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三章 桜麟と輝久と護り手と
籠目
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「あなたが新しい護り手さん?」
底抜けに明るい声で桜麟は目を覚ましていた。
「ここは……?」
四方を見回しても真っ暗闇。前後や上下の感覚もなければ、地面に足が付いているような気もしない。印籠に吸い込まれたのは覚えている。あんな小さな物に肉体が入るわけがないので、今の自分は霊力の塊的なものだとはわかるのだが……。
「こっちこっちー。どこ見てるの?」
もう一度、同じような声が聞こえる。からかうような調子。桜麟は低い声で呼びかけた。
「どこにいるのですか?」
「わからないの? だめねぇ。あなたの頭の上!」
反射的に見上げるも、やっぱり暗い闇しか見えない。くすくすと笑う声が響くばかり。まさかと思いながら頭に手をやると、ふわりとした感触があった。むんず、と掴んでやると「きゃー、潰されちゃうー」という悲鳴。
「あなたが、籠目さんですか?」
掴んだモノを目の前に持ってきて桜麟は問いかける。
それは十代後半くらいで、長い髪をおさげにした可愛らしい少女だった。桜麟の両手にすっぽり収まるほどの大きさ。
「うん! あたしは籠目。理解したなら離してほしいのだけど?」
「ずいぶんと小さいのですね……。一寸法師ですか」
「失敬ね! 死者だからに決まっているじゃない! 本当の姿はもっとふくよかで大きかったんだから! もうっ、輝久は護り手の教育がなっていないわ!」
小さな胸をふんぞり返して、ぷんすか、と文句を言う。全く現実感のない光景に、ええと……と桜麟は戸惑った。
「あの~……死者なのにどうして喋っているのですか? 幽霊にしても足があります」
「う~ん、あなたの霊力じゃないかしら。あなたの声が大きくて目覚めちゃった。ま~、一時的なもので、生き返ったわけじゃなさそうだけど」
なるほどと納得する感情と、そんな馬鹿なという感情が交錯する。確かに心の中で呼びかけながら印籠を手に取った。輝久に声を少しでも届けたいと。癒しの力がある自分の霊力だが、まさか死者にも届くとは思っていなかった。
呆然と眺めていると、籠目はするりと桜麟の手から抜け出た。桜麟の周囲をぐるぐると十回くらい回って、目と鼻の先の位置で止まる。
「うんうん、合格! あの子も見る目があるね~。さすがあたしが育てた輝久!」
「……はい?」
「霊力は強いし、あたしを目覚めさせた特殊な霊力の質も、付喪神を愛する輝久にぴったり。口は悪そうだけど~……そのくらいは許してあげる!」
とてもとても上から目線で偉そうな物言い。圧倒されていると、籠目は腰に両手を当てて、さらに顔を近づけてきた。
「あなたは輝久の新しい護り手でしょ? やーっとあの子も護り手を取る気になったんだね。よかったよかった。これであたしも安心して成仏できるよ~」
護り手という単語に、ずきりと心が痛んだ。桜麟は小さく首を横に振った。
「護り手希望……だったのですが、あと数日でわたしはお払い箱なのですよ」
「え~、どうして? あなたほど見事な霊力を持つ付喪神は滅多にいないよ?」
あっけらかんとした物言いに、桜麟は何だか腹が立ってきた。
輝久に無理難題を吹っ掛けられた。その原因となった付喪神が目の前にいる。死者なのに彼をまだ縛り付けて、自分は決して勝てない。真っ向から勝負して負けたならまだ納得がいくのに、この怒りはどこにぶつければいいのだ。
いや、今ならできる。目の前にいるではないか。
「……あなたのせいですよ」
桜麟は両手を伸ばすと、目の前の籠目を捕まえた。
「あなたが死んだせいで、輝久様は未だに引きずっているのです。おかげでわたしは、どんなに頑張っても認めてもらえない。そりゃあ、わたしは妖魔を倒せませんよ。元は同じ付喪神なのに、簡単に倒せるわけがないじゃないですか!」
「ぐぇ……待って、本当に苦しい……」
「妖魔を癒して元に戻すほうも失敗ばかりです。おかげで、輝久様に怪我をさせてしまいました。どう考えても護り手失格です! わたしがここに来た理由を教えてあげましょうか? わたしをこの村に隠居させるつもりだからですよ!」
「死んじゃう~……死んでるのにぃ~」
荒い息を吐きながら桜麟は手の力を緩めた。そのまま、自己嫌悪でその場に突っ伏す。
このようなことを、死者に吐き出したところでどうにもならない。自分の問題だ。護り手に選ばれなかったから八つ当たりをしているだけだ。こんなに心が醜い自分を護り手にするわけがない。
何をやっても上手くいかない。そんな悔しさで、ほろりと涙が落ちる。
(どうして涙なんか……)
自分に泣く資格なんてない。泣くだけ惨めになるだけだ。そう自分に言い聞かせるのに、溢れ出した涙は止まらない。輝久には見られていないという安心感もあって、怒涛の如く流れ落ちる。
「あ~あ、女の子を泣かしちゃった。おのれ輝久め~!」
のろのろと顔を横に向けると、腕を組んだ籠目が唇を尖らせていた。
「護り手をこんなに思い詰めさせて。あたしはそんな子に育てた覚えはないよ! お~、よしよし。護り手だからって我慢する必要はないからね。あたしの代わりに張り倒すことを許すよ!」
小さな体をいっぱいに使って、大きな身振り手振り。それがどこか滑稽に見えて、桜麟はくすりと笑ってしまった。
「あ、笑った。か~わいぃ~! その顔なら輝久も簡単に落とせるよ! 堅物に見えてあの子、面食いだから!」
「ふふ……籠目様は、まるでお母様のようですね」
「そうだよ? あたしはお母さんだよ。付喪神奉行になって右も左もわからなかった輝久を、一人前に育てたお母さん!」
えっへんとばかりに胸を反らせる。しかし、そんな籠目の表情はすぐに曇った。
「ごめんね。あなたには苦しい思いをさせているみたい」
「いえ、これは全てわたしが未熟だからなのです。何をしても失敗ばかりで……」
「何を言ってんだか」
不服そうに籠目が唇を尖らせた。次に続けられた言葉に、沈んだ桜麟の気持ちは、まるで蹴鞠の如く蹴り返されていた。
「みんな最初は未熟だよ? 当たり前じゃん?」
「え……」
あまりの見事さに、桜麟はポカンと間抜け面を晒してしまう。そんな彼女へ言い聞かせるように籠目は続ける。
「輝久だって同じだよ。あの子だって最初はやる気があるだけで空回りしていたんだから。そんなもの、一生懸命にやっていたら、時間と経験が勝手に解決してくれる。一回や二回失敗したくらいで、どうして落ち込む必要があるの?」
「ですが、輝久様は……護り手は取らないと」
「あ~……もう、何年も経つのに、まだ引きずってるんだ。あの子らしいっちゃ、あの子らしいけど……」
「……はい。ですので、わたしが護り手になることは……」
「でも、その発言は無責任だよね」
バッサリと切り捨てるような物言いに、桜麟は目をパチクリとしてしまった。この籠目という付喪神は、まるで輝久が赤子のようにポンポンとこき下ろしてくる。
「ねぇ、あなたは輝久の過去って聞いた?」
「ええと、幼い頃に妖魔に攫われて付喪神……いえ、籠目様に助けられたと。その時に、付喪神を助ける道を選ぶ決意をなされたと聞きました」
「そうだね。所詮、付喪神は人間の道具。あたしが一人頑張ったって何も変わらない。だけど、輝久はそれを受け入れてくれて、付喪神のために色々なことをしてくれた。とっても嬉しかったし、助けられた付喪神もたくさんいて、本当にありがたかった」
昔を思い出したのか、懐かしがるように籠目の目が細められる。しばし過去の記憶を反芻していたようだったが、別の意味で鋭く細められた視線が桜麟へと向いた。
「だけど、今の輝久は間違っている」
「……どういうことですか?」
「少し考えればあなただってわかるはずだよ!」
小さな拳を振り回しながら籠目は続けた。
「輝久の夢は、人間と付喪神が対等な世の中だよ。彼の奉行所やこの村はそれを実現するための第一歩。それなのに、輝久の霊力がこのまま尽きて、次の奉行が付喪神に厳しい人だったらどうなると思う?」
「そ、それは……」
あの、和気あいあいとした奉行所がなくなってしまう。それは自分でも考えたことがある未来ではないか。
徳次郎や九兵衛のような者が付喪神奉行になったら……。維持にお金のかかるこの神社など、あっという間に取り壊されてしまうに違いない。村だって解散だろう。道具として役に立たなくなった付喪神をどう扱おうが、罰する者は誰もいない。
「きっと、輝久の夢が叶うまでには長い年月がかかる」
青褪めた桜麟を安心させるように籠目は頷いた。
「まだ一歩目しか踏み出せていないのに、ここで輝久は諦めちゃうの? 確かに、あたしが妖魔に堕ちたのは悪いと思ってるよ。だけど……それであたしに負い目があるのなら、輝久は自分の夢を叶えることで返して欲しいんだ。今の輝久の行動は、ただの自己満足にしかなってない。本当にやるべきことを、輝久は見失っているよ」
そうだ。その通りだ。
この村に留まってくれないか――その言葉に頷けなかった理由を今こそ理解する。
輝久が自分のことしか考えていないからだ。桜麟のためということを隠れ蓑にして、それは何も解決していないという事実から目を逸らしている。桜麟の耳に聞こえのいい言葉を並べ立て、彼女の逃げ道を塞いでいる。そして、それを自分では意識していないというのが、さらにたちが悪い。
何と自分勝手な主だろう。道具として扱われるのは構わない。やりたくない妖魔退治を強制されてもいい。けれど、自己満足の道具として使われるのには我慢ができない。
付喪神には主を選ぶ権利もなければ、主の命令に背いてもいけない。それでも、自分の意志はここにあったし、人間と同じように考えることもできる。
「籠目様……わたしは、輝久様の護り手になりたいです」
はっきりと自分の意志を口にする。徳次郎の元に戻されて妓楼に売られたくないからではない。輝久を助け、苦楽を共にし、彼が歩く道の先にある障害から彼を護る。そんな前向きな決意だ。
「お、やっといい顔になったね。あたしが声を掛けた甲斐があったってもの。これで安心して輝久を任せられるよ」
「はい。籠目様のおかげで迷いが吹っ切れました」
「うんうん。それだけ強い気持ちがあれば大丈夫だよ。あなたは知ってる?」
悪戯っぽい笑みが籠目の顔に浮かんだ。
「意外と輝久は押しに弱いんだぁ。強く頼まれれば断れない。輝久の扱いについて、あたしからの助言!」
「ふふ……実は知っています」
「そっか。それはよかった……。さあって、時間もそろそろかな!」
籠目がくるりと一回転すると印籠の姿になった。けっこうな時間を二人で話した気がする。桜麟の力も時間切れということだろう。桜麟自身も疲れたのか、次第に気が遠くなっていく。
最後に意識を失う直前、桜麟へ穏やかな声が届いた。
「気を付けてね、桜麟。敵は……意外と近いところにいるよ」
底抜けに明るい声で桜麟は目を覚ましていた。
「ここは……?」
四方を見回しても真っ暗闇。前後や上下の感覚もなければ、地面に足が付いているような気もしない。印籠に吸い込まれたのは覚えている。あんな小さな物に肉体が入るわけがないので、今の自分は霊力の塊的なものだとはわかるのだが……。
「こっちこっちー。どこ見てるの?」
もう一度、同じような声が聞こえる。からかうような調子。桜麟は低い声で呼びかけた。
「どこにいるのですか?」
「わからないの? だめねぇ。あなたの頭の上!」
反射的に見上げるも、やっぱり暗い闇しか見えない。くすくすと笑う声が響くばかり。まさかと思いながら頭に手をやると、ふわりとした感触があった。むんず、と掴んでやると「きゃー、潰されちゃうー」という悲鳴。
「あなたが、籠目さんですか?」
掴んだモノを目の前に持ってきて桜麟は問いかける。
それは十代後半くらいで、長い髪をおさげにした可愛らしい少女だった。桜麟の両手にすっぽり収まるほどの大きさ。
「うん! あたしは籠目。理解したなら離してほしいのだけど?」
「ずいぶんと小さいのですね……。一寸法師ですか」
「失敬ね! 死者だからに決まっているじゃない! 本当の姿はもっとふくよかで大きかったんだから! もうっ、輝久は護り手の教育がなっていないわ!」
小さな胸をふんぞり返して、ぷんすか、と文句を言う。全く現実感のない光景に、ええと……と桜麟は戸惑った。
「あの~……死者なのにどうして喋っているのですか? 幽霊にしても足があります」
「う~ん、あなたの霊力じゃないかしら。あなたの声が大きくて目覚めちゃった。ま~、一時的なもので、生き返ったわけじゃなさそうだけど」
なるほどと納得する感情と、そんな馬鹿なという感情が交錯する。確かに心の中で呼びかけながら印籠を手に取った。輝久に声を少しでも届けたいと。癒しの力がある自分の霊力だが、まさか死者にも届くとは思っていなかった。
