こちら、付喪神南町奉行所っ!~新入り護り手はお払い箱になりたくない~

美夕乃由美

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二章 護り手のお仕事

失敗

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「――これはこれは、輝久様。お忙しいところわざわざ」

 古物商の屋敷で二人を案内してくれたのは、見た目は人の好さそうな初老の男だった。
 どこかで見たことがある……と少し考えてすぐに思い出した。武揚に到着した時に、粗相をした少年の付喪神を折檻していた男だ。それが証拠に、あの時の少年の付喪神は庭で掃除をしていた。初老の男が「これ、さっさとお茶を用意しないか」と、厳しい声を掛けると、慌てて少年の付喪神が走る。
(な、なるほど……これはわたしには難しいかも?)
 奥座敷へと案内されながら、桜麟は行動を起こしそうな自分を必死に留めていた。
 羽振りの良い古物商らしく、壺や掛け軸、金屏風に桐の箪笥など、様々な調度品が置かれている。どれもが人の目を楽しませる一級品。由緒ある品であるに違いない。

 ところが、それらにペタペタとおかしなお札が貼ってある。付喪神である桜麟には、それが霊力の流れを遮断するものだとわかった。半分霊力を持っているモノから、クルシイクルシイ、と助けを求める声が聞こえてくる。人間に例えるならば、常に飢餓状態を強いられているといったところだ。
(このようなことをしていたら、妖魔に堕ちてしまいます)
 付喪神が邪悪なる霊力を持つ条件は、桜麟にもよくわかっていない。だが、人間から粗雑に扱われたモノほどその傾向が高くなるのは、徳次郎の付喪神屋敷で経験していた。
 助けてあげたいが、輝久から騒動を起こすなと厳命されている。ごめんなさい、と顔を背けながら輝久の後を追う。

 客間に案内されると、付喪神の少年が、お盆にお茶と茶菓子を乗せてきた。よほど主が怖いのかビクビク震えている。これではお盆をひっくり返してしまいそうだ。そう思った桜麟は膝立ちになると、少年の付喪神の手をそっと握って微笑んだ。

「ありがとうございます。とっても美味しそうなお茶ですね」

 それで少年の付喪神は落ち着いたのだろう。ほうっと息を吐いてつつがなくお茶と茶菓子を配り終えた。

「お忙しいところ、申し訳ありませんなぁ。私は付喪神屋である九兵衛と申します」
「俺は付喪神奉行の輝久だ。こちらは護り手の桜麟」

 輝久からの紹介に桜麟は、外面だけはにこやかに頭を下げた。九兵衛のほうも彼女があの時の小娘だと気が付いたのだろう。少し嫌そうな顔をするも、すぐに小さく鼻を鳴らして、じろじろと不躾に見詰めてきた。

「おや、あなたは付喪神でしたか。これは吉原の花魁にも負けない華やかな付喪神ですなぁ。いやはや、輝久様がお羨ましい。へっへっへ」

 ぴしり。桜麟の笑顔が凍り付いた。
 どうやらこの下品な笑みを浮かべる九兵衛は、桜麟が夜も侍っていると勘違いしているらしい。桜麟はこの屋敷のお札を、片っ端から剥がしてやりたい衝動に駆られた。

「この護り手は荒事専門でな」

 輝久がやんわりと九兵衛の言葉を否定する。

「その他のことはからっきしなのだ。それに俺の噂を知っているのなら、護り手をどのように扱うかは想像くらいつくはずだが?」

 最後のほうは低くドスの効いた声。九兵衛は小さくなって首をすくめた。

「へへぇ、これは失礼しました」
「わかればよい」

 お茶を一口啜ってから、輝久が本題に入る。

「届いた封書であらましは読んだが、詳細を教えてくれ」
「はい。知っての通り、付喪神は古い物や長年生きた動物などが霊力を持って生まれる存在。古物を扱っておりますと、そのような物に出くわすことがありましてね。ですが、商売柄、そういうのは非常に困りものでしてねえ」

 まるで付喪神は悪だと断じるような口ぶりに、桜麟はイライラを募らせる。気を紛らわせようと出された練り切りをパクリと食べた。すると、知らない甘味が口の中に広がり、驚きで目をパチクリとしてしまう。二つ目に手を出している間に話が進んでいく。

「せっかくの商品が歩いてどこかへ行ってしまうと困りますからなぁ。こうしてお札を貼って、それを防いでいるのです。ですが、この前仕入れた屏風が、不気味な気配を放っておりましてね。いくらお札を貼っても収まってくれない。高い買い物だったのに、ほとほと困り果ててしまいましてねぇ」

 自分の分を食べてしまい口を真一文字に結んでいると、輝久が彼の分を自分の前に押し出してくれた。お願いだから黙っていろ、ということだろう。

「それで、九兵衛は、何をお望みだ?」
「もちろん、輝久様のお力で、霊力を祓ってもらいたいのですよ。不気味な霊力を持ったまま売るなど、店の評判にかかわりますからな。放っておいて妖魔として人を襲っても困りますじゃろう?」

