婚約者ですか? 熨斗をつけて差し上げますわ!悪役令嬢を全力で応援する!

パリパリかぷちーの

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「さあ、皆様! ダンスの時間ですわ!」

園遊会のラストを飾るダンスタイム。
楽団が優雅なワルツを奏で始めると、貴族たちがパートナーの手を取り、広場の中央へと進み出ます。

その中心で、最も注目を集めているのは、やはりこの二人でした。

「殿下、踊っていただけますわよね?」

ピンクのドレスを翻すソフィア王女が、上目遣いで王太子フレデリック殿下に手を差し伸べています。
その瞳は「断ったら国交問題にしますわよ」という圧に満ちていました。

「もちろんだよ、姫。君のような美しい花と踊れるなんて、僕の靴底も喜んでいるよ」

殿下はキザなセリフと共にその手を取ろうとしました。

(……まずいですわ!)

バルコニーから戦況を見守っていたわたくし、カテリーナは焦りました。
ダンスは求愛の儀式も同然。
ここでソフィア王女とファーストダンスを踊ってしまえば、「王太子の心は王女にあり」と周囲に認めさせてしまうことになります。

「公爵様! イザベラ様はまだ戻ってこないのですか!?」

「化粧直しに手間取っているようだ。……致し方ない、俺たちが時間を稼ぐぞ」

「時間稼ぎ?」

アレクセイ様は不敵に笑うと、バルコニーの手すりに身を乗り出し、指笛を一つ鳴らしました。

ヒュッ!

その鋭い音に、広場にいた全員がギョッとして見上げます。
アレクセイ様は優雅に手を挙げ、よく通る声で叫びました。

「殿下! お待ちください!」

「む? 兄上? どうしたんだい、そんな高いところから」

「そちらのソフィア殿下と踊る前に、一つ確認したいことがございましてな」

「確認?」

「先日、我が国の北の森で発見された『伝説の光るキノコ』についてです。あれをソフィア殿下に献上すべきか否か、今すぐ決裁をいただきたい」

「ひ、光るキノコ!?」

ソフィア王女が反応しました。
さすが収集癖。
「光る」というワードに弱すぎます。

「え、なにそれ!? 宝石のように光るのですか!?」

「ええ。七色に発光し、見ているだけで幻覚が見え……いえ、幸せな気分になれる希少品です」

「欲しいですわ! 殿下、ダンスの前にそのキノコを見に行きましょう!」

「えっ、今!? キノコ狩りに!?」

殿下が困惑していますが、ソフィア王女はすでにドレスの裾をまくり上げ、やる気満々です。
アレクセイ様、適当な嘘で釣りましたね。
素晴らしい手腕です。

しかし、このままでは殿下が森へ連行されてしまいます。

「……そろそろか」

アレクセイ様が呟いたその時。

カツ、カツ、カツ……!

会場の入り口から、堂々たる足音が響きました。
現れたのは、化粧を直し、髪を結い直したイザベラ様です。
その表情は、先ほどの泣き顔とは打って変わって、戦場に向かう女戦士のように凛々しいものでした。

そして、彼女の隣には――。

「えっ……誰?」

会場がざわめきました。
イザベラ様のエスコート役として隣に立っていたのは、長身の美青年でした。
銀髪に眼鏡、知的な顔立ち。
しかし、どこか見覚えのある……。

「あれは……我が家の執事、セバスチャンか?」

アレクセイ様が驚いたように言いました。

「執事!? なぜ執事がここに!?」

「俺が待機させておいたんだが……まさか、あいつを使うとは」

イザベラ様はセバスチャンの腕に手を添え、優雅に微笑みながら殿下の元へ歩み寄りました。
そして、爆弾を投下します。

「ごきげんよう、殿下。ソフィア王女。……ダンスのお相手が決まっていないようでしたら、お先に失礼してよろしいかしら?」

「イ、イザベラ!? その男は誰だ!?」

殿下が目を丸くしました。
イザベラ様は、うっとりとした(演技の)表情でセバスチャンを見上げます。

「わたくしの……新しい『理解者』ですわ」

「なっ……!?」

「彼は素晴らしいのです。わたくしの話を五時間でも黙って聞いてくれますし(業務命令だから)、わたくしの後ろを音もなくついてきてくれます(職務だから)。まさに、理想のパートナーですわ!」

イザベラ様が、わたくしのアドバイスを斜め上の方向に活用しています!
「忍耐強い男がいいなら、執事が最強」という結論に至ったのでしょうか。

セバスチャンも心得たもので、眼鏡をキラリと光らせて一礼しました。
「お嬢様、足元にお気をつけください。貴女様はガラス細工のようにお美しいのですから」

「まあ、嬉しい!」

完璧な棒読み!
しかし、単純な殿下には効果覿面でした。

「が、ガラス細工……!? それは僕の専売特許だぞ!」

殿下の顔が歪みます。
自分の婚約者が、他の男(しかも自分より物静かで有能そうな男)にチヤホヤされている。
その事実に、彼の「独占欲」スイッチが入りました。

「待て! 待つんだイザベラ!」

「あら、何ですの? わたくしたちはこれから、愛の逃避行(ダンス)へ参りますけれど」

「許さん! 君は僕の婚約者だぞ!」

殿下はソフィア王女の手を放り出し、イザベラ様に詰め寄りました。

「君のその赤いドレス! それは僕への情熱を表しているんじゃなかったのか!?」

「ええ、そうですわ。でも、殿下は『宝石』の方がお好きなようですから……わたくしの情熱は、このセバスチャンに向けることにしましたの」

「ダメだ! その情熱は僕専用だ!」

殿下は子供のように地団駄を踏みました。

「思い出してくれ! 君は僕のポエムを世界で一番理解してくれたじゃないか! 僕の影を踏まないように歩いてくれたじゃないか! そんな奇特な……いや、素晴らしい女性は君しかいないんだ!」

