セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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53話 新学期 その7

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その後、ソフィアは夕食の支度に取り掛かり、ルルとグルジアが手伝いを買って出る、残りの生徒達が食堂で屯していると、レアンとライニールが予定通りに顔を出した、

「手土産じゃ、手ぶらではなんだからのう」

とレアンが居丈高に踏ん反り返り、ライニールが差し出したのは籠いっぱいの糸玉と毛糸玉、絹の端切れも見える、それから刺繍道具らしい裁縫道具一式である、

「あらあら、そんな、気を遣わなくても」

呼ばれて応対に出たソフィアはらしくないおばさん口調となるが、

「気は使っておらん、母上がな、刺繍の腕を磨くようにとの仰せでな」

ニヤリと微笑むレアンである、

「なるほど、分かりました」

ソフィアは恐縮しつつも受け取り、グルジアとルルに、夕食の準備は十分だからとレアンの相手をするように後を託す、二人はそういう事ならと食堂に合流した、

「これは・・・便利ですね」

「じゃろう」

「はい、あの、ユスティーナ様が使われているのですか?」

「うむ、母上の実家でな、皆使っていたのだそうだがこちらでは見ないと言っておってな、便利だから使ってみよと申しておった」

「なるほど・・・使いやすいですね、刺しやすいし、うん、良い感じです」

「絵柄が綺麗になるね」

「ピンと張ると楽なんですね・・・知らなかった」

生徒達は上等な糸や毛糸に歓声を上げ、早速とレアンを中心にして刺繍会である、発端となった各自のスリッパは既に完成しそれぞれの足先を彩っているが、刺繍そのものを楽しむ事も覚えたらしい、ちょっとした端切れを見繕って次作に取り掛かっていたのである、

「えっと、これは何と言う道具なんですか?」

「さぁな、母上は枠としか呼んでおらんかったな」

「枠?」

「確かに枠ですね」

「うむ、刺繍の為の枠じゃからな、刺繍枠でよいじゃろう」

何とも適当に答えつつレアンも刺繍針を器用に動かしている、彼女達が先程から感心しているのは、丸い木製の円環と革の帯で布を挟み込み、刺繍する布を綺麗に張る事ができる道具の事である、それがどうやら生徒の人数分、いやそれよりも多い数が刺繍針と一緒に籠に入っていた、生徒達の中でもそれを見ただけで用途を言い当てた者はおらず、レアンが実際に布をあてがって使って見せると、小さな感嘆の声が溢れ我先にと手を伸ばしその使い勝手を褒め称えている、

「ユスティーナ様の御実家ではこれが当たり前なのですか?」

「そうらしいのう、母上の郷里には行った事がないからな、本当の所は良く分からん、しかし、この枠は向こうで作らせた物だぞ、先日大量に届いてな、母上がどうしようかと困ったおったのじゃ」

レアンの言葉にライニールはその背後でほくそ笑む、実の所、レアンがユスティーナに裁縫の指導を頼んだところ、ユスティーナは大変に喜び、それならばと自分の裁縫道具をひっくり返したのであるが、数年の間放置されていたそれは針は錆付き、道具類も実用にギリギリ耐えらない程度に朽ちてしまっていた、これはいかんとユスティーナはお抱えの仕立て屋を呼び出すが、レース針や刺繍針、マチ針等は当然あるのであるが使い慣れた刺繍枠に関してはまるで話しが通じず、そこでやっと、刺繍枠そのものがこちらの街には無い事が発覚したのである、そして、急遽郷里に手紙をしたため取り寄せたのであるが、先方としては病から快復した報の次に届いたのが刺繍枠の無心である、そんなものをと驚きつつ、さして高価な物でもない、流通を考えれば一つ二つ送るのも100送るのも大差ないという事で、ユスティーナの元には木箱に詰まった100の刺繍枠が届けられたのであった、何とも大雑把で太っ腹な事であるが、未だ存命な上に健勝なユスティーナの父母にとっては嫁に行ったとはいえ大事な娘である、その上健康になったとの報の後でのお願い事となれば張り切るのも無理は無い、つまりちょっとした愛情表現であったのだ、少々過剰ではあったが、

