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本編
59話 お披露目会 その3
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その頃街の外れからさらに大きく外れた荒野の施設では、
「広ーい、走っていい?いいよねー」
「あー、待って、そこら辺穴だらけでしょ、危ないから駄目よー」
「えー、走りたいー」
「だから、危ないから駄目」
「危なくない!!」
「危ないの!」
「大丈夫!!」
「駄目!言うこと聞かないとミナだけ戻らせるわよ」
「えー」
「えー、じゃない」
「うー、わかったー、じゃ、歩いていい?」
「それはいいわよ、ゆっくり見て回りなさい、但し、足元に注意して、危ない場所には近寄らないこと、戻って来いって言ったら戻ってくること、いい?」
「わかったー、ニコー、行こー」
ミナはソフィアの剣幕にムーとつつまらなそうに唸ると、隣りでニコヤカに微笑んで二人のやり取りを眺めていたニコリーネを見上げた、
「そうだねー、じゃ、ゆっくり散歩しようかー」
ニコリーネはミナの頭をポンと撫でてて二人並んで荒野へ視線を向けると、
「アッチかな?」
「コッチがいい」
「うーん、あの岩とかどう?」
「じゃ、ソッチー」
と目的地を定めて歩き出す、ソフィアはその背を見送って、ヤレヤレと一息吐いた、
「どんなもん?」
そこへユーリが相変わらず返事に困る問い掛けである、
「んー、どうかしらねー、まぁ、街からも遠いしね、目立たなければそれでいいと思うけど」
ソフィアは取り敢えずと答えた、適当な質問には適当な答えで充分なのである、
「そうよねー、私もそう思うわー」
とユーリも適当に相槌を打った、結局二人にとってはその程度の事であったりする、
「何を言っているんですか、しっかりして下さいよ」
そんな二人をサビナが斜めに見据え、
「そうですよ、お二人がしっかりしてくれないとこっちが困るんですから」
カトカも二人をジロリと睨む、
「そんな事言われてもなー」
「うん、こんだけ広ければどうとでもなるし、何とでもなるからねー」
のんびりと答えるソフィアとユーリである、二人は視界いっぱいに広がる荒野を望洋と眺め、カトカとサビナはまったくと鼻息を荒くしつつこちらも荒野へ視線を戻す、一行はユーリの下見に行くわよとの一言で朝早くから学園を経由した転送陣で荒野に立った、カトカとサビナは何かあれば対処する必要があるであろうと仕事の一環として連れて来られ、ソフィアは言わずもがなである、そうなると当然ミナとレインも付いて来て、ついでだとニコリーネも誘われ、ゾーイが寮の留守番役であった、
「それで、あれがそれの跡地?」
「そうらしいわね、努力の跡が痛々しいわ」
「やる気を折るには充分そうね」
「まったくだわ」
ソフィアの視線の先は巨大な岩塊を掘り出そうとした跡である、昨日は落ち着いて見ていないが、よく観察するとどうやら岩塊の周りの掘削はその岩塊の底部にも届いていないようであった、それだけ埋もれた岩塊が巨大であるという証左である、
「しっかし、何でこんな土地になってるかな?」
ソフィアは根本的な疑問を口にする、
「そう言われてもね、こういうもんだと言うしかないわね」
「タロウさんならあーだこーだと説明しそうだけどね」
「あの人の言う事は話し半分がいい所でしょ」
「正しい事も多かったでしょ」
「そうだけどさー、まぁいいわ、で、真面目な話しね」
とユーリは現場見物はこの程度と振り返る、
「まずは、今日これからになるけど、事務長とメイド科の連中と建築科の連中で作業に入るのね」
「あっ、言ってましたね、掃除と補修ですか?」
「早いですね」
「まぁね、ほら、あっちでも実地作業が出来るならって乗り気みたいだったし、建物の方は任せちゃっていいと思うのよ、で、こっちとしては必要な物があれば準備しておきたいなと思ってね」
「何かあります?」
「イフナース様は通いで使う事になるんですよね」
「じゃ、その都度必要な物を持ってくればいいんじゃないですか?」
「そうよねー、始まってからでもいいんじゃない?」
「ふふん、そうなんだけど、施設の三階をね研究所で使っていいぞって事になってね」
「えっ、マジですか?」
「また三階?」
「あら住み込むの?」
「マジです、また三階です、住み込みません」
ユーリは三人の質問に律儀に答えると、
「ほれ、ようは魔法研究の出張所?みたいな感じにしようかーって学園長と話してね、それが領主様へ伝えた目的の一番大きい所だし、せめてそう見えるようにはしないとでしょ、派手な魔法の実験を気兼ねなく出来るのよねー」
ニヤニヤとユーリは微笑むが、
「うちの研究所ってそんな派手なもの研究してないですよね」
「地味な物ばかりのような・・・」
カトカとサビナは渋い顔である、実際にホルダー研究所の研究は地味である、何しろ研修の主題が魔力の無い人物でも使える魔法の機構開発なのである、必然的に派手さはない、先日の光柱はあくまでも特別で異例な代物であった、
「それを言うなし、だってさー、私らくらいでしょここを活かせる程の研究やってるのって」
「それはそうですけどー」
「じゃ、あれですか?こっちに実験器具持ち込みます?寮では遠慮してたのも気兼ねなく使えますよ」
「そうね、それは考えてた」
「じゃ、そうしましょうか」
「なに?そんな危なそう事までやってるの?」
ソフィアが流石に聞き捨てならぬと片眉を上げる、
「まぁねー、だからほら寮ではやってないのよ」
「あー、でもどうだろう薬品関係かな・・・水銀は使っちゃ駄目になったんですよね」
カトカの言葉に若干離れて穴を覗いていたレインがピクリと反応して振り返る、
「それは駄目ね、王国のお触れは守らないとだし」
「じゃ、どうしようかな・・・研磨作業とかこっちでやります?錬金関係で向こうでやれなかった事をこっちでって感じですか?」
「あっ、窯とか欲しいです、鉄溶かしたり、焼物焼いたり」
「それは工場を使いなさい」
「えーっ、せっかく広いんですからー」
「将来的にはいいかもだけど、そうなるとそれはほら工学系がまず欲しがるでしょ」
「・・・それもそっか・・・」
「そういう事、学園の施設内で出来なかった事とかをやるには十分な広さだしね、だから・・・ほら、学園長の植物園とかも手狭だからこっちに移すかって話しにもなってたし、野営の練習もだし、修練するにも良い感じだしね、使い勝手だけは良いのよ、広いし、他人の目は気にしなくていいし、羊飼いやら冒険者は来るらしいけど」
「なるほど・・・じゃ、ゆっくり開発していく感じですか?」
「その予定、取り敢えず施設を修復して一晩くらいは泊まれる感じにしてからね、うん、ま、そんな感じだから、取り敢えず三階をしっかり確認しましょう」
ユーリはカトカとサビナを連れて施設へ入った、ソフィアも戻ろかなと思うが、穴を覗いていつも通りにもの静かなレインと、若干離れた所でつま先立ちで何やら楽し気に笑い合っているミナとニコリーネをそのままにするのは心配かしらと足を止め、
「レイン、何かある?」
と気楽に声をかけた、
「うむ、これだがな」
レインはスッと立ち上がりゆっくりと振り返る、ソフィアはあらっと眉を顰め、
「なに?」
「この大岩じゃ・・・うん、これはあまりにもありえん」
「・・・どういうこと?」
ソフィアはまた何かあるのかとレインの側に歩み寄る、
「そうだな・・・うん、これはな・・・何と言うか・・・うん、見せるのが早いな」
レインは辺りを見渡して腰掛けるには丁度良さそうな小ぶりな岩に近づき、
「お前さんなら簡単だろう」
