婚約者ですか? 熨斗をつけて差し上げますわ!悪役令嬢を全力で応援する!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
16 / 28

16

園遊会の喧騒から少し離れた、静かなテラスの陰。
そこには、いつもは太陽のように高飛車なイザベラ様が、枯れた花のように項垂れていました。

「……イザベラ様」

わたくし、カテリーナが恐る恐る声をかけると、彼女の肩がビクリと跳ねました。

ゆっくりと振り向いたその顔を見て、わたくしは息を呑みました。
いつも完璧に引かれているアイラインが滲み、大きな瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちていたのです。

「カ、カテリーナ様……」

「泣いていらっしゃるのですか? やはり、先ほどの『焼却炉』発言が……」

わたくしは慌ててハンカチを差し出しました。
言いすぎました。
反省しています。
いくら殿下が危険物だからといって、公爵令嬢を産業廃棄物処理施設扱いするのは、人としてどうかと思います。

「ごめんなさい! あれは言葉の綾で、貴女様をゴミ処理係だなんて思って……」

「違いますの……」

イザベラ様はハンカチを受け取り、力なく首を横に振りました。

「あなたの発言に傷ついたのではありませんわ。むしろ、あそこまで言ってくださってスカッとしましたもの」

「え? では、なぜ?」

「……自信がないのです」

イザベラ様はギュッとハンカチを握りしめました。

「ソフィア王女の言う通りですわ。わたくしには『輝き』が足りないのかもしれません」

「輝き?」

「あの方は、隣国の宝石姫。若くて、可愛らしくて、欲しいものを素直に欲しがるエネルギーに満ちています。それに引き換え、わたくしは……ただ殿下の後ろをついて回るだけの、退屈な女になってしまったようで……」

イザベラ様が唇を噛みました。

「殿下も、ソフィア王女と話している時の方が楽しそうでした。……わたくしのような『壁』よりも、あのような『宝石』の方が、殿下にはお似合いなのではないかと……」

ポツリと漏らされた弱音。
それは、常に自信満々だった悪役令嬢が見せた、等身大の少女の不安でした。

わたくしは、ハッとしました。
わたくしは彼女に「壁になれ」「聞き流せ」と教えました。
それは殿下を制御するための最適解でしたが、同時に、イザベラ様自身の「魅力」や「個性」を殺すことになっていたのかもしれません。

彼女は本来、もっと情熱的で、少しおバカで、でも真っ直ぐな可愛らしい女性なのです。

(……責任、感じますわね)

わたくしは隣に座り、深く息を吸いました。
ここは、聖女として、そして友として(お菓子友達として)、本気で励まさねばなりません。

「イザベラ様。……鏡をお持ちですか?」

「え? ええ、持っていますけれど」

イザベラ様はポーチから手鏡を取り出しました。

「ご覧になってください。そこに映っているのは誰ですか?」

「……泣き腫らした顔の、わたくしですわ」

「いいえ、違います。そこには『一人の男性を愛しすぎて、悩み苦しむほど健気な乙女』が映っております」

わたくしは鏡の中の彼女を指差しました。

「イザベラ様。貴女様はご自分のことを『退屈』だと仰いましたね? とんでもない間違いです!」

「間違い?」

「はい! 考えてもみてください。殿下のあの理解不能なポエムを暗記し、五時間も見守り続け、あまつさえ『影を踏まない忍者ごっこ』まで真面目にこなす……そんな奇特な……いえ、情熱的な女性が、世界中探してどこにおりますか!?」

「あ……」

「ソフィア王女には絶対に無理です。彼女は三日で飽きて、殿下をポイ捨てするでしょう。ですが、貴女様は違います。貴女様には『継続する力』がある。それこそが、何よりも尊い才能なのです!」

