19 / 39
三章 桜麟と輝久と護り手と
堕ちた護り手
しおりを挟む
夜の空を赤い炎が染めていた。
小さな爆発音が起きて屋根の瓦が飛んだ。別の場所では、焼け落ちた家が火の粉をまき散らす。直後に不気味な方向が響いた。
恐怖に駆られた大勢の人々が、通りの真ん中に立つ輝久の横を通り抜けていった。
その流れに逆らうように輝久は歩いていた。一歩一歩、踏みしめるように歩く様は、草履に鉛でも入っているかのよう。能面を被ったかのような表情は、爆発音が近くなってきても一切変わらず、感情というものが読み取れない。
やがて、長屋の壁を破って、黒い靄に包まれた妖魔が飛び出してきた。別の長屋を破壊しようとして、輝久の気配に気が付いたのか動きを止める。
「籠目……」
それまで無表情だった輝久の顔が、初めてくしゃりと歪んだ。
「こっちへおいで。奉行所へ戻ろう」
籠目と呼ばれた妖魔は、四つん這いのような姿勢で輝久を見上げた。黒い靄の奥から、強烈な敵意を向けられる。
――ウウウゥ。
かつての護り手は、もう、人間の言葉が通じるような状態ではない。それを自覚させられ、輝久の両眉が下がった。
「籠目……どうして、そのような姿になってしまっ……!?」
諦めきれずに呼びかけると、妖魔が一直線に飛びかかってきた。それを斬妖刀の鞘で払いながら叫ぶ。
「籠目! 籠目っ! 正気を取り戻すのだ! 俺はお前を斬りたくない!」
一度、妖魔に堕ちた付喪神は元に戻らない。その事実を知りながらも、輝久は斬妖刀を抜くことはできなかった。
付喪神奉行になる前から知っていた護り手だ。阿吽の呼吸で何度も危機をくぐり抜けてきた。そんな家族のような護り手を、この手でどうして斬れようか。
(俺は……)
斬妖刀の柄に手を掛けたまま、妖魔の攻撃を何度もしのぐ。
付喪神奉行としての役目はわかっている。護り手の主として、責任を取らなければいけない。何より妖魔が……いや、籠目にこれ以上の罪を重ねさせてはいけない。
「籠目!」
覚悟を決めて輝久は斬妖刀を抜く。正面から突進してくる妖魔を真っ直ぐに見据えた。
せめて、苦しまぬよう一撃で。
妖魔が間合いに入る。輝久は気合とともに斬妖刀を振り下ろし――
「なっ……」
完全に自分の間合いだった。真っ二つにしたはずだった。だが、その瞬間、妖魔は目の前からかき消えていた。
――テ、テ、テ。
背後からの殺気に振り返ると、いつの間に移動したのか妖魔が視界を埋め尽くしていた。とても避けられる体勢ではない。
(ああ、そうか……)
今さらながらに後悔する。
どうしてあの時、斬ってしまったのだろう。自分の方が倒れていればよかったのだ。そうすれば、こんな想いを抱くことなんてなかった。籠目とともに命潰えているべきだったのだ。
妖魔の鋭い爪が輝久の首筋に迫る。斬妖刀を下ろしたまま輝久は微笑んだ。
「いいぞ。お前の思うようにするがいい」
ゆっくりと目を閉じ――その時は永遠に来なかった。
代わりに死者すら起こすような悲鳴が、悪夢を見事に粉砕する。
「――輝久様! 目を覚ましてくださいっ!」
小さな爆発音が起きて屋根の瓦が飛んだ。別の場所では、焼け落ちた家が火の粉をまき散らす。直後に不気味な方向が響いた。
恐怖に駆られた大勢の人々が、通りの真ん中に立つ輝久の横を通り抜けていった。
その流れに逆らうように輝久は歩いていた。一歩一歩、踏みしめるように歩く様は、草履に鉛でも入っているかのよう。能面を被ったかのような表情は、爆発音が近くなってきても一切変わらず、感情というものが読み取れない。
やがて、長屋の壁を破って、黒い靄に包まれた妖魔が飛び出してきた。別の長屋を破壊しようとして、輝久の気配に気が付いたのか動きを止める。
「籠目……」
それまで無表情だった輝久の顔が、初めてくしゃりと歪んだ。
「こっちへおいで。奉行所へ戻ろう」
籠目と呼ばれた妖魔は、四つん這いのような姿勢で輝久を見上げた。黒い靄の奥から、強烈な敵意を向けられる。
