サクリファイス・オブ・ファンタズム 〜忘却の羊飼いと緋色の約束〜

たけのこ

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第四章.救えない

16.救えないその4

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あの魔法使いが形成する『一夜城』……同胞の生命という『対価』によって造られたこの空間は、全てが彼の魔力によって固定化され、一種の魔力溜りの様なものだった……故に彼によく馴染み、活力を与え、逆に異質な魔力に対して抑制をかける……事実として私の猟犬はその性能を全力で出すことは叶わなかった。

「少尉! 無事だったの​​──うぐっ?!」

 思わず叫び出そうとして、痛みに呻く……背骨と肋骨の何本かは逝ってそうね……これじゃあ、私は戦力にならないわ。

「うぇ? ……あぁ、アリシ──准尉殿も無事でありましたか~」

 先ほど勢いよく飛び出て来たのを見て、それを確認できていたから、シーラ少尉の無事を確認し安堵する……。
 ただの混凝土や石材ではない、敵の魔力を含んだ物質に捕らわれ、猟犬が抑制された状況で抜け出すなど……私には到底無理だったから、敵が最初に何かを自分から聞き出そうとせず、シーラ少尉と同じ対応をされていたら詰んでいたかも知れない。

「え、えぇ……敵が何か用があったみたいで……」

 シーラ少尉の自力の脱出により、戦力的な不安が軽減されたと言ってもまだ安心できない……子ども達が人質に取られている以上は下手な動きはできないし、純粋に助けたい気持ちもあるけれど、それ以上に下手に刺激してまた大魔法を行使されては適わない──

「──ふんッ!!」

「少尉ッ?!」

「本当にこのじゃじゃ馬はッ!!」

 私がどうにかして最善の方法を考えようとしているだとかはシーラ少尉には関係がない……敵の大魔法を誘発してしまうだとかはそんなもの全て叩き潰せば良いとばかりに、シーラ少尉は突撃してしまう。

「『我が願いの対価は補強する鉄 望むは小揺るぎもしない肉体強度』」

「小癪なクソ猿はさっさと死ぬでありますよ」

「少尉ッ!」

 私の静止も聞かずにシーラ少尉は敵に斬りかかり、それに負けじと彼も魔法によって自分自身に城塞の如き頑丈さを付与する……こうなってはもう仕方がない、なんとしてでも私だけでも子ども達を助けるしかない。
 ……彼らが争っている内にどれだけ、距離を稼げるか……言い換えればこの状況はシーラ少尉が厄介な敵を惹き付けてくれているとも言える。

「『犬に下賜する我が血肉 生前覚えた芸を今ここで──起きてチェルシー』」

「……本当に君たちの武器は醜悪だね? 『我が願いの対価は同胞の血肉 望むは隔てる壁』」

 今シーラ少尉が自身の猟犬を『半覚醒』にしたという事は戦闘はさらに激化の一途を辿るということ……このままでは余波だけで子ども達が死んでしまう。……けど、身体が痛い。

「自ら檻に引き篭るハゲ猿が! そこから引きずり出してやるでありますよ!」

「はっ! 人様の家を勝手にこじ開けるゴリラが! 躾がなってねぇなぁ?!」

 折れた左脚の代わりにするように猟犬を地面に突き立て、体重を掛けつつ立ち上がる……動く度にミシミシと音を立てる身体に、激しい痛みが走る。
 顔を顰めながら無理やり立ち上がり、子ども達の所へと赴こうと​──

「……支えて、くれるの?」

 ​──猟犬が、彼女クレマンティーヌが……淡く、小さく明滅する……途端に和らぐ痛みに苦笑しつつ、彼女を支えにして子ども達の近くへと赴く。

「……あなた達立てる?」

 鈍い破砕音と共に周囲に撒き散らされる二人の戦闘の余波に唇を噛み締める事で耐え、子ども達へと声を掛けるが……返事はない。
 代わりに返ってくるのは焦点の合わない虚ろな瞳のみ……その場で繋がれているガナン人の少年少女達は七人全員が似た状態で……彼らの自主的な協力なくして助けることは不可能に近い……けれど​──

