婚約者ですか? 熨斗をつけて差し上げますわ!悪役令嬢を全力で応援する!

パリパリかぷちーの

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王宮の広大な庭園で開催された園遊会。
澄み渡る青空の下、色とりどりのドレスを纏った貴族たちが談笑する光景は、まさに地上の楽園――のように見えますが、わたくしにとっては戦場です。

「まあ! なんて素晴らしいお庭なのかしら! この国の美意識の高さが伺えますわ!」

鈴を転がすような声が響きます。
本日の主役、隣国ガレリアの「宝石姫」ことソフィア王女です。

彼女は今日も今日とて、目が痛くなるほど鮮やかなショッキングピンクのドレスに身を包み、ダイヤモンドのティアラを輝かせています。
そして、その隣には――。

「ええ、気に入っていただけて光栄だよ、姫。君の瞳の輝きには負けるけれどね」

「まあ、殿下ったら! お上手ですこと!」

王太子フレデリック殿下が、満更でもない顔でエスコートしておりました。
その背後、五メートル(影を踏まない距離)の位置には、般若のような形相のイザベラ様が控えています。

(……カオスですわ)

わたくし、カテリーナは木陰のベンチで、遠巻きにその惨状を眺めておりました。
隣には、当然のように「保護者」気取りのアレクセイ様が座っています。

「王太子も罪な男だ。二人の女性に火花を散らさせて、自分はその熱で暖を取っている」

「暖房器具扱いはやめて差し上げてください。……しかし、イザベラ様が劣勢ですわね」

イザベラ様は「壁になれ」というわたくしの教えを忠実に守り、殿下の会話には割り込まず、ただひたすら忍耐強くついて回っています。
しかし、ソフィア王女のグイグイ来る積極性の前では、どうしても存在感が薄れてしまっていました。

