婚約者ですか? 熨斗をつけて差し上げますわ!悪役令嬢を全力で応援する!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
17 / 28

17

しおりを挟む
「さあ、皆様! ダンスの時間ですわ!」

園遊会のラストを飾るダンスタイム。
楽団が優雅なワルツを奏で始めると、貴族たちがパートナーの手を取り、広場の中央へと進み出ます。

その中心で、最も注目を集めているのは、やはりこの二人でした。

「殿下、踊っていただけますわよね?」

ピンクのドレスを翻すソフィア王女が、上目遣いで王太子フレデリック殿下に手を差し伸べています。
その瞳は「断ったら国交問題にしますわよ」という圧に満ちていました。

「もちろんだよ、姫。君のような美しい花と踊れるなんて、僕の靴底も喜んでいるよ」

殿下はキザなセリフと共にその手を取ろうとしました。

(……まずいですわ!)

バルコニーから戦況を見守っていたわたくし、カテリーナは焦りました。
ダンスは求愛の儀式も同然。
ここでソフィア王女とファーストダンスを踊ってしまえば、「王太子の心は王女にあり」と周囲に認めさせてしまうことになります。

「公爵様! イザベラ様はまだ戻ってこないのですか!?」

「化粧直しに手間取っているようだ。……致し方ない、俺たちが時間を稼ぐぞ」

「時間稼ぎ?」

アレクセイ様は不敵に笑うと、バルコニーの手すりに身を乗り出し、指笛を一つ鳴らしました。

ヒュッ!

その鋭い音に、広場にいた全員がギョッとして見上げます。
アレクセイ様は優雅に手を挙げ、よく通る声で叫びました。

「殿下! お待ちください!」

「む? 兄上? どうしたんだい、そんな高いところから」

「そちらのソフィア殿下と踊る前に、一つ確認したいことがございましてな」

「確認?」

「先日、我が国の北の森で発見された『伝説の光るキノコ』についてです。あれをソフィア殿下に献上すべきか否か、今すぐ決裁をいただきたい」

「ひ、光るキノコ!?」

ソフィア王女が反応しました。
さすが収集癖。
「光る」というワードに弱すぎます。

「え、なにそれ!? 宝石のように光るのですか!?」

「ええ。七色に発光し、見ているだけで幻覚が見え……いえ、幸せな気分になれる希少品です」

「欲しいですわ! 殿下、ダンスの前にそのキノコを見に行きましょう!」

「えっ、今!? キノコ狩りに!?」

殿下が困惑していますが、ソフィア王女はすでにドレスの裾をまくり上げ、やる気満々です。
アレクセイ様、適当な嘘で釣りましたね。
素晴らしい手腕です。

しかし、このままでは殿下が森へ連行されてしまいます。

「……そろそろか」

アレクセイ様が呟いたその時。

カツ、カツ、カツ……!

会場の入り口から、堂々たる足音が響きました。
現れたのは、化粧を直し、髪を結い直したイザベラ様です。
その表情は、先ほどの泣き顔とは打って変わって、戦場に向かう女戦士のように凛々しいものでした。

そして、彼女の隣には――。

「えっ……誰?」

会場がざわめきました。
イザベラ様のエスコート役として隣に立っていたのは、長身の美青年でした。
銀髪に眼鏡、知的な顔立ち。
しかし、どこか見覚えのある……。

「あれは……我が家の執事、セバスチャンか?」

アレクセイ様が驚いたように言いました。

「執事!? なぜ執事がここに!?」

「俺が待機させておいたんだが……まさか、あいつを使うとは」

イザベラ様はセバスチャンの腕に手を添え、優雅に微笑みながら殿下の元へ歩み寄りました。
そして、爆弾を投下します。

「ごきげんよう、殿下。ソフィア王女。……ダンスのお相手が決まっていないようでしたら、お先に失礼してよろしいかしら?」

「イ、イザベラ!? その男は誰だ!?」

殿下が目を丸くしました。
イザベラ様は、うっとりとした(演技の)表情でセバスチャンを見上げます。

「わたくしの……新しい『理解者』ですわ」

「なっ……!?」

「彼は素晴らしいのです。わたくしの話を五時間でも黙って聞いてくれますし(業務命令だから)、わたくしの後ろを音もなくついてきてくれます(職務だから)。まさに、理想のパートナーですわ!」

