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第三章.寂寥のお絵かき

魔物調書.No215,581『絵師』※殺害済み

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この書物は魔法使い相互組織『奈落の底アバドン』の管理下にある、魔物について纏めた物である。利用者は以下の項目を厳守せよ、

(一)書物を破損しないこと
(二)必ず元の場所へと戻し、司書へと報告すること
(三)持ち出しは厳禁
(四)読んだ事柄は口外禁止
(五)新たな情報は直接書き込まず、司書を通じて知らせること
(六)これら破った者は殺害する

以上を守って楽しく読書しましょうネ☆彡.。

by.図書館司書

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名称……『絵師』

推定討伐難度……レベルⅠ

出現地域……レナリア帝国・帝都。

起源……寂寥。

討伐者……レティシャ・シュヴァリエ、リーシャ・スミスの二名の合同。

容姿詳細……なだらかなウェーブの掛かった金髪に翡翠を嵌め込んだかのような瞳、透き通るような白い肌の絵に描いたようなレナリア人。
 しかしながらその中身は魔物そのものであり、片親から半端に引き継いだ魔力が外側にまで侵食し影響を及ぼした結果として胴体の大半をキャンバスに、血液は既に絵の具と化していた。

戦闘詳細……彼女は唯一両親から相続した遺産であるその身に流れる血を常人よりも特別視しており、ただの血液以上の『価値』を見出していたようである。
 その血液を絵の具として、自身の胴体の大半を占めるキャンバスに絵を描く事で絵の中の世界を現実にする事で強力な魔力災害を引き起こすが、その『対価』として彼女は加速度的に魔物化していった。

行動詳細……ガージュ伯爵別邸から基本は出て来ず日中ずっと引き篭って亡き両親を追い求めて絵を描くだけの毎日を過ごしていたようであるが奈落の底アバドンが派遣した魔法使いの少女達が現れてからは積極的に他者と交流し、遊ぶ事を覚えたようである。

以降は討伐者であるレティシャ・シュヴァリエ、リーシャ・スミス両名からの聞き取りによって『絵師』がどういった経緯で産まれたのか記したものである。

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 半人半魔の『絵師』はレナリア人貴族のガージュ前伯爵を父親、ガナン人の魔法使いを母親としてこの世に生を受ける。

『パパ、ママ、見て?』

『これは……』

 彼女は幼少の頃には既に精密な人物画や美麗な風景画を描き、周りの大人達を唸らせ『絵師』としての片鱗を見せる……これは母親の魔力と生まれつきの才能が合致したためだと思われる。

『さすが私たちの娘ね』

『あぁ、将来大物になるぞ!』

 たとえ妾だと言えど……いや、妾だからこそ彼女の両親の仲は良好でありその娘であった『絵師』は溢れるほどの愛情を注がれて育った……絵を描く度に『凄い』『さすが』『天才だ』と持て囃す、彼女を産んでから暗い表情をする事が多かった両親は彼女が描いた絵を見せる時だけは心の底からの笑顔を見せる。

『……ミーナ、もう人前で絵を描いてはいけないよ?』

『どうして?』

 しかしながら片親から半端に引き継いだ魔力は徐々に悪影響を及ぼしていく……彼女が悪戯好きな小人を描けばそれが現実に現れ使用人の物を隠したり、嫌いな大人が不幸になる絵を描けばそれが現実となる……彼女の身体を魔物へと造り替えながら。

『怖い狼さんが来るからね』

『……わかったわ』

 幼い少女には理解し難い要求……しかし半分は魔物と化していた影響かその精神面は既に大人びており、異常なまでに聡い彼女は詳細は知らされていなくとも自分の前でだけは笑顔を絶やさなかった両親が思い詰めた表情をしていれば、嫌でも不味い事だと理解するとうもの。

『素敵な絵を描きましょう、パパとママの似顔絵を描きましょう』

 そんな両親にまた心の底から笑って欲しくて少女、『絵師』は父親と母親の似顔絵を描いていく……いつにも増して外出し、家から居なくなる両親にまた『素敵』だと『凄い』と笑顔で褒めて貰いたくてひたすらに絵を描いていく。