「このままでは、殿下が『やっぱり近くでチヤホヤしてくれる方がいい』となびいてしまいます」

「どうする? 出るか?」

「……致し方ありません。援護射撃に向かいます」

わたくしは重い腰を上げました。
平和な午後が、またしても遠のいていきます。

わたくしが立ち上がると同時に、ソフィア王女の視線がこちらを捉えました。
獲物を見つけたハゲタカの目です。

「あら! そこにいらっしゃるのは、カテリーナ様ではありませんこと?」

王女が声を張り上げました。
周囲の貴族たちの視線が一斉に集まります。

「ごきげんよう、ソフィア王女殿下。本日はお日柄もよく……」

「ええ、本当に! ところでカテリーナ様、わたくし、ずっと気になっていたことがございますの」

王女は殿下の腕を離し、ツカツカとわたくしの目の前まで歩み寄ってきました。
そして、扇子で口元を隠しながら、しかし会場中に聞こえるような声で言いました。

「貴女、本当に殿下のことを『愛して』身を引かれましたの?」

「……はい?」

「だって、おかしいですわ。愛しているなら、普通は奪い合いますもの。わたくしのようにね」

王女は挑戦的な笑みを浮かべました。

「本当は、殿下に愛想を尽かして『捨てた』のではありませんこと? 面倒くさくなって、ポイッと」

会場がざわめきました。
核心を突かれました。
さすが宝石姫、欲しいもの(真実)を見抜く目は確かです。

しかし、ここで「はいそうです」と答えるわけにはいきません。
そんなことを言えば、殿下のプライドは粉々になり、イザベラ様の立場もなくなってしまいます。

わたくしは聖女スイッチをオンにしました。
慈愛に満ちた、完璧な微笑みを浮かべます。

「まあ、王女殿下。誤解でございますわ」

「誤解?」

「はい。わたくしは殿下を『捨てた』のではありません」

わたくしは一呼吸置き、はっきりと言いました。

「『リサイクル』に出したのです」

「……は?」

「リサイクル?」

王女も、殿下も、周囲の貴族たちも、全員がポカンとしました。

わたくしは優雅に説明を続けます。

「資源は有効活用しなければなりません。殿下という『高貴すぎて一般家庭(わたくし)では扱いきれない最高級のエネルギー源』を、ただ手元に置いて腐らせるのは損失です」

「く、腐らせる……?」

「ええ。ですが、イザベラ様のような『専用の焼却炉(情熱)』をお持ちの方ならば、殿下のエネルギーを完全燃焼させ、国を照らす光に変えることができます」

わたくしはイザベラ様の方へ手を差し伸べました。
イザベラ様が「わたくし、焼却炉ですの?」と複雑な顔をしていますが、無視します。

「つまり、これは廃棄ではなく、適材適所への『再資源化(リサイクル)』なのです! SDGs(持続可能な・殿下・激推し・システム)です!」

会場中が静まり返りました。
あまりの屁理屈に、誰も反論できません。

ただ一人、フレデリック殿下だけが、目を輝かせました。

「な、なるほど……! 僕はエネルギー源だったのか! 確かに僕は、存在するだけで周囲を熱くさせてしまうからね!」

ポジティブ!
その解釈力、もはや才能です。

「カテリーナ、君はそこまで考えて……! 僕を独占するのではなく、世界のために活用しようというのだね!」

「はい、その通りです(世界のためというか、わたくしの安眠のためですが)」

殿下の納得により、場の空気は「カテリーナ様、深すぎる……!」という感動ムードに変わりました。

しかし、ソフィア王女だけは納得していません。

「な、なによそれ! 言葉遊びじゃない! 結局は、貴女がいらないから押し付けたってことでしょう!?」

「いいえ。わたくしには『もったいなかった』のです。殿下の輝きは、わたくしのような怠惰な人間には眩しすぎて……目が潰れてしまいます」

「ふん! 口が達者なこと! でもね、わたくしは騙されませんわよ!」

王女が一歩踏み出しました。

「貴女、本当は悔しいんでしょう? わたくしが殿下を奪おうとしているから、強がっているだけでしょう?」

「悔しい? まさか」

「正直におっしゃいな! 今なら、わたくしの慈悲で、ハンカチの一枚くらい貸して差し上げてもよろしくてよ?」

どこまでも上から目線です。
わたくしは溜息が出そうになるのを堪え、ニッコリと笑いました。

「王女殿下。わたくしは悔しいどころか、感謝しておりますのよ?」

「感謝?」

「ええ。もし貴女様が殿下をお持ち帰りになれば、この国の『騒音公害(ポエム)』と『視覚公害(ナルシズム)』が一気に解消されますもの。国民の安眠のために、ぜひご検討くださいませ」

「……っ!!」

ソフィア王女が言葉を失いました。
顔を真っ赤にして、プルプルと震えています。
「騒音」「公害」と言われた意味を、瞬時に理解したのでしょう。

「ぶっ……!」

その時、背後で噴き出す音が聞こえました。

「くっ、くくく……!」

振り返れば、アレクセイ様が口元を手で覆い、肩を激しく揺らしています。
笑いを堪えきれずに、漏れ出てしまっています。

「リサイクル……公害……くくっ、お前、王族の前でよくもまあ……!」

「公爵様、笑い事ではありません。わたくしは真剣に『環境問題』について語っているのです」

「ははは! ああ、わかった、環境問題か。……確かに、王太子(あれ)は取り扱い注意の『危険物』だからな」

アレクセイ様は涙を拭いながら、わたくしの隣に並びました。
そして、固まっているソフィア王女に向かって、涼やかな声で告げました。

「ソフィア殿下。カテリーナの言う通りだ。我が国の王太子は、特殊な『処理施設(イザベラ)』でなければ制御不能な代物です」

「コ、公爵まで……!」

「貴国の平和のためにも、安易な『持ち出し』はお勧めしませんよ。……爆発しますから」

アレクセイ様の目が、笑っているようで笑っていません。
「これ以上、俺の玩具(カテリーナ)を煩わせるな」という凄味があります。

ソフィア王女は、アレクセイ様の迫力に気圧され、たじろぎました。
そして、次に殿下を見ます。
殿下は「え? 僕、爆発するの? ビッグバン的な?」と、一人で宇宙の真理に到達しようとしていました。

王女の顔色がサッと青ざめます。
「観賞用」としては良くても、「爆発物」と言われては、さすがの収集癖も萎えるというもの。

「……お、覚えてらっしゃい! 今日はこの辺にしておいてあげますわ!」

捨て台詞(二回目)。
王女は逃げるようにその場を去っていきました。

「……ふぅ。撃退完了、ですわね」

わたくしは肩の力を抜きました。
毒舌が過ぎたかもしれませんが、背に腹は代えられません。

「見事だったぞ、カテリーナ。お前の舌鋒の鋭さは、聖剣よりも強力だ」

「褒め言葉として受け取っておきます(三回目)」

アレクセイ様は楽しそうにわたくしの頭をポンと撫でました。

「だが、まだ終わらんぞ。ソフィア王女は諦めの悪い性格だ。……次はイザベラを狙ってくるかもしれん」

「イザベラ様を?」

ふと見れば、少し離れた場所で、イザベラ様がポツンと立ち尽くしていました。
殿下は「リサイクル……僕はエコな男……」とブツブツ言いながら去ってしまい、取り残された彼女の背中が、ひどく小さく見えます。

「……あ」

わたくしは気づきました。
先ほどのわたくしの発言。
『専用の焼却炉』だの『処理施設』だの……。
イザベラ様を庇ったつもりでしたが、彼女自身のプライドを傷つけてしまったかもしれません。

「……少し、フォローに行ってきます」

「ああ、行ってやれ。猛獣使いの責任だ」

わたくしはアレクセイ様に背を押され、イザベラ様の元へと歩き出しました。
毒舌の代償は、自分で払わねばなりません。
それが「大人の(そして怠惰な)聖女」の流儀なのですから。
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