イザベラ様が、わたくしのアドバイスを斜め上の方向に活用しています!
「忍耐強い男がいいなら、執事が最強」という結論に至ったのでしょうか。

セバスチャンも心得たもので、眼鏡をキラリと光らせて一礼しました。
「お嬢様、足元にお気をつけください。貴女様はガラス細工のようにお美しいのですから」

「まあ、嬉しい!」

完璧な棒読み!
しかし、単純な殿下には効果覿面でした。

「が、ガラス細工……!? それは僕の専売特許だぞ!」

殿下の顔が歪みます。
自分の婚約者が、他の男(しかも自分より物静かで有能そうな男)にチヤホヤされている。
その事実に、彼の「独占欲」スイッチが入りました。

「待て! 待つんだイザベラ!」

「あら、何ですの? わたくしたちはこれから、愛の逃避行(ダンス)へ参りますけれど」

「許さん! 君は僕の婚約者だぞ!」

殿下はソフィア王女の手を放り出し、イザベラ様に詰め寄りました。

「君のその赤いドレス! それは僕への情熱を表しているんじゃなかったのか!?」

「ええ、そうですわ。でも、殿下は『宝石』の方がお好きなようですから……わたくしの情熱は、このセバスチャンに向けることにしましたの」

「ダメだ! その情熱は僕専用だ!」

殿下は子供のように地団駄を踏みました。

「思い出してくれ! 君は僕のポエムを世界で一番理解してくれたじゃないか! 僕の影を踏まないように歩いてくれたじゃないか! そんな奇特な……いや、素晴らしい女性は君しかいないんだ!」

「……殿下」

「ソフィア王女は可愛いけれど、僕の話を三分で聞き流すんだ! 『へー、すごーい』しか言わないんだ! でも君は『さすがですわ!』と心から言ってくれる!」

(結局、自分の承認欲求のためですか……)

わたくしは呆れましたが、イザベラ様にとっては最高の愛の言葉だったようです。
彼女の瞳が潤み、頬がバラ色に染まります。

「殿下……! やはり、わたくしの愛(忍耐)を必要としてくださるのですね!」

「もちろんだ! 君がいなくなったら、誰が僕の輝きを称えてくれるんだ!」

「嬉しいですわ! セバスチャン、ごめんなさい! やっぱりわたくし、殿下の元へ戻ります!」

イザベラ様はセバスチャンを突き放し(セバスチャンは「やれやれ」という顔で眼鏡を直しました)、殿下の胸に飛び込みました。

「イザベラァァァ!!」
「殿下ァァァ!!」

ガシッ!