呆然と眺めていると、籠目はするりと桜麟の手から抜け出た。桜麟の周囲をぐるぐると十回くらい回って、目と鼻の先の位置で止まる。
「うんうん、合格! あの子も見る目があるね~。さすがあたしが育てた輝久!」
「……はい?」
「霊力は強いし、あたしを目覚めさせた特殊な霊力の質も、付喪神を愛する輝久にぴったり。口は悪そうだけど~……そのくらいは許してあげる!」
とてもとても上から目線で偉そうな物言い。圧倒されていると、籠目は腰に両手を当てて、さらに顔を近づけてきた。
「あなたは輝久の新しい護り手でしょ? やーっとあの子も護り手を取る気になったんだね。よかったよかった。これであたしも安心して成仏できるよ~」
護り手という単語に、ずきりと心が痛んだ。桜麟は小さく首を横に振った。
「護り手希望……だったのですが、あと数日でわたしはお払い箱なのですよ」
「え~、どうして? あなたほど見事な霊力を持つ付喪神は滅多にいないよ?」
あっけらかんとした物言いに、桜麟は何だか腹が立ってきた。
輝久に無理難題を吹っ掛けられた。その原因となった付喪神が目の前にいる。死者なのに彼をまだ縛り付けて、自分は決して勝てない。真っ向から勝負して負けたならまだ納得がいくのに、この怒りはどこにぶつければいいのだ。
いや、今ならできる。目の前にいるではないか。
「……あなたのせいですよ」
桜麟は両手を伸ばすと、目の前の籠目を捕まえた。
「あなたが死んだせいで、輝久様は未だに引きずっているのです。おかげでわたしは、どんなに頑張っても認めてもらえない。そりゃあ、わたしは妖魔を倒せませんよ。元は同じ付喪神なのに、簡単に倒せるわけがないじゃないですか!」
「ぐぇ……待って、本当に苦しい……」
「妖魔を癒して元に戻すほうも失敗ばかりです。おかげで、輝久様に怪我をさせてしまいました。どう考えても護り手失格です! わたしがここに来た理由を教えてあげましょうか? わたしをこの村に隠居させるつもりだからですよ!」
「死んじゃう~……死んでるのにぃ~」
荒い息を吐きながら桜麟は手の力を緩めた。そのまま、自己嫌悪でその場に突っ伏す。
このようなことを、死者に吐き出したところでどうにもならない。自分の問題だ。護り手に選ばれなかったから八つ当たりをしているだけだ。こんなに心が醜い自分を護り手にするわけがない。
何をやっても上手くいかない。そんな悔しさで、ほろりと涙が落ちる。
(どうして涙なんか……)
自分に泣く資格なんてない。泣くだけ惨めになるだけだ。そう自分に言い聞かせるのに、溢れ出した涙は止まらない。輝久には見られていないという安心感もあって、怒涛の如く流れ落ちる。
「あ~あ、女の子を泣かしちゃった。おのれ輝久め~!」
のろのろと顔を横に向けると、腕を組んだ籠目が唇を尖らせていた。
「護り手をこんなに思い詰めさせて。あたしはそんな子に育てた覚えはないよ! お~、よしよし。護り手だからって我慢する必要はないからね。あたしの代わりに張り倒すことを許すよ!」
小さな体をいっぱいに使って、大きな身振り手振り。それがどこか滑稽に見えて、桜麟はくすりと笑ってしまった。
「あ、笑った。か~わいぃ~! その顔なら輝久も簡単に落とせるよ! 堅物に見えてあの子、面食いだから!」
「ふふ……籠目様は、まるでお母様のようですね」
「そうだよ? あたしはお母さんだよ。付喪神奉行になって右も左もわからなかった輝久を、一人前に育てたお母さん!」
えっへんとばかりに胸を反らせる。しかし、そんな籠目の表情はすぐに曇った。
「ごめんね。あなたには苦しい思いをさせているみたい」
「いえ、これは全てわたしが未熟だからなのです。何をしても失敗ばかりで……」
「何を言ってんだか」
不服そうに籠目が唇を尖らせた。次に続けられた言葉に、沈んだ桜麟の気持ちは、まるで蹴鞠の如く蹴り返されていた。
「みんな最初は未熟だよ? 当たり前じゃん?」
「え……」
あまりの見事さに、桜麟はポカンと間抜け面を晒してしまう。そんな彼女へ言い聞かせるように籠目は続ける。
「輝久だって同じだよ。あの子だって最初はやる気があるだけで空回りしていたんだから。そんなもの、一生懸命にやっていたら、時間と経験が勝手に解決してくれる。一回や二回失敗したくらいで、どうして落ち込む必要があるの?」
「ですが、輝久様は……護り手は取らないと」
