 前 〚葵〛
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会計サマは、早苗侑生(さなえゆうき)というらしい。
侑生(ゆうき)と呼ぶように言い含められ、自然と呼べるようになるまで何度も練習させられた。
失敗するとキスだから、俺も必死だった。
昨日から何回もされているし、舌まで入れられちゃったわけだけど、断じてキスがしたいわけではない。
けどそのショック療法?のおかげで、昨日のもやもやは考える暇もなく嵐に押し流されて行った。
思えば志摩のことだって、今日はまだ一度も考えていない。
そんなことに本人を見て気がついて、昨日はひび割れそうだった心が、少しちくりとした程度で済んだのに首をひねった。
―――喉元過ぎれば熱さを忘れる、とか言うけど、本当かも。
今回を正しく言い表すならば、熱いものを飲み込んで苦しんでいたら熱湯風呂に入れられて氷水をぶっかけられて、命からがら逃げ出したら今度は嵐が待ってました、みたいな感じだけど。
ようやく嵐も越えてやっと、あぁ昨日飲み込んだものは熱かったな、と思い出した。
あのつらさを忘れさせてくれたのも、日常で溜まった膿を吐き出させてくれたのも、侑生だってわかっている。
でも、それとこれとは話が別だ!
感謝はしても、絶対にからかいに乗ったりしない。
キスだって、二度とされないよう気を付ける。うん。
そんなことを考えながらもカメラをいじれば、ようやく心に平穏が戻ってきた。
✢
「あーおーい、こら。」
ひや、っと首筋に冷たいものを当てられて飛び上がる。
うろたえすぎていてじいちゃんのカメラを家に忘れたから部室のデジイチを借りたんだけど、使い勝手が違いすぎてかなり苦戦してた。
撮ったものをすぐに確認できるのはいいけど、写真としてはイマイチなものしか撮れていなかった。
がっかりしながらひとつひとつ再生していて、いつの間にか近くに侑生がいることに気づいていなかったらしい。
座り込んだまま仰ぎ見れば、秋の夕暮れを背景に綺麗な琥珀色がこっちを見ていた。
「10月になって少し涼しくなったけど、ちゃんと水分補給しないと熱中症になるよ。」
はい。と言って渡されたのはスポーツドリンク。
きょとんとして、手の中のそれと侑生の顔を見比べていたら、侑生にぷっと笑われた。
「ほら、飲みなよ。―――飲めないなら口移ししてあげようか?」
その言葉に赤面しつつ慌てて首を振り、大急ぎでペットボトルのフタをあける。
ごくりと一口飲み込めば、案外喉が乾いていたらしい。
ごくごくと飲み続ける俺を、侑生が優しい目で見るのが、くすぐったかった。
「……ありがと。お金、」
話しかけた言葉はまたキスで塞がれた。
触れるだけの、軽いやつ。―――油断も隙もない。
ジト目で見上げれば、侑生が、うれしそーに笑った、
そんな顔、初めて見る。
でもなんで、そんな嬉しそうなんだ?
「今のは駄目だよ。お金なんて野暮なこと言おうとするから。罰として、今日からバス停まで一緒に登下校ね。」
はぁ!?
という抗議の声も、またキスに飲み込まれた。
いったいなんだっていうんだ!
✢
バス停までは普通だった。
こいつにも、人目のあるところでは自重する程度の常識はあるらしい。
良かった。
じゃあ、と言ってバスに乗り込み、暗いバス停で佇む侑生を見やる。
いったい、なんの得があってこんなことしてるんだろうか。
地味な男にキスをして、抱きしめて愚痴を聞いて、飲み物を差し入れして一緒に登下校?
―――よくわからない。天才には天才のふかーい考えがあるんだろうか?