わたくしは熱弁しました。
アレクセイ様との作戦会議で聞いた言葉の受け売りですが、今はわたくしの本心として伝えます。

「いいですか、宝石の輝きは美しいですが、冷たく硬いものです。でも、貴女様の情熱は『炎』です。暖かく、時に激しく、殿下を包み込むことができる!」

「……炎」

「はい。殿下が必要としているのは、ただ飾っておく宝石ではなく、自分を燃え上がらせてくれる炎なのです! そして何より……」

わたくしはイザベラ様の手を取りました。

「貴女様は、可愛いですわ」

「えっ」

「性格はちょっとアレで、思い込みが激しくて、突っ走るところもありますが……素直で、努力家で、泣き虫な貴女様は、とても可愛らしいです」

イザベラ様の瞳が大きく見開かれました。
そして、見る見るうちに赤くなっていきます。

「か、可愛いだなんて……カテリーナ様……!」

「自信を持ってください。貴女様は最高の『焼却炉』……じゃなかった、最高の『ヒロイン』ですわ!」

「うあぁぁぁん! カテリーナ様ぁぁぁ!!」

イザベラ様が号泣して抱きついてきました。
ドレスが涙と鼻水で汚れそうですが、今は許容しましょう。

「わたくし、頑張りますわ! 殿下を絶対に諦めません! 燃やし尽くしてみせますわ!」

「ええ、その意気です(物理的に燃やすのはナシでお願いしますね)」

わたくしは彼女の背中をポンポンと優しく叩きました。
不思議なものです。
最初は「厄介払い」のために利用していただけなのに、いつの間にか、彼女の幸せを本気で願っている自分がいます。

これが、友情というやつでしょうか。
……あるいは、単に「お菓子仲間」としての情かもしれませんが。

「……良い光景だな」

頭上から声がしました。
見上げれば、テラスの柵に腰掛けたアレクセイ様が、優しい目をしてこちらを見ていました。

「猛獣使いというより、姉妹のようだな」

「公爵様……見ていたのですか?」

「ああ。お前がいつ『やっぱり面倒くさいから帰る』と言い出すか賭けていたのだが……俺の負けらしい」

アレクセイ様は軽やかにテラスに降り立つと、泣きじゃくるイザベラ様の頭を、くしゃりと撫でました。

「イザベラ。カテリーナの言う通りだ。お前はお前のままでいい」

「お兄様……!」

「ただし、化粧は直してこい。その顔で王太子に会ったら、魔物が出たと思われるぞ」

「ひどいですわ! でも……ありがとうございます!」

イザベラ様は泣き笑いのような顔で立ち上がりました。

「見ていてください! わたくし、ソフィア王女に負けませんわ! 今すぐ化粧を直して、殿下を奪還してまいります!」

彼女は拳を握りしめ、パウダールームへと走っていきました。
その背中には、もう迷いはありません。
完全復活です。

「……ふぅ。やれやれ」

わたくしはベンチに深く座り直しました。
エネルギーを使い果たしました。
今すぐここで寝たいくらいです。

「お疲れ様、聖女様」

アレクセイ様が隣に座り、わたくしの肩を引き寄せました。

「……重いです、公爵様」

「支えているんだ。感謝しろ」

「はいはい、ありがとうございます」

アレクセイ様の体温が、心地よく伝わってきます。
先ほどの熱弁で乾いた喉に、夜風が涼しい。

「……カテリーナ」

「なんですか?」

「お前も、可愛いぞ」

「……っ!?」

不意打ちでした。
耳元で囁かれたその言葉に、わたくしの心臓が跳ね上がりました。

「い、いきなり何を……!」

「本音だ。友のために必死になれるお前は、いつもの怠惰な姿より……数倍魅力的だった」

アレクセイ様は悪戯っぽく笑い、わたくしの頬をつつきました。

「さて、イザベラも復活したことだし、次は俺たちの番だな」

「俺たち?」

「ソフィア王女へのとどめだ。……王太子を完全にイザベラの方へ向けさせるための、最後の仕上げが必要だろう?」

「……何か策がおありで?」

「ああ。……『嫉妬作戦』だ」

アレクセイ様の目が、怪しく光りました。

「王太子は、他人の物は欲しがるが、自分の物が奪われそうになると執着する。……イザベラが他の男になびきそうになれば、奴は焦るはずだ」

「なるほど。……でも、誰がイザベラ様の相手役を?」

「それは……」

アレクセイ様が何か言いかけたその時、テラスの下から大きな歓声が上がりました。

どうやら、園遊会のメインイベント、ダンスタイムが始まるようです。
そして、それが今回の騒動のクライマックスへの幕開けとなるのでした。
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