「歩ける?」

「『……』」

 ​──私は絶対に諦めない。
 一人の子どもの手を引けば、残りもゆっくりと立ち上がり着いてくる。意識はあれど心在らずといった様子の子ども達……だけど従順ではあるようね。
 歩く速度は遅いながらも、確かな足取りで歩いていくけど……状況は最悪に近い。早くこの場を離れたい私の心に生まれる焦りを必死に押し隠す。

「チッ! この化け物が!」

「シーラは人間であります、化け物はそちらでありますよ」

「……『我が願いの対価は同胞の血肉 望むは敵穿ち支える柱』」

「……『犬の餌として血を呑ます 下す令は消失』」

 そんなこちらの状況など一切頓着せず、シーラ少尉とグリシャの戦闘は一層激しさを増していく……子ども達を庇いながら、私を通り過ぎていくグリシャの魔力の波動を感じ取る。

「あっ……」

「『……』」

 その直後に目の前で一人の子どもの肉体が赤黒い帯となって解けて消えていく……思わず足を止めた私の顔を意思の光が灯らない無機質な瞳で、残りの子ども達がぼんやりと見上げてくる。

「っ! ……い、行くわよ!」

 理由の分からない左腕と胸の痛み……それらを一切無視して、声を震わせながら右手で一人の子どもの手を繋ぎ、一人を背負って一人を彼女クレマンティーヌにしがみつかせる。
 ……そうしたところで残りの三人の内、一人の子どもが弾け飛ぶ。

「本当に君は躊躇が無いなぁ?!」

「? しっかりと幼体も殺さなくてはいけない。害獣駆除の基本であります……それに敵の補給を断つのも基本であります」

「……本当に人間扱いしないね、腹立つほどに! なんの躊躇いもなく捧げようとした『対価』を狙い撃つなんてねぇッ!!」

「人間は……友人や家族を犠牲にはしないのですッ!! 覚えておくと良いでありますよ、クソ猿ッ!!」

 顔にかかる子どもの臓物……吐き気と涙を堪えながらそれでも出口を求めて、見つからなくても二人から距離を取るべく、少しずつ、少しずつは移動する。
 自意識のない子ども達の歩みは遅く、戦闘の余波を出涸らしの力で打ち消しながらでは尚さら遅くなる。

「大丈夫、大丈夫よ……七年前とは違って力はあるはず……」

 また一人弾け飛び、もう一人帯となって解けて消えていく……皮肉にもそうして人数が減ったことによって進みが早くなる。
 もはや、私を染める血が私のものなのか、子ども達のものだったのか……それすら分からない。

「クレルも、領民も護れなかった頃とは大分違うんだから……」

 ──彼女クレマンティーヌに任せていた少女が解けて消える。

「シーラ少尉には敵わなくても、この子達を助けるくらい出来るわよ……」

──右手が空を切る。

「できなかったら私はなんの為に……」

 最後の一人は、この子だけは取りこぼしてなるものかとしっかりと背に背負って……折れた左脚すら構わずに走り出す。
 涙で滲んで前方もよく見えない……無理に酷使する脚の痛覚すら鈍くなってきた……。

「クソがッ! ボコスカ殺しやがって!」

「んー? 殺しているのはそちらも同じでありましょう?」

 クレルなら、クレルならどうしたのかな……何もできなかった、貴方を護る事もできなかった私と違って貴方は……私の命を繋ぐどころか左腕まで取り戻してくれた貴方なら……どう、救ったのかな?

──背中の生命重みが消え、バランスを崩した表紙に倒れ込む。……感覚のない左脚の違和感と、流れる涙と血の味が酷く不味かった。

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