31 / 40
だいじな人 前 〚葵〛
しおりを挟む
あの帰り道から、ちょっとおかしい。
侑生が俺を見ると何故か動揺して。
笑いかけられると心臓が変に跳ねる。
夜なんて、今までは抱き込まれると安心してすぐに寝れていたのに、今はなんだか落ち着かない。
ペットだと思われてるのに意識してどーする、って思うんだけど、どうしても平静ではいられなくて。
―――気づかれてないといいんだけど。
あの日撮った写真は、やはりすごくいい出来だった。
俺を見て笑ったふたりの笑顔。
空に落ちていきそうな、しなやかな身体。
思わず余分に印刷して誰よりもはやく侑生に見せれば、すごく嬉しそうに笑ってくれた。
………それに動揺して、写真を落としちゃったんだけど。
でも、こんな幸せで、いーのかな。
こんなふうに穏やかに暮らせるなんて思っていなかった。
毎日、夢なんじゃないかと思ってしまうし、ときどき前の暮らしを夢に見て飛び起きることもある。
そんなときは嫌な汗で全身びっしょりになるんだけど、………横に侑生がいてくれて。
安らかで、少しおさなげな寝顔を見ていると胸がぽうっとあたたかくなる。
そっと身体を擦り寄せると、眠っていても抱きしめてくれて。
―――ほんとうに、抱き枕になったみたい。
ずっと、こうしていれたらいいのに。
✢
でもそれは、やっぱり、叶わない夢だった。
“葵の分際で”
その呪いは、少し離れたくらいじゃ、解けなかった。
ある日登校したら、いつもとどこか雰囲気が違った。
気味の悪さを感じながらも侑生と分かれて教室に向かえば、俺の机の、人だかり。
がらりと扉を開けた音で一気にみんな振り返って、そのままそそくさと離れていって。
嫌な予感のまま机に近づけば、校内新聞の―――号外?
『会計サマのふしだらな生活』
大きく踊るその活字に、目を疑った。
ざぁっと血の気が引くまま記事をさらえば、事実を元にとんでもなく恣意的に解釈されたもので。
そこに含まれた真実から誰がこれを書かせたのかがありありとわかる。
―――茜。
そんなにも、俺が、憎いのか。
一人暮らしをいいことに生徒を連れ込んでいる。
―――連れ込んだんじゃなくて、俺が逃げ込んだのに。
軟禁し、家族のもとにも帰らせない。
―――俺が帰りたくないだけで、軟禁なんてされてない。
毎日のようにふしだらな行為をし、ただれた生活を送っている。
―――こんなの、全くのでっちあげだ。
記事の最後は、被害者Aさんの家族のインタビュー。
『これを読んだらすぐにでも戻ってきてほしいですね。これ以上、ひどいことになる前に。』
ばん、と机の上に手を置かれた。
視線をあげれば、―――志摩。
見たこともないような険しい顔で、周囲を睨めつけている。
「こんなの悪質なでっちあげだ。早苗はこんなやつじゃない。そうだろ?」
ぐるりと志摩が見渡せば、周りが気圧されたように頷く。
それに満足したようににっと笑って―――志摩が俺に向き直った。
気にすることない、と小声で囁く志摩に、掠れた声で早苗は、と訊く。
「―――心配ない。すぐ戻るさ。」
すぐ戻る。
ということは、呼び出しか何か―――俺の、せいで。
志摩が何かを話してるけど、よく聞こえない。
わんわんと茜の声が脳内でひびく。
“葵の分際で”
“これ以上、ひどいことになる前に。”
―――ゆうき。
俺のせいで。
✢
居ても立ってもいられず、教室を飛び出した。
茜の教室に行けば、今日は休みだという。
―――俺を待っているんだ。
“すぐにでも戻ってほしい”
“ひどいことになる前に”
この号外が今日出ることがわかっていて、きっと取り巻きに俺の机の上にこれを置くよう指示をしたんだろう。
わざと、誰の仕業かわかるような記事にして。
俺をおびき寄せるために。
―――こわい。
ほんの数週間前の痛みを思い出す。
ぎらぎらと光る瞳。
のしかかる重み。
噛みつかれた痛み。
―――でも、今日の痛みほどじゃない。
大切なものを傷つけられるほど、痛いことなんてない。
何をされても我慢できた。
でもこれだけは、我慢できない。
ぐっと歯を食いしばって、教室へと取って返した。
鞄をひっつかんで、バス停に走る。
家についたあとのことなんて、何も考えてない。
むしろ敢えて考えないようにして、そのままバスに飛び乗った。
侑生が俺を見ると何故か動揺して。
笑いかけられると心臓が変に跳ねる。
夜なんて、今までは抱き込まれると安心してすぐに寝れていたのに、今はなんだか落ち着かない。