妹に初恋を奪われ追放された王女、私を捨てた騎士がなぜか二度恋してきます〜迷宮の通信機で再会したら執着が重すぎる〜

唯崎りいち
恋愛
妹を刺した――。 身に覚えのない罪で、迷宮へ捨てられた王女の私。 絶望の中で拾ったのは、スマホに似た『未知の魔導具』だった。 繋がった相手は、見知らぬ「名もなき騎士」。 孤独を癒やしてくれる彼に、私は正体を知らないまま惹かれていく。 「君のためなら、国にだって逆らう」 けれど、再会した彼の正体は……? 「国だって滅ぼす。それくらいの覚悟でここに来たんだ」 通信機から始まる、二度目の初恋と逆転ざまぁ。

処刑回避のため家出した令嬢は、男装騎士として運命をやり直す

松平ちこ
恋愛
 一度目の十七歳の人生で、すべてを失った。ただ生きていただけなのに。  家族も、居場所も、そして――命そのものを。  次に目を開けたとき、カメリアは「過去」に戻っていた。  二度目の人生で彼女が選んだのは、貴族令嬢として生き直すことではなかった。  家族を守るために、男として身を隠し逃げることを決意する。  少年リンとして身を寄せた隣国アスフォデル国の教会で、前世では起こらなかったはずの王位継承を目の当たりにする。  冷酷無慈悲と噂される新国王ライラック・アスフォデルは、あろうことか、カメリアの家族がいるミレット王国へと宣戦布告の準備を始めたという。  その噂の真意を突き止めるため、リンは兵として志願し、潜入するとこを決意する。  けれど、彼女は知らなかった。  この世界には、彼女の「最期」を知る者がいることを。  逃げ続けた先で、リンはやがてミレット王国の闇と向き合うことになる。  そして明かされる真実は、彼女の選択すべてを揺るがしていく――。  これは、処刑された令嬢が生き直し、逃げたはずの運命に再び捕まる物語。

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

継母の嫌がらせで冷酷な辺境伯の元に嫁がされましたが、噂と違って優しい彼から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアーティアは、継母に冷酷無慈悲と噂されるフレイグ・メーカム辺境伯の元に嫁ぐように言い渡された。 継母は、アーティアが苦しい生活を送ると思い、そんな辺境伯の元に嫁がせることに決めたようだ。 しかし、そんな彼女の意図とは裏腹にアーティアは楽しい毎日を送っていた。辺境伯のフレイグは、噂のような人物ではなかったのである。 彼は、多少無口で不愛想な所はあるが優しい人物だった。そんな彼とアーティアは不思議と気が合い、やがてお互いに惹かれるようになっていく。 2022/03/04 改題しました。(旧題:不器用な辺境伯の不器用な愛し方 ~継母の嫌がらせで冷酷無慈悲な辺境伯の元に嫁がされましたが、溺愛されています~)

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

砂糖漬けの日々~元侯爵令嬢は第二王子に溺愛されてます~

恋愛
魔界の第二王子ヨハンの妃となった侯爵令嬢エウフェミア。 母が死んですぐに後妻と異母妹を迎え入れた父から、異母妹最優先の生活を強いられる。父から冷遇され続け、肩身の狭い生活を過ごす事一年……。 魔王の息子の権力を最大限使用してヨハンがエウフェミアを侯爵家から引き剥がした。 母や使用人達にしか愛情を得られなかった令嬢が砂糖のように甘い愛を与えられる生活が始まって十年が過ぎた時のこと。 定期的に開かれる夜会に第二王子妃として出席すると――そこには元家族がいました。