「……殿下」

「ソフィア王女は可愛いけれど、僕の話を三分で聞き流すんだ! 『へー、すごーい』しか言わないんだ! でも君は『さすがですわ!』と心から言ってくれる!」

(結局、自分の承認欲求のためですか……)

わたくしは呆れましたが、イザベラ様にとっては最高の愛の言葉だったようです。
彼女の瞳が潤み、頬がバラ色に染まります。

「殿下……! やはり、わたくしの愛(忍耐)を必要としてくださるのですね!」

「もちろんだ! 君がいなくなったら、誰が僕の輝きを称えてくれるんだ!」

「嬉しいですわ! セバスチャン、ごめんなさい! やっぱりわたくし、殿下の元へ戻ります!」

イザベラ様はセバスチャンを突き放し(セバスチャンは「やれやれ」という顔で眼鏡を直しました)、殿下の胸に飛び込みました。

「イザベラァァァ!!」
「殿下ァァァ!!」

ガシッ!

二人は熱く抱擁し、そのままクルクルと回転し始めました。
音楽など無視して。
二人だけの世界に入っています。

取り残されたのはソフィア王女です。

「……は? なんなのこれ」

王女は呆然と立ち尽くしていました。
光るキノコの話はどこへ?
そして、目の前で繰り広げられる暑苦しい茶番劇。

「……あーあ。冷めたわ」

王女が呟きました。
その瞳から、「執着」の光が消えていきます。

「あんな面倒くさい男、やっぱりいらないわ。自分のことしか考えてないし、元カノ(イザベラ)との絆が気持ち悪いし」

王女はフンと鼻を鳴らすと、くるりと背を向けました。

「やっぱり、隣国の王子の方がマシね。……帰るわ!」

彼女はドレスの裾を蹴り上げ、颯爽と会場を出て行きました。
去り際、わたくしたちのいるバルコニーに向かって、べっと舌を出して。

『聖女様! 貴女の言う通り、あれはただの公害でしたわ! 熨斗をつけてお返しします!』

そんな捨て台詞が聞こえた気がしました。

「……ふっ、勝ったな」

アレクセイ様が満足げに呟きました。

「ソフィア王女の飽きっぽさと、殿下の独占欲。そしてイザベラの『継続する愛』……すべての駒が完璧に動いた」

「そうですね。……わたくしたちの胃が痛くなるような努力も、無駄ではなかったようです」

わたくしは脱力して、手すりに寄りかかりました。
終わりました。
隣国王女襲来という最大の危機を、なんとか乗り越えました。

これで、イザベラ様の王太子妃の座は盤石。
わたくしへの「復縁」の危機も去りました。

「……お疲れ様、カテリーナ」

「ええ、本当にお疲れ様でした、公爵様」

二人で、広場の中央で回り続けるバカップル(殿下とイザベラ様)を見下ろします。
周囲の貴族たちも、最初は引いていましたが、今では諦めと祝福が入り混じった拍手を送っています。

「さて」

アレクセイ様が、わたくしの方に向き直りました。
そして、恭しく手を差し伸べます。

「厄介事も片付いたことだ。……俺とも一曲、どうだ?」

「えっ……ここでですか?」

「ああ。バルコニーなら目立たない。それに、これは『共犯者』同士の祝杯代わりだ」

わたくしはためらいましたが、彼の青い瞳があまりにも真っ直ぐで、断る言葉が見つかりませんでした。
それに、今のわたくしは、この方となら、どこまででも踊っていけそうな気がしたのです。

「……喜んで、公爵様」

わたくしはその手を取りました。

月明かりの下。
誰にも見られないバルコニーの片隅で、わたくしたちは静かにステップを踏みました。
下界の喧騒が嘘のように、二人だけの静謐な時間が流れます。

アレクセイ様の手は温かく、リードは完璧でした。
わたくしのような運動音痴でも、まるで宙に浮いているかのように踊ることができます。

「……カテリーナ」

「はい」

「お前とのダンスは、悪くない」

「……わたくしもです」

言葉は少なくても、伝わるものがありました。
この心地よさが、ただの「利害の一致」から来るものではないことを、わたくしは薄々気づき始めていました。

曲が終わる頃。
アレクセイ様はわたくしを引き寄せ、耳元で囁きました。

「帰りの馬車の中で……昨日の『褒美』の続きをやるぞ」

「えっ」

「羽根布団の話ではないほうだ」

「……っ!?」

わたくしは足をもつれさせそうになりましたが、アレクセイ様がガッチリと支えてくれました。

殿下は方向音痴な決断(イザベラ様への愛)を下しましたが。
わたくしの心もまた、あらぬ方向(公爵様への恋心)へと、迷い込み始めているようでした。
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