『……今日から私がガージュ伯爵だ』

『……了解致しました』

 しかしながら終ぞその似顔絵を両親に見せる事は叶わず、父親は裁判にかけられた後に絞首刑に、母親は裁判を経ずして火刑に処される……この頃から静かに彼女は狂い始める。

『パパ、ママ……?』

 両親に見せるために描いた似顔絵を両親そのものに見立てて描く……半魔と化した影響から抑えつけられていた幼稚な精神が顔を出し、ひたすらに孤独や不安から来る寂寥を埋めようと……。

『これはパパとママじゃない!』

 だが彼女は半端者の魔物である……母親から歪に受け継いだ魔力は『願望』を叶えるための『対価』として徐々に両親の顔を、声を、言葉を彼女から奪っていく。彼女が両親を求めて両親を描くほどにそれは歪な抽象画としてか表現は出来なくなっていく。

『違うの! 私のパパとママはそんな声でもない!』

 必死に両親の事を思い出そうとすればする程に彼女の中の制御出来ない魔力は囁く……『願望を叶えたくば対価を』『パパとママが欲しいのなら対価を』……その様な事を彼女の両親の声で嘯く、その雑音に彼女は悩まされ夜も寝付けなくなってしまう。

『……どちら様?』

 両親を追い求め、両親では無い絵を描き続けること数年……彼女の年齢も二桁になって幾ばくかの年月が経った頃、その四人……帝国政府から要請を受けて奈落の底アバドンが派遣した魔法使いが彼女の人生に現れる。

『素晴らしい! 素晴らしいですよお嬢様! あなたの絵には千金の価値がある!』

『……あなたは誰?』

『おっとこれは失礼、私はこういう者でしてね? 是非ともお嬢様には私と一緒にビジネスを──』

『──おいコラ』

 最初は自分を殺しに来たのであろう四人組に何を思うでも無かった彼女だが不器用で心優しい少年に、情緒不安定になる自分に頓着せずスカウトを持ちかける少年に顔には出さずとも内心呆れ果てる。

『……わ、私た……ちと、友……人に、なっ、て……くれま、す……か……?』

『……友達?』

『そうよ! この私が友達になってあげるんだから泣いて喜びなさい!』

 その四人組の中でも彼女が特に驚いたのはいつも何かに怯えているのに一本芯が通った少女と自分を必要以上に大きく見せるくせに本当は脆い少女の二人からの申し出であった……この時に彼女の寂しさは少しだけ薄まる。

『この……バーカ!』

『……それしか言えんのか』

『うっ……アホ!』

 少年少女達は時に自分を差し置いて喧嘩をする事があるが外で遊ぶことを教え、人と会話することを思い出させる……なによりも数年ぶりに心の孤独を埋め、似顔絵を描けた事がなによりの喜びだったようだ。

『もう少し……もう少しだけ……』

 どうせ先は長くないのだからと彼女は魔力の誘いに乗る……魔法使いであるピエロの格好を貫き通す少年達と友人となってくれた少女達とできるだけ長く過ごすために、狩人の絵を描く。自身の肉体と寿命……人間性という『対価』を捧げて狼を遠ざけ、殺し、罠を破壊する……そうして手に入れられたのはたったの三日という延命のみ……しかし彼女にとってその時間は山の金にも勝る『価値』だった。


『……そろそろ私を殺して?』

『いやだ……いやだよぉ…………』

 この泣き虫で愛情深い友人と……内気ながらも前を見据える友人と……少しでも長く過ごせるならそれは『絵師』にとって掛け替えのない『価値』だった。

『……ほら私たち三人の絵よ? これで本当に最後の私からの贈り物』

『あっ……あぅ……』

『うぇ……ひっぐ……』

 友人二人に最後の贈り物をして同年代の少女には到底できないであろう『死ぬ覚悟』を完了させた彼女に不器用なピエロからの餞別が降り注ぐ……それまで彼女の頭の中に響いていた雑音は止み、生まれて初めて普通の少女のような安らかな心持ちになれる……死ぬのには最高のシチュエーションだった。

『ありがとうミーナ、あなたは最高の友人よ……! 『騎士は心こそをアナザー・救うべしデイ』!』

 両親を再現する事は終ぞ叶わなかったが最後に愛おしい友人二人の似顔絵を描けた事は『絵師』にとって​──

『……ありがとう、二人のお陰で楽しかったわ』

 ──最高のお絵かきだったという。

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