「大量にですか?」

「うむ、母上は大事に使えば一生ものだと笑っておったがな」

「そうですね、この枠も革の帯も丈夫そうですね」

「実際丈夫だしな」

レアンは荷が届いたときのユスティーナの歓喜の声と荷をほどいた後の困った顔を思い出して口元を綻ばせた、

「むー、上手くいかない・・・」

その隣りでミナも一緒になって針を動かしているがどうにも納得できないらしい、

「ふふん、一針一針を確実に丁寧に刺すのじゃ、急ぐ必要は無いぞ」

「ゆっくりでいいの?」

「そうだぞ、競争ではないからな、で、上手くいかなかったら戻しても構わん、布が荒れてしまうが、最初はそんなものじゃ」

レアンはミナの手元覗き込み何とも優しく指導する、自身がユスティーナにごく最近言われた事を思い出して言葉にしていた、

「うん、分かった・・・」

素直に頷き、

「えっと、戻したい・・・」

ズイッと手にした刺繍を差し出すミナに、

「裏から優しく抜けばよい、どれ」

手を止めてミナの刺繍を手にする姿は仲の良い姉妹のそれであった。



それから暫く、生徒達は時折大きな笑い声を上げながら刺繍作業に没頭し、ジャネットとケイスが甘い匂いのする籠を持って戻ると自分達もと刺繍を始め、エレイン達も仕事を終えて帰寮した、ユーリが顔を出す頃、丁度良く夕食の支度が終わったようで、

「はい、じゃ、皆さん片付けてー」

ソフィアが食堂に顔を出すと待ってましたと腰を上げる一同である、そしていつものように食卓は賑やかに準備された、本日の食卓は品数が多い、夕べの宴で残った野菜スープは朝食で麦を入れて作り変えられて綺麗に食されたのであるが、同じく残ったミートパイは蕎麦団子の具として姿を変えて供されており、さらに、問題のアケビ料理である、アケビの姿そのままに鳥肉を挟んだ焼物と、根菜類と共になった煮物がそれである、

「では、先に」

とソフィアが一同を見渡すと、

「えーと、アケビの焼物と煮物があります、ですが、ニガイです」

一同は揃って苦笑いを浮かべた、

「ですが、美味しいんですよ」

ソフィアの追い打ちにどっちだよと顔を顰める者が多数あったが、ソフィアは意に介さず、

「なので、試してみて、無理しないで下さい、焼物は少量を小皿にとって、煮物は味見してから好きにして下さい、アケビの味は他の野菜には移っていないと思うので、今日だけは選り好みを許します」

ソフィアはそう言って微笑み、ドッと和やかな笑いが生じた、そして、

「あら、美味しい・・・」

「うん、確かににがいけど、いける、うん」

「そうですわね、不思議と美味しいですね」

「嫌いじゃないな、慣れたら・・・うん、あれ、美味しいぞ」

「うー、ソフィー、これやだー」

「そうか?そこそこ美味いぞ」

「あー、ごめんなさい、私も駄目かも・・・」

「そだね、無理しない方がいいかなー」

やはりであるがその反応は見事に別れた様子である、年長者は皆その苦味も含めて好評のようで、パクパクと新しい味を楽しみ始め、対してミナとレスタとコミンは苦手なようである、

「そうねー、無理しないでいいわよ、ほら、ジャネットさん達の試作品もあるから、食べれる所だけ食べなさい」

妙に優しいソフィアであった、ソフィア自身もまた子供の頃はあまり好いていなかった料理であったりする、その味が美味しいと思い始めたのは冒険者になる直前の頃で、ソフィアとしては正に家庭の味そのものなのであるが、苦手であった頃を思い出せば、無理に食べるものでもないなとの認識であったりする、

「うー、ソフィー、あげるー」

「はいはい、レスタさんもコミンさんも除いてあげるわよ」

「すいません」

「はい、ごめんなさい」

二人は申し訳なさそうに煮物の皿をソフィアに差し出した、

「ん、でもその内美味しく感じられるようになるはずよ、大人の味ってやつね」

「そうみたいですねー」

「子供でいいですー」

「もうすぐでしょ」

ソフィアはニコリと微笑み他の野菜を多めに入れて小皿を戻し、ミナの皿からは直接自分の小皿に分け入れると、

「レインは大丈夫?」

と野菜嫌いの娘に問いかける、

「悪く無いのう、もう少し肉が欲しいな」

レインには好評のようで、焼物を大口を開けて頬張っている、

「そっか、レアン様はどうですか?」

「うむ、旨いと思うぞ、なぁ、ライニール」

レアンも平気なようで、いつも通りにパクパクと食を進めている様子であった、しかし、

「すいません、ソフィアさん、私は無理です」

恥ずかしそうに呟いたのはライニールである、えっと一同の視線がライニールへ向いた、

「あらあら、そう言えばライニールさんはお酒も苦手でしたよね」

「ライニール、修業が足りんなー」

ソフィアが庇おうとすると、すかさずユーリがニヤリと微笑み茶化しにかかる、

「いや・・・面目ない、屋敷でも子供舌と笑われておりまして・・・」

肩を落として小皿を見つめるライニールであった、

「それは仕方ないですよ、他の野菜を食べて下さい」

「はっ、ありがとうございます」

奥ゆかしく小皿を差し出すライニールに、

「ふふん、また、笑い話が増えたのう」

レアンは意地悪く微笑んで、アケビの焼物を旨そうに口に運んだ。
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