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三章 桜麟と輝久と護り手と
漣の主張
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お払い箱確定とは思いながらも、不貞腐れているわけにはいかない。
本来ならば厳しい罰を与えられても文句は言えなかった身だ。桜麟はより積極的に屋敷の仕事をするようになっていた。ひと月という日数も残り少なくなってきたし、自分にできることで恩返しはしていきたい。
それに、輝久は言ってくれたではないか。護り手として駄目だっただけだ、と。護り手以外の仕事で奉行所に置いてはもらえないか。そんな一縷の望みも抱いていた。
そんなこんなで瞬く間に数日が過ぎ、今日は漣を連れて買い出しをしていた。
「たくさん買ったね~」
隣を歩く漣が、籠にいっぱいの葉野菜に満面の笑みを浮かべる。
「ええ。重くないですか?」
「ううん。軽い軽い! お姉ちゃんこそ重かったらもっと乗せていいんだからね!」
大丈夫ですよ、とこたえながら桜麟は背中の籠の位置を調節する。中には大根や里芋といった、重めの野菜が入っている。台所の付喪神は人型ではないので、買い出しに行ける桜麟はありがたがられていた。
「――お、嬢ちゃんじゃねえか」
棒手振りから魚を買い求めていると、背後から声を掛けられる。振り返ると予想通りの男がそこにはいた。
「影元様。その節はお世話になりました」
今日は女をひっかけようとせずにお仕事をしている。珍しいこともあるものだ。
「いいってことよ。そんで輝久の様子はどうなんだ?」
「だいぶ良くなりました。もう床からは起きて、庭で身体を動かしていますよ。お医者様からはまだ早いと止められているのですが」
「ほほう。そいつぁ、よかったな。それで、そっちの坊主はオメエの子分か?」
漣が怖がるように桜麟の背中に隠れた。その頭を撫でながら桜麟は苦笑する。
「違いますよ。わたしが最初に騒動を起こしたときの、あの付喪神ですよ。漣って名前なんです。そういえば、会ったのは初めてでしたっけ?」
「ん? ああ、そうだな……おい、坊主」
影元が見下ろすようにして漣へ問いかける。
「本当に何も覚えてねえのか? 本当は知ってるんじゃねえのか? 付喪神の誘拐や盗みの事件の下手人をよう」
「う、ううん……ぼ、ボクは何も知らないよ!」
桜麟の腰にしがみついた漣はガタガタ震えだして、彼の持つ籠から葉野菜が一つ落ちた。
「駄目ですよ、影元様」
これはいけない、と庇うようにして桜麟は前に立つ。
「この子は怖い思いをしたのですから。無理に聞き出そうとしてはいけませんよ。これは輝久様からも理解していただいています」
「ふぅん……そうかい。それじゃあ仕方がねえなあ」
不服そうな顔をしながらも影元は引き下がる。その様子にどこか違和感を覚えたが、すぐにその正体は判明した。
「あれ? 今日は、凛花さんはいないのですね」
「輝久が休んでいるから手分けをして巡回してるんだよ。お前も買い出しなんぞしてる場合じゃねえだろ。今こそ輝久に認められる手柄を上げる機会じゃねえのか?」
「い、いえ……」
桜麟は曖昧な笑みを浮かべて首を横に振った。
「あんな失敗をしてしまいましたから、わたしはもう何をしてもお払い箱ですよ。せめて下女として居させてもらえないかと、こうしてこまごましたことを引き受けているのです」
「へぇ……それほどの力があるのに、もったいねえ。そうだ、輝久がいらねえなら、オレが引き取ってやるぜ」
「凛花さんがいるのに?」
「あいつもだいぶ霊力が弱まってきたからよう。そろそろ次の護り手を探さないといけねえんだよ。嬢ちゃんなら十分務まりそうだがなあ?」
「あはは、冗談はいけませんよ」
やっぱりこの人は輝久や左近とは違う。そんな思いを抱きながらも、それは表に出さないようにして桜麟はこたえた。
「凛花さんは十分お強そうではないですか。そんな簡単にお払い箱を考えられると、付喪神も困ってしまいます。なにしろ、わたしがお払い箱になりかけているのですから」
「おっと、そうだった。こいつは失礼したぜ」
自分で後ろ頭を叩きながら、ぺろり、と舌を出す影元。そのまま手を振って桜麟から離れる。
「ま、気が向いたら言ってくれや。いつでも大歓迎だぜ」
人混みに紛れて、すぐにその背中が見えなくなる。桜麟は待たせていた棒手振りから何匹か魚を買い求めた。
これで夕餉の材料は揃った。奉行所へ戻っていると、ポツリと漣が呟いた。
「……あのお兄さん、怖い」
「すみません。先にわたしが注意すべきでしたね」
漣の記憶がないことは輝久が伝えていたはずだが、その時の状況を怖がっていることまでは知らせていなかった。影元の立場からすれば、さっさと聞き出せばいいのにと思うのも無理はない。
ところが漣は、「そうじゃない」と首を横に振った。
「あのお兄さん、きっと付喪神を大切にしない人だよ」
「……いけませんよ。決めつけては」
桜麟も同感ではあったが、輝久のことを考えると簡単に同意するわけにはいかない。静かに注意するも、漣はそれに気が付かない様子で、厳しい口調で続けた。
「お姉ちゃんは絶対にあの人の護り手になっちゃだめだ。嫌なことをさせられる気がする。付喪神を力で従わせるような人だよ」
「……そのようなことは、わたし以外の者には言ってはいけませんよ?」
もう奉行所も近い。漣を落ち着かせようと、もう一度やんわりと窘める。門前では左近が、立派な裃を纏った者と話し込んでいるのが見えたからだ。
とにかく、と漣が桜麟を見上げた。
「輝久様がお姉ちゃんを追い出すなら、ボクが土下座して頼んであげるよ! お姉ちゃんがいなくなったら、ボクが妖魔になっちゃうぞ~、って」
「これこれ、輝久様をあまり困らせてはいけません」
見た目が子供の付喪神だからか、無邪気に心の傷を抉るようなことを考える。さすがにそれは冗談でも使ってはいけない手段だ。
「む~……お姉ちゃんが護り手でいられる、いい手だと思ったんだけどな~」
漣も怒られたと感じたのだろう。ぶぅ、と頬を膨らませて唇も尖らせる。
「気持ちはありがたく受け取っておきますよ」
ふふふ、と微笑んで、桜麟は奉行所の門をくぐった。
本来ならば厳しい罰を与えられても文句は言えなかった身だ。桜麟はより積極的に屋敷の仕事をするようになっていた。ひと月という日数も残り少なくなってきたし、自分にできることで恩返しはしていきたい。
それに、輝久は言ってくれたではないか。護り手として駄目だっただけだ、と。護り手以外の仕事で奉行所に置いてはもらえないか。そんな一縷の望みも抱いていた。
そんなこんなで瞬く間に数日が過ぎ、今日は漣を連れて買い出しをしていた。
「たくさん買ったね~」
隣を歩く漣が、籠にいっぱいの葉野菜に満面の笑みを浮かべる。
「ええ。重くないですか?」
「ううん。軽い軽い! お姉ちゃんこそ重かったらもっと乗せていいんだからね!」
大丈夫ですよ、とこたえながら桜麟は背中の籠の位置を調節する。中には大根や里芋といった、重めの野菜が入っている。台所の付喪神は人型ではないので、買い出しに行ける桜麟はありがたがられていた。
「――お、嬢ちゃんじゃねえか」
棒手振りから魚を買い求めていると、背後から声を掛けられる。振り返ると予想通りの男がそこにはいた。
「影元様。その節はお世話になりました」
今日は女をひっかけようとせずにお仕事をしている。珍しいこともあるものだ。
「いいってことよ。そんで輝久の様子はどうなんだ?」
「だいぶ良くなりました。もう床からは起きて、庭で身体を動かしていますよ。お医者様からはまだ早いと止められているのですが」
「ほほう。そいつぁ、よかったな。それで、そっちの坊主はオメエの子分か?」
漣が怖がるように桜麟の背中に隠れた。その頭を撫でながら桜麟は苦笑する。
「違いますよ。わたしが最初に騒動を起こしたときの、あの付喪神ですよ。漣って名前なんです。そういえば、会ったのは初めてでしたっけ?」
「ん? ああ、そうだな……おい、坊主」
影元が見下ろすようにして漣へ問いかける。
「本当に何も覚えてねえのか? 本当は知ってるんじゃねえのか? 付喪神の誘拐や盗みの事件の下手人をよう」
「う、ううん……ぼ、ボクは何も知らないよ!」
桜麟の腰にしがみついた漣はガタガタ震えだして、彼の持つ籠から葉野菜が一つ落ちた。
「駄目ですよ、影元様」
これはいけない、と庇うようにして桜麟は前に立つ。
「この子は怖い思いをしたのですから。無理に聞き出そうとしてはいけませんよ。これは輝久様からも理解していただいています」
「ふぅん……そうかい。それじゃあ仕方がねえなあ」
不服そうな顔をしながらも影元は引き下がる。その様子にどこか違和感を覚えたが、すぐにその正体は判明した。
「あれ? 今日は、凛花さんはいないのですね」
「輝久が休んでいるから手分けをして巡回してるんだよ。お前も買い出しなんぞしてる場合じゃねえだろ。今こそ輝久に認められる手柄を上げる機会じゃねえのか?」
「い、いえ……」
桜麟は曖昧な笑みを浮かべて首を横に振った。
「あんな失敗をしてしまいましたから、わたしはもう何をしてもお払い箱ですよ。せめて下女として居させてもらえないかと、こうしてこまごましたことを引き受けているのです」
「へぇ……それほどの力があるのに、もったいねえ。そうだ、輝久がいらねえなら、オレが引き取ってやるぜ」
「凛花さんがいるのに?」
「あいつもだいぶ霊力が弱まってきたからよう。そろそろ次の護り手を探さないといけねえんだよ。嬢ちゃんなら十分務まりそうだがなあ?」
「あはは、冗談はいけませんよ」
やっぱりこの人は輝久や左近とは違う。そんな思いを抱きながらも、それは表に出さないようにして桜麟はこたえた。
「凛花さんは十分お強そうではないですか。そんな簡単にお払い箱を考えられると、付喪神も困ってしまいます。なにしろ、わたしがお払い箱になりかけているのですから」
「おっと、そうだった。こいつは失礼したぜ」
自分で後ろ頭を叩きながら、ぺろり、と舌を出す影元。そのまま手を振って桜麟から離れる。
「ま、気が向いたら言ってくれや。いつでも大歓迎だぜ」
人混みに紛れて、すぐにその背中が見えなくなる。桜麟は待たせていた棒手振りから何匹か魚を買い求めた。
これで夕餉の材料は揃った。奉行所へ戻っていると、ポツリと漣が呟いた。
「……あのお兄さん、怖い」
「すみません。先にわたしが注意すべきでしたね」
漣の記憶がないことは輝久が伝えていたはずだが、その時の状況を怖がっていることまでは知らせていなかった。影元の立場からすれば、さっさと聞き出せばいいのにと思うのも無理はない。
ところが漣は、「そうじゃない」と首を横に振った。
「あのお兄さん、きっと付喪神を大切にしない人だよ」
「……いけませんよ。決めつけては」
桜麟も同感ではあったが、輝久のことを考えると簡単に同意するわけにはいかない。静かに注意するも、漣はそれに気が付かない様子で、厳しい口調で続けた。
「お姉ちゃんは絶対にあの人の護り手になっちゃだめだ。嫌なことをさせられる気がする。付喪神を力で従わせるような人だよ」
「……そのようなことは、わたし以外の者には言ってはいけませんよ?」
もう奉行所も近い。漣を落ち着かせようと、もう一度やんわりと窘める。門前では左近が、立派な裃を纏った者と話し込んでいるのが見えたからだ。
とにかく、と漣が桜麟を見上げた。
「輝久様がお姉ちゃんを追い出すなら、ボクが土下座して頼んであげるよ! お姉ちゃんがいなくなったら、ボクが妖魔になっちゃうぞ~、って」
「これこれ、輝久様をあまり困らせてはいけません」
見た目が子供の付喪神だからか、無邪気に心の傷を抉るようなことを考える。さすがにそれは冗談でも使ってはいけない手段だ。
「む~……お姉ちゃんが護り手でいられる、いい手だと思ったんだけどな~」
漣も怒られたと感じたのだろう。ぶぅ、と頬を膨らませて唇も尖らせる。
「気持ちはありがたく受け取っておきますよ」
ふふふ、と微笑んで、桜麟は奉行所の門をくぐった。
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