ペットだと思われてるのに意識してどーする、って思うんだけど、どうしても平静ではいられなくて。
―――気づかれてないといいんだけど。
あの日撮った写真は、やはりすごくいい出来だった。
俺を見て笑ったふたりの笑顔。
空に落ちていきそうな、しなやかな身体。
思わず余分に印刷して誰よりもはやく侑生に見せれば、すごく嬉しそうに笑ってくれた。
………それに動揺して、写真を落としちゃったんだけど。
でも、こんな幸せで、いーのかな。
こんなふうに穏やかに暮らせるなんて思っていなかった。
毎日、夢なんじゃないかと思ってしまうし、ときどき前の暮らしを夢に見て飛び起きることもある。
そんなときは嫌な汗で全身びっしょりになるんだけど、………横に侑生がいてくれて。
安らかで、少しおさなげな寝顔を見ていると胸がぽうっとあたたかくなる。
そっと身体を擦り寄せると、眠っていても抱きしめてくれて。
―――ほんとうに、抱き枕になったみたい。
ずっと、こうしていれたらいいのに。
✢
でもそれは、やっぱり、叶わない夢だった。
“葵の分際で”
その呪いは、少し離れたくらいじゃ、解けなかった。
ある日登校したら、いつもとどこか雰囲気が違った。
気味の悪さを感じながらも侑生と分かれて教室に向かえば、俺の机の、人だかり。
がらりと扉を開けた音で一気にみんな振り返って、そのままそそくさと離れていって。
嫌な予感のまま机に近づけば、校内新聞の―――号外?
『会計サマのふしだらな生活』
大きく踊るその活字に、目を疑った。
ざぁっと血の気が引くまま記事をさらえば、事実を元にとんでもなく恣意的に解釈されたもので。
そこに含まれた真実から誰がこれを書かせたのかがありありとわかる。
―――茜。
そんなにも、俺が、憎いのか。
一人暮らしをいいことに生徒を連れ込んでいる。
―――連れ込んだんじゃなくて、俺が逃げ込んだのに。
軟禁し、家族のもとにも帰らせない。
―――俺が帰りたくないだけで、軟禁なんてされてない。
毎日のようにふしだらな行為をし、ただれた生活を送っている。
―――こんなの、全くのでっちあげだ。
記事の最後は、被害者Aさんの家族のインタビュー。
『これを読んだらすぐにでも戻ってきてほしいですね。これ以上、ひどいことになる前に。』
ばん、と机の上に手を置かれた。
視線をあげれば、―――志摩。
見たこともないような険しい顔で、周囲を睨めつけている。
「こんなの悪質なでっちあげだ。早苗はこんなやつじゃない。そうだろ?」
ぐるりと志摩が見渡せば、周りが気圧されたように頷く。
それに満足したようににっと笑って―――志摩が俺に向き直った。
気にすることない、と小声で囁く志摩に、掠れた声で早苗は、と訊く。
「―――心配ない。すぐ戻るさ。」
すぐ戻る。
ということは、呼び出しか何か―――俺の、せいで。
志摩が何かを話してるけど、よく聞こえない。
わんわんと茜の声が脳内でひびく。
“葵の分際で”
“これ以上、ひどいことになる前に。”
―――ゆうき。
俺のせいで。
✢
居ても立ってもいられず、教室を飛び出した。
茜の教室に行けば、今日は休みだという。
―――俺を待っているんだ。
“すぐにでも戻ってほしい”
“ひどいことになる前に”
この号外が今日出ることがわかっていて、きっと取り巻きに俺の机の上にこれを置くよう指示をしたんだろう。
わざと、誰の仕業かわかるような記事にして。
俺をおびき寄せるために。
―――こわい。
ほんの数週間前の痛みを思い出す。
ぎらぎらと光る瞳。
のしかかる重み。
噛みつかれた痛み。
―――でも、今日の痛みほどじゃない。
大切なものを傷つけられるほど、痛いことなんてない。
何をされても我慢できた。
でもこれだけは、我慢できない。
ぐっと歯を食いしばって、教室へと取って返した。
鞄をひっつかんで、バス停に走る。
家についたあとのことなんて、何も考えてない。
むしろ敢えて考えないようにして、そのままバスに飛び乗った。
4
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
キミがいる
hosimure
BL
ボクは学校でイジメを受けていた。
何が原因でイジメられていたかなんて分からない。
けれどずっと続いているイジメ。
だけどボクには親友の彼がいた。
明るく、優しい彼がいたからこそ、ボクは学校へ行けた。
彼のことを心から信じていたけれど…。
囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる