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だいじな人 前 〚葵〛
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あの帰り道から、ちょっとおかしい。
侑生が俺を見ると何故か動揺して。
笑いかけられると心臓が変に跳ねる。
夜なんて、今までは抱き込まれると安心してすぐに寝れていたのに、今はなんだか落ち着かない。
ペットだと思われてるのに意識してどーする、って思うんだけど、どうしても平静ではいられなくて。
―――気づかれてないといいんだけど。
あの日撮った写真は、やはりすごくいい出来だった。
俺を見て笑ったふたりの笑顔。
空に落ちていきそうな、しなやかな身体。
思わず余分に印刷して誰よりもはやく侑生に見せれば、すごく嬉しそうに笑ってくれた。
………それに動揺して、写真を落としちゃったんだけど。
でも、こんな幸せで、いーのかな。
こんなふうに穏やかに暮らせるなんて思っていなかった。
毎日、夢なんじゃないかと思ってしまうし、ときどき前の暮らしを夢に見て飛び起きることもある。
そんなときは嫌な汗で全身びっしょりになるんだけど、………横に侑生がいてくれて。
安らかで、少しおさなげな寝顔を見ていると胸がぽうっとあたたかくなる。
そっと身体を擦り寄せると、眠っていても抱きしめてくれて。
―――ほんとうに、抱き枕になったみたい。
ずっと、こうしていれたらいいのに。
✢
でもそれは、やっぱり、叶わない夢だった。
“葵の分際で”
その呪いは、少し離れたくらいじゃ、解けなかった。
ある日登校したら、いつもとどこか雰囲気が違った。
気味の悪さを感じながらも侑生と分かれて教室に向かえば、俺の机の、人だかり。
がらりと扉を開けた音で一気にみんな振り返って、そのままそそくさと離れていって。
嫌な予感のまま机に近づけば、校内新聞の―――号外?
『会計サマのふしだらな生活』
大きく踊るその活字に、目を疑った。
ざぁっと血の気が引くまま記事をさらえば、事実を元にとんでもなく恣意的に解釈されたもので。
そこに含まれた真実から誰がこれを書かせたのかがありありとわかる。
―――茜。
そんなにも、俺が、憎いのか。
一人暮らしをいいことに生徒を連れ込んでいる。
―――連れ込んだんじゃなくて、俺が逃げ込んだのに。
軟禁し、家族のもとにも帰らせない。
―――俺が帰りたくないだけで、軟禁なんてされてない。
毎日のようにふしだらな行為をし、ただれた生活を送っている。
―――こんなの、全くのでっちあげだ。
記事の最後は、被害者Aさんの家族のインタビュー。
『これを読んだらすぐにでも戻ってきてほしいですね。これ以上、ひどいことになる前に。』
ばん、と机の上に手を置かれた。
視線をあげれば、―――志摩。
見たこともないような険しい顔で、周囲を睨めつけている。
「こんなの悪質なでっちあげだ。早苗はこんなやつじゃない。そうだろ?」
ぐるりと志摩が見渡せば、周りが気圧されたように頷く。
それに満足したようににっと笑って―――志摩が俺に向き直った。
気にすることない、と小声で囁く志摩に、掠れた声で早苗は、と訊く。
「―――心配ない。すぐ戻るさ。」
すぐ戻る。
ということは、呼び出しか何か―――俺の、せいで。
志摩が何かを話してるけど、よく聞こえない。
わんわんと茜の声が脳内でひびく。
“葵の分際で”
“これ以上、ひどいことになる前に。”
―――ゆうき。
俺のせいで。
✢
居ても立ってもいられず、教室を飛び出した。
茜の教室に行けば、今日は休みだという。
―――俺を待っているんだ。
“すぐにでも戻ってほしい”
“ひどいことになる前に”
この号外が今日出ることがわかっていて、きっと取り巻きに俺の机の上にこれを置くよう指示をしたんだろう。
わざと、誰の仕業かわかるような記事にして。
俺をおびき寄せるために。
―――こわい。
ほんの数週間前の痛みを思い出す。
ぎらぎらと光る瞳。
のしかかる重み。
噛みつかれた痛み。
―――でも、今日の痛みほどじゃない。
大切なものを傷つけられるほど、痛いことなんてない。
何をされても我慢できた。
でもこれだけは、我慢できない。
ぐっと歯を食いしばって、教室へと取って返した。
鞄をひっつかんで、バス停に走る。
家についたあとのことなんて、何も考えてない。
むしろ敢えて考えないようにして、そのままバスに飛び乗った。
侑生が俺を見ると何故か動揺して。
笑いかけられると心臓が変に跳ねる。
夜なんて、今までは抱き込まれると安心してすぐに寝れていたのに、今はなんだか落ち着かない。
ペットだと思われてるのに意識してどーする、って思うんだけど、どうしても平静ではいられなくて。
―――気づかれてないといいんだけど。
あの日撮った写真は、やはりすごくいい出来だった。
俺を見て笑ったふたりの笑顔。
空に落ちていきそうな、しなやかな身体。
思わず余分に印刷して誰よりもはやく侑生に見せれば、すごく嬉しそうに笑ってくれた。
………それに動揺して、写真を落としちゃったんだけど。
でも、こんな幸せで、いーのかな。
こんなふうに穏やかに暮らせるなんて思っていなかった。
毎日、夢なんじゃないかと思ってしまうし、ときどき前の暮らしを夢に見て飛び起きることもある。
そんなときは嫌な汗で全身びっしょりになるんだけど、………横に侑生がいてくれて。
安らかで、少しおさなげな寝顔を見ていると胸がぽうっとあたたかくなる。
そっと身体を擦り寄せると、眠っていても抱きしめてくれて。
―――ほんとうに、抱き枕になったみたい。
ずっと、こうしていれたらいいのに。
✢
でもそれは、やっぱり、叶わない夢だった。
“葵の分際で”
その呪いは、少し離れたくらいじゃ、解けなかった。
ある日登校したら、いつもとどこか雰囲気が違った。
気味の悪さを感じながらも侑生と分かれて教室に向かえば、俺の机の、人だかり。
がらりと扉を開けた音で一気にみんな振り返って、そのままそそくさと離れていって。
嫌な予感のまま机に近づけば、校内新聞の―――号外?
『会計サマのふしだらな生活』
大きく踊るその活字に、目を疑った。
ざぁっと血の気が引くまま記事をさらえば、事実を元にとんでもなく恣意的に解釈されたもので。
そこに含まれた真実から誰がこれを書かせたのかがありありとわかる。
―――茜。
そんなにも、俺が、憎いのか。
一人暮らしをいいことに生徒を連れ込んでいる。
―――連れ込んだんじゃなくて、俺が逃げ込んだのに。
軟禁し、家族のもとにも帰らせない。
―――俺が帰りたくないだけで、軟禁なんてされてない。
毎日のようにふしだらな行為をし、ただれた生活を送っている。
―――こんなの、全くのでっちあげだ。
記事の最後は、被害者Aさんの家族のインタビュー。
『これを読んだらすぐにでも戻ってきてほしいですね。これ以上、ひどいことになる前に。』
ばん、と机の上に手を置かれた。
視線をあげれば、―――志摩。
見たこともないような険しい顔で、周囲を睨めつけている。
「こんなの悪質なでっちあげだ。早苗はこんなやつじゃない。そうだろ?」
ぐるりと志摩が見渡せば、周りが気圧されたように頷く。
それに満足したようににっと笑って―――志摩が俺に向き直った。
気にすることない、と小声で囁く志摩に、掠れた声で早苗は、と訊く。
「―――心配ない。すぐ戻るさ。」
すぐ戻る。
ということは、呼び出しか何か―――俺の、せいで。
志摩が何かを話してるけど、よく聞こえない。
わんわんと茜の声が脳内でひびく。
“葵の分際で”
“これ以上、ひどいことになる前に。”
―――ゆうき。
俺のせいで。
✢
居ても立ってもいられず、教室を飛び出した。
茜の教室に行けば、今日は休みだという。
―――俺を待っているんだ。
“すぐにでも戻ってほしい”
“ひどいことになる前に”
この号外が今日出ることがわかっていて、きっと取り巻きに俺の机の上にこれを置くよう指示をしたんだろう。
わざと、誰の仕業かわかるような記事にして。
俺をおびき寄せるために。
―――こわい。
ほんの数週間前の痛みを思い出す。
ぎらぎらと光る瞳。
のしかかる重み。
噛みつかれた痛み。
―――でも、今日の痛みほどじゃない。
大切なものを傷つけられるほど、痛いことなんてない。
何をされても我慢できた。
でもこれだけは、我慢できない。
ぐっと歯を食いしばって、教室へと取って返した。
鞄をひっつかんで、バス停に走る。
家についたあとのことなんて、何も考えてない。
むしろ敢えて考えないようにして、そのままバスに飛び乗った。
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