「あ~……もう、何年も経つのに、まだ引きずってるんだ。あの子らしいっちゃ、あの子らしいけど……」
「……はい。ですので、わたしが護り手になることは……」
「でも、その発言は無責任だよね」
バッサリと切り捨てるような物言いに、桜麟は目をパチクリとしてしまった。この籠目という付喪神は、まるで輝久が赤子のようにポンポンとこき下ろしてくる。
「ねぇ、あなたは輝久の過去って聞いた?」
「ええと、幼い頃に妖魔に攫われて付喪神……いえ、籠目様に助けられたと。その時に、付喪神を助ける道を選ぶ決意をなされたと聞きました」
「そうだね。所詮、付喪神は人間の道具。あたしが一人頑張ったって何も変わらない。だけど、輝久はそれを受け入れてくれて、付喪神のために色々なことをしてくれた。とっても嬉しかったし、助けられた付喪神もたくさんいて、本当にありがたかった」
昔を思い出したのか、懐かしがるように籠目の目が細められる。しばし過去の記憶を反芻していたようだったが、別の意味で鋭く細められた視線が桜麟へと向いた。
「だけど、今の輝久は間違っている」
「……どういうことですか?」
「少し考えればあなただってわかるはずだよ!」
小さな拳を振り回しながら籠目は続けた。
「輝久の夢は、人間と付喪神が対等な世の中だよ。彼の奉行所やこの村はそれを実現するための第一歩。それなのに、輝久の霊力がこのまま尽きて、次の奉行が付喪神に厳しい人だったらどうなると思う?」
「そ、それは……」
あの、和気あいあいとした奉行所がなくなってしまう。それは自分でも考えたことがある未来ではないか。
徳次郎や九兵衛のような者が付喪神奉行になったら……。維持にお金のかかるこの神社など、あっという間に取り壊されてしまうに違いない。村だって解散だろう。道具として役に立たなくなった付喪神をどう扱おうが、罰する者は誰もいない。
「きっと、輝久の夢が叶うまでには長い年月がかかる」
青褪めた桜麟を安心させるように籠目は頷いた。
「まだ一歩目しか踏み出せていないのに、ここで輝久は諦めちゃうの? 確かに、あたしが妖魔に堕ちたのは悪いと思ってるよ。だけど……それであたしに負い目があるのなら、輝久は自分の夢を叶えることで返して欲しいんだ。今の輝久の行動は、ただの自己満足にしかなってない。本当にやるべきことを、輝久は見失っているよ」
そうだ。その通りだ。
この村に留まってくれないか――その言葉に頷けなかった理由を今こそ理解する。
輝久が自分のことしか考えていないからだ。桜麟のためということを隠れ蓑にして、それは何も解決していないという事実から目を逸らしている。桜麟の耳に聞こえのいい言葉を並べ立て、彼女の逃げ道を塞いでいる。そして、それを自分では意識していないというのが、さらにたちが悪い。
何と自分勝手な主だろう。道具として扱われるのは構わない。やりたくない妖魔退治を強制されてもいい。けれど、自己満足の道具として使われるのには我慢ができない。
付喪神には主を選ぶ権利もなければ、主の命令に背いてもいけない。それでも、自分の意志はここにあったし、人間と同じように考えることもできる。
「籠目様……わたしは、輝久様の護り手になりたいです」
はっきりと自分の意志を口にする。徳次郎の元に戻されて妓楼に売られたくないからではない。輝久を助け、苦楽を共にし、彼が歩く道の先にある障害から彼を護る。そんな前向きな決意だ。
「お、やっといい顔になったね。あたしが声を掛けた甲斐があったってもの。これで安心して輝久を任せられるよ」
「はい。籠目様のおかげで迷いが吹っ切れました」
「うんうん。それだけ強い気持ちがあれば大丈夫だよ。あなたは知ってる?」
悪戯っぽい笑みが籠目の顔に浮かんだ。
「意外と輝久は押しに弱いんだぁ。強く頼まれれば断れない。輝久の扱いについて、あたしからの助言!」
「ふふ……実は知っています」
「そっか。それはよかった……。さあって、時間もそろそろかな!」
籠目がくるりと一回転すると印籠の姿になった。けっこうな時間を二人で話した気がする。桜麟の力も時間切れということだろう。桜麟自身も疲れたのか、次第に気が遠くなっていく。
最後に意識を失う直前、桜麟へ穏やかな声が届いた。
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