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第一章.憤る山

2.初の討伐依頼

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「クレル・シェパード、リーシャ・スミス両名様は受付までお越しください」

「……呼ばれたな、行こうか」

「……(コクッ」

 呼ばれたか、おそらく依頼の選別が終わったのだろう。リーシャを伴って受付まで赴く。師匠によると上のランプが青く点滅しているところに行けばいいとのこと……どうやら呼ばれた人以外には光は見えないようだ。受付に着くと鉄格子で顔は見えず、手元の向こう側から開く小さな小窓でやり取りするようだ。

「クレル・シェパード様とリーシャ・スミス様ですね? マーリン・アンブローズ様とセブルス・オリバー様両名から言付かっておりました初依頼の選別が終わりました」

 そう言って手元の小窓から依頼表を手渡される。未だに師匠の立場がわからないがこの協会にも融通がきく程度には地位はあるようだ。

「推定依頼難度はレベルII、種別は討伐依頼です。依頼主は帝国北部の領主から要請を受けた帝国政府でありますが当然のことながら口外禁止です」

 まぁ、そうだろう……自分たちが悪として魔女狩りを推奨し、狩人を放って迫害している相手に処理しきれない魔物の討伐を依頼するなど、あってはならないことだしな。

「依頼内容は帝国北部の中領地ヴィーゼライヒの山間の村々で家畜や薪など、越冬に必要な備蓄を何者かに奪われる事から始まったそうです」

 最初は野犬か小規模な山賊でも現れたかと疑ったようだが被害は段々とエスカレートし、その内容も毎日ランダムで取り留めもなく、遂には朝起きたら村の広場に隣村の村長の死体が吊されていた事もあったという。

「そこで困り果てた村々の有志が領主に直談判するための情報を集めようと大規模な山狩りをしたところ小鬼が発見されたそうです」

「……小鬼?」

 確か鬼とは東方諸民族に伝わる幻想生物だった筈だ……小鬼ということはそれを小さくしたもの、或いはその子どもだと言うことか。

「リーシャは小鬼について何か知らないか?」

「……(フルフルッ」

「そうか……いや、すまない」

「……(コクッ」

 まぁ、東方諸民族の血を引いていると言っても四分の一であり、魔法使いであることから両親ともまともに連絡を取っているのかすら怪しい……それが祖父母となれば音信不通は当たり前か……それに、彼女はガナン人だ。東方諸民族でないのだから知るはずも無いな。

「……続けてもよろしいでしょうか?」

「あぁすまない、続けてくれ」

 おっと、受付さんの説明を遮る形になってしまったな……気を付けなければ、こちらは新参者なのだから。

「……そこで小鬼が実在するはずもないために、これはそれに似た魔物だろうという判断がなされました」

 まぁそうだろう、明らかに実在する生き物ではありえない者が居たのだ……まず魔物の存在を疑う。

「また、発見当時に複数の存在も確認されたとの事で、地元の猟師に聞いてもそのような生物が群れを成しているのは知らないという事で帝国政府も魔物の可能性が高いと踏み、依頼されたそうです」

「魔物で同一存在が複数と言うと……」

「はい、ドッペルゲンガーです」

 『ドッペルゲンガー』……魔物は産まれてから直ぐに自身の願望や欲望を叶えるために動く、その時その魔物の起源を乗せた魔力に当てられた者は『共感者』となるが……これが長い期間魔力の影響を受けたり、魔物の起源に深く同調したりするとその者自身も魔物となってしまう……見た目は親となった魔物とまったく同じであり、倒したと思ってもそれは子であり、本体はまだ生きて被害が広がった、などはよく聞く。

「……既にドッペルゲンガーが居るのなら根絶は難しいな」

「はい、その小鬼は村人が姿を表しただけで逃げたのでそこまで強くはないとは思われますが既にかなりステージが進行しているため依頼難度はIIです」

 なるほど、なぜ依頼難度Ⅰではないのかと思ったがそういう事か……師匠たちは戦闘力よりも応用力を試そうとこの依頼を指定、もしくは要望を出していたのだろう。

「ただ逃げたと言ってもその理由はわかっておらず、戦闘も行われていないため不確定要素も多いです……お受けしますか?」

「当然」

「……その魔物の起源もわかっていないため、対処しづらいですが構いませんか?」

「あぁ、構わない……リーシャはどうだ?」

「…………大丈、夫……です……」

「だ、そうだ」

「……承りました」

 ……偉く渋ったな? そこまで何度も確認を取るほどの事だろうか? ……これは師匠たちがまたなにか企んでいるのか?

「依頼の受注が完了致しました、期限は最長三ヶ月までとなっております」

「わかった」

「それではご武運を」

 受注済みの判子の押された依頼表を受け取り、リーシャを伴って奈落の底アバドンから出る……初めての依頼だ、万全を期そう。

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