家に帰ってきて、いつも通り残り物を食べる。
賑やかなダイニングの声を聞きながら洗い物をするけど、全部吐き出したせいか、いつもみたいに心は軋まなかった。
とりあえず、今日は眠いから寝よう。
お風呂はいつも最後だから、夜中に一度起きればいい。
そして寝て起きたら、明日は図書室に行こう。
借りてる本を返して、最後にオススメする本を選んで、「ありがとう」と付箋を貼ろう。
それならきっと、茜と間違われていても不自然じゃないはずだから。
淡い初恋の散り方が、美人な弟と間違われてました、なんて、なんて悲惨なんだろう。
そう思ったら少し笑えた。
悲惨なのに、思ったほどに凹んでないのは、侑生のおかげだ。
天才の考えることは全くわからないけど、侑生が飽きるまではこの冗談に付き合おうか。
✢
その次の日から、本当に毎日登下校を共にしている。
大人気の会計サマとそんなことしたら校舎裏に呼び出されたりするかと思ってたけど、そんなことはなかった。
きっと存在が薄すぎて、眩しすぎる会計サマの横だと霞んで見えないんだろう。
今までは“友達”はできなかったけど、いたらこういうふうなのかな。
部活のことだったり、授業のことだったり、話すことは本当に他愛もないのだけど、そんな時間がとても楽しい。
茜のことを知っていてくれるのも、気が楽だった。
茜と、志摩は、順調みたいだ。
「ありがとう」の付箋を貼ってからしばらく経つ。
返信はなかったけど、きっと茜に口頭で何か言ったんだろう。
ときどき一緒に歩く姿を見かけるし、茜がグラウンドに来たりもするから、二人が順調なのは間違いない。
茜が屈託なく笑って志摩にじゃれつくのを見る度に、つきりとどこかが痛む。
侑生のおかげで和らいではいても、完全に塞がったわけではない傷口が、じくじくと存在を主張して。
けれど、痛みに囚われそうになるといつも、強い視線を感じる。
振り返ると、決まってそこにある、琥珀色の瞳。
もしかして俺の想いに気づいていたのだろうか?
だから、あの日キスをして、それからも毎日一緒にいる?
そんな疑念は、そういうことが何回も続けば確信に変わった。
きっと、冗談やからかいではない。
侑生がそういうタイプでないことくらい、少し一緒にいただけでわかる。
ならばこれは、きっと、同情とか優しさとか、そういう類のものだろう。
あれから交わすことのないキスも、それを裏付けていた。
侑生(ゆうき)と呼ぶように言い含められ、自然と呼べるようになるまで何度も練習させられた。
失敗するとキスだから、俺も必死だった。
昨日から何回もされているし、舌まで入れられちゃったわけだけど、断じてキスがしたいわけではない。
けどそのショック療法?のおかげで、昨日のもやもやは考える暇もなく嵐に押し流されて行った。
思えば志摩のことだって、今日はまだ一度も考えていない。
そんなことに本人を見て気がついて、昨日はひび割れそうだった心が、少しちくりとした程度で済んだのに首をひねった。
―――喉元過ぎれば熱さを忘れる、とか言うけど、本当かも。
今回を正しく言い表すならば、熱いものを飲み込んで苦しんでいたら熱湯風呂に入れられて氷水をぶっかけられて、命からがら逃げ出したら今度は嵐が待ってました、みたいな感じだけど。
ようやく嵐も越えてやっと、あぁ昨日飲み込んだものは熱かったな、と思い出した。
あのつらさを忘れさせてくれたのも、日常で溜まった膿を吐き出させてくれたのも、侑生だってわかっている。
でも、それとこれとは話が別だ!
感謝はしても、絶対にからかいに乗ったりしない。
キスだって、二度とされないよう気を付ける。うん。
そんなことを考えながらもカメラをいじれば、ようやく心に平穏が戻ってきた。
✢
「あーおーい、こら。」
ひや、っと首筋に冷たいものを当てられて飛び上がる。
うろたえすぎていてじいちゃんのカメラを家に忘れたから部室のデジイチを借りたんだけど、使い勝手が違いすぎてかなり苦戦してた。
撮ったものをすぐに確認できるのはいいけど、写真としてはイマイチなものしか撮れていなかった。
がっかりしながらひとつひとつ再生していて、いつの間にか近くに侑生がいることに気づいていなかったらしい。
座り込んだまま仰ぎ見れば、秋の夕暮れを背景に綺麗な琥珀色がこっちを見ていた。
「10月になって少し涼しくなったけど、ちゃんと水分補給しないと熱中症になるよ。」
はい。と言って渡されたのはスポーツドリンク。
きょとんとして、手の中のそれと侑生の顔を見比べていたら、侑生にぷっと笑われた。
「ほら、飲みなよ。―――飲めないなら口移ししてあげようか?」
その言葉に赤面しつつ慌てて首を振り、大急ぎでペットボトルのフタをあける。
ごくりと一口飲み込めば、案外喉が乾いていたらしい。
ごくごくと飲み続ける俺を、侑生が優しい目で見るのが、くすぐったかった。
「……ありがと。お金、」
話しかけた言葉はまたキスで塞がれた。
触れるだけの、軽いやつ。―――油断も隙もない。
ジト目で見上げれば、侑生が、うれしそーに笑った、
そんな顔、初めて見る。
でもなんで、そんな嬉しそうなんだ?
「今のは駄目だよ。お金なんて野暮なこと言おうとするから。罰として、今日からバス停まで一緒に登下校ね。」
はぁ!?
という抗議の声も、またキスに飲み込まれた。
いったいなんだっていうんだ!
✢
バス停までは普通だった。
こいつにも、人目のあるところでは自重する程度の常識はあるらしい。
良かった。
じゃあ、と言ってバスに乗り込み、暗いバス停で佇む侑生を見やる。
いったい、なんの得があってこんなことしてるんだろうか。
地味な男にキスをして、抱きしめて愚痴を聞いて、飲み物を差し入れして一緒に登下校?
―――よくわからない。天才には天才のふかーい考えがあるんだろうか?
家に帰ってきて、いつも通り残り物を食べる。
賑やかなダイニングの声を聞きながら洗い物をするけど、全部吐き出したせいか、いつもみたいに心は軋まなかった。
とりあえず、今日は眠いから寝よう。
お風呂はいつも最後だから、夜中に一度起きればいい。
そして寝て起きたら、明日は図書室に行こう。
借りてる本を返して、最後にオススメする本を選んで、「ありがとう」と付箋を貼ろう。
それならきっと、茜と間違われていても不自然じゃないはずだから。
淡い初恋の散り方が、美人な弟と間違われてました、なんて、なんて悲惨なんだろう。
そう思ったら少し笑えた。
悲惨なのに、思ったほどに凹んでないのは、侑生のおかげだ。
天才の考えることは全くわからないけど、侑生が飽きるまではこの冗談に付き合おうか。
✢
その次の日から、本当に毎日登下校を共にしている。
大人気の会計サマとそんなことしたら校舎裏に呼び出されたりするかと思ってたけど、そんなことはなかった。
きっと存在が薄すぎて、眩しすぎる会計サマの横だと霞んで見えないんだろう。
今までは“友達”はできなかったけど、いたらこういうふうなのかな。
部活のことだったり、授業のことだったり、話すことは本当に他愛もないのだけど、そんな時間がとても楽しい。
茜のことを知っていてくれるのも、気が楽だった。
茜と、志摩は、順調みたいだ。
「ありがとう」の付箋を貼ってからしばらく経つ。
返信はなかったけど、きっと茜に口頭で何か言ったんだろう。
ときどき一緒に歩く姿を見かけるし、茜がグラウンドに来たりもするから、二人が順調なのは間違いない。
茜が屈託なく笑って志摩にじゃれつくのを見る度に、つきりとどこかが痛む。
侑生のおかげで和らいではいても、完全に塞がったわけではない傷口が、じくじくと存在を主張して。
けれど、痛みに囚われそうになるといつも、強い視線を感じる。
振り返ると、決まってそこにある、琥珀色の瞳。
もしかして俺の想いに気づいていたのだろうか?
だから、あの日キスをして、それからも毎日一緒にいる?
そんな疑念は、そういうことが何回も続けば確信に変わった。
きっと、冗談やからかいではない。
侑生がそういうタイプでないことくらい、少し一緒にいただけでわかる。
ならばこれは、きっと、同情とか優しさとか、そういう類のものだろう。
あれから交わすことのないキスも、それを裏付けていた。
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