二人は熱く抱擁し、そのままクルクルと回転し始めました。
音楽など無視して。
二人だけの世界に入っています。

取り残されたのはソフィア王女です。

「……は? なんなのこれ」

王女は呆然と立ち尽くしていました。
光るキノコの話はどこへ?
そして、目の前で繰り広げられる暑苦しい茶番劇。

「……あーあ。冷めたわ」

王女が呟きました。
その瞳から、「執着」の光が消えていきます。

「あんな面倒くさい男、やっぱりいらないわ。自分のことしか考えてないし、元カノ(イザベラ)との絆が気持ち悪いし」

王女はフンと鼻を鳴らすと、くるりと背を向けました。

「やっぱり、隣国の王子の方がマシね。……帰るわ!」

彼女はドレスの裾を蹴り上げ、颯爽と会場を出て行きました。
去り際、わたくしたちのいるバルコニーに向かって、べっと舌を出して。

『聖女様! 貴女の言う通り、あれはただの公害でしたわ! 熨斗をつけてお返しします!』

そんな捨て台詞が聞こえた気がしました。

「……ふっ、勝ったな」

アレクセイ様が満足げに呟きました。

「ソフィア王女の飽きっぽさと、殿下の独占欲。そしてイザベラの『継続する愛』……すべての駒が完璧に動いた」

「そうですね。……わたくしたちの胃が痛くなるような努力も、無駄ではなかったようです」

わたくしは脱力して、手すりに寄りかかりました。
終わりました。
隣国王女襲来という最大の危機を、なんとか乗り越えました。

これで、イザベラ様の王太子妃の座は盤石。
わたくしへの「復縁」の危機も去りました。

「……お疲れ様、カテリーナ」

「ええ、本当にお疲れ様でした、公爵様」

二人で、広場の中央で回り続けるバカップル(殿下とイザベラ様)を見下ろします。
周囲の貴族たちも、最初は引いていましたが、今では諦めと祝福が入り混じった拍手を送っています。

「さて」

アレクセイ様が、わたくしの方に向き直りました。
そして、恭しく手を差し伸べます。

「厄介事も片付いたことだ。……俺とも一曲、どうだ?」

「えっ……ここでですか?」

「ああ。バルコニーなら目立たない。それに、これは『共犯者』同士の祝杯代わりだ」

わたくしはためらいましたが、彼の青い瞳があまりにも真っ直ぐで、断る言葉が見つかりませんでした。
それに、今のわたくしは、この方となら、どこまででも踊っていけそうな気がしたのです。

「……喜んで、公爵様」

わたくしはその手を取りました。

月明かりの下。
誰にも見られないバルコニーの片隅で、わたくしたちは静かにステップを踏みました。
下界の喧騒が嘘のように、二人だけの静謐な時間が流れます。

アレクセイ様の手は温かく、リードは完璧でした。
わたくしのような運動音痴でも、まるで宙に浮いているかのように踊ることができます。

「……カテリーナ」

「はい」

「お前とのダンスは、悪くない」

「……わたくしもです」

言葉は少なくても、伝わるものがありました。
この心地よさが、ただの「利害の一致」から来るものではないことを、わたくしは薄々気づき始めていました。

曲が終わる頃。
アレクセイ様はわたくしを引き寄せ、耳元で囁きました。

「帰りの馬車の中で……昨日の『褒美』の続きをやるぞ」

「えっ」

「羽根布団の話ではないほうだ」

「……っ!?」

わたくしは足をもつれさせそうになりましたが、アレクセイ様がガッチリと支えてくれました。

殿下は方向音痴な決断(イザベラ様への愛)を下しましたが。
わたくしの心もまた、あらぬ方向(公爵様への恋心)へと、迷い込み始めているようでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました

ほーみ
恋愛
 その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。 「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」  そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。 「……は?」  まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、 ……つもりだった。 夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。 「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」 そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。 「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」 女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。 ※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。 ヘンリック(王太子)が主役となります。 また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。

【完結】旦那は堂々と不倫行為をするようになったのですが離婚もさせてくれないので、王子とお父様を味方につけました

よどら文鳥
恋愛
 ルーンブレイス国の国家予算に匹敵するほどの資産を持つハイマーネ家のソフィア令嬢は、サーヴィン=アウトロ男爵と恋愛結婚をした。  ソフィアは幸せな人生を送っていけると思っていたのだが、とある日サーヴィンの不倫行為が発覚した。それも一度や二度ではなかった。  ソフィアの気持ちは既に冷めていたため離婚を切り出すも、サーヴィンは立場を理由に認めようとしない。  更にサーヴィンは第二夫妻候補としてラランカという愛人を連れてくる。  再度離婚を申し立てようとするが、ソフィアの財閥と金だけを理由にして一向に離婚を認めようとしなかった。  ソフィアは家から飛び出しピンチになるが、救世主が現れる。  後に全ての成り行きを話し、ロミオ=ルーンブレイス第一王子を味方につけ、更にソフィアの父をも味方につけた。  ソフィアが想定していなかったほどの制裁が始まる。

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……

藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」 大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが…… ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。 「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」 エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。 エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話) 全44話で完結になります。

処理中です...