そう呟いて手を当てる、何の事は無い自然な行為に見えた、しかし、ボスッと気の抜ける音を立ててその岩は崩れ落ち砂となる、突然の事にソフィアはエッと驚くが、岩を砕く程度であればレインであれば簡単であろう、実際に内庭の菜園を作る際にも、恐らくソフィアは見ていないが裏山の天辺に広場を作る際にも鼻歌混じりでやっていた事である、
「これじゃ」
砂山と化した元岩塊であったそれにレインは手を突っ込むと、その中心当たりから何やら小石を拾い上げた、その小石だけは砂となっていないようで、レインはパッパッとその小石に着いた砂を払うとソフィアへ差し出す、
「これ?」
ソフィアは素直にそれを受け取った、石材に詳しく無いソフィアが見るに、刺々しく荒々しい小石である、しかし、
「ん?・・・これって?」
「うむ、お前さん達の言う無色の魔法石じゃな」
レインがめんどくさそうに答えて鼻息を荒くした、
「えっ・・・どういう・・・いや、えっ、もしかして」
ソフィアは目を丸くして小石を見つめ、暫し逡巡しレインの言わんとしている事に思い至り、まさかと思わずレインを睨む、
「うむ、恐らくだがな、原因は分らんし・・・意図も不明だがな・・・この地にあるこの大岩の生成はこれが要因じゃな」
「えっ・・・そんな事あるの?」
ソフィアはまるで想像できないとだだっ広い荒野を覆うようにゴツゴツとその姿を現す大岩と手元の小石を見比べる、
「分らん、ただ、儂が見る限りそうだな・・・うん、見える範囲、感じる範囲全てこうじゃ」
「・・・どういう事?いや・・・ここではこれが普通なの?」
「分らん」
「あなたが分からない事なんてあるの?」
「そりゃ・・・あるぞ、こっちに来てからは知覚できる範囲でしか知りようがないからな」
「・・・あー、前にもそんな事言ってたわね」
「うむ、での、さっきも言ったが原因も意図も分らん、世界の在り様からは大きくズレた現象じゃな」
「また難しい事言って・・・」
「仕方なかろうそう言うほかない、普通の岩の生成ではないといったのはそういう意味じゃ、いいか、まず岩の生成を考えると・・・ここで話すよりもあれだな、学園長の本が分かりやすいぞ、あれは良い所まで来ているし、分かりやすい」
「あらっ、あんたがそういうのなら本物なのね・・・って、それは良いとして、良くないけど、つまり・・・どういう事?」
ソフィアは軽く混乱しつつどう結論付けるべきかと答えを求めてしまう、ソフィア自身は研究者でもないし教師でもない、レインの説明によって理解できたのは、どうやらその視界に入る全ての大岩がレインの言う当たり前の生成の末にここにある存在ではない事と、その中心にあってどうやらその問題の核に当たるのがモニケンダムに来てから弄繰り回す事になった無色の魔法石であるという二点である、
「うむ、ま、あれだ、ユーリが話していただろう、ここを開墾したいのであったかな?」
「そうね、そういう話しもあったらしいわね」
「なら、比較的に簡単じゃな、こうやって、魔法石に反対の方向性を与えてやればこの通りだ」
レインは砂山を見下ろし、ソフィアも釣られて砂山へ視線を落とす、それはレインが手を突っ込んだ為に崩され、荒野を走る風によってさらにその形を微妙に変えていた、
「・・・なるほど・・・つまり、この魔法石に何らかの方向性が指示されていたのね」
「恐らくな、うん、その意図する事は理解できんがな、周囲の鉱物を集めるような方向性だな、若しくはそれに近いもの・・・詳しくは分らん、どうやらその魔力はとうに失われているようだがな」
「そうなると・・・いや、だから、こうして大岩になっているの?」
「恐らくじゃ、何度も言うが」
「うん、それは分かるわ、何の必要があってこんな事をしたのかなんて想像出来ないわね」
「そうなのじゃ」
レインは大きく首を傾げて大岩へ視線を移した、
「なるほど・・・うーん、じゃあれかしら、私やユーリなら簡単にこれを砂に変える事が出来るってことよね」
ソフィアも大岩を見下ろす、
「そうなるな、ついでに言えばそれほど魔力は必要無いぞ、ジャネットあたりでも簡単だな」
「あら・・・そんなもん?」
「うむ、ただ、大岩の中心部まで魔力が届けばだな、小さい岩なら簡単じゃがな、あれほど大きいと難儀はするだろうな」
「あー、指向性の問題?」
「それもあるが、岩の中心が何処にあるかなんて知りようが無いじゃろ、この状態ではな、それを正確に知るには全体を掘り出さねばならんだろう、それは手間だろうしな、そうなると・・・結局大岩全体に魔力を走らせる事になる、そうなると・・・ジャネットにはやはり無理じゃろな」
「あー、ジャネットさんを悪く言っているように聞こえるわね」
「そうか?あれはあれで土だの岩だのの相性は良さそうだったからな、名前を出しただけじゃ」
「そっか、そんな事言ってたわね」
「うむ、それだけじゃ」
「・・・じゃ、どうしようかな・・・これ他の人にも話していい?」
「構わんぞ、好きにせい」
レインはフンと鼻で笑ってソフィアを見上げる、ニヤリと意地の悪い笑みがその口元に浮かんでいた、
「ありがとう、じゃ、どうしようかな・・・少し時間を空けるか・・・今の今だと流石にね・・・」
「だろうな、好きにすれば良い」
「ん、了解」
ソフィアがさてどうしたものかと荒野を見渡し、レインはどうしてこのような惨状になったのかと改めて首を傾げるが答え等出るはずも無く、二人は沈黙して広く痛々しい大地に思いを巡らせるのであった。
「広ーい、走っていい?いいよねー」
「あー、待って、そこら辺穴だらけでしょ、危ないから駄目よー」
「えー、走りたいー」
「だから、危ないから駄目」
「危なくない!!」
「危ないの!」
「大丈夫!!」
「駄目!言うこと聞かないとミナだけ戻らせるわよ」
「えー」
「えー、じゃない」
「うー、わかったー、じゃ、歩いていい?」
「それはいいわよ、ゆっくり見て回りなさい、但し、足元に注意して、危ない場所には近寄らないこと、戻って来いって言ったら戻ってくること、いい?」
「わかったー、ニコー、行こー」
ミナはソフィアの剣幕にムーとつつまらなそうに唸ると、隣りでニコヤカに微笑んで二人のやり取りを眺めていたニコリーネを見上げた、
「そうだねー、じゃ、ゆっくり散歩しようかー」
ニコリーネはミナの頭をポンと撫でてて二人並んで荒野へ視線を向けると、
「アッチかな?」
「コッチがいい」
「うーん、あの岩とかどう?」
「じゃ、ソッチー」
と目的地を定めて歩き出す、ソフィアはその背を見送って、ヤレヤレと一息吐いた、
「どんなもん?」
そこへユーリが相変わらず返事に困る問い掛けである、
「んー、どうかしらねー、まぁ、街からも遠いしね、目立たなければそれでいいと思うけど」
ソフィアは取り敢えずと答えた、適当な質問には適当な答えで充分なのである、
「そうよねー、私もそう思うわー」
とユーリも適当に相槌を打った、結局二人にとってはその程度の事であったりする、
「何を言っているんですか、しっかりして下さいよ」
そんな二人をサビナが斜めに見据え、
「そうですよ、お二人がしっかりしてくれないとこっちが困るんですから」
カトカも二人をジロリと睨む、
「そんな事言われてもなー」
「うん、こんだけ広ければどうとでもなるし、何とでもなるからねー」
のんびりと答えるソフィアとユーリである、二人は視界いっぱいに広がる荒野を望洋と眺め、カトカとサビナはまったくと鼻息を荒くしつつこちらも荒野へ視線を戻す、一行はユーリの下見に行くわよとの一言で朝早くから学園を経由した転送陣で荒野に立った、カトカとサビナは何かあれば対処する必要があるであろうと仕事の一環として連れて来られ、ソフィアは言わずもがなである、そうなると当然ミナとレインも付いて来て、ついでだとニコリーネも誘われ、ゾーイが寮の留守番役であった、
「それで、あれがそれの跡地?」
