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第四章.救えない

14.救えないその2

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「うっ……ここは?」

「目覚めたかい?」

 目の前で頭を抑えながら起き上がる若い女……薄いパープルピンクの長髪がサラサラと流れ、狼を模した仮面の奥から覗く綺麗な瑠璃色の瞳を持つ狩人……上から見かけから、できるだけ生け捕りにしろ言われた曰く付き。
 ……まぁでも、まさか俺の所に乗り込んで来るとは思わなかったな。余計な仕事が増えちゃったよ。

「っ?!」

「そんなに睨み付けないでよ、傷付くなぁ~」

 ぼんやりとこちらに振り向き、数秒の後にしっかりと俺を認識した彼女が慌てて猟犬を構えながら後退る……あぁ、その仮面の奥にはどんな美しい顏が隠れているのだろう?

「改めて自己紹介するね? 俺はグリシャ・カーペンター、君は?」

「……私の仲間はどこかしら?」

 まぁいきなり敵の目の前で気が付いたと思ったら仲間が居ないんじゃあビックリするよね、分かる。でも彼女が居ると全然話が進みそうに無いんだもん。

「無視は辛いなぁ、『緋色』ちゃん?」

 まぁでも、『緋色』だなんて呼ばれ方を敵にも味方にもされている彼女だけれど……髪の色は緋色ってほど濃くもない。
 自分でも納得はしていないのか、彼女が敵の前だっていうのに自分の毛先を持って首を傾げるのも仕方がないかな……俺もあの四人・・・・ほど偉い訳じゃないから、全てを知らないし。

「君の呼び名だよ、あとあのじゃじゃ馬娘は少し退場して貰ったよ」

「っ! ここは?!」

 やっと今の状況を正確に把握できたみたいだね? 今この空間は先ほどの様な地下施設ではなく、丘の上に建つ古城の様な内装……いや、それだけでなく、天窓から事実月明かりの様なものまで洩れている。

「『殲滅姫』は……」

「城に地下牢は付き物だよね」

「……なるほど」

 今あのじゃじゃ馬娘はこの空間のさらに地下に埋めて・・・ある……あんな化け物に地下牢みたいなものは通用するとは思えないし、事実を言う必要もないし良いだろう。
 酸素もなく、光も届かない場所で身動きもできない……今頃は窒息死してる頃かな?

「……それで? 子どもを『対価』にこんな空間? まで創り出してどうするつもりなのかしら?」

「まるで怯えた猫だね」

「答えて」

 こちらを懸命に睨み付けながらも手は震えているね?
 普通いくら狩人でも例外を除いて一対一で熟練の魔法使いに敵う筈ない事は理解しているはず……彼女の階級章から新人だって読み取れるから尚更だ。……いったい何をそこまで──へぇ? なるほど。

「凄いな、君はまだ子どもを助けようとしているのか」

「っ!」

 彼女の時折俺から外れる視線を辿れば……上から『緋色』と一緒に持って来いと言われた素材達がいる。
 この状況でまだ自分以外を救おうとするなんてビックリだよ。ついでに隠し事が下手なのも好感度高いね。

「まぁいいよ、教えてあげる……君が『羊飼い』に」

「羊飼い?!」

 いや、大事なのはここからなんだけど……ていうか末端のレナリア人が羊飼いについて知るはずもないし、どこでと接点が? これは聞きたい事が増えたね?
 元々上からあまり知らされない事が多いから色々と探ろうと思ってこの場を設けたのもあるし……。

「貴方彼を知っているの?!」

「……さぁ? どうだろう?」

「っ! 答えて! 今彼は何処に居るの?!」

 おうおう、血相変えちゃってまぁ……先ほどまで時折チラチラと視線を寄越していた子ども達の事を忘れちゃったんじゃないかってくらい必死だね?
 俺自身『羊飼い』の事は昔活躍した魔法使いの氏族の一つってくらいしか良くは知らないけど……俄然興味が湧いてきたね?

「彼がこんな……子どもを犠牲にするような事をする筈ない!」

「え? 知らないよっとぉ! いきなりだね?」

 話している最中に突然攻撃してくるなんて、意外とアグレッシブだなぁ……でも、ふーん? 冷静さを欠いた振りをしてその実、俺を子ども達から離すような動きをしているね?
 事実として怒っているのだろうし、不安や焦りなんかで頭に血は登ってても、心は冷静って事か。

「彼は! 今! 何処?!」

「こっちの質問にも答えてよ、君は『羊飼い』のなに?」

 俺ですら未だに会った事のない組織のボスが深い執着を見せる『羊飼い』と関係にあるってだけでビックリなのに……その相手が狩人? 意味が分からないし、同時にとても気になるね。

「…………友達よ!」

「マジかぁ……」

 なんで赤面してるのかは知らないけど、これは直上の上司の命令を聞いて正解だったかな? 理由は知らないけど、あの爺さんと違って女は『殺せ』なんて命令出すからなぁ……同じ階級の奴らがお互いに矛盾する命令出すなっての。
 ……まぁとにかく、本当かどうかは知らないが勝手に重要人物の友達? を殺したら不味いよなぁ……普通に考えて。

「じゃあ捕縛一択だねぇ……」

「っ! 誰が捕まるもんですか!」

 彼女の猛攻を適当にいなしながら考える……様子からして彼女自身も、なぜ組織から捕縛や殺害の命令が下されているのか、それどころか『羊飼い』が組織の重要人物だって事にも気付いてなさそう。

「いいや、捕縛するさ」

「……『赫灼せよ──クレマンティーヌ』!」

 魔力超過による『一夜城』が効いている内にさっさっと捕まえるか……彼女から搾り取れる情報はあまり無さそうだしね。とりあえず──四肢を捥ぐか。

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「シッ!」

 猟犬クレマンティーヌを逆袈裟に斬り上げ、淡い紅炎の尾を曳きながら目の前の魔法使いへと突撃する。
 何処までが彼の『領域』……魔力を延ばし、触れていない物を『対価』に出来るのかは分からないけれど、出来るだけ子ども達から引き離す。

「『我が願いの対価は凪いだ石灰 望むは敵打つ散弾』」

「『大地を踏み歩くは我らが空 褐色の幼子に血を捧ぐ』」

 腰のポーチから瓶詰めされた血液を取り出し、それを彼女クレマンティーヌへと捧げ、猟犬の素になった魔法使いを経由して、擬似的な魔法行使を実現させる。
 『カシュンッ』という音と共に猟犬の鍔元へと差し込んだ血液が流れ込んでいき、柄から伸びたプラグが私の右手へと突き刺さる。

「……なるほど、『緋色』だね」

 それによって無理やりレナリア人向けに加工された魔力が流れ込んで来る……自分のピンクパールの髪が『緋色』に染まっていくのを視界の端に捉えながら、いつも通り……士官学校で習い、狩人に正式に任命されてからも欠かさなかった訓練通りに……レナリア人にとって猛毒とも言える魔力を行き渡らせる。

「……本当に空の民君たちは醜悪だよね」

「そうね……でも、大地の民貴方達もお互い様でしょ?」

「……かもね」

 魔法使いたるガナン人にとっても只の魔力、他人の魔力は毒でしかない……それを魔法使いを素材とした猟犬が魔法の行使者だと、欲深き大地に誤認させ、声を届け、その呪いとも言える揺り戻しの大部分を肩代わりさせる。
 そうして悪性の大部分を他人猟犬に擦り付ける様に加工して、初めて……彼ら魔法使いと対等に戦える。

「鼻血出てるよ? 何かエッチな事でも考えた?」

「…………うるさい」

 今の私では持って三分ってところかしら? ……私がまだ未熟っていうのもあるでしょうけれど、多分、ここが彼の魔法によって造られた城の中だから、上手く魔力を扱えないのでしょうね。

「絶対に子ども達も救って、『殲滅姫』も救出するわ」

「……やってみなよ、贋作が本家に勝てると思ってるなら大間違いだよ」

 いつも通り、いつも通りよ……いつも通り彼女クレマンティーヌの力を引き出せば良いのだから!
 そのまま目の前の魔法使いへと向かって突撃する。

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