塩対応の悪役令嬢ですが、婚約破棄?わかりましたわ。

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
24 / 32

24

しおりを挟む
わたくしたちが、辺境の地で、国の存亡を賭けた、静かな死闘を繰り広げていた、まさにその頃。
王都レオンハルトは、まるで、嵐の前の、不気味なほどの平穏に包まれていた。

アレクシス様が放った伝令の騎士は、文字通り、馬を乗り潰すほどの勢いで走り続け、夜が明ける頃には、王都にある、わがヴェルナー公爵邸の門を叩いていた。



「―――なんだと!?」

伝令の、あまりにも衝撃的な報告に、父、ヴィルヘルム・フォン・ヴェルナー公爵は、椅子から立ち上がった。

「ガルニア帝国が、鷲ノ巣砦に……。そして、リリアンヌが、その機先を制するための作戦を……?」

父は、娘が、今まさに、命の危険に晒されているという事実に、顔を青くさせながらも、その瞳の奥には、どこか誇らしげな光が宿っていた。

「……やはり、わしの娘だ。あの状況で、そこまで、的確な判断を下すとは」

彼は、すぐさま身支度を整えさせると王宮へと向かった。
一刻も早く、国王陛下に謁見し、辺境への正式な援軍を派遣するよう、進言するためだ。

しかし、王宮の分厚い扉は、まるで、父の前に、立ちはだかるかのように、冷たく、閉ざされていた。
侍従は、申し訳なさそうな顔で、こう告げたのだ。

「公爵閣下、誠に申し訳ございません。国王陛下は、昨夜から、ひどくお疲れのご様子で……。本日は、誰との謁見も、お断りするようにと……」

父は、その言葉の裏にある、欺瞞を、即座に見抜いた。
これは、ユリウス殿下と、あのアイラ嬢が、父の影響力を削ぐために、陛下に吹き込んだ、浅はかな讒言に違いなかった。

「……分かった。ならば、ユリウス王太子殿下にお目通りを願いたい。緊急の軍事案件であると、そうお伝えしろ」

父は、怒りを押し殺し、次善の策を取る。
しかし、その先に待っていたのは、希望ではなく、底なしの、絶望だった。

王太子の執務室で、父を待っていたのは、どこか気の抜けた、緊張感のない表情をした、ユリウス殿下だった。
その隣には、もちろん、アイラ嬢が、小鳥のように寄り添っている。

「公爵。そのような、血相を変えて、どうしたのだ。何か、よほど、緊急の事態でも、あったと見えるが?」

父は、その、あまりにも暢気な声に、眩暈さえ覚えた。

「殿下!一大事にございます! ガルニア帝国が、国境の鷲ノ巣砦を、狙っております! シュライバー卿と、リリアンヌが、今、まさに、その侵攻を、食い止めようと、戦っております! 一刻も早く、援軍を!」

しかし、ユリウス殿下は、その、父の、魂からの叫びを、ふん、と鼻で笑った。

「公爵、落ち着かれよ。また、リリアンヌの、大げさな、いつものヒステリーであろう」

その言葉は、隣に立つアイラ嬢からの受け売りだった。
彼女が、昨夜のうちに殿下の耳にこう甘く囁いていたのだ。

『きっと、リリアンヌ様が、ご自分の手柄を立てるために、物事を、大げさに言っているだけですわ。シュライバー様もきっとあの魔女のようなリリアンヌ様に誑かされてしまっているのですよぅ』

ユリウス殿下は、その、愚かな少女の、甘い言葉を、何の疑いもなく、信じ込んでいた。

「そもそも、考えてもみよ。ガルニア帝国が、これから厳しい冬を迎えようという、この時期に、本気で、我が国に攻め込んでくるはずが、ないではないか。それは、軍事の常識だ。下手にこちらが兵を動かせば、それこそ、帝国に、無用な開戦の口実を与えることになる。公爵、貴殿は、外交問題に、発展させるおつもりか」

目の前の、明白な危機から、目を逸らし、自分に都合の良い、楽観的な憶測に、ただ、すがる。
経験豊富な、父の言葉よりも、若く、美しい、少女の、甘い、甘い、囁きを、優先する。

父、ヴィルヘルムは、目の前に立つ、この国の、次期国王となるべき男の、その、あまりの愚かさに、もはや、言葉を失った。

(……この国は、終わるかもしれん)

絶望的な思いと共に、父は、王宮を後にした。
そして、彼は、国王の勅許を待たず、自らの判断で、ヴェルナー公爵家の、私兵を動かすことを、密かに、決意した。

王都の中枢は、たった一人の、愚かな王太子と、たった一人の、悪意に満ちた少女のせいで、完全に、その機能を、停止していた。



王都の、豪華絢爛な宮殿で、そんな、愚かな議論が、交わされている、まさに、その、同じ時刻。
辺境の、薄汚れた、名もなき砦では、この国の未来を、本気で憂う者たちによる、命を懸けた、死闘が、繰り広げられていた。

わたくしが、崖の上から放った濁流は、轟々と音を立てて、砦の唯一の水源である川へと、流れ込んだ。
川は、一瞬にして、その水量を増し、砦の、古い、地下水路から、茶色い水が、勢いよく、溢れ出した。

「な、何だ!? 川が、氾濫したぞ!」
「敵の罠か!? 水源に、毒でも盛られたというのか!」

砦の中の、ガルニア兵たちは、予期せぬ事態に、完全に、パニックに陥っていた。
その、混乱の、一瞬の隙を、アレクシス様は、見逃さなかった。

「突撃ぃぃぃっ!!」

彼の、雷鳴のような号令と共に、数少ない、しかし、精鋭中の精鋭である騎士たちが、正面ゲートへと、雪崩れ込む。
少数ながら、王国騎士団最強と謳われる彼らの、研ぎ澄まされた剣技は、完全に烏合の衆と化した、ガルニアの兵士たちを、赤子の手をひねるように、圧倒していった。

アレクシス様は、ただ一点敵の将がいるであろう砦の中心部だけを目指して、血濡れの戦場を駆け抜けていく。
その胸に、宿るのはただ一つの想い。

(リリアンヌ……! 必ず、お前を守り抜いてみせる……!)

王都の愚者たち。
辺境の賢者たち。
どちらが、この国の未来をその双肩に担うにふさわしいのか。
その答えは、もはや誰の目にも明らかだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

婚約破棄ありがとう!と笑ったら、元婚約者が泣きながら復縁を迫ってきました

ほーみ
恋愛
「――婚約を破棄する!」  大広間に響いたその宣告は、きっと誰もが予想していたことだったのだろう。  けれど、当事者である私――エリス・ローレンツの胸の内には、不思議なほどの安堵しかなかった。  王太子殿下であるレオンハルト様に、婚約を破棄される。  婚約者として彼に尽くした八年間の努力は、彼のたった一言で終わった。  だが、私の唇からこぼれたのは悲鳴でも涙でもなく――。

「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです

ほーみ
恋愛
 「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」  その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。  ──王都の学園で、私は彼と出会った。  彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。  貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。

当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人
恋愛
公爵令嬢エルナは、熱烈に追いかけていた第一王子シオンに冷たくあしらわれ、挙句の果てに「婚約者候補の中で、お前が一番あり得ない」と吐き捨てられた衝撃で前世の記憶を取り戻す。 そこは乙女ゲームの世界で、エルナは婚約者選別会でヒロインに嫌がらせをした末に処刑される悪役令嬢だった。 「死ぬのも王子も、もう真っ平ご免です!」 エルナは即座に婚約者候補を辞退。目立たぬよう、地味な領地でひっそり暮らす準備を始める。しかし、今までエルナを蔑んでいたはずのシオンが、なぜか彼女を執拗に追い回し始め……? 「逃げられると思うなよ。お前を俺の隣以外に置くつもりはない」 「いや、記憶にあるキャラ変が激しすぎませんか!?」

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

処理中です...