セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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79話 兄貴達 その10

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それから大量の菓子パンが成形された、中身となるあんこ類もそうであったがパン生地も大量に作られていた為、食堂はさながらどこぞのパン工場かと見まがうばかり、ミナもその全てに卵黄を塗りつけてムフーと満足そうで、生徒達もこれだけあれば足りるだろうと微笑む、しかし、

「まぁ・・・綺麗に焼けるのは半分くらいかな?」

最後の最後で急に厳しい事を言い出すタロウである、エッとタロウを見上げる生徒達、

「ほら、初めての事だしね、正直どうなるか分からないけど、結構ほら、破けたり、中身が出てきたりする事があるらしいから、それはそういうものだって覚悟しよう」

ニコリと微笑み一同を見渡すタロウ、

「そういうもんですか・・・」

「だねー、なんか包み方によっては薄くなる所とかあった気がする・・・」

「サレバはー・・・もー」

「えー、だってさー」

「ありました、うん、だって、結構難しかったですよ」

ルルが確かにと大きく頷き、だよねーと賛同するサレバ、まぁそうだよなとグルジアも若干悔しそうである、

「それも含めて手作りってやつだ、それにね、少々破けても形が悪くても味は変わらん」

明るく言い放つタロウに、そうですけどーとコミンは納得がいっていない様子で、単純に一番頑張ったのがコミンであったのと、タロウさんはそういう大事な事を先に言わないからなとタロウへの不満がどうしても湧き上がる、

「まぁ、ほら、綺麗に焼けたのはお客様にお出しして、形が悪いのはみんなで食べよう」

「そうですね、それがいいです」

グルジアがさてどうするかとトレーに手を伸ばす、パンを並べていたのは朝食にも使用しているトレーであった、単に他に平らな食器が無かった為で、さらには最終的に数が増えたものだから次々とトレーを追加しており、ソフィアが訝し気に確認に来ていたりする、

「じゃ、焼く?」

「はい、えっと、向こうで焼いてました、こっちでも焼けると思いますけど・・・普通に焼いていいんですよね」

「多分ね」

「たぶんですか?」

「そっ、昨日と同じ感じに焼いてみて・・・うん、パンの部分が焼ければそれで大丈夫、アンコもクリームもジャムも火を通す必要は無いだろ?だから気持ち早めに焼き上げていいと思う・・・まぁ、あくまで多分だけどね」

確かにそうだと頷くグルジア、そして生徒達はソフィアから清潔な手拭いを借りてそれでトレーごとパンを覆い事務所へ向かう、その事務所の厨房では、

「おっ、出来た?」

ジャネットとニコリーネが竈の前で振り返り、中央の作業テーブルには焼きたてのホカホカとした丸パンが山となって積み重なっていた、

「おわっ・・・焼いたねー」

トレーを手にして呆れるタロウ、生徒達もいい匂いーと微笑み、

「うわー、美味しそー、食べたーい」

ミナもトレーを抱えて大きく叫んだ、

「まだだよー、ミナっち、我慢だぜー」

ニヤーと微笑むジャネット、ニコリーネもウフフと微笑む、

「えー、いいでしょー、アジミー、アジミするー」

「ダーメ、味見しなくても美味しいから」

「えー、それはダメー」

「駄目ってなにさ?」

「アジミしないとわからないー」

「そりゃそうだけど、昨日食べただろ?」

「そうだけどー、アジミー」

ギャーと叫ぶミナ、ハイハイと軽くあしらうジャネット、そして、

「あっ、それがあれですか?」

とニコリーネが一行が手にしたトレーに視線を移す、

「そっ、いい感じだよー」

「これは絶対美味しいのー」

「そうなの?」

「ウフフー、ミナがねー、一個一個シアゲたのー」

「仕上げ?」

「ですね、卵の黄身を塗ってあるんです」

コミンがさてどこに置こうかと視線でニコリーネに訊ね、ニコリーネがサッと場所を空けた、そこへ続々と並べるもあっという間にいっぱいになる、それでも持ち込んだのは三分の一程度でまだまだパンもトレーもあったりする、

「卵の黄身?」

「あっ、なんか濡れてる」

菓子パンを見つめてすぐに気付いたジャネットとニコリーネ、

「ですね、あっ、じゃ、どうします、タロウさん、焼きもお願いできます?」

グルジアがタロウを見上げた、先程不安な事を言いだしたタロウである、ここはタロウ自身に焼きも担当して欲しいところであった、

「ん?あー・・・そだね、最初だけでも見ておくか・・・」

「お願いします、先輩、ニコリーネさん、そういう事で、助っ人です」

ニヤリと微笑むグルジア、

「あっ、嬉しい」

「ですね、こっちです、もう少しで焼き上がります」

ニコリーネが場所を開けると竈の脇に砂時計が見えた、その砂の大半は落ちており、

「おっ、活用してた?」

タロウは嬉しそうに微笑む、

「はい、便利ですこれ、これのお陰で焼き過ぎ無い感じです」

ジャネットがムフンと胸を張り、じゃろうなとレインが小さく頷く、

「なんか実験みたい・・・」

「ジッケン?ジッケンなのー?」

「まぁ、実験の手法だよねー」

「竈は開けると冷めるからねー」

「だねー、そっか、時間で管理するんだ」

「むふふー、ニコリーネ先生とレイン先生に教わったのだよー」

「おー、流石ニコリーネさんだ」

「レインちゃんもスゴイー」

キャーキャーと楽し気な生徒達、タロウはしかしこんなに焼いて大丈夫なのかと首を傾げる、まぁ、余っても夕飯に回せばいいし、明日の朝もある、何より賓客達への土産分も考えれば少し足りないかもなと感じられた、その辺はエレインやテラが上手い事調整してくれるであろう、

「じゃ、さっきも言ったんだけどね」

とタロウは恐らくこんなもんだと適当に新たなパンの焼き方を指南した、それまで焼いていた単純な丸パンとの違いを挙げ、となればパンの中心部まで火を通す必要は無いだろう事を重点に置き、

「だから、多分だけど・・・うん、短めの焼き時間で良いと思う、試しにやってみて欲しいかな・・・」

「わっかりましたー」

明るく返すジャネットとニコリーネ、なるほどアンコやクリームを中に入れたのかと理解し、それは絶対美味しいと満面の笑みで、サレバやルルも期待に満ちた瞳で聞き入っていた、

「じゃ・・・取り敢えず、運んじゃうか」

タロウはパンパンと手を叩き、生徒達を引き連れ寮へ戻る、菓子パンの焼成にはまだ取り掛からないようで、であればその間にやる事はやってしまおうとの判断である、そして再度トレーを手にして街道に出ると、

「おわっ、タロウさん、おはようございます」

横から大声である、見ればブラスとリノルト、ブノワトとアンベルであった、

「あっ、ねーさんだー」

「おはよーございまーす」

明るく出迎える生徒達、

「おはようさん、ってほど朝でもないぞ」

ニコリと微笑むタロウ、

「ですけど、また・・・どうしたんですか?」

「それなに?新しいの?」

「新しいのー、絶対美味しいのー」

ミナがトレーを持ったままブノワトに駆け出し、あっこら、危ないとタロウが叫んだ瞬間、雪に足を取られてステンと前のめりに転げてしまうミナ、アッと目を剥く職人達、

「ほら言わんこっちゃない」

タロウはグルジアにトレーを預け、君らは先に運んでおいてとミナに駆け寄る、職人達がすぐさまミナを抱き起すも、ミナは顔面を雪塗れにして、

「イダイー、エーン、イダイー」

ギャオーンと子供らしい鳴き声を上げた、ギャンギャンと轟くその声が街路の隅々まで響き渡る、オタオタとタロウを見上げるブラスとリノルト、よしよしとブノワトとアンベルがあやすもミナが泣き止む事は無い、

「イダイー、アーーーー」

思いっきり泣き叫ぶミナに、タロウはやれやれと微笑みつつ、

「ほれ、大丈夫か、どこが痛いんだ?」

「イダイー・・・足ー・・・手ーーー」

泣きながらも答えるミナ、その冷静に答える瞬間だけ街路に静寂が戻る、あー、子供らしい泣き方で、この泣き方であれば大したことは無いなと職人達は安堵する、子供特有の痛い事は痛いがそれ以上にびっくりして泣き叫んでいるだけの泣き方であり、ミナはしっかり立ち上がり、流血している様子も無い、第一街路は薄く雪が積もっており若干柔らかく感じる程で、その雪の下は石畳なのであるが、衝撃の多くを雪が吸収してくれたようである、

「まったく・・・泣くな、だらしない」

トレーを手にしたレインがムスッとミナを睨む、

「えーーーー、でも、イダイー」

「痛いのは分かった、大声を上げるでない、ほら、よく見ろ、切れてもいないし青くもなっていないじゃろ」

「だなー・・・大丈夫そうだけどなー・・・」

タロウはミナの小さな手を取り雪を払い、顔に着いたそれをブノワトが優しく落とす、手も顔も寒さの為に真っ赤になって冷たくなってはいるが外傷は無いようで、料理の為と着けている大振りの前掛けごと足の方もポンポンと雪を払い、レインがそう言い切るのであるから大きな怪我は無いであろうと安堵する、

「ウー、イタイー、アーーーー」

それでも泣き止まないミナである、タロウはハイハイと抱き上げ、レインがムスッとミナを見上げる、まぁこのまま街路のど真ん中で泣き続けるのも迷惑であった、どうにかなったかなと職人達もホッと一息つく、

「ごめんね、驚かせた」

ニコリと微笑むタロウ、

「いえいえ、すいません、こちらこそ」

ばつが悪そうに微笑む職人達、

「あっ、で、どうしたの?」

「はい、昨日のあれが出来まして」

リノルトが肩から下げた荷物へ視線を落とし、

「臼もですね」

ブラスが引いていた荷車へ視線を移す、アンベルがミナが手放して転がっていたトレーを手にする、幸いな事にトレーに密着していた為かパンは微動だにしておらず勿論雪塗れにもなっていない、清潔な手拭いで覆っていた事もあって、綺麗なものである、

「あっ、アンベルさん悪いね」

「構いませんよ、でも、ミナちゃん上手に転んだね」

ニコリと微笑むアンベル、ブノワトも確かにと微笑む、

「だなー・・・ほら、ミナ、パンは大丈夫だから、泣き止め」

「ウー、でも、イタイー」

喚く事は無くなったがグズグズ続けるミナである、これはとレインはミナを見上げ、フンと鼻を鳴らして事務所に入った、

「まったく・・・じゃ、折角だから中に、でも早かったね、急がせちゃった?」

トレーはアンベルに任せて事務所へ向かうタロウ、

「どうもこうも・・・」

ブラスが苦笑し、リノルトも薄く微笑む、ブラス曰く臼と杵はタロウの言う通り昔はよく使っていたそうで、親父にはそんな事も知らなかったのかと呆れられたのだとか、しかしよくよく聞いてみればブラスが生まれる前に石臼に取って代わられてしまい、臼も杵も売れ筋の商品ではなくなったらしい、さらには今でも農村部では現役で、都会では小麦の流通が発達するにつれ売れなくなってしまったし、使わなくなったのだとか、それでは知りようがないだろうとブラスとブノワトは顔を顰めてしまうも、親父からは知らない方が悪いと逆に叱責されてしまう有様で、今日持ってきたのはそのブラスが生まれる前から在庫となっていた品との事で、ブノワト曰くしっかり洗って各部を点検してあるから使えるとの事であった、

「そうなんだー」

と笑うしかないタロウ、すでに一行は厨房に入っており、なんだこの大量のパンはと目を丸くする職人達である、

「で、こっちはこっちで・・・な?」

リノルトも注文の品を取り出しつつ苦笑している、曰く、この新しいパンに両親達も興奮してしまい、こんなに頂いておいて何も無しでは申し訳ない、常々世話になっているのだから鉄の箱程度すぐに作って持って行けとけしかけられてしまい、親父がそう言うならと自宅の鍛冶場に火を入れて親父と一緒に打ったのだとか、そこまでしなくてもとタロウは微笑むも、いや、あのパン美味しいですから当然ですとアンベルは真剣な顔であった、そして仕事半分で足を運んだ夫にブノワトとアンベルがくっついて来た理由が、

「で、どうやって使うんですか?」

ニコリとタロウを見上げる二人、どうやら興味本位らしい、ブラスとリノルトが申し訳なさそうに顔を顰めるも止める事はないようで、生徒達もそう言えばと目の色を変える、

「あー・・・知りたい?」

「当然です」

「当たり前です」

即座に答えるブノワトとアンベル、生徒達もウンウンと大きく頷いており、そこにテラとサビナも顔を出す、そして状況がグルジアから伝えられると、

「どうやって使うんですか?」

ニコリと微笑むテラに、泣き止んだミナを抱えたまま、

「やってみる?早速だけど・・・」

と拒否される事がないと分っていても取り合えず問い返すタロウであった。
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