――ウウウゥ。
かつての護り手は、もう、人間の言葉が通じるような状態ではない。それを自覚させられ、輝久の両眉が下がった。
「籠目……どうして、そのような姿になってしまっ……!?」
諦めきれずに呼びかけると、妖魔が一直線に飛びかかってきた。それを斬妖刀の鞘で払いながら叫ぶ。
「籠目! 籠目っ! 正気を取り戻すのだ! 俺はお前を斬りたくない!」
一度、妖魔に堕ちた付喪神は元に戻らない。その事実を知りながらも、輝久は斬妖刀を抜くことはできなかった。
付喪神奉行になる前から知っていた護り手だ。阿吽の呼吸で何度も危機をくぐり抜けてきた。そんな家族のような護り手を、この手でどうして斬れようか。
(俺は……)
斬妖刀の柄に手を掛けたまま、妖魔の攻撃を何度もしのぐ。
付喪神奉行としての役目はわかっている。護り手の主として、責任を取らなければいけない。何より妖魔が……いや、籠目にこれ以上の罪を重ねさせてはいけない。
「籠目!」
覚悟を決めて輝久は斬妖刀を抜く。正面から突進してくる妖魔を真っ直ぐに見据えた。
せめて、苦しまぬよう一撃で。
妖魔が間合いに入る。輝久は気合とともに斬妖刀を振り下ろし――
「なっ……」
完全に自分の間合いだった。真っ二つにしたはずだった。だが、その瞬間、妖魔は目の前からかき消えていた。
――テ、テ、テ。
背後からの殺気に振り返ると、いつの間に移動したのか妖魔が視界を埋め尽くしていた。とても避けられる体勢ではない。
(ああ、そうか……)
今さらながらに後悔する。
どうしてあの時、斬ってしまったのだろう。自分の方が倒れていればよかったのだ。そうすれば、こんな想いを抱くことなんてなかった。籠目とともに命潰えているべきだったのだ。
妖魔の鋭い爪が輝久の首筋に迫る。斬妖刀を下ろしたまま輝久は微笑んだ。
「いいぞ。お前の思うようにするがいい」
ゆっくりと目を閉じ――その時は永遠に来なかった。
代わりに死者すら起こすような悲鳴が、悪夢を見事に粉砕する。
「――輝久様! 目を覚ましてくださいっ!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜
長月京子
キャラ文芸
自分と目をあわせると、何か良くないことがおきる。
幼い頃からの不吉な体験で、葛葉はそんな不安を抱えていた。
時は明治。
異形が跋扈する帝都。
洋館では晴れやかな婚約披露が開かれていた。
侯爵令嬢と婚約するはずの可畏(かい)は、招待客である葛葉を見つけると、なぜかこう宣言する。
「私の花嫁は彼女だ」と。
幼い頃からの不吉な体験ともつながる、葛葉のもつ特別な異能。
その力を欲して、可畏(かい)は葛葉を仮初の花嫁として事件に同行させる。
文明開化により、華やかに変化した帝都。
頻出する異形がもたらす、怪事件のたどり着く先には?
人と妖、異能と異形、怪異と思惑が錯綜する和風ファンタジー。
(※絵を描くのも好きなので表紙も自作しております)
第7回ホラー・ミステリー小説大賞で奨励賞
第8回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。
ありがとうございました!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!
HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。
跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。
「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」
最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる