サクリファイス・オブ・ファンタズム 〜忘却の羊飼いと緋色の約束〜

たけのこ

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第四章.救えない

15.救えないその3

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たった三分、されど三分……この短時間で決着を着け、子ども達を救い、シーラ少尉を探し出して退却する……その為には目の前の魔法使いを倒すッ!!

「『我が願いの対価は虚飾の紙 望むは外向きの見栄 違うわその柄よ これの色違いはないかしら
大事な客が 望まぬ客が 好きな人が 嫌いな人が 遊びに来るのよ もっと我が家を着飾って』」

 彼の魔法が発動すると同時に深い穴に落ちる……穴の内壁から可愛らしい着ぐるみ達が躍り出て、私に風船をプレゼントしてくれる。
 その風船はパステルカラーの電光ライトによって『悲しきリス ワニと友達になってさようなら』という文字列が点滅する……その間隔が狭まり、終には破裂してしまうけれど、穴の中が万華鏡のようにキラキラと輝いているから問題はない。

「『大地が恋焦がれるは大いなる空 褐色の幼子に血を捧ぐ 燃やせ 燃やせ 真実の焔はすぐそこに 夕焼けの陽炎にこそ 答えは在る』」

 さらに追加の血液を猟犬に与え、一気に火力を爆増させた焔をもってこの空間を焼き切る……驚いた顔で私に手を伸ばす魔法使いに向かって、返す刀で斬り上げる。

「『我が願いの対価は拒絶する石! 望むは敵を阻む石垣!』」

「……チッ!」

 短縮詠唱によって即座に顕現した壁によって、斬撃が阻まれる……私の焔を纏った攻撃は、壁を半ばまで溶断する事に成功するけれど、突破できなければ意味は無い。
 私が二撃目で目の前の障害を斬り捨てた時には、もう既にちゃんとした詠唱が出来る距離まで離れられてしまっている。

「『我が願いの対価は執着する赤土 望むは彼女を囚える腕 逃げないで ここに居て 君が居ないと何も出来ない 何者にもなれない 何があってもここに居て 絶対に離しはしないから』」

 駆け出すべく踏み込んだ足下から土で造られた鞭が伸びる……咄嗟に数本ばかりを斬り捨てるも、後から湧いて出てくるそれに、全身を絡め取られる。

「くっ……! 邪魔……!」

 自分を中心として、一気に猟犬から煌々とした炎を噴き出させ、私の全身を絡め取る土の鞭を吹き飛ばそうとするけれど​──

「​なっ?!」

 ​──高温の炎で焼かれた土の鞭は、途端にその硬度を上げ、拘束を強める。
 そんな、まるで陶磁器の様な艶やかなそれは、私の全身を絡め取ったまま微動だにしなくなる。

「『我が願いの対価は渡る石 望むは向こう岸へと架ける橋 眩しい彼岸 そこで微笑む君 急流は君と僕とを隔てる どうしても贈りたい物があって 僕は手を伸ばす』」

 彼から勢いよく伸びた石の直方体にお腹を強かに打ち付けられる……息が詰まり、視界が点滅する。
 お腹に熱した鉛を詰め込まれたかのような、鈍く重い痛みと熱さに冷や汗が出る……これ、多分だけど大きな痣が出来たわね。

「橋を架け、道を造ったら後は渡るだけ……『流転し、染める』」

「​──っ?! アァァァアア??!!」

 熱い、怖い、気持ち悪い……お腹から彼の魔力異物が流れ込んで来る……私達にとって毒でしかない未加工のそれが無遠慮に侵入してくる。
 激しい熱を持つお腹とは真逆に、全身からどんどん体温が奪われていって寒い……汗は止まらず、歯はガタガタと震え、身体から急速に力が抜けると同時に、『緋色』に染まった髪もピンクパールへと戻りかけているのが視界の端に見える。

「大丈夫だよ、致死量にはならない程度の毒だから」

 魔法使いにとっても、基本的に他人の魔力は毒でしかない……それを純粋なレナリア人である私が受け取ってしまったらどうなるか……下手したら、今ここで魔物化しかねない。
 なによりも辛いのが私のものではない、彼の『願い』の断片が魔力を通して伝わって来ること……私の自我が分からなくなる。でも​──

「ちょっと自分が分からなくなって、ぐちゃぐちゃになるかもだけど……まぁちゃんと後で」

「うるさい」

 ​──それでも、他人の『願い』がなんだと言うのかしら? 他人の人格や記憶の一部が流れ込んで来るのがなんだと言うのかしら?
 その程度、その程度で……その程度の事で​私が折れる訳がない。

「​──貴方の『願い』よりも私の『想い』の方が強いッ!!」

「…………ハハッ」

 他人の『願い』に気持ちが掻き乱されるのなら、彼を……クレルを思い出せばいい。

 ​──彼の笑顔を
 ​──彼の不器用な優しさを
 ​──彼の困った顔を
 ​──彼の恥ずかしがる仕草を
 ​──彼のものを教える時の凛々しさを

 ほら、直ぐにこんなにも思い浮かぶ……私の好きな人を想えば自分が誰かなんて関係ないし、私はクレル・シェパードが好きなアリシア・スカーレットだと理解できる。
 そしてなによりも​──

「​──クレルの魔法はもっと素敵だったわッ!! 『初恋に身を焦がすアンフォゲッタブルッ!!』」

 猟犬を銃撃モードへと変更、そのまま自分のすぐ下に向けて引き金を引く​──途端に回る視界、気絶しそうな程に全身を襲う痛みと熱……それらを全て無視して、追加の血液を彼女クレマンティーヌに捧げる。

「これは……実力を見誤ったかなッ!! 『我が願いの対価は仲介の鉄寸 望むは僕と彼女とを繋ぎ止める楔ッ!!』」

 空中で一回転……至近距離の銃撃でひび割れたものの、未だに私の身体に纏わりついていた彼の魔力で出来た硬い土を払う。
 こちらへと迫る鉄寸の槍衾を長剣へと戻した猟犬の刃を滑らせ、別の鉄寸の上を駆け下りる。
 赤熱させた猟犬で鉄寸の表面を溶かし、斬り払う事で熔鉄を散弾の様に彼へと飛ばす。

「手癖が悪いねっ! 『我が願いの対価は哀しき赤土 望むは彼女へ伸ばす手』」

「そっちは芸がないわね! 『大地の手を振り払うのは我らが空 思い上がった勘違いを糺す』」

 猟犬から伸びたプラグから魔力が注ぎ込まれる……ミチミチと嫌な音を立てる右腕から目を逸らし、ただ目の前の敵を片付ける事だけに集中する。
 ……後でリコリス少尉に怒られそうね、彼女は私の専属になったみたいだし。

「はァっ!」

「チィ!」

 燃やすのではなく、断つ……同じ失敗はしないように、猟犬の刃に熱を、炎を集中させ、彼から伸びる土の鞭を溶断していく。……このまま一気に押し切る。

「『大地を踏み歩くは我らが空 褐色の幼子に血を捧ぐ』」

 さらに追加の血液を彼女クレマンティーヌへと捧げる……これでもう残数は無いし、制限時間も短くなる……なによりも私の身体に対する負担が大きくなり過ぎるけれど、シーラ少尉と子ども達の為に​──ここで決めるッ!!

「『我が願いの対価は打たれる石​──がァっ?!」

「ゼエェイ!!」

 続けて魔法を行使しようとした彼の懐に一気に踏み込み、詠唱途中のそれを、逆袈裟に焼き切る事で中断させる。
 肉を焼く香ばしい匂いに眉を顰めながら、拘束するべく両腕を切り落とさんと刃を​──

「​​──『望むは幼子を磨り潰す落石』」

「っ?!」

 彼が無理やり発動させた魔法は私ではなく​──背後の子ども達へと向かって行く……それを確認すると同時に活動限界だとか、身体の負担だとか、目の前の敵を見逃す可能性だとか……そんなものは頭から吹き飛んでいて……私は駆け出す。

「伏せてぇ!」

 生気も感じられず、心ここに在らずといった様子の子ども達はヨロヨロとこちらを見上げるばかり……残りの時間を全て消費する勢いで火力を上げ、子ども達と攻撃の間に身体を滑り込ませる。

「​──あぐぅッ!!」

 まるで砲弾を直撃を受けたかの様な衝撃を背中に受け止める。肺の空気を全て吐き出し、一瞬だけ意識が飛ぶ……多分、最低でも背骨に罅くらいは入ったのでしょうね。
 それでも何発かを貰いながらも吹き飛びつつ、視界の端で子ども達が無事な事を確認すれば……安堵のため息をついてしまう。

「……驚いたね、まさか本当に、本気で……子ども達まで救うつもりでいたとはね。……あぁ、いざという時の『対価』になるだけじゃなくて人質にもなるなんて……『価値』が高い使えるなぁ……」

「ゲホッ、がハッ!!」

 大量を血を吐き出し、急速に自分の身体に纏っていた魔力が剥がれ落ちるのを感じ取りながら、点滅する視界を彼へと向ける。
 ……あぁ、どうしようかしら……咄嗟に飛び出したは良いものの、これからどうやって子ども達を連れて逃げようか。

「まぁいいか……君は本当に何をするのか分からないから寝ててよ……『我が願いの対価は怒りの槌 望むは不出来を治す大工の腕』」

「うぅ……く、ゲホッ」

「……まだ庇うのか、レナリア人がガナン人を」

 折れた左脚を引き摺りつつ、空中から振り下ろされる巨大な槌から子ども達を庇うべく背に隠す……こんな事で守れれるとは思えない。それどころか、猟犬を使えない私ごと吹き飛ばされるのがオチだろう。
 けど、けれど……けれども諦めたくなくて、友人どころか少ない使用人や領民すら守れなかったあの頃とは違うと思いたくて……無様にも、足掻くように、彼の魔法に向かって左腕・・を伸ばす。

「……クレ、ル」

 掠れた声で、全然可愛くなんてない声で愛おしい人の名前を呼ぶ……衝撃に備えて目を瞑る。……どうしよう、せっかく彼から貰った腕なのに……折れちゃうかな?
 そんな心配とら裏腹に。頭の端では彼の『寝ててよ』という発言から、死にはしないだろう……という冷静な部分と、子ども達はその限りではないと叫ぶ本音がぶつかり合う。

「…………?」

 数秒の間、自分の中の口論を聞き流していたところで……いつまで経っても気絶をしないどころか、衝撃自体が来ない事に気付き目を開く……そこに飛び込んで来たのは直前まで振り下ろされていた槌ではなく、驚愕に目を見開く魔法使いの彼しか居なくて……私の中に小さな混乱が生まれる。

「…………なん、だよ……それ」

「……?」

 掠れた声で彼が見詰める先……私の左腕を見れば​──

「なに、これ」

 ​──クレルの瞳の色と同じ『緋色』の魔力が立ち上り、目の前の魔法使いの攻撃を無効化していて……これは、どう……いう事、なのかしら。

「なんだそれは、なんだその左腕は……いったいどれほど価値のある物・・・・・・を捧げて生やした? いや、そもそもレナリア人に魔法なんて使える訳がない……」

 彼が、クレルが私を護ってくれた……という事なのかしら? ……そう思うと、こんな状況なのに口元がニマニマとにやけてしまうわね。

「腕を生やすだけでは不釣り合い・・・・・だと……? あの〝欲深き大地〟が『先払い』ではない『対価』に釣りを渡す程に価値を認める・・・・・・だと……?」

 ……いや、先ほどからブツブツと独り言を話してる彼の言葉を聞く限り、素直に喜べはしないわね……腕を生やしても、貫かれた胸を塞いでもなおお釣りがくるほどの『対価』……クレルは、いったい私を助けるために何を捧げた・・・・・の?

「……お前の左腕、それはもはや『呪具』だ」

「……」

 『呪具』……確か、魔法使い達が『対価』の『先払い』をする事で、任意のタイミングで即座に魔法を行使する為の手段……それが私の左腕?

「厳密には違うだろうが、その左腕……切り落とさねばならん」

「っ!」

 そうよね、魔法使いがこんな代物を放っておく訳が無いわよね……そうでなくても、何故か私は捕縛命令が出ているみたいだし……でも、子ども達を庇い、左脚も折れた状況でどうやって逃げ出せば​──

「​──地震?」

「俺の『一夜城』で地震など……」

 そう言っている間にもどんどん揺れは大きく、近くなる……彼の魔法によって造られたこの空間がどれほど頑強なのかは知らないけれど、少なくとも地下空間で地震に巻き込まれるのは不味いわね。
 ……でもこの地域に地震なんて、そう多くないと思っていたのだけれど……どうしよう​──ん? 地下? 地震? ……あ、まさか。

「まさかあのじゃじゃ馬​──」

──ドゴオォオオオオー!!!

 目の前の彼と同時にまさかの可能性に思い至ったと同時……凄まじい破砕音と共に床の一部が吹き飛び、そこから人影が現れる……いや、マジですか……貴女生きてたんですか。

「ケホッコホッ……このクソ猿が、絶対に殺すでありますよ」

「少尉!」

 本当にこの娘は予想外の事を仕出かす……とりあえず、彼女が元気に生きていた事を素直に喜びましょう。

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