「そうらしいわね、努力の跡が痛々しいわ」
「やる気を折るには充分そうね」
「まったくだわ」
ソフィアの視線の先は巨大な岩塊を掘り出そうとした跡である、昨日は落ち着いて見ていないが、よく観察するとどうやら岩塊の周りの掘削はその岩塊の底部にも届いていないようであった、それだけ埋もれた岩塊が巨大であるという証左である、
「しっかし、何でこんな土地になってるかな?」
ソフィアは根本的な疑問を口にする、
「そう言われてもね、こういうもんだと言うしかないわね」
「タロウさんならあーだこーだと説明しそうだけどね」
「あの人の言う事は話し半分がいい所でしょ」
「正しい事も多かったでしょ」
「そうだけどさー、まぁいいわ、で、真面目な話しね」
とユーリは現場見物はこの程度と振り返る、
「まずは、今日これからになるけど、事務長とメイド科の連中と建築科の連中で作業に入るのね」
「あっ、言ってましたね、掃除と補修ですか?」
「早いですね」
「まぁね、ほら、あっちでも実地作業が出来るならって乗り気みたいだったし、建物の方は任せちゃっていいと思うのよ、で、こっちとしては必要な物があれば準備しておきたいなと思ってね」
「何かあります?」
「イフナース様は通いで使う事になるんですよね」
「じゃ、その都度必要な物を持ってくればいいんじゃないですか?」
「そうよねー、始まってからでもいいんじゃない?」
「ふふん、そうなんだけど、施設の三階をね研究所で使っていいぞって事になってね」
「えっ、マジですか?」
「また三階?」
「あら住み込むの?」
「マジです、また三階です、住み込みません」
ユーリは三人の質問に律儀に答えると、
「ほれ、ようは魔法研究の出張所?みたいな感じにしようかーって学園長と話してね、それが領主様へ伝えた目的の一番大きい所だし、せめてそう見えるようにはしないとでしょ、派手な魔法の実験を気兼ねなく出来るのよねー」
ニヤニヤとユーリは微笑むが、
「うちの研究所ってそんな派手なもの研究してないですよね」
「地味な物ばかりのような・・・」
カトカとサビナは渋い顔である、実際にホルダー研究所の研究は地味である、何しろ研修の主題が魔力の無い人物でも使える魔法の機構開発なのである、必然的に派手さはない、先日の光柱はあくまでも特別で異例な代物であった、
「それを言うなし、だってさー、私らくらいでしょここを活かせる程の研究やってるのって」
「それはそうですけどー」
「じゃ、あれですか?こっちに実験器具持ち込みます?寮では遠慮してたのも気兼ねなく使えますよ」
「そうね、それは考えてた」
「じゃ、そうしましょうか」
「なに?そんな危なそう事までやってるの?」
ソフィアが流石に聞き捨てならぬと片眉を上げる、
「まぁねー、だからほら寮ではやってないのよ」
「あー、でもどうだろう薬品関係かな・・・水銀は使っちゃ駄目になったんですよね」
カトカの言葉に若干離れて穴を覗いていたレインがピクリと反応して振り返る、
「それは駄目ね、王国のお触れは守らないとだし」
「じゃ、どうしようかな・・・研磨作業とかこっちでやります?錬金関係で向こうでやれなかった事をこっちでって感じですか?」
「あっ、窯とか欲しいです、鉄溶かしたり、焼物焼いたり」
「それは工場を使いなさい」
「えーっ、せっかく広いんですからー」
「将来的にはいいかもだけど、そうなるとそれはほら工学系がまず欲しがるでしょ」
「・・・それもそっか・・・」
「そういう事、学園の施設内で出来なかった事とかをやるには十分な広さだしね、だから・・・ほら、学園長の植物園とかも手狭だからこっちに移すかって話しにもなってたし、野営の練習もだし、修練するにも良い感じだしね、使い勝手だけは良いのよ、広いし、他人の目は気にしなくていいし、羊飼いやら冒険者は来るらしいけど」
「なるほど・・・じゃ、ゆっくり開発していく感じですか?」
「その予定、取り敢えず施設を修復して一晩くらいは泊まれる感じにしてからね、うん、ま、そんな感じだから、取り敢えず三階をしっかり確認しましょう」
ユーリはカトカとサビナを連れて施設へ入った、ソフィアも戻ろかなと思うが、穴を覗いていつも通りにもの静かなレインと、若干離れた所でつま先立ちで何やら楽し気に笑い合っているミナとニコリーネをそのままにするのは心配かしらと足を止め、
「レイン、何かある?」
と気楽に声をかけた、
「うむ、これだがな」
レインはスッと立ち上がりゆっくりと振り返る、ソフィアはあらっと眉を顰め、
「なに?」
「この大岩じゃ・・・うん、これはあまりにもありえん」
「・・・どういうこと?」
ソフィアはまた何かあるのかとレインの側に歩み寄る、
「そうだな・・・うん、これはな・・・何と言うか・・・うん、見せるのが早いな」
レインは辺りを見渡して腰掛けるには丁度良さそうな小ぶりな岩に近づき、
「お前さんなら簡単だろう」
そう呟いて手を当てる、何の事は無い自然な行為に見えた、しかし、ボスッと気の抜ける音を立ててその岩は崩れ落ち砂となる、突然の事にソフィアはエッと驚くが、岩を砕く程度であればレインであれば簡単であろう、実際に内庭の菜園を作る際にも、恐らくソフィアは見ていないが裏山の天辺に広場を作る際にも鼻歌混じりでやっていた事である、
「これじゃ」
砂山と化した元岩塊であったそれにレインは手を突っ込むと、その中心当たりから何やら小石を拾い上げた、その小石だけは砂となっていないようで、レインはパッパッとその小石に着いた砂を払うとソフィアへ差し出す、
「これ?」
ソフィアは素直にそれを受け取った、石材に詳しく無いソフィアが見るに、刺々しく荒々しい小石である、しかし、
「ん?・・・これって?」
「うむ、お前さん達の言う無色の魔法石じゃな」
レインがめんどくさそうに答えて鼻息を荒くした、
「えっ・・・どういう・・・いや、えっ、もしかして」
ソフィアは目を丸くして小石を見つめ、暫し逡巡しレインの言わんとしている事に思い至り、まさかと思わずレインを睨む、
「うむ、恐らくだがな、原因は分らんし・・・意図も不明だがな・・・この地にあるこの大岩の生成はこれが要因じゃな」
「えっ・・・そんな事あるの?」
ソフィアはまるで想像できないとだだっ広い荒野を覆うようにゴツゴツとその姿を現す大岩と手元の小石を見比べる、
「分らん、ただ、儂が見る限りそうだな・・・うん、見える範囲、感じる範囲全てこうじゃ」
「・・・どういう事?いや・・・ここではこれが普通なの?」
「分らん」
「あなたが分からない事なんてあるの?」
「そりゃ・・・あるぞ、こっちに来てからは知覚できる範囲でしか知りようがないからな」
「・・・あー、前にもそんな事言ってたわね」
「うむ、での、さっきも言ったが原因も意図も分らん、世界の在り様からは大きくズレた現象じゃな」
「また難しい事言って・・・」
「仕方なかろうそう言うほかない、普通の岩の生成ではないといったのはそういう意味じゃ、いいか、まず岩の生成を考えると・・・ここで話すよりもあれだな、学園長の本が分かりやすいぞ、あれは良い所まで来ているし、分かりやすい」
「あらっ、あんたがそういうのなら本物なのね・・・って、それは良いとして、良くないけど、つまり・・・どういう事?」
ソフィアは軽く混乱しつつどう結論付けるべきかと答えを求めてしまう、ソフィア自身は研究者でもないし教師でもない、レインの説明によって理解できたのは、どうやらその視界に入る全ての大岩がレインの言う当たり前の生成の末にここにある存在ではない事と、その中心にあってどうやらその問題の核に当たるのがモニケンダムに来てから弄繰り回す事になった無色の魔法石であるという二点である、
「うむ、ま、あれだ、ユーリが話していただろう、ここを開墾したいのであったかな?」
「そうね、そういう話しもあったらしいわね」
「なら、比較的に簡単じゃな、こうやって、魔法石に反対の方向性を与えてやればこの通りだ」
レインは砂山を見下ろし、ソフィアも釣られて砂山へ視線を落とす、それはレインが手を突っ込んだ為に崩され、荒野を走る風によってさらにその形を微妙に変えていた、
「・・・なるほど・・・つまり、この魔法石に何らかの方向性が指示されていたのね」
「恐らくな、うん、その意図する事は理解できんがな、周囲の鉱物を集めるような方向性だな、若しくはそれに近いもの・・・詳しくは分らん、どうやらその魔力はとうに失われているようだがな」
「そうなると・・・いや、だから、こうして大岩になっているの?」
「恐らくじゃ、何度も言うが」
「うん、それは分かるわ、何の必要があってこんな事をしたのかなんて想像出来ないわね」
「そうなのじゃ」
レインは大きく首を傾げて大岩へ視線を移した、
「なるほど・・・うーん、じゃあれかしら、私やユーリなら簡単にこれを砂に変える事が出来るってことよね」
ソフィアも大岩を見下ろす、
「そうなるな、ついでに言えばそれほど魔力は必要無いぞ、ジャネットあたりでも簡単だな」
「あら・・・そんなもん?」
「うむ、ただ、大岩の中心部まで魔力が届けばだな、小さい岩なら簡単じゃがな、あれほど大きいと難儀はするだろうな」
「あー、指向性の問題?」
「それもあるが、岩の中心が何処にあるかなんて知りようが無いじゃろ、この状態ではな、それを正確に知るには全体を掘り出さねばならんだろう、それは手間だろうしな、そうなると・・・結局大岩全体に魔力を走らせる事になる、そうなると・・・ジャネットにはやはり無理じゃろな」
「あー、ジャネットさんを悪く言っているように聞こえるわね」
「そうか?あれはあれで土だの岩だのの相性は良さそうだったからな、名前を出しただけじゃ」
「そっか、そんな事言ってたわね」
「うむ、それだけじゃ」
「・・・じゃ、どうしようかな・・・これ他の人にも話していい?」
「構わんぞ、好きにせい」
レインはフンと鼻で笑ってソフィアを見上げる、ニヤリと意地の悪い笑みがその口元に浮かんでいた、
「ありがとう、じゃ、どうしようかな・・・少し時間を空けるか・・・今の今だと流石にね・・・」
「だろうな、好きにすれば良い」
「ん、了解」
ソフィアがさてどうしたものかと荒野を見渡し、レインはどうしてこのような惨状になったのかと改めて首を傾げるが答え等出るはずも無く、二人は沈黙して広く痛々しい大地に思いを巡らせるのであった。
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-第二部(11章~20章)追加しました-
【あらすじ】
「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」
王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。
彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。
追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった!
石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
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いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
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