 ふうむ、と輝久が腕を組んで考える。その隣で桜麟は、そろそろ我慢ができなくなっていた。
 この古物商は付喪神の敵だ。
 付喪神へ『成る』のは、ある意味では自然の摂理だ。霊力を蓄える素質のあるモノが、損じることなく長年過ごすことで、霊力と意思を持つ。
 要するに自分で制御できるようなものではないのだ。それを邪魔者のように言われると、物凄く腹が立つ。この屋敷で霊力を帯びているモノも同じことを考えているに違いない。
(何とかしてあげたいのだけど……)
 目顔で輝久に訴える。付喪神を大切にする彼なら、きっと手を打ってくれる。

「……とりあえず、実物を見せてもらおうか」

 考えるだけでは話が進まないと思ったのだろう。輝久が頼むと、すぐに九兵衛も頷いた。九兵衛は立ち上がると「では、こちらへ」と部屋を出た。

「――この中にあるのですじゃ」

 案内された先は中庭の隅にあった小さな蔵だった。何枚ものお札で厳重に封印されており、中の様子は窺えない。九兵衛は錠前を外して蔵の扉を開いた。

「これは……」

 蔵に足を踏み入れて、思わず桜麟は小さく呟いていた。
 三畳ほどの蔵の中央には、一枚の屏風が立っていた。雲の上から鬼が太鼓を叩いている構図で、下界では恵みの雨に小躍りをしている人間が描かれている。豪華絢爛な構図で、確かに高値で売れるだろう。
 そんな陽気な雰囲気とは裏腹に、三畳ほどの蔵には憤怒の霊力が渦巻いていた。クルシイとかイタイだとかいった生易しいものではない。このような仕打ちをした者を呪い殺してやる。そんな負の霊力。

「大したものだな」

 眉一つ動かさず輝久が感嘆の声を上げたのは、屏風の素晴らしさか、それとも霊力の強さだろうか。彼が何気ない様子で近づこうとすると、ピリッ、と屏風から紫電が迸った。
 あっ、と桜麟が思うも、輝久は素早く結界を張って対応する。

「ほう。オレが怖いか」

 少しも怯んだ様子はなく、むしろ挑戦するような声音で言うと、輝久は屏風から離れた。

「さてさて、どうしたものか」

 腕を組んで考える風情の輝久。桜麟は今こそ自分の出番だと思った。屏風の前に立つと、腕まくりをして許可を求める。

「ここはわたしが力をお見せする番ですね! 任せてください!」
「いいだろう。やってみろ」

 すんなり許可が出たことに、少し拍子抜けしながらも、桜麟は霊力を高めて屏風を見据えた。

「落ち着いて。わたしは敵ではないですよ」

 一歩近づくと、先ほどと同じように屏風から紫電が放たれる。それを結界で弾いて桜麟はもう一歩踏み出した。

「お願いですから、鎮まってください。そうでないと、後ろの怖い顔をした主に討たれてしまいますよ?」

 一生懸命に呼びかけるも、さらにバリバリと激しく紫電が屏風を覆った。どうやら怖がらせてしまったようだ。桜麟は慌てて霊力を展開する。何枚もの桜の花弁が桜麟の身体から溢れ、屏風をゆっくりと覆っていく。

「わたしを信用してください! あなたに悪いようにはしませんから。ほら、この霊力を受け入れてくれませんか? 本当に敵意はないので――」

 バリバリバリ――
 より一層、屏風の霊力が強まり、桜麟は驚いて目を見開いた。今や屏風は怒ったように雷を纏い、その力は強い結界の張られた蔵を破らんと無差別に攻撃する。その一部が桜麟へと向けられ、彼女の結界に亀裂が入った。
(あっ――)
 背後には輝久と九兵衛がいる。避けるわけにはいかない。衝撃を覚悟して桜麟は目を瞑った。

「そこまでだな」

 だが、衝撃はいつまでたってもこなかった。恐る恐る目を開けると、輝久が結界を補強して守ってくれていた。そのまま桜麟の腰を抱くようにして屏風から退がらせる。すると、屏風から放たれていた敵意は徐々に静かになっていった。

「輝久様……」

 呆然と見上げる桜麟の頭に手を置いて、輝久は九兵衛へと問いかけた。

「見ての通り、一筋縄ではいかんようだ。壊すのが一番手っ取り早そうだ」

 壊す、という単語に、桜麟は肩を震わせた。付喪神の霊力を失わせる最も有効な方法だ。特に霊力の持ち始めのモノは、小さな傷でもそこから霊力が流れ出して致命傷になる。

「と、とんでもない!」

 くわばらくわばらと震えていた九兵衛だったが、大いに慌てた様子で首を横に振った。

「たとえ小さな傷でも価値がうんと下がってしまいますからな。これだけの品なら百両も夢ではありませんからのう。絶対に傷を付けてはいけませんぞ」
「そうか。仕方がないな」

 予想していた答えだったのだろう。輝久は肩をすくめると、桜麟の背中を押して蔵から出た。

「持ち帰って方法を考える。少し時間をくれ」
「それはよいですが、あまり遅いと北町奉行に頼んでしまうかもしれませんなあ」

 どこまでも身勝手な九兵衛に桜麟は、「勝手すぎやしませんか!」と輝久の腕から飛び出しかけた。襟首を強く掴まれて、ぐえぇ、と首が絞まる。

「まあ、数日は待ってくれ。北町に話をするのはその後にしてほしいところだな」

 桜麟はずるずると引きずられるようにして、九兵衛の屋